1月25日 デジャブ
僕と銀楼さんはめでたくお付き合いをすることになった。
僕達はお互い心に傷を抱えていて、この交際はその傷を舐め合うためのものかもしれない。
だけど僕は銀楼さんと付き合えることがとてもとても嬉しくて一人で舞い上がっていた。
毎日夜遅くまでメールのやり取りをした。いくら夜遅くまでメールしていても眠くならないから本当に不思議だ。
銀楼さんはその美貌が故に外に出ると想定外の事態が起こる可能性があるので僕達はお家デートが主流になった。(この前の経験を踏まえて)
あっ、やましいことはしてないから安心して!!
ただ銀楼さんの作った料理はとても美味しかった…
ほんとにもう口に入れた瞬間に意識が吹き飛ぶほど美味しくて、僕は気絶したんだ。でも何故か数時間後目覚めた時にはひどい頭痛に襲われていた。
銀楼さんは泣いて謝ってきたけど美味しかったから僕は全然気にしなかった。
…本当に美味しかったからね……
そんなこんなで僕と銀楼さんが密かに付き合い始めてからもう1ヶ月の月日が流れた。
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キンコンカンコーン
やばいチャイムが鳴ってる!
やってしまった…僕は今階段を登っている途中だ
チャイムがなり終わるまでの所要時間は30秒程度、僕はここから30秒で教室に入らなければいけない。
無理ゲーだ、この学校の階段は無駄に長い僕は転学してから築き上げてきた無遅刻無欠席記録をここで諦めなければならない。
「くっ…」
断腸の思いだが仕方ない、もう物理的に無理だ…
諦めよう。
と考えている内にチャイムは鳴り終わり僕の遅刻は確定した。
ならもうわざわざ階段を駆け上がる必要も無い、ゆっくり行こう。
「おーい優蘭!!」
後ろから聞き覚えのある大きい声が響いてきた。
この声は…
「お前遅刻だぜ!?ははっ遂に優等生陥落か~」
僕の恩人であり友人であり親友の悠二君だ。
「…なんでそんな嬉しそうなのさ」
「ははっ優蘭もついに俺と同じ仲間ってわけか~」
何故か悠二君は僕が遅刻した事に喜んでいるが僕はまだ1回しか遅刻してないから悠二君の仲間になった訳では無い、明日からは絶対に遅刻しないから。
と心の中で拳を握りしめた。
「あってか俺遅刻指導だ!めんどくせーなおい」
「はは遅刻し過ぎだよ悠二君」
「うるせーお前も明日から毎日遅刻すんだぞ!」
「する訳ないじゃないか」
そんな下らない会話をしながら僕達は教室に向かった。この時間が割と好きだったりする。
一瞬会話が途切れる。
そして何かを決心したかのように悠二君が口を開く。
「なぁお前銀楼と付き合ってんの?」
「え、え!?」
神妙な顔をしていたからどんな話をするのかなと思ったら予想だにしなかったとんでもない質問をぶっ込んできた。
「ど、どうしたの?急に」
「あ、あぁそういや聞いてなかったなと思ってよ」
「え、」
「この前芝崎で不良に絡まれてたろ?」
「あ、うん」
「その時銀楼も一緒に居たじゃんか、何でだろうなーってずっと思ってたんだよ、だけどなかなか聞く機会がなくてさ」
「あぁ…なるほど…」
困ったな…
なんって答えればいいんだ?一応僕と銀楼さんの関係は他言無用という事を二人の間で約束している。
いくら親友でもその約束を破るのはどうなんだ…?
