3月1日 サプライズ?
3章の導入回です!
暗闇に包まれた部屋に僕は姉さんと向かい合っている。
『ユウラン』
『なに?』
『私と一緒に来て』
『なんで?姉さん』
『ユウラン…』
『姉さん?』
『…』
『姉さん!!』
『ーーーーーー』
その瞬間暗闇に包まれた部屋は崩れ去ってーー
「……あ……夢か。」
僕の部屋には朝を告げるアラームだけが鳴り響いてた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
睡魔が僕を掴んで離さない朝7時、アラームの音によって救われる形で僕は夢の世界から連れ戻された。
普段ならアラームの音というのは僕にとって絶望の象徴たる存在なのだが今日に限ってはそんな存在であるアラームに拍手を送らざるを得ない。
「…まさか夢に姉さんが出てくるなんて」
そう、今日の夢には僕が全人類の中で最も嫌悪する人間である姉『君咲真彩』が出てきたのだ。
夢の中での姉は現実と寸分たがわない溜息が出るほど美しい黒髪を靡かせ吸い込まれるような瞳で僕を覗いていた、即ち今日の夢というのは僕にとっての地獄の完全再現だ。
『激しいトラウマは精巧な夢をもたらす。』
ただの持論ではあるが、僕はその言葉の意味をここ数ヶ月で嫌という程体験している。トラウマという物は自分が思ってるよりも深いところに根付いている、姉さんが夢に出てくるという事が強く裏付けているのでは無いだろうか。
ベッドから降りようと身を起こすと夢の中の姉さんが僕になげかけてきた言葉が脳裏にフラッシュバックする。
『私と一緒に来てーーーーユウランーーーー』
……………
「こっちに来て…って…どういう意味なんだろう」
夢の中で姉が放った言葉。
夢の中ででてきた言葉なんて現実とはなんの整合性もないただの空想に過ぎない、だけどそんなことを忘れてしまうほどに僕の脳裏に姉の言葉が焼き付いていた。
「考えたって仕方ないか」
真剣に考えたところで真実に到達できる訳でもない、貴重な朝の時間をそんなことに費やす道理もないし僕は諦めて洗面台に向かった。
ピンポーン ピンポーン
僕が洗面台に向かおうと、コーヒーメーカーに豆を入れ、たいして長くない廊下を歩いていると無機質なインターホンの音が甲高く部屋に鳴り響く。
「…こんな朝早くに誰だ?」
通販でなにか買った訳でもないし、こんな朝早くに来るなんて、一体……
…もしかして銀桜さんか?
銀桜さんは初めて一緒に登校した時僕の最寄りのバス停で待っていたことがあった。十二分にあり得る。
恐る恐るモニターを確認する。すると
『お兄ちゃん』
最近聴いた、懐かしい声が聞こえた。
モニターに映っていたのは大きな旅行バックを携えた。真奈だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まさかこんな朝早くにインターホンを鳴らしていた人の正体が、今は離れて暮らしている真奈だったとは…
正直『は?』ってなるような展開だし、真奈の行動も頭が痛くなるようなものだだが、流石に外に放置しとくのも可哀想だから部屋に通し今はリビングのソファーに座わってもらっている。
そんな若干呆れている僕とは対照的に、バカでかいキャリーケースを携えた真奈は目をキラキラと輝かせている。
はぁ…てかキャリーケースデカすぎだろ……こんなん一ヶ月くらい海外旅行に行くような人が持ってくやつでしょ…。
と、内心真奈に衝撃というか呆れの感情を抱きつつ一応真奈の目的を確かめる必要があるので真奈に対して尋問を開始した。
「真奈?どうしてここに来たんだ」
「お兄ちゃんに会いたくなったから」
「…でも今日は平日だ、僕も学校あるし…真奈も学校あるだろそれに母さん達にはなんて…」
