1月25日 愛と哀
放課後。
それは、日中ずっと煩わしい授業に拘束されていた僕達に対して与えられる救済の時間である。
そう、普通なら。
今日は少し普通ではないんだ。
「はぁ…」
思わずため息がこぼれる、僕はそんな救済の時間である放課後に掃除をやらされていた、この放課後の掃除、それが僕の憂鬱の原因だ。
掃除をさせられた理由はズバリ朝の遅刻にある、僕は今日初めての遅刻をした。
それが今日何故か不機嫌な先生の目に留まり、僕は『たるみはじめてる』という言いがかりを付けられて罰として掃除をさせられたのだ。
初めての遅刻だから情状酌量の余地は大いにあると思うが今日の先生は初犯でも許さないスタンスなのだろう。
あ、いや悠二君は体育館を一人で掃除させられているのに対して僕は普段あまり使われない実験準備室を掃除させられているから少しは情状酌量を掛けてくれたのかもしれない。
「でも、だるいな」
あまりの気だるさに握っていた箒を手放したくなる。
この教室、あまり使われていないためにいくら掃除をしても埃が現れてくるのだ。正直もう帰りたい。
しかし元はと言えば掃除をやらされている理由は僕にあるからな…
気だるさを押し殺しなんとか掃除をするということを受け入れて僕は箒を動かした。
…
それと掃除の他にもう一つ僕の心を憂鬱で支配する理由となる出来事が存在する。
その出来事は今日の昼に起こったんだ。
僕は銀楼さんに謝りたいことがあるからと屋上に呼び出され、そこで激しいキスをされた。
その時頭が真っ白になりそうな程混乱していたが嫌な気は全くしなかったむしろ嬉しかったのかもしれない、多少無理矢理ではあったけど想い人からのキスだ、喜ばない男はいないだろう。
しかし問題はその後に起こったんだ。
僕は自分の膝の上に跨り鼻息が触れ合うほど近づいた状態でキスをする銀楼さんの姿を
姉と重ねてしまったんだ。
「最低だ…僕は…」
思わず口から言葉が漏れる。
銀楼さんの姿を、僕を好き勝手に蹂躙した諸悪の根源である姉と重ねてしまったんだ。
銀楼さんは優しい、僕を大切に思ってくれてる、自分の欲だけで僕を壊した姉とは違う…分かってるんだ。
だけど僕とキスをしている銀楼さんに姉の姿を重ねた、銀楼さんの恍惚に染められた目を僕は姉の物だと錯覚してしまった。
悪い夢なら覚めてほしい、こっから僕は銀楼さんとどう向き合えばいいのか。銀楼さんとキスをする度に姉の姿がチラつくかもしれないなんてどうやって打ち明ければいいんだよ…
答えの出ない迷路の中にずっとさまよい続けている。
それ程僕がしでかした行為は最低で許されざることなんだ。
「銀楼さん…ごめんなさい…」
「…優蘭、そんな掃き方じゃ全然掃除終わんないよ」
「!?」
不意に後ろから声がした。扉は閉めていた、扉が開く音にさえ気付かないほど僕は深い思考の沼にハマっていたのか。
そして、美しく透き通ったその声の主は
「銀楼さん!?」
後ろを振り向くと白銀の髪を揺らしながらこちらに近づいてくる銀楼さんが居た。
お互いの目が合い銀楼さんは嬉しそうな表情を浮かべる。
そして銀桜さんは僕の3m先まで近づくと近くに転がってた椅子を立て直し、そこに腰掛けた
「優蘭…どこ探しても居ないんだもん、他の人に聞いたら掃除させられてるって聞いたから来ちゃった」
「…来ちゃったって…しかも誰から聞いたのさ」
「クラスの友達だよ、あ、心配しないでね?『優蘭からノートを貸してもらっていてそのノートを返したいから』って理由で聞いたから」
僕の顔をぐっと見つめ笑顔を浮かべながら銀楼さん話を続ける。
「私たちの関係は隠してるからね」
最後の1文だけやけに強調されていたが、僕はあまり気にしなかった、それより今僕は銀楼さんと顔を合わせずらいという心持ちの為あまり深く詮索しないようにしようと心掛けているからだ。
詮索すると会話が続く、会話が続くとボロが出る恐れがある。
銀楼さんを姉の姿と重ねてしまったなんて事実絶対に銀楼さんには察しられてはいけない。
恋人間での隠し事はしない方がいいというのは当たり前のことだが今回ばかりは状況が違う、姉の姿と銀楼さんを重ねたなんて銀楼さんが知ったらどう思うかなんて明白だ。
銀楼さんを傷つかせない為にも今回の隠し事は必要なものだと思う。
「…なんかやけによそよそしいね」
「ふぇ!?」
し、しまった!!一瞬で気づかれただと!?
