1月28日 蕾沢美織の後悔
これにて2章完結です
「あいつ姉とヤッてたらしいよ」
「まじ?」
「あぁ昨日LINEで送られてきたんだよ」
「お前も?俺も送られてきた」
「みんな送られてきたらしいよん」
「自分の姉との動画ぁ〜みんなに送ってるって頭おかしいよなぁ〜」
「そんな人だと思ってなかった」
「最低だね最低」
「お姉ちゃんも可哀想だよ」
「自己顕示欲エグすぎ」
『あいつと関わるのやめようぜ』
クラス内に広がる噂話。悪意の孕んだ言葉の渦は教室を悪意で包み込む。
いや、それは噂話と言っていい代物なのかも分からない。
何故なら『君咲優蘭から全員に行為中の動画が送られてきた』というのは紛いもない事実であり、それはどんな言葉でもねじ曲げることの出来ない真実であったからだ。
だからこそ私は動揺している。
優蘭と幼馴染みであり小さい頃からの友人だ。
だから優蘭の性格は誰よりも知っていると思っていた。
私の中で確固たるものとして存在している優蘭像はこんな事をするような人じゃないと私の心に訴えてきている。しかしこれは事実なんだ。
優蘭……
「ねぇ美織〜」
「ん?」
目の前で話している数人の女子が私に話しかけてくる。大して仲良くもないのに私のことを下の名前で呼んでくるあたりコミュニケーション能力が高いのだろう。
「あのさ、君咲のやつどうおもった?」
「あ、あぁ…」
…やっぱり聞かれた。
私と優蘭が幼馴染みで仲がいいというのはこのクラスの共通認識だ。
私自身、それを心の底で嬉しく感じていて休み時間の度に優蘭の所に行きくだらない話をしている。そんな私たちの関係をクラスメイト達は『老年夫婦』と言ってからかっていたが悪い気は全くしなかった。
だから優蘭とそんな関係を築いている私にその話を振るのは当たり前のような気もする。
しかし、如何せん煩わしい。
心の底で私のことを嘲笑ってるのが見えるからだ。
仲のいい幼馴染みが裏でとんでもない行為をしていた。そして私自身は異性として見られていなかった。
この事実は人の不幸話が主食の女子高生からしたらB級グルメと言っても過言ではないだろう。
つまり、食いつかない理由が存在しないのだ。
だけど…私自身気持ちの整理がついていないんだ、適当に誤魔化そう…
「わかんない、私も混乱していて」
「だよねーあんな優しそうな君咲くんが裏であんなことしてるなんて思わないよねー」
「私も彼氏ともそんな事したことないよー」
「あはははあたしもー」
…私のことを嘲笑ってるのが丸わかり。
ホント性格悪い。最悪のクソ女達。
だけどこの学校にはいや、全ての高等学校にはスクールカーストというヒエラルキーが存在している。
この女達のスクールカーストは上の上、いわゆる一軍ってやつだ。
私はせいぜい三軍位の一般生徒って所。
そんな私が一軍生徒の気に少しでも触るようなことを言ったらどうなるかなんて目に見えてる。
クラス内でハブられて、陰湿ないじめを受け、先生に相談しても分かってもらえない。そんな黒色の未来が見えてくる。
事実そうやってこの学校を去った人を何人も見た。
だから内心ではこいつらを軽蔑したとしても外見でそれを出すことなんて絶対にあってはならない。
「あ、残念だったね美織」
「え?」
「君咲くんのこと好きだったでしょ?」
「っ」
私の心の臓を鋭く刺してくるような質問。
私の中で優蘭の存在というのは明らかに友達としてのそれを超えていた。
そう、私は優蘭のことを友達としてではなく異性として好きだったのだ。
そして優蘭も私のことを好きなのだと思っていた。
それはクラスメイト全員が知っていてもおかしくないほど表情に出ていたと思う。
だけどーーー
「優蘭、私の事好きじゃなかったのかな」
「あっ…え」
ヤバ……
思わず声が漏れてた。。
心の中にとどめていた想いが行き場をなくし口から溢れ出てしまった。
予期せぬ私の発言に彼女たちも少し驚いているようだった。
「気にしなくていいと思うよ!あんな事するやつなんてクズなんだから!そいつとくっつかなくて正解だったよ!」
「え?」
「そうそう逆にわかって良かったじゃん!クズ野郎だったってことをさ!」
どう…したの?
まさかこの人たち私に同情してる?
