2月28日 狂人と凡人
真奈が何故優蘭の家に来たのかが分かる話です！
帰宅早々、私は気分が悪くなった
「ねぇ真奈」
学校から家に戻り自室へ向かおうと階段をのぼり廊下を歩いていると、私の部屋の目の前に実の姉であり声を聞くだけで心が荒むほど嫌悪している人物である「君咲真彩」がまるで門番かのように立ち塞がっていたのだ。
「…なに？お姉ちゃん」
「冷たいわね、私の事嫌いなのかしら？」
「…」
私が嫌悪感を前面に押し出しているのにも関わらずそれに気づく素振りも見せない。なんで疑問形なんだよ、気づけよ。本当にこの君咲真彩という人間は人として大切なものが欠如しているのではないだろうかと常々思うのは私の性格が腐ってるから…という訳では無いだろう。
「まぁいいわ、早速本題に入りましょう」
「…うん、できれば手短に」
姉はそう言うと持っていたクリアファイルからおもむろに一枚の紙を取りだし、私に手渡した。
「なに？これ」
「見ればわかるわよ」
姉が渡してきたのは大量の文字が羅列してある紙、
全部よんでいては骨が折れそうだったので必要そうな所だけ要約してみる。
……………
「は？」
思わず声が漏れる。
なに…これ…
「フフフ」
姉が渡してきたこの紙に書いてあったのは
兄、君咲優蘭の転学先の高校名や住所など諸々の情報だったのだ。
あまりの衝撃に私の手は紙を持つのに必要な握力を失い、紙は床へと枝から落ちる木の葉のようにゆっくりと落ちていく。
「な…なんで…」
「…この前言ってたでしょう？」
「な、何を…」
「ユウランに彼女が出来たって」
「…っっ！」
そうだ。3週間前のあの日、お兄ちゃんと再開したあの日に私は思いを全て姉にぶちまけた。その時にお兄ちゃんに彼女がいたことも言ってしまったのだ。
でもまさか、こんな、こんなことになるなんて。
「確かに半信半疑だったわ、優蘭が私を捨てて彼女を作るなんて有り得ないことだから」
「…」
姉は私との距離を詰める。
ゆっくり、1歩ずつ姉は近づいてくる。
そして私の手から零れ落ち、無造作に床に置かれていた紙を手に取り、私に見せつけてきた。
「大桜高校 1年D組、住所は大桜区東絹郷〇ー△△ー✕ 」
呪文を唱える魔女のようにお兄ちゃんの個人情報を次から次へと吐き出す。
なんで、どうやって、どうしてなんで姉はこれを知っているんだ…！？
「私がわかったのはここまで、優蘭に彼女がいたかは…まぁ当たり前だけれど分からなかったわ」
「そ、そうなんだ」
「そう、そこで真奈に質問を投げかけるわ」
「…う、うん」
姉は私の目線の全てを自分に向けさせようと、私の視界を自身の顔で覆う。私の目は姉の嫉妬するほど美しい黒瞳に吸い込まれる。その美しさは感嘆を通り越して恐怖さえ抱かすような代物だった。
「どうして真奈は優蘭に彼女がいるってしっていたの？」
……どうしよう。
真実を言えば間違いなく姉は発狂しお兄ちゃんのところへ向かう。だけど姉の目は３ミリの位置で私の目を捉えてる、嘘をついたり視線をずらしたりすれば一瞬でバレる。
考えるんだ、最善の選択肢を。
「…ごめん、あの時はカッとなって…適当なこと言っちゃったの」
「どういうこと？」
「だから、そう言えばお姉ちゃんは悲しむかなと思って性格の悪いこと言っちゃった」
「…」
「…」
お姉ちゃん目は私の言葉の真偽を確かめるためだけに存在するロボットのように私の目を一寸も動かず、じっと見つめてくる。
「…そう、わかったわ」
「うん」
ほっ、と内心胸を撫で下ろす。
割とめちゃくちゃなことを言っている自覚はあったが、どうやら姉の嫌疑は晴れたようで目線は元の位置に戻されていた。
一応、だが私への疑いは晴れた。今度は私が追求する番だ。
「…お姉ちゃん、どうしてこの紙…」
私はその「紙」について質問する。
なんで、お兄ちゃんの個人情報が羅列された紙を姉が持っているのか。
お兄ちゃんは父や母に強く姉には、そして私達には居場所をバレないようにして欲しいと頼んでいた。
いくらあの両親でも、姉に居場所をバラすなんて事はしないだろうし…
「…」
黙り込む姉、重たい空気が流れる。
「…お姉ちゃん…？」
「…寝たのよ」
「は？」
寝た？何を言ってーー
「優蘭の担任をしていた教師としたの」
「…したって…」
「セックス」
「っ！」
う、嘘でしょ…
確かに姉は狂ってる、だけどここまで見境なしに…しかもお兄ちゃんの担任だった人物と関係を持つなんて貞操観念どうなってるの？
「1晩寝ただけなのに、優蘭の居場所諸々、全て明かしてくれたわ」