嘘だろ僕…唐突だが僕は世渡りは上手い方だと思う。
つまり表情で何かを隠すということに関しては結構自信があったしかし、まさか、一瞬で、見破られるなんて…!!
「やっぱり…なんか隠し事してる?」
銀楼さんを欺くのは至難の業らしい…だけどあの事を銀楼さんに知られる訳には行かない、会話の方向を転換してなんとか誤魔化さないと…!!
「してないよ、ただ銀楼さんがここに来たからびっくりしただけ」
「そうなんだ」
銀楼さんの表情に何かを疑っているかのようなものは消えた、ここ一ヶ月銀楼さんと一緒にいてわかった事がある、銀楼さんは感情が顔に出やすい。
だからさっきまで顔に出ていた僕に対する『疑いの表情』が消えたということは僕に対する疑念が晴れたという事だ。
だがまだは安心してはいけない、僕がまたいつボロ出してしまうとも限らない…さっきので分かったけど銀楼さんは割と人の考えが読めるタイプの人だ。
だから今の動揺しまくってる僕との相性は最悪だ、銀楼さんには申し訳ないけどここからお引き取り願うしか僕達の関係を守る道は無い。
「…でも銀楼さん、ここに来るって結構危険な行為じゃない?誰かに見られたら言い訳出来ない」
「…」
「僕達は学校では 赤の他人 なんだからさ」
「…優蘭…」
銀楼さんが悲しそうな表情をしている。
心が痛む、だけどこうするしか道は無い…
もしその事を知られたらこれ以上の悲しみを銀楼さんは背負うこととになる。
「…さっきも言ったけど…」
「うん?」
「私は全然いいんだよ?私たちの関係がバレたって!!」
「!!」
そうだ、完全に失念していた。銀楼さんは僕達の関係を隠すことに否定的だったんだ!
まずい…選択を間違えた!!
「っでもー」
銀楼さんが僕の言葉に言葉を被せてくる
「私は逆にこのことを公表するべきだ思うな」
「へ?」
「私達の関係を公表をすれば優蘭の存在が抑止力となって私に告白する男子が居なくなると思うし」
「私の存在が抑止力となって……優蘭のことを好きになる女子も居なくなる」
銀楼さんはかみ締めるように言う、まるでこっちの理由の方が銀楼さんにとって大切だと言わんばかりに
「はは…僕を好きになる女の子なんていないよ…第一…」
「居るよ」
「え!?」
えっ…居るの?まじで?
僕がモテる要素なんて何一つないと思うけど世の中は不思議なものだ
「…優蘭さ、もう少し自分の魅力に気づいてよ(ボソッ)」
銀楼さんが小声で何かを呟いたようだがぼくにはよく聞きとれなかった。
「とにかく、私は公表したい」
銀楼さんは椅子から立ち上がり僕の前に詰め寄る、その威圧感に僕は少し気圧される、銀楼さんは僕の目を見てくるが目を合わせると僕の考えていること全てが丸裸にされるような感覚に陥るので僕は目をそらす。
「っまってよ!…そんなにいきなり言われたって」
目を逸らしながら精一杯の返答をする。
今僕は頭が混乱してるからこんな返ししかできない。はぁ…自分で自分が嫌になる。
「なんで目を合わせてくれないの?」
「い、いや…別に大した理由は…」
まずい、いや、これだけ目を逸らしていれば誰だって何らかの異常を察するはずだ。
「優蘭…私がキスしたから?嫌だったの?」
「っ…違う…全然違う」
まずい、核心に近づかれてる
このままじゃまずい!
