1月26日 君咲真奈
「ごめん真奈!私彼氏とこの辺り見て回ることになっちゃって!」
私の前で友人の『智子』は忙しなく何度も頭を下げている、その理由は簡単だ。
私達、『南小森中学』の生徒達ははここ、『大桜区』に社会科見学の名目で遊びに来ている。
そしてそこの彼女…智子はなんとこの社会科見学中にクラスの男子から告白されたのだ。
当然と言えば当然の話だが、私と2人でこの辺りを見て回ろうと約束していた智子は彼氏とここら辺を見て回ると急に言い出したのだ。
普通ならドタキャンされた上に彼氏との熱々デートというとても青春を謳歌したような感じに苛立ちを覚えるのだろう。
しかし私の心は寛大だ、そんなことで気を立てたりしない。
「…うん。流石に付き合いたてのカップルの邪魔なんて出来ないよ、楽しんできて!」
私がそう言い智子の背中を押すと、智子は涙を目に溜めて『ありがとう!』と言い遠くで見守っていた彼氏の元へ駆けて行った。
…遠くの木の裏で見守ってるってどんだけ智子のこと好きなの…あ、好きだから付き合ってるのか…
そんな不毛な自問自答をし、私はこれからボッチで社会科見学を楽しまなければ行けないという苦行に肩を落とした。
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『大桜区』
特に有名でもなくテレビニュースの料理店紹介コーナーでたまに出てくる美味しいラーメン屋さんがあるくらいしか誇る所のなさそうな町。
大桜区の大桜は、桜が多い『多桜』から来ているらしいのだが今は冬、その区名になるほど多い桜の木をみてもどこか寂しげな葉っぱが1枚もない木の枝があるだけ
なんでこの街に行こうと思ったのかとうちの学校の企画室に抗議しに行きたい気持ちが芽生えたがそれは握った拳に収めることにした。
はぁ…
どこを歩いてもあるのは葉のない桜の木と住宅だけ
一人でこんな何も無い街歩くなんて仕打ち…私は前世で大罪でも犯したのだろうか。
……大好きだった兄も居なくなったし…私本当についてない。
………。
ふと兄がまだ居た頃の記憶が脳裏に浮かぶ。
お兄ちゃん…元気にしてるかな。
いや…元気か…
丁度1か月前お父さん伝にお兄ちゃんから手紙が来た。
私はその内容を姉や妹達に話さないという条件付きで見せてもらった。
内容は、転校先の学校はいい人達ばかりでとても楽しい日々を送ってるだから心配はしないで欲しい
そして、彼女が出来たからいつかこの蟠りが無くなったら父さんと母さんに合わせたい。
と言ったものだった。
お兄ちゃんは転校先で充実した日々を送っているらしい、私達と居た時は出来なかった彼女も出来たとの事だ。
姉から酷い目に合わされて学校でも勘違いした人達から散々な目に合わされて、心に修復不可能に近い傷をかかえていたであろうお兄ちゃんの幸せは心から……うん、心から嬉しい。
この手紙を読んだ時は涙を流したものだ。嬉しくて、嬉しくて、ただただお兄ちゃんの幸せが私の事のように嬉しくて。
だけど、それと同時に私達はお兄ちゃんにとって足枷でしかなかったという事実も明るみになった。
私はお兄ちゃんが居なくなってから目の前の花の色さえわからなくなるほど灰色に染まった生活をしている。
どんなに仲のいい友達と遊んでいても心底から楽しめないという地獄のような毎日を送っていた。
しかしお兄ちゃんは私達が居なくても充実した日々を送り、彼女も出来ていた。
お兄ちゃんが居なくなり私の世界の全てが灰色に染った私とは正反対だ。
それを咎めるつもりは毛頭ない。
きっと、私達がいたから出来なかったことを心の底から楽しんでるんだと思う。
そう考えたら、さっきの涙の3分の1の理由は嫉妬心から来たものなのかもしれない。
私は……私達が居なくても幸せな日々を送っているお兄ちゃんに嫉妬しているんだ。
『なんで私達がいなくても幸せなの』
って
はは…なんて醜い嫉妬、心の底から笑い声が聞こえてくる。
血こそ繋がってはいないけれど兄に向かって向ける感情ではないはずだ。
私はほんと狂ってる。
どんなにカッコイイ男の子を見ても私の心は色付かないお兄ちゃんと話して、遊んで、一緒の毎日を送って初めて私の心は鮮やかな色彩に着色される。
はぁ…
社会科見学に来て、考えても嫌な思いするだけのお兄ちゃんについて考えて、1人で知らない街散策して…何やってるんだろう……私。
チャリン
お金が地面に落ちる音がした。
「あ……」
私の数メートル先を歩いてる人の財布がポケットから落ち、地面に行き場をなくし佇んでいた。
私がその財布を拾ってもなんのメリットも無いと思う。
だけどそういう小さな善行がいずれ幸福を呼ぶ事になるという教えを子供の時から受けていた。
拾って……あげるか…
財布を拾い、少し小走りに財布の持ち主にかけよる。
そして肩を叩く。
彼はこちらを振り向く。
「あのー財布落としましたー」
「…って…」
嘘でしょ?
振り向いたのは私の兄と瓜二つの顔をした男性だったのだ。
私は手の握力をその瞬間失い、彼に届けようとした財布を地面に再度落としてしまう。
それもそのはず、10年以上見てきた兄の整った顔立ち。
女性のような丸い輪郭。
少し長い指。
ぱっちりした二重で大きな目。
その全てを眼前の彼は当たり前かのように持ち合わせていた。
私の体は衝撃という電流が流れて止まない。
そして彼も私の顔を見て驚きをかくせていない様子だ。
まさか
そんなこと
あるわけ
そんなことを考えているという事を彼の目が語っている。
大丈夫、私も今同じ気持ち。
数旬の沈黙。静寂が二人の間を支配している。
何故かこの沈黙を破るのは、私の義務であるように思えた。
壊れゆくお兄ちゃんを救えなかった贖罪をしなくてはならないからだ。
私は震える口を何とか開け、声を絞り出す。
「おにい……ちゃん?」
薄い望みを繋ぐように、紡ぐように差し出した私の糸は彼に伝わるのだろうか、そんな不安はすぐに溶けてなくなった。
「……真奈?」
そう、彼が私の名前を呼んだのだ。
あぁ……そうか、やっぱり……そうだ。
確信したできた。
この人は私の兄だ。
愛してる、心から愛してる、世界で一番愛してる。
大好きで大好きで大好きな兄が
そこにいた。
「…お兄ちゃん…」
灰色の世界は急激に色めき立ち、枯れ果てた心象には美しい華が咲きみだれていた。
真奈は隠れヤンデレです…。




