12月15日 僕は君しか、君は僕しか愛せない
話は現在に戻ります。
冷たい風邪が僕の頬を掠め、通り過ぎた午後10時。
僕達は、隣町の来たことない公園のベンチに座っていた。
この公園は広くもなく狭くもなくいどの町にもひとつかふたつは必ずあるような公園。
入口には『ハナミズキ公園』と書かれた石板が主張強めに設置されている。
決して大きいとは言えない公園だが、敷地内の中に程よい間隔に遊具が設置してあるので昼間は子供たちの遊び場として賑わっていることだろう。
だが今は夜の10時。
こんな時間に外を出歩く子供なんてほとんど居ない、公園で遊ぶ人なんてもっと居ないばずだ。
そのためこの公園は夜の暗がりを纏い人影のない少し不気味な静寂が流れていた。
視線を自分の右隣に座っている女性に向ける。
隣に座っているのはこの世に彼女の美しさを形容する言葉は無いのではないかと思わせるほど美しい女性。
そう、
「銀楼さん」
がそこにいるのだ。
「銀楼さん、体調はどう?」
「…ごめんなさい、まだ少しクラクラする…」
「そっ…か…」
銀楼さんと僕は数時間前デート(?)をしていた。
そしてその最中よからぬ事を企む男達に襲われたのだ。
悠二君の助けもあり僕達は何とかそこを脱出することが出来たのたが、銀楼さんが急な発熱に襲われ失神してしまった。
その時の銀楼さんの体はまるで電気ストーブのように、それだけで周囲の者を温められるようなそれほどの熱を発していた。
僕は銀楼さんを抱えながら安静に出来るところをひたすら探し回りやっとの思いでこの公園を見つけ、なんとか休息と安静を勝ち取ることが出来た。
気を失っていた銀楼さんは公園に着くと直ぐに目を覚まし、起き上がった。
しかしその顔はやつれていてとても僕の思い出の中にいる銀楼さんと同一人物だとは思えなかった。
それほどまでにあの暴挙は銀楼さんの心傷つけ、踏みにじったのだ。
そして何より、銀楼さんを守ることが出来なかった非力な自分に腹が立つ……。
銀楼さんの明らかな変化に生命の危機を感じ取った僕は救急車を呼ぼうとしたのだがその必要は無いと諭され、銀楼さんが歩けるようになるまでこの公園に居ることになったのだ。
…ほんとに救急車、呼ばなくて大丈夫だったのだろうか。
「寒い…」
銀楼さんがふとこう口にした。
「え、あぁ…」
あ…よく良く考えれば真冬の夜、寒いのは当たり前だ。
僕はさっきの戦いと銀楼さんを運んだことによって体が尋常ではないほど温まっているから感覚が麻痺していたのだが普通に考えたらめちゃくちゃ寒い。
「ごめん銀楼さん、僕のコート貸すよ」
「…」
反応は微妙だが、いまできる最善策は銀楼さんに僕のコートを貸すことだ。
今、僕の体は温まっているからと言ってコートなんか着なくても平気…というのは浅はかな考えではあるが、目の前で寒がっている女の子がいたら誰だってそうする、僕もそうする。
「…いらない」
「ふぇ…!?」
い…いらないだと…!?
予想の遥か先を行くこの答えに僕は驚きを禁じ得なかった。
さっき寒がっていたのに…ぼ、僕のコートを借りるくらいだったら凍死した方がマシという事の意思表なのか…!?
「…ごめん」
僕は結構ショッキングな銀楼さんの拒絶を聞き脱ぎかけたコートをまた羽織った、頬をしょっぱい何かが通ったがそれは多分涙ではないと思う。
……いや、そう信じたい。
「…コートはいらない」
「え…?」
銀楼さんはさっきまでずっと地を向いてた目線を僕に向けた、その目にはある種の「懇願」のようなものが宿っていた。
「コートじゃなくて、君咲君が欲しい」
「え…!?」
僕は、予想の遥か先を行き地球を一周してまた僕の所へ戻ってくるくらいに衝撃を受けた。
『君咲君が欲しい』
って…どういう意味?