「…どうしてそんなこと…」
「優蘭のことを愛しているからよ、優蘭のことを心から愛しているから…優蘭の居場所を突き止めるためにはたとえ汚らしい中年の男と関係を持つことすら厭わないわ」
「…」
言葉が出ない。
私と姉とでは根本的に「人を愛する」という物事を考える尺度が違うのだ。私はお兄ちゃん以外の異性と関係を持つ事なんて絶対に望まないし、例えそれがお兄ちゃんの居場所を突き止めるために必要だったとしても私はきっと関係を持てない。
だけど姉は違うんだ。愛する人の為ならほかの異性とも交わる、つまり…本当の意味で手段を選ばないんだ。
「…真奈、今だから言うけれど私は優蘭を喜ばせるためにたくさんの人と関係を持ったわ」
「は？」
「例えば、優蘭の部活の顧問、優蘭のクラスの中心人物、優蘭の塾の教師」
…やめて…
「部活の顧問と関係を持つことによって優蘭は最後の最後で試合に出ることが出来たし、クラスの中心人物と関係を持つことによって優蘭のクラスでの地位を確立させたわあとは…」
「やめて！！！」
「？どうしたの？」
お兄ちゃんが、穢されていく。
お兄ちゃんの存在が、穢されていく。
そんな気がした。
お兄ちゃんの存在が姉の不貞行為の上で成り立っていたなんてこと、知りたくなかった。
「…試合に出れなくて悔しがってたお兄ちゃんは毎日…血豆が出来るほど…素振りしたり毎朝走ったりしてた…だから初めて試合に出れた時は、涙が出るくらい喜んでたの…自分の実力が…認められたって…」
なのに…
「お兄ちゃんの喜びは…私の喜びは…全部ーー」
「私の上で成り立ってたのよ」
何かが崩れ去る音が聴こえた。
こんな残酷なことをできる人間はそうそういない、この人は根本的に狂ってるんだ。
「だから優蘭を連れ戻したら教えてあげるの」
「…」
「優蘭は私無しでは何も出来ない可愛そうな子…だって」
「…本気で…言ってるの？」
「ええ、本気よ？」
「優蘭は私がいないと、フフフ」
姉は猟奇的な笑みを浮かべる。その姿はまるで殺人ドラマのシリアルキラー、さしずめお兄ちゃんの精神を殺す殺人犯と言ったところか。
「じゃあ真奈、私は部屋に戻るわ」
姉は私に背を向け、自室へ向かう。
だけどグツグツと煮えたぎった私の激情は収まる所を失って溢れかえってる。
言ってやる、この前みたいに、どのみちもう全部バレてるんだ、全部、全部！
「…お兄ちゃんは…お姉ちゃんのことを恨んでるよ」
「…は？」
ピタリと姉の足がとまる。
「お兄ちゃんはお姉ちゃんの事を恨んでるって言ったの」
姉はこちらを振り返る。私のことを見るその目は光を失っていた。
「真奈、何を言っているの？」
「事実だけど？さんざんお兄ちゃんに酷いことをしておいてどうして未だにお兄ちゃん好かれてると思ったの？」
「…」
「お兄ちゃん言ってたよ？お姉ちゃんのこと！心から！恨んでるって！」
大声で叫んだ。
本当はそんなこと聞いたことない、、お兄ちゃんは姉への恨み節を私に話すことなんて一切しないのだ。
だけど、心の中では絶対に思っているはずだ…絶対に、恨んでいるはずだ。
「…」
黙り込む姉
「だからーー」
「アハハハハハハハハハハ」
「！？」
黙り込んだと思ったら、急に高らかに笑いだした。
この人の情緒はどうなっているんだと心から思う。しかし、ここまで姉が腹を抱えて笑う姿なんて生まれてこの方見たことない。
生まれて初めて見る姉のその姿はどことなく、狂気を孕んでいた。
「フフフフ、面白いわね真奈」
「何が？」
「優蘭が私のことを恨んでる？」
「そうだよー」
「そんなことあるわけないじゃない」
姉は信じられないくらい低い声で私の言葉を遮る。さっきは高らかに笑っていたと思えば今度は低い声で言葉を発し光のない目で私を射抜く。
「なんでそう言いきれるの？」
「フフフだって私達は愛し合ったのよ？」
「…そんなのお姉ちゃんが一方的に…」
何を言い出すかと思えば、また狂った謎理論を展開させてきた。あれはただただお兄ちゃんを弄んだだけの、なんの合意もない最低最悪の行為だ。
「違うわ？私達は愛し合ったの」
「だからーー」
「私の中に流れてる優蘭の精がその証明よ」
「は？」
「何回も何回も、優蘭は私の中に出してくれたわ？」
この人は何を言っているんだ？
「一緒に気持ちよくなって、一緒に愛し合ったからこそ優蘭の精は私の体を流れてるの…優蘭の精は私の心身を満たしてくれた…フフフフ…あの時は五感全てが快感に支配されていた気さえするわ」
「…」
「真奈は分からないわよね？だって」