「今週は学校休みなんだよ〜それにお母さん達には友達の家に泊まりに行くって言ったし」
「本当?」
「うん!嘘だったら針千本飲むよ」
「でもなぁ…アポくらい取ってくれたって」
「サプライズ!」
「…はぁ…」
真奈は悪びれる様子もなく100カラットの夜景と張れるんじゃないかと思うほどの満面の笑みを浮かべている。
サプライズ…ねぇ…確かにとんでもないサプライズだけど
…
「もしかして迷惑だった?」
「ぶっちゃけ…まぁ…」
「え?」
真奈は目を潤ませて上目遣いでこちらを見てくるので言葉が詰まる。
ずるい、ずるいぞ…そんな目で見られたら強く言えないじゃないか…
この上目遣いは天然なのかはたまた狙ってるのか真偽の程は分からないけれど、僕は妹の上目遣いにめっぽう弱い。
なんかそれが弱点っていうのも気持ち悪いがそれが君咲優蘭という人間だ、仕方ない。
「……お兄ちゃん」
そんな己との葛藤を抱いてる僕を真奈はさっきまでの楽天的な表情から一転し深刻な面持ちで呼ぶ。
「…真奈?」
「ほ、本当はサプライズ…って言う理由でここに来たんじゃないんだ」
「え?」
「………」
一瞬の静寂。
まなの口から放たれた一言により、まぁまぁ重かった部屋の空気がさらに重くなる。
この空気を打破しようと僕はなかなか口を開いてくれない真奈に質問をなげかける。
「じゃあ、どうして真奈はここに?」
「…家の居心地が悪くて…」
「あぁ…」
真奈は僕の質問に拍子抜けするほど素直に答えた。
どうやら真奈がここに来たのはサプライズがしたかったという訳ではなかったようだ。
家の居心地が悪い…
そうだよな、真奈は15歳だし思春期真っ只中のはずだ両親ともぶつかることも多くなってくるだろうし…
「ごめん…でもやっぱり言っといた方が良いかなって…」
「大丈夫」
「え?」
僕は真奈の頭を撫でる。
「怒って…ない?」
「うん、怒ってなんかないよ」
さっきは突然の事で驚いていたけど。
先月真奈と再開してから僕は真奈に対して出来ることは何でもしようと心決めていた。
罪滅ぼしと言ったら偽善的に聞こえるかもしれないが僕のせいでたくさんの辛い思いをさせた真奈に対しての僕なりの…せめてもの誠意だ。
ってそれっぽい御託を心の中で並べてるけど…ただ単純に僕を頼ってくれたのが嬉しかっただけなのかもしれない。
「ありがとうお兄ちゃん」
真奈は幸せそうな表情を浮かべていた。
ずっと見れなかった笑顔、ずっとさせることの出来なかった笑顔。自分で言うのもあれだけどそれを見れるだけで何故か救われたような、そんな気持ちになるのは少々気持ち悪い気もするからこの感情は自分の胸から出さずに閉まっておこう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ、真奈コーヒー飲む?」
「え?コーヒー?」
「うん、そういえばさっき淹れてたんだよね」
真奈が来たことにより完全に存在を忘れていたが起きた直後あたりにコーヒーメーカーに豆を入れてたんだった。
ちなみにこのコーヒーメーカーは銀桜さんから貰ったものだ。
銀桜さんは辛いものの他にコーヒーも好きで僕にもコーヒーの良さをわかって欲しい、という理由であのコーヒーメーカーをくれた。
激辛にカフェイン。銀楼さんは胃に優しくないものを好む傾向にあるのだろうか。
「あっ…う、うん飲みたい!」
「無理しなくていいんだぞ〜?」
「いや無理なんかしてないよ!てゆーかお兄ちゃんコーヒー飲めたんだね」
「あ〜銀桜さんの影響かな」
「………え?」
「ん?なんか変な事言った?」
ニコニコと満面の笑みを浮かべていた真奈の顔から一瞬笑みが消えた。
あれ?なんか不味い事言ったかな?
