9月13日 僕の傷
黒色と静寂に支配された冷たい部屋。
腕と足にはには冷たくずっしりとした金属の感触。
信じたくは無いが。どうやら僕はそんな何も無く誰もいない、殺伐とした空間に閉じ込められているらしい。
当たり前と言えば当たり前だが、この部屋には時計もなければ窓もない。
そのため外の風景もわからないし正確な時間もわからない。
完全に外界から遮断されてしまったというわけだ。
まともに食事も取れず、トイレも行けない。
こんなこの世の終わりみたいな部屋にあとどれくらい拘束されているのか、助けは来るのか…。
そんな不安が頭の中をぐるぐると自由飛行しては交錯し、その度に頭が狂ってしまうようなそんな感覚に襲われる。
終わらない自問自答、永遠のような時間。
あぁ...早くここから出してくれ.....
姉さん!!!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そう、僕をここに閉じこめた張本人は何を隠そう僕の姉である
『君咲 真彩』だ。
僕達は、血こそ繋がってはいないけれども極普通の幸せな家庭を築いてきた。
しかし、いいつからか姉は僕に狂気と言ってもいいほどの重すぎる愛を注いで来るようになったのだ。
僕は人の感情、特に自分に向けられている好意には鈍感じゃないしここまでされれば姉が僕に好意を持っているのは分かった…
だけど僕は姉を姉としか見れない。
確かに血は繋がってないけれど、5年というあまりに長い時間を『君咲真彩』という人間を実の姉だと思って過ごしてきた僕にとっては、『君咲真彩』は『大切な姉』という認識でしかない。
今更姉を異性として、ましてや恋の相手として意識するなんて不可能だ。
そんな複雑な心情を冷笑するかのように、姉の愛は留まることを知らず僕にのしかかってくる。
そしてその終着点がこれだ。
……睡眠薬を盛られて……牢獄のようなところに監禁された……。はは……現実は小説より奇なりと言うがあまりに度が過ぎている。
このまま何も無く僕が解放されたとしても、もう僕は「君咲真彩」を姉として認識することは出来ない。
彼女の目すら見れないと思う。
…………いつからだろう。
僕達が唯の姉弟で居られなくなったのは、昔は仲のいい極普通の…家族だったのに…。
どうして…どうして。
こうなってしまったんだ。
ガチャン!!
感傷に浸っていると不意に扉が開かれた。
誰かが入ってきたのか?
ついに助けが来たのか?
そんな思考を巡らせる。しかし猿轡のようなものが口に付けられてるため言葉を発せない。
なので扉を開けた人物に少しでも気づいてもらうように腕に付けられた金属をガチャガチャと鳴らす。
人影は段々とこちらに近づいてきている。
気づいてくれたのか...?
やっと僕は助かるのか..!!
そんな一縷の光明に縋るかのように僕は人影を凝視した。
その人影がどんどん近づいてくる。
「んーーんーー!!」
僕は精一杯に助けを求める。
そしてその人影が僕の眼前に来た。
「んー!」
やった!気付いてくれた!!僕はーーーーたすかーーー
「そんな情熱的に求めてぇよっぽどワタシを待ていたのねユウラン……ッ!!」
「ン...?」
あぁ...最悪だ、
ここまで希望が絶望に変わる瞬間を僕はこれまでの人生で味わったことは無いだろう。
そして今後もこれを超える絶望は味わうことがないだろうとも断言出来る。
人影の正体は僕を助けに人でもなんでもない、僕をここに閉じこめた張本人、
…姉さん(きみさきまあや)だった
ガチャッッ
姉さんは僕の口に付けられていた猿轡を外し僕の顔を妖艶な眼差しで眺めていた。
姉さんのその見るもの全てを魅了するような紫黒の瞳と、部屋の漆黒と混じりあった芸術作品のように美しいロングヘアーも今は少し煩わしく見えた。
「はぁ…はぁ…姉さん...どうしてこんなことするの?」
僕は姉さんに問掛ける。
どうしてこんなことをするのかと、どうして僕を閉じ込めるなんてことをしたのかと...
「そんなの決まってるじゃない?優蘭...」
「?」
「あなたと愛し合いたいからよ」
「.....は?」
アイシアイタイカラ?
……監禁しておいて愛し合う?姉さんは何を言っているんだ。
つまり、自分の欲を満たすために、僕をここに何日も監禁したのか?