「…」
「あ〜言えないならいいや」
「え!?」
「そんなに気になるってわけでもねぇし人の恋路の詮索するほど野暮じゃねぇしな」
「…ご、ごめん」
「なんでお前が謝ってんだよ、悪いのは変なこと聞いた俺だ」
「そんな事ないよ!僕も優柔不断ではっきりー」
「あー良い良い、お前の反省モードは長ぇから!朝からそれ聞くのはカロリー高いぜ」
「え、あ、」
「自覚ねぇのかよ…取り敢えず!今の話はナシだ!それと!」
「う、うん!」
「お前授業中銀楼の事見すぎだぜ、周りにもお前が片想いしてるって噂されてんだから気をつけろよ」
「え、えええええええええ」
ガラガラガラ
悠二君が勢いよく教室の扉を開けるともう授業が始まっていた。
ゆっくり話しながら階段を登っていると朝学活の時間を超えて1時間目まで到達していたのだ。このことからうちの高校はどれだけ階段が長いかが分かると思う。
「早く席につきなさい」
「ういーっす」
先生は機嫌が悪いのか物凄い剣幕で僕達を睨んできた。
あまり先生を刺激しないように僕は静かに自分の席についた。悠二君はそんなこと考えていないようでズカズカと自分の席に向かっていた。
ふと隣を見る、僕の席の隣には銀楼さんが座っている。
僕は銀楼さんに視線で『おはよう』と告げるが今日の銀楼さんは何故か申し訳なさそうな顔で視線を返してきた。
どうしたんだろうと思いつつも僕は視線を戻し、鞄から教材を取り出した。
「であるからして~」
長い、長いぞこの授業。
この高校の授業は50分制でその事実は揺ぎようのないものだ、しかし明らかに僕の体感時間は50分をゆうに超えている。
もう2時間程体内時計が進んでいるがそれに反してこの教室に設置されてある時計の針はまったくと言っていいほど進まない、これは何かの陰謀なのかと本気で思ってきた。
僕はなるべく授業中は寝ないようにしている、その一時の睡眠が1ヶ月後のテストに影響したらと思うとゾッとするからだ、だがそんな自分の中のポリシーさえ捨ててしまいたくなるほど、とてつもなく寝たい。
ツンツンツンツン
「?」
凄い速度で銀楼さんが僕の右肩を突っついてくる
何?と言いたい所だが授業中に声を出すのはご法度なので銀楼さんの方を向くだけにする。
「?」
銀楼さんはノートを広げ僕の方へ見せてきた、よく見てみると銀楼さんのノートには綺麗な字で
『謝りたいことがあるのでこの授業が終わったら屋上まで来てください』
「あっ…」
思わぬ事が書いてあったので思わず声が漏れる、あまり大きい声ではなかったけど数人には聴こえたようで不思議そうな顔をしてこちらを向いてきた、だが先生は気づいていないみたいだ。危なかった…ギリギリセーフといった所か?
流石に不機嫌な先生から説教なんて喰らいたくない。くらいたいと思う人は生粋のドMだろう。、
「ふぅ…」
僕は視線を自分の教科書に戻してどうやってこの授業を乗り切ろうかを考えることにした。
キンコンカンコーン
と救いの鐘がなり、僕は屋上へ向かった。
銀楼さんと二人で行くと何らかの関係をクラスの人達やほかのクラスの人達からも疑われそうだから僕達は別々に屋上へ向かっている。
銀楼さんはその美貌が故に多くの隠れファンが存在する(否、殆ど隠れてないな)。
そんな存在が僕と付き合っているという事が明るみに出るとどんな暴動が起きるか分かったものじゃない、無駄な争いは避けたいという意見は僕と銀楼さんの共通認識だった為、学校ではなるべく他人のような関係でいようと付き合い始めた日に約束した。
だから今回の事態は割と不測の事態だったりする。
メールで話してくれればいいのに、わざわざ学校で話すという危険を侵すなんてどんな話があるんだと少し怯えている自分が居る。
「…ふー」
緊張で震えている手を屋上の扉にかける
「杞憂であってくれ…」
ガチャッ
扉を開けると隙間から冷たい風が入ってくる、そしてその風の向こう側に美しい髪を靡かせる銀楼さんが居た。
「優蘭君…こんにちは」
「…こんにちわ、銀楼さん」
銀楼さんは耳の後ろに髪をかける、その仕草がまた美しい。
「話って何?」
「…謝りたいことがあって」
「うん」
銀楼さん深刻そうな顔をしている。それこそ世界の終わりのような、心做しか最近は明るくなった銀楼さん目が黒く染っているように感じる。
「…今日優蘭君遅刻したでしょ?」
「あぁうん、したね」
「私のせい…だよね?」
「え?」
まさか謝りたいことってそれ?