朝というものに弱い僕は数秒前の自分の発言さえ頭の中からすっぽ抜ける。だから朝は嫌いなのだ…
「ううん?別に!銀桜さんってコーヒー好きなんだね」
「そう、めっちゃ好きなんだよ」
「そうなんだ、意外だね」
「そうそうめっちゃ意外でしょ」
「もっと意外なのはお兄ちゃんがコーヒー飲んでるってことだけどね」
「そんな意外?」
「うん、だってお兄ちゃん苦いもの苦手でしよ?」
「あー、そうだったっけ?」
「なんで覚えてないの…?」
「う、、そんな目で見ないでくれ」
真奈は『マジかこいつ』と言いたげな軽蔑に近い眼差しを僕に向けていた。コーヒーを毎朝飲むのが当たり前になった今、昔の自分は果たして苦いものが苦手だったのかそこら辺の記憶がアバウトになってきている。
「まーいいよ!私のコーヒーもおねがいね!」
「うん、砂糖とかは入れる?」
「入れなくていいよ」
「本当に?コーヒー結構苦いぞ〜?」
「大丈夫だもん!」
手を大きく広げ身体いっぱいに大丈夫だよと表現する真奈、その顔をニコニコさせ身体いっぱいで表現している真奈がどこか愛おしくて、朝の憂鬱とサプライズによる少しの憤りも消えてしまうのだから僕の心は単純だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はい、コーヒー」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「いいえ」
真奈は僕からコーヒーを受けるや否や直ぐにそれを口に運んだ。
相当好きなんだな…
「ぷはーーうまいですなぁ!」
って…いやいや
「そうはならないでしょ…」
「え?」
コーヒーの正しい飲み方なんてものは僕は知らないしあるのかすらわからないけど、真奈の飲み方は絶対におかしい。
真奈はコーヒーを練習終わりにポカリを飲む速さと同じくらいのスピードで飲み干したのだ。
「コーヒーってもっとこう…ゆっくり……?飲むものじゃないのかな」
「………」
僕がそう指摘すると真奈は顔を朱色に染めて手で顔を覆っていた。しかし手で隠しきれていない耳の部分もしっかりと赤く染っていた。
「…コーヒー…飲んだことないでしょ」
「…ごめん、飲んだことない」
「だよね、苦かったでしょ」
「うん、すっごく苦かった」
「はははは」
「笑わないで!」
「いたいいたい」
真奈は恥ずかしくなったの照れ隠しのようにポカポカと僕を叩いてくる。
でもあんなに美味しそうに飲むのだから案外真奈はポーカーフェイスなのかもしれない。
「あ、そろそろ行かないと」
「え?」
「学校だよ」
「……」
真奈が思考停止している間に僕はリビングにおいて置いた制服のブレザーを着て、バッグを持ち登校準備を一瞬で終える。
「あ〜学校…そっか、あるって言ってたもんね」
「せっかく来てもらったのに…ごめんね」
「押しかけたのは私だし、全然いいよ!待ってるね」
「…大丈夫?お留守番ーー」
「私、もう中3なんだけど!しかもあと2ヶ月で高一な!ん!で!す!け!ど!」
「あっ、そっか…ごめんごめん」
「お兄ちゃんの中での私って小三くらいの状態で止まってるよね」
「あっ…あるかもそれ」
そうか、だから真奈の上目遣いに弱いのか…ってそれただのロリコンじゃないか!?
「じゃあ私待ってるね」
「うん!冷蔵庫とか勝手に開けちゃっていいから」
「ありがとう」
「あ、あと出来るだけ早く戻ってくるから」
「嬉しいけど!そんなに気を使わなくていいからね」
「わかったー」
「やっぱり早く戻ってきてーー」
「どっちだよ!」
玄関へとダッシュし靴にはきかえリビングから見ている真奈に手を振って
「いってきます」
それだけ言って家をあとにした。
いってきます。
前まで当たり前に使っていたこの言葉だが、一人暮らしをして孤独のつらさを知った後に使うとこの言葉の有難み、重みが違ってくる。
僕はこの待っていてくれる人がいる、その「幸せな重み」を噛み締めて学校へと向かった。
真奈と話してる時はセリフメインで
鈴音と話している時は心理描写メインという感じで使い分けて書いてます!(謎のアピール)