考えが纏まらなく脳がショートしてしまい僕の体は湯気が出てきてもおかしくない程、熱を帯びた。
「いや、そういうことじゃなくて」
なんかよからぬ事を考えているであろう僕を見透かして銀楼さんは強気で僕の考えを訂正した。
「私の隣に来て。君咲君の熱で私を温めて」
何も僕の考えと違わないじゃないかというツッコミが脳内で発生するが、銀楼さんの目を見ればそんなことどうでも良くなった。
「…分かったよ」
銀楼さんの目はどこか寂しい目をしていたのだ
まるで暗闇の中に1人取り残されているかのような
もう抜け出せない恐怖の中に身を置いているかのような
全てを諦めているかのような、目を。
そんな銀楼さんの目をぼくは一人ぼっちにしたくない。そんな衝動に駆られた。
ぽつんと綺麗に空いた銀楼さんの隣に座る
銀楼さんが肩を寄せてくる、それを拒まないで僕も銀楼さんに肩をつける。
体が触れ合う、ただそれだけなのにどんなヒーターを付けるよりも体が温まった。
それは銀楼さんも同じようで…銀楼さんは頬を赤に染めながら
「ありがとう」
と呟いた。
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「……顔、ごめんね」
「え?」
「私のせいで沢山殴られた…凄く、腫れてる」
「あ、あぁ…大丈夫だよこれくらい」
「でも」
「大丈夫、銀楼さんが無事だったんだから…それに男が女の子を守ってできた傷は名誉の傷って言うでしょ?」
「そうなの…?」
「うん、そう」
ギュッと
銀楼さんが僕の腕を掴む力が強くなった。
ここは星座が見えるような綺麗な場所じゃない。
ここはとある住宅街の薄汚れた公園の片隅。
せいぜい夜空に浮かぶ月がよく見えるくらいだ。
だけどどんな美しい星座を見るよりも、僕はこの女性の隣にいる事の喜びのほうが大きいということを知った。
2人で肩を合わせてからどれだけ時間が経ったのかは分からない、僕と君の横に何回風が吹き抜けたのかも分からない、だけど無限にこうしてたいと心から願っている僕がそこにいた。
気づけば銀楼さんの目から暗さが抜けていた。
「き…優蘭くんだけなんだ」
「え?」
突然銀楼さんが口を開いた。しかも呼び方が君咲君じゃなくて優蘭君になってる…!?
嬉しすぎて飛び上がりそうだが僕はそれを押し殺して冷静に返答する。
「僕だけって…なにが?」
「前に、私も君と同じく異性にトラウマがあるって」
「うん」
僕と銀楼さんは同じトラウマを抱えている。
初めて出会った日にそこ事を知った。
それと同時に嬉しく思ったのを覚えている。
僕は1人じゃなかったんだってそう思えたような気がして。
「だから必然的に男の人で喋れるのは君しかいないんだ」
「うん」
「だからこの1ヶ月間君のことをよく見ていた、毎日毎日君のことを見ていた、君をいくら見ても私は吐き気や恐怖心に襲われることもないから」
「うん」
「初めてだったの」
銀楼さんは僕の目を見て力強い声で話を続ける。
「君みたいな優しい男の人がいるって知ったのは」
「いつも朝来た時に必ず教室を掃除したり、女の子に酷い恐怖心を持っているのにその子を傷付けないためにトラウマに耐えて普通に会話していたり、私をいっつも気にかけてくれいたり、どんなに夜遅くメールしてもすぐに返事をくれたり、誰もしなくなった校庭の花壇の花の手入れをしているのだって知ってる」
「ずっと男は汚い人種だって思ってた、性欲に理性を奪われ獣のようになる、人間であることの尊厳を自ら放棄している…そんな人達しかいないと思っていた」
「君は違った」
「君は優しかった」
力をふりしぼり彼女は言葉を綴る、僕と出会ってからのこと、僕のこと。