姉は巣にかかった獲物を仕留める蜘蛛のようにゆっくりと私へと近づき耳元で囁いた。
「優蘭に愛されたこと、ないものね」
分かってる、姉の言ってることは虚言で作り話で、狂った人間の妄想だってことは。
「真奈、貴女の優蘭に対する気持ちは知ってたわ？だから私を目の敵にしてたんでしょう？」
分かってる、分かってる、分かってる、分かってる、分かってる、分かってる、分かってる、分かってる、わかっっってる！！
「だから貴女は優蘭と関係を持った私に嫉妬してるの」
「違う！！」
肩に頭を乗せてきた姉を振り払う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う！
「私は！アンタを羨んだりなんてしてない…ッ…私はお兄ちゃんを傷つけたアンタを恨んでる！ただそれだけ！！」
「フフフ全て理解したわ、さっきは少し機嫌を損ねてしまったけれど可愛い妹の可愛い嫉妬だったって事よねフフ」
何も分かってない、姉は何も分かっていないんだ。それなのに納得したような表情をして目にも光が戻ってる。なんで勝手に自己完結してるんだよ、何も根本的な解決にはなっていないだろ。
私はーー
「だけどダメ」
「…は？」
「優蘭は私のモノ、いくら愛する妹だって優蘭に触れさせる訳には行かないわ」
「何言って…」
「優蘭は私のモノ、これは決定事項なの。だから誰にも触らせない。」
…
ほんとに身勝手な人間だ、お兄ちゃんを自分の所有物としか思ってない。
ほんとに反吐が出る
ほんとに…
「だからごめんなさいね真奈優蘭はー」
「ほかの男とヤってる癖に」
「？」
「ほかの男に股がって喘いでるような人間がお兄ちゃんを自分のモノにするなんて虫がよすぎるんだよ！！」
違う、これを言ってるのは私じゃない、私じゃないなにかだ。私はこんな汚い言葉使わない。だけどそんな思いとは裏腹に私の口は恐ろしいほど早く動く。
「それらしい理由こねくり回して、自分のやってることを正当化させてるけど結局はただ異性を求めてるだけじゃないの？」
「…真奈」
「気持ち悪いんだよ！何がお兄ちゃんの為だよ、他人の行為でただ自分が気持ちよくなりたいだけじゃないの？」
「真奈…やめなさい」
「こんな人が姉なんて、お兄ちゃんも私も恥ずかしくて生きていけないよ」
パチン
姉は私の頬を勢いよく叩いた。
唇は切れ、重力に従い零れた私の血が廊下を汚す。
「…あまり巫山戯てると殺すわよ？真奈」
「…」
小学生から幾度となく使ってきた殺すという言葉。姉が言う殺すはそれらとは一線を画していると私の生物として備わっている生体本能が察知した。この人は本当に私のことを殺すんだろうな…
「何やってるの！？真奈、真彩！」
さすがに大きな声を出しすぎたのか、１回で料理をしていた母が大きな音を立てながらこちらに向かってくる。
「…」
さっきまでの激情が嘘かのように、私の思考は冷静だった。
きっと殴られて、頭が冷えたのだろう。
「真奈…！？血がでてるじゃない」
「…大丈夫」
母は心配したように持っていたタオルを私の顔にあてた。
「お母さん、真奈は言っちゃいけないことを言ったの」
「は？」
「酷く私と…優蘭を侮辱する言葉を…だからちょっと強く叱り付けたのよ、言ってはいけない言葉を教えるのも姉の役目でしょう？」
「そ、そういう事なのね…真奈！」
母は姉の言葉を聞くや否や急に私の方を向いた。
もう次の言葉は言わずともわかる。
きっと私を叱り付ける言葉なのだろう。
客観的に見て、どう考えても被害者なのは殴られてる私。
なのに私の弁明は聞かず姉の弁明だけ聞いて物事の真理を決定づけて私を糾弾する。
あぁ…やっぱりこの人達は…
姉の味方でしかないんだ。
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わたしはもう、こんな家にいたくない。
みんなが寝静まった夜。私はキャリーケースに持ち物を全部しまい込んだ。
つまるところの…いわゆる家出。
だけどただの家出ではない、ちゃんと行先も決まってる。
行先はお兄ちゃんの家だ。
お兄ちゃんに会えば、私の気持ちの整理もつくかもしれない、私は私の感情の行くすえを……あ、いや、そんな最もらしい目的を考えても意味無いな。
結局私はお兄ちゃんに会いたいだけなんだ。
家族の誰にもバレないように音を殺して家を抜け出す。
夜天には私の門出を祝福するかの様な美しい満月が浮かんでる。
少し寒い。
だけど、これからお兄ちゃんに会えると思うと心は暖かくなっていった。