「確かに…優蘭の気持ち全く考えていなかった」
「…え?」
「私は自分の感情が抑えられなくなって…頭の中が優蘭でいっぱいになって…ごめんなさい」
違う…違う…僕は銀楼さんとキスしたことが嫌だったんじゃない
キスをする銀楼さんに姉を重ねてしまった自分が果てしなく憎いだけなんだ…
「私には…」
「…」
銀楼さんが何か言葉を綴ろうとしている
その瞬間
ガラガラ
勢いよく教室の扉が開かれた
「君咲!掃除しっかりやっているかーってあれ?」
「誰もいない…?」
あ…危なかった
まさか先生が教室に入って来るなんて…
先生に銀楼さんと居る所を見られるのはまずい、掃除中に女子とイチャイチャしてる生徒がいたら先生からどんな鉄槌が下るかなんて目に見えている。
この教室にいなかった理由はゴミ捨てに言ってたとか言えばなんとかなる…
ふぅ…
『優蘭』
そんなささやき声と共に僕の耳に甘い息がかかる。
『なんだかドキドキしちゃうね』
『…銀楼さん…』
そう、僕は先生にばれないようにこの一瞬で近くにあった掃除道具用のロッカーに銀楼さんと隠れたのだ。
『ふふ優蘭の心臓の鼓動が聞こえる…ん?なんか鼓動が早くなってる…ふふドキドキ、してるんだ』
『っっーっ』
だけど正直これはミスだったかもしれない…こんな狭い密室の中で銀楼さんと一緒に入るなんて、どうなるかは明白だ。しかしそんなことも考え付かないほど僕は焦っていたという事だ。
先生からバレるのは何とかなった…だけど問題はここからかもしれない
先生がこの部屋から出るまで銀楼さんとこのロッカーのかに閉じこもっていなければいけない。
そして急いで入ったからかかなり体制が危ない。
僕の右腕は銀楼さんの綺麗な形をした胸の間にはさまっていて、左手は銀楼さんの腰の裏に回っている。それに対抗するかのように銀楼さんの手は僕の首の裏に回っている。
…非常に危ない…いや正直これはアウトだ。
僕の息子…が万が一起動でもしたら銀楼さんの太腿にダイレクトに当たってしまうだろう、狭いロッカーの中で自分の彼女に起動した息子を押し付けるなんて暴挙を犯したら不名誉どころの騒ぎじゃない。
くそ…先生がいなくなるまで1分ってとこか…なんとか耐えないと…
『…でもさ優蘭』
『なに?』
『そんなにバレたくないんだね私たちの関係』
『そ…そんなことないけど』
『分かってるよ…優蘭の気持ちは…だけどほかの女子が優蘭を異性として見てるのが私にはすごく嫌なんだ、今日だって優蘭…ほかの女子から見られてたし』
僕は全く視線に気づいていなかったのに僕への視線に気づく銀楼さんに少し衝撃を受けつつ、そんな嫉妬をしている銀楼さんを少し愛おしいく感じた。
でも銀楼さんの嫉妬は杞憂だ。
『でも僕は銀楼さん以外の女子は無理なんだ、それは銀楼さんが1番わかってるでしょ?』
『…』
僕は銀楼さん以外の人は見れないだから心変わりなんて絶対にしない、僕の世界には銀楼さんしかいないから。
『じゃあもしその恐怖症が治ったら?』
『え?』
『私以外の女子を見れるようになったら優蘭は私の事…ずっと好きでいてくれるの?』
…考えたこと無かった…自分が恐怖症を克服し銀楼さん以外の女子と話せるようになったら僕は銀楼さん以外の人も好きになってしまうのか。
正直僕には分からなかった、まずそんなこと考えたこともなかったし、酷いことを言うようだけど銀楼さん以外の人を好きにならない保証なんてどこにもないからだ。
今直ぐに口で「そんなことないよ」と呟いても銀楼さんに迷っている、という本心を察せられてしまう可能性がある…
だから今の僕に与えられた最前の選択は…沈黙。情けない話だけど僕は答えを、指針を銀楼さんに示すことは出来ない。
そんな僕を見かねてか銀楼さんが僕より先に口を開いた。
『今日…隣のクラスの男性から告白されたんだ』
『…そう…なんだ…』
『3ヶ月前は男性全体に黒いモヤがかかってて全く見えなかった』
僕と同じ症状。僕も3ヶ月前、同じ症状を発症していた。だからこのことに関しては痛いほどわかる。
『だけど今日知らない男性から話しかけられた時そのモヤが少し晴れていたの』
『え?』
『つまり、私の症状は少しずつ…良くなってきたの多分理由は優蘭を知ったことで男性には悪い人だけじゃないっていう事実を心で理解したからだと思う』
『っ…じゃあ』
『多分1年後には私はトラウマによる男性を見れないという弊害が無くなってると、思う』