そんなこと、いや、余りに私が不憫だと思ったのか。
あの性格の悪い彼女達でも私の置かれた状況に同情したのか。
彼女達は私を擁護するように思い思いに優蘭の悪口をはく。
クズだのカスだの、汚い言葉で優蘭を罵る。
私は同情されてる立場にある、私が腹を立てる理由なんでどこにもない
だけど、、私は、、
ガラララ
ドアが開かれた。
ドアが開かれたその瞬間、鳴り止まない街のサイレン音のようだった彼への陰口が止みこの教室は不気味な静寂に包まれた。
「……」
さっきまであんなに五月蝿かった目の前の女子達も静まる。
誰かが教室に入ってきたのだ、それだけの事だ。
だけど入ってきたのはこの場を静まらせるだけのポテンシャルのある人物…
だれだ?だれだ?そう考える。
いや、考えずともその正体はわかってる、きっと今教室に入ってきたのは彼だ。私の幼馴染みであり、私の恋の相手である君咲優蘭だ。
頭では理解してる、だけどこの目で確かめたくなった。
そこにいる、優蘭の姿を確かめたくなった。
推理小説の次のページをめくるように私は恐る恐る振り返る。
ーーーーあーーー
「ユウラン…」
「…美織…」
そこに居たのは他の誰でもない、私の大好きな優蘭だった。
分かっていてもドキドキはするものだ。心臓の鼓動が早くなっているのを感じた。
クラスメイトの視線を一心に受けドアの前で立ち尽くす優蘭、その目はいつものような輝きはなく、死んだ魚のような目をしていた。
よく見れば肌もあれていて髪もボサボサだ。
その優蘭の風貌は相当追い詰められているように見える。
きっと何かあったんだ。
私はそう理解した。
よく考えてみれば優蘭が自分の意思であんなことをするはずがないんだ。さっき私は優蘭が自分の意思であんな行為に及んだと解釈していたが、そもそも私の知らない優蘭の性格なんてあるわけないんだ。
優蘭は優しくて、どこか抜けていて頼りないけど一緒にいたいと思わせる愛嬌を持っている。
そんな人物だ。
だから…優蘭が自分の意思であんな行為に及ぶなんて絶対にありえない!
ガタッッ
心のなかで自分考えが決定した瞬間私はイスを吹き飛ばすほどの勢いで立ち上がった。
「…美織?」
「…優蘭」
私の姿を見る優蘭の目は先刻の死んだ魚のような目ではなく、一縷の希望を纏っている、そんな目をしていた。
きっと優蘭も理解しているんだろう、私が優蘭を信じていることを。
だから私は優蘭の方へ向かい全部伝える。
優蘭を救けーーーー
ガシッッ
突然私の肩を女子生徒が掴む。
「え?⤴︎」
突然の事で私は変な声をあげてしまった。
優蘭の方へ向かっていた私の体は私の想いとは反対の方へ引っ張られる。
なんで、どうして?どんな意図で彼女が私の肩を引き寄せたのか私にわからなかった。
だから酷く混乱した。
「あのさぁ〜君咲くん」
私の思いとは裏腹に彼女は声を上げた。
「美織悲しんでるんですけど〜?」
「え?」
何をするつもりなんだこの人は…?
私がわかるのは長年一緒にいた優蘭の性格だけだ、だからあまり喋ったことも無い名前もあやふやな女子生徒の考えなんて私はには読み取れなかった。
「自分の裸クラス中にばらまいて?頭おかしんじゃないのぉ?」
「それなー」
「あははは」
「ちっ…違うんだよ…あれはー」
「え?何言ってんの?」
「馬鹿じゃない?この期に及んでさぁー」
「もう全部バレてんの!!」
「君は頭がおかしいの!!」
「ねぇみんなもそう思うよね!!!」
『 おお!』
そうか…理解した。
彼女らは優蘭を敵に見立てて自分の中の正義を押し付けてるんだ。
彼女達は、自分のやってる行いが正しいと思ってる。
人間がいちばん残酷になれるのは自分が正義側だと認識している時、だからこんな優蘭の尊厳を奪うようなことをしても心が痛まないんだ。
こんなの公開処刑と同じだ、扇動された民衆は犯罪者の首が切り落とされる所をある種の娯楽としていた、そしてこいつらも悪が裁かれるのを楽しんでいる。
客観的正義。
その場で多数を占める正義がその場所での正義として成り立つのだ。
だからこの場に於いての正義は彼女達の行動だ。
どう足掻いても優蘭は悪。そしてそれを擁護するものも同罪になるだろう。
…狂ってる…こんなの正義でもなんでもない。
「ねぇ、美織もそう思うよね」
「え?」
「コイツさぁ自分がやったことを僕のせいじゃない〜とか言ってんだけどさぁ!頭おかしいと思わない?」
「言ってやりなよ!幼馴染みなんでしょ!?」
「で、でも…」
「なんで躊躇ってるの?美織は被害者なんだからこいつに何言ってもバチは当たらないって!」
「え…」
「美織!!」
「っっ…」
う、うそでしょ?