正直かなり僕からしたら恥ずかしい内容だ、ただそんな感情がどうでも良くなるほど銀楼さんの熱意は凄まじかった。
いつも半開きの目のどこか気だるそうなをカッと開きながら、感情的に情動的に、僕を語る。
そんな彼女は見たことないし僕はそれを全て聞く、脳で聞くんじゃなくて心で聞く、それが僕にできる誠心誠意の対応だ。
「…銀楼さん…」
「私は子供の頃から男は私の顔でホイホイ付いてくる馬鹿な人種だと思って一蹴して興味すら持っていなかったの、だけど君と出会って初めて男を知ろうとした」
「楽しかった…」
僕はじっと銀楼さんの目を見つめる、少しでもずらしてはいけない。彼女の目を逸らしてはいけない。
「君を知って行ったこの1ヶ月間は私がこれまで生きてきたどの1ヶ月よりも楽しかったの」
「君に送るメッセージを考えてる時間とか、君のことを考えて眠れなくなった夜とかその時間は普通煩わしいもののはずなのに、とても、とても愛おしくてたまらないの」
「こんなんおかしいよね」
「でも…これがわたしの心の全てなんだ」
「…」
一瞬の静寂。僕と銀楼さんの間に風が通る。
「…優蘭君…はどうだった?」
「え?」
「私と話してて楽しかった?」
「私と遊んで…楽しかった?」
銀楼さんからの質問。
僕は心からの言葉を紡ぐ、
僕も銀楼さんと会えて嬉しかったし楽しかった。
その事を伝えたい衝動に駆られる。
「…銀楼さん…僕もだ、僕も君を知れて楽しかったし嬉しかった」
「本当に?」
「うん、本当だよ。メッセージを交わす度に君のことを知れて嬉しくて、君と話す度君の癖が分かるのが楽しくて…」
「うん…」
「いっつもクールで無機質な感じなのに嫌なことや嬉しいことがあるとすぐ顔に出ちゃうとことか」
「授業中ふとした時に横を見るとシャーペンを持った
まま居眠りしてたり、意外と天然だったり…」
「これは今日知ったことだけど、気配を隠すのが得意だったり、ホラー映画が好きだったり、めちゃくちゃ辛いものが好きだったり、試着した服全部似合ってるて言ったらちゃんとしてって不機嫌になったり…」
「…楽しかった」
「…心から楽しかったって言える?」
「うん、胸を張って言えるよ」
僕と銀楼さんは同じだ、同じ傷を抱え同じ世界に生きている。
銀楼さんの世界には僕しかいなくて、
僕の世界には銀楼さんしかいない。
歪な関係だけど、今はそれでいいとすら思ってしまう。
「フフフ、やっぱり私達考えてること同じみたい」
「……あ、確かにね」
「あー、適当に返したー」
「そ、そんなことないよ!」
「じゃあ試してみようよ」
「試す?」
「うん、私が優蘭君に質問するからそれに答えて」
「え!?うん…」
「私の答えと優蘭君の答えが一致したらクリアね」
「う、うん分かった!」
「失敗したら優蘭君が嘘ついてたって事だから罰ゲーム」
「ば、罰ゲーム…うん!いいよ!」
「じゃあ行くよ」
「……うん!」
「……好きな人っている?」
「え…?」
唐突な質問に一瞬たじろいだ、だけど答えは決まっている
「じゃあ言うよ」
銀楼さんがニコッと笑いなが言う。
「うん、いいよ」
一瞬の静寂、そして。
『君が好き』
僕達は同時にその言葉を放った。
その言葉は光を超える速度で空を裂き僕達の耳に伝わり脳へ到達した。
脳に到達した瞬間で僕達は理解した。
理解したと同時にとめどない笑いがこみあげてきた、嬉しさだ……嬉しさ100%の笑いだ。
君の方を見てば君も笑っている
「嬉しい」
「私も」
7秒見つめ合う。
そしてふっと糸が切れたかのように僕達は笑いこけた。
僕達の笑い声が月明かりに照らされた夜の公園に響いていた。
僕と君は愛せない。
だからこそ愛し合えるのかもしれない。