張り詰めていた空気が一瞬にし音を立てて割れた。
銀楼さんの深刻そうな顔を見てどんなとんでもない告白を受けるのかビクビクしていたぼくは少し拍子抜けした。
「ずっと心の中で思ってたの、私が夜いつも遅くまでメール送るから優蘭君疲れが溜まってるんじゃないかって…でもそれに気づいていてもメールを送るのを止められなくて…」
「いや!全然大丈夫だよ!!僕は銀楼さんとメールできて楽しいし」
「でも優蘭君…」
「それに今日遅刻したのは電車が遅延してたから!銀楼さんのせいじゃないよ」
本心だ。僕は本心からそう伝える。
別に今日遅刻したのは銀楼さんのせいじゃないしそれを銀楼さんのせいにするなんてことをしたら僕は自分で自分を嫌悪するだろう。
「だからそんな暗い顔しないでよ」
「…ありがとう…」
ふぅ、これで終わりだ。
学校で話すのはけっこうリスキーだからなるべく早く教室に戻らないとな…
「銀楼さん先に戻ってていいよ」
「…やだ」
「え?でもそうしないと怪しまれるし」
「優蘭君と離れたくない」
銀楼さんからの要求にはなるべく応えたいと思ってるけど、ここでその要求は結構まずい。
誰が屋上に来るかも分からないし、そもそも見つかった時なんて言い訳をすればいいかも考えていない。
「でも銀楼さん僕達の関係がバレたらまずいでしょ?」
「私はいい」
「え?」
「私は優蘭君との関係みんなバレてもいいよ?それでどんな女子に恨まれたって私には君がいればいいから痛くも痒くもない」
「っっでも」
「行かないでね?私の優蘭君?」
銀楼さん急にどうしちゃったんだよ…
今までならこんな独占欲を剥き出しにすることなんて一度もなかったのに…
あ、まさか謝りたいことがあるからって言うのは僕を屋上へ誘い出すための口実?
確かに屋上なら僕は直ぐには戻れないし…
駄目だ駄目だそんなこと考えたってなんの意味もない。
「…優蘭君は別にいいって言っていたけど私は結構気にしてるの」
僕の思考とは真逆を行くように銀楼さんは話を続ける
「だからお詫び、させて欲しいな」
「お詫び?」
銀楼さんが僕に近づいてくる、一歩一歩確実に。
いつもなら僕は喜んで受け入れる、だけど今は何故か素直に受け入れられない僕がいる。
スッ
お互いの息が触れ合う距離まで近づいた。
「銀楼さん…」
「キス、しよ」
「へ?」
「それが私のお詫び」
「そんな自分の身を売るようなことやめよう!!」
「嫌、濃厚でとろける、頭が真っ白になるようなキスをしたいの」
僕の唇を指で触りながらその指を自分の唇にもつける。
駄目だ、この時点で僕の頭は真っ白だよ…
「それ、お詫びじゃなくて銀楼さんの願望じゃ…」
あれ?声が出ない…僕の発した言葉の続きが出せないなんでだ……
…あ、答えは簡単だった。
僕の口は銀楼さんの唇で塞がれていた。
だから言葉を発せなかったんだ
「んんーーー!!」
「はぁ…はぁ… 」
僕と銀楼さんの唇が重なり合う。
唇と唇が重なり合う、ただそれだけの事なのに僕の脳は支配され五感も作用しなくなるほどの副作用が僕を襲う。息の仕方を忘れる程僕達はその行為に入り浸っる、しかし
人間だから限界があって
僕は銀楼さんの肩を手で押した、キスを止めさせるためだ。僕は息を止めるのが苦手だ、もう少し長くキスを続けていたら間違いなく僕は窒息して気絶してただろう。
「はぁ…はぁ息が…」
「ねぇ…優蘭」
銀楼さんが僕の名前を呼ぶ時に敬称として君を付けていたが何故かそれが外れた。なんか心境の変化でもあったのか?…ってどうでもいい!!
「もっとしたいな」
銀楼さんの腕が僕の首の裏に巻きついてくる。銀楼さん胸が僕の体に当たる。とてつもない密着。
僕の方が銀楼さんより体重も体幹もある筈なのに脚がよろて尻もちをつく。
「優蘭…私…初めてのキスなんだ」
「う、うん…」
「キスでこんなに心が満たされるなんて知らなかった」
また銀楼さんの唇が僕に覆い被さる。
しかし何故か、僕には拒むことが出来ない。
されるがままに犯される。
『はぁはぁ…優蘭』
え?
「姉さん?…」
「どうしたの?」
「い、いや…なんでもない」
「変な…優蘭…んっ」
はぁ、はぁ、なんでだ?
こんなことあってはならないはずなのに…
今、一瞬キスをする銀楼さんの姿が…僕の姉と重なった。
僕をどこまで縛り付けるんだよ…姉さん…。