動悸が激しくなる。
なんで私が、こんな選択を迫られなければいけないんだ。
私は優蘭の事が好きだ、そしてその上に今回の件で優蘭が悪くないということをなんとなくだが察知してる。
だけどこのクラスメイト全員が正義だと自分たちの行動を正当化させてる今、私が優蘭のことを擁護するような事を言ったら。
彼らは、彼女達は、間違いなく私を糾弾する。
私も悪だとし、つぎの標的は私とする。
だけど自分達の事を正義だと思っている為、そこに罪悪感など存在しない。
私はーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「優蘭…あんた生きてる価値ないよ。」
そう優蘭に向けて言葉をはなった。
そこから先の記憶はあやふやだ。
ただ、私の発言を受けて大いに盛り上がるクラスメイトと優蘭の絶望した表情だけは私の記憶に鮮明に焼き付いている。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ピリリリリリリ
五月蝿いアラームが鳴る。私は乱雑にそれを止める。スマホの画面には朝7時と表示されていた。
そのまま画面をアンロックしメッセージアプリを開き、1番上にピン留めされている「君咲優蘭」のトーク画面を押す。
9月28日
『優蘭、真奈ちゃんから全部聞いたわ』
『私が勘違いしてたの』
『本当にごめんなさい』
『優蘭が許してくれるのなら私はどんな罪でも受けるわ』
『優蘭の為ならなんでもする』
『愛してるから』
『好きだから』
『また一緒に過ごしたいの』
トーク画面に表示されていたのは見る度に目眩がするような、感情が煮えたぎってぐちゃぐちゃになるような。そんな醜悪な文章。
優蘭を捨てて、捨てたのにまた縋り付く、醜い女の文章。
毎日起きてはこのトーク画面を開くのが私の日課だ。
こうして毎日かかさずに優蘭からの既読が着いたのかどうかを確認している。
当たり前だが、既読はついていない。
あの日から1度も優蘭からの既読はつかない。
それ以前は毎日のように交わしていたメッセージも、まるではじめから私達の関係なんて無かったかのようになんの音沙汰もない。
私の醜悪な懇願だけが、そこに取り残されていた。
「はぁぁ〜」
大きなため息とともにスマホを閉じ、思考をさっきまで見ていた夢に向ける。
「酷い夢…見たな」
起きてから数十分も経てばどんな夢を見たかを忘れてしまうものだが、忘れるまでの間は鮮明に頭の中に夢の映像が流れてくる。
今日見た夢は、あの最悪の日の夢だ。
私にとっての最悪の日という訳では無い。
彼…………『君咲優蘭』にとっての最悪の日だ。
自分を信じていてくれると思ってた幼馴染みに裏切られクラス中から冤罪をかけられ糾弾され、学校から追い出された。
優蘭は何も悪いことをしていないのにもかかわらず、口にも出したくないような悲惨な目に合わされた。
優蘭の立場になって考えてみればとてもじゃないけど正気じゃいられない。
あの出来事すべては優蘭を病的に愛していた姉、『君咲真彩』が引き起こしたものだった。
優蘭の姉が優蘭を監禁して、無理やり優蘭と行為をしてその動画を優蘭の束縛を目的に拡散した。
その事を優蘭を妹から教えてもらったのは優蘭が転校してから1ヶ月後のことだった。
あのとき、私は時分がいじめの標的になることを恐れ優蘭を見捨てた。
大好きな人を裏切った。
私が最低だと軽蔑していた女達よりも惨い行為をした。
謝っても許されることではないのは自分で一番理解している。
だけど一言でいいから、たった…一言…
「ごめんなさい」
それだけを彼に伝えたかった。
彼がいなくなってから3ヶ月、彼の姿が夢に出てこない日は1日もない。