衝撃の事実、銀楼さんの症状が軽くなってきてるなんて僕は知らなかった。いや、多分銀楼さん自身も気づいて居なかったと思う。多分銀楼さんはほかの男子を見ようともしてなかったから自分の変化に気づかなかったんだ…
つまり…僕も…
『優蘭も…気づいていないだけで症状は少し改善されているはず』
『そんな…』
そんなことでトラウマが無くなるなんてにわかに信じ難いけど…多分それは本当のことだ僕もどこかで感じてたんだ、3ヶ月前とは何かが違うって、だけもその本質を考えようともしなかったんだ…
もしその恐怖症が無くなってたとしたら銀楼さんと同じじゃいられなくなるからって恐怖が心の根底にあったから。
『…じゃあ…僕達は』
一緒に居る意味が無くなる
喉までその言葉が出かかったが僕はなんとか息とともにその言葉を飲み込んだ。
『…私は断言出来るよ』
『…なにを…?』
『たとえ異性恐怖症が治ったとしても優蘭…貴方しか好きじゃない、私が貴方と付き合っているのは貴方が恐怖症の効力から外れてるからじゃない…』
『男性として…人として…そして、私の彼氏として貴方の全てが好きだから…愛してるから…』
『銀楼さん…』
銀楼さんの思い…僕をここまで好いてくれてるなんて…僕も好きだ君が好きだ…それは揺るぎ用もない事実なんだ。
だからこそ姉と銀桜さんの姿を重ねた自分が果てしなく憎いんだ。
『ごめんね僕は…ダメ人間だ』
『いいよ、優蘭が何を心の中に隠していても…それを全部ひっくるめて優蘭だから…私はそれさえ愛せるよ…』
『ぎん、ろう…さん…』
『愛してる』
銀桜さんの舌は僕の唇を持ち上げ、歯をこじ開けた
上の歯と下の歯の隙間をするりと抜けた銀桜さんの舌は僕の口の中を蹂躙する。
甘い蜜の中で絡み合う様に何度も何度も舌を絡ませる。快楽の底で永遠と続く夢を見てる気分だ。
先生はもう居なくなった…だけど僕達はこのロッカーから出ることはしなかった。
ここは僕と君しかいない世界。
幸せな世界でずった君と繋がってたいそう、心から思った。
だけど
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当たり前の話だが、僕はその後先生から「掃除をサボってどこかに行っていた」と言う件についての説教を受けた。
説教の時間は長くなると踏んだ僕は銀桜さんに先に帰ってもらうことにしたがそれは正解だったと思う、なぜならその説教がとても長くて昼間の授業が比にならないほどの地獄の時間だったからだ…
機嫌の悪い先生を怒らせるのは蜂の巣に小石を投げ込む行為と同等の危険性を秘めていると学んだ。
そして無間地獄のような説教タイムを終えた僕は帰路に着き、自宅へと戻った。
流石にこの季節の夜は冷える、こんな時間まで説教垂れてきた教師を恨みつつ、(いや、僕が悪いのか…)凍える身体を暖かいベッドの上に沈めた。
「…………」
枕に顔を押し付ける
「さっき銀桜さんとキスをしている時、銀楼さんと姉の姿を重ねていた」
最初は僕のただの過ちだと思ってた。
僕の滑稽で、怠慢で、馬鹿な
ただの過ち。そう思ってた、いや、そう思いたかった。
だけど『これは』そんな簡単な事じゃないみたいだ。
「ッッーハァハァ」
動悸が激しくなる、心臓が苦しい。
「ハァ…ハァ…銀楼さんの僕への愛情は…普通じゃない、どこか、どこか狂気じみてるんだ」
「まるで姉さんのようにッ!」
僕は最悪の結末を想定する。
それはーーー
『もしかしたらこれ以上銀桜さんからの愛を受けたら僕はまた、、』
壊れてしまうかもしれない。
そんな予感が僕の胸を支配した。
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学校が終わり、家に帰ってからもう数時間はたっているが、私の彼への思いの熱は未だに冷めることは無い。
今日、キスをした。
大好きな人とキスをした。
それだけの事実が私の想いをここまで駆り立てる。
彼への思いは延々と募っていく。
あいしてる。絶対、何があっても、もし世界が滅んでも、もし私が死んでも。
ぜったい離さないからね
優蘭
優蘭と鈴音は似たような境遇に居ますが、その本質はあまりに違います。
鈴音は異性からの性欲を受けすぎて壊れました。
優蘭は異性からの愛情を受けすぎて壊れました。
優蘭は愛されることの恐怖を知っていて、鈴音は愛することの恐怖を知りません。
その違いが優蘭を苦しめることになるのです