僕のことなんて、僕の気持ちなんて微塵も考えちゃいない。
姉さんは…狂ってる。
「姉さん…おかしいよ…」
「おかしい?なにが?」
「っ!なんでって?当たり前だろ!こんな所に弟を監禁して…絶対におかしい!普通じゃない!狂ッてるッッ!!」
思いをぶちまける。
もう隠しておかない、姉さんに抱いていたこの感情を正面から全部姉さんにぶつけてやる。
そうすればきっと姉さんも分かってくれるはず、
そしたらまた仲のいい家族に…戻れるーーーー
「可愛いわ…ユウラン」
「は?」
姉さんから飛んできたのは僕が思いもしない言葉。
「そうやって怒ってるユウランを見るのも好きよ」
「何…言ってるんだよ」
「私はユウランの全てが好きなの、だけどずっと一緒にに居ないとその表情全てを見ることは出来ない」
「っ…」
「だから一緒に、ずっと一緒に居るの、この部屋で二人で、ずっと、ずっと、ずっと」
「そんな…じゃあ僕は一生ここから出れないの?」
「いいじゃない、ユウランもワタシを愛してる、わたしもユウランを愛してる。愛し合っている二人が文字通りずーーっと一緒に居られるって幸せじゃないかしら?」
姉さんは本気で狂っていた、僕の言葉に耳を傾ける意思を見せず、その上姉さんの頭の中では僕は姉さんのことを異性として恋人として愛してるっていう認識だった。
確かに姉さんのことは愛しているけど…それは家族愛とかの世界の話だ。姉さんを異性として愛してる訳じゃない。
…なんかのアニメ見過ぎなのか?
姉さんは僕の知っている優しい姉さんじゃなくなってしまった…。
「…なんで…姉さんはそうなっちゃったの?」
「?」
「僕は……優しくて、頭が良くて、なんでもできる姉さんを心から尊敬していたのに…今の姉さんは…ただ」
「私は私よ、何も変わっていないわ」
「…っ…」
「今も昔も考えているのはユウランの事だけ、私はユウランをずっと考えている」
「ユウランの姉として、私のせいでユウランが笑われないように勉強も、運動も完璧にした。関わりたくない人種とも関わって人間関係を広げた、体も汚した、それもいつかユウランの為になると思って」
「ねぇ…さん…」
「ワタシはユウランの為に生きてきたのよ」
姉さんから明かされた真実、姉さんに抱いていた尊敬の念は元々僕の為に築き上げてきたものだったのだ。
「だけど…ユウランはワタシの為に生きてない」
「そんなこと言われたって…」
「これは何?」
姉さんは服のポケットからスマホを取り出し慣れた手つきでロックを解除する。
てかよく見ると、姉さんが持っているスマホは…僕のスマホだ。
なんでパスワード知っているんだ…
そしてそのスマホを僕の眼前に提示する。
そこにはLINEのトーク画面が映し出されていた。
トーク相手はクラスの女子。
「なんで他の女と親しげに話してるの?」
「話してるのって…クラスメイトだからー」
ガツッッ
姉さんの手が僕の顔を掴む。
「ユウラン…アナタは私の所有物なのよ、妹達と話すのはまだ許せるけれど、他所の女と親しげに話すなんて…許せるわけないじゃない」
姉さんは物凄い剣幕で僕を睨みつける。
睫毛と睫毛がふれあう距離。姉さんの紫がかった黒瞳には憎悪・嫉妬・軽蔑・その多諸々の禍々しい感情が込められていて最早『 美しい』と形容できる代物ではない。
「っがっ…」
「ワタシはユウランの所有物、ユウランはワタシの所有物」
「が、はぁ…はぁ…」
「それをちゃんと理解させないといけないわね」
姉さんは僕の顔から手を離すと
僕の唇を乱雑に、そして官能的に、奪った。
1秒
10秒
30秒
唇が元々そうなる運命だったかのように自然と重なり合う、頭が狂いそうな官能的な刺激が僕を襲う。
息が……できない。
「んーー」
絶望の縁に立たされた僕とは対照的に僕の唇を理不尽に奪った姉さんの顔は見たことも無いような恍惚の光に当てられていた。
そして満足したのか僕の唇から離れる。
「はあっ……はあっ……」
「ね、優蘭…」
「…何?」
「さっきね、皆あなたを探しに行ったの。優蘭は友達の家に泊まると言っていたとみんなに嘘を言っておいたけど…せいぜい持つのは2日程度...もう4日も経っている流石に探しに行くわよね」
「...!!」
急に姉さんが真実を明かす。
僕は友達家に泊まりに行っているという設定なのか...だから誰も僕を探すなんてことはしなかった…
それにもう4日も経っていたのか…
「フフフ、でも笑っちゃうのがあなたが今いるのはワタシの部屋。いくら外を探しても居るわけないのにね」
「...!!姉さんの部屋?」
ここは姉さんの部屋なのか?あまりにも殺伐としているからどこかの廃墟だと思っていた。
「つまりね、家には誰もいないってこと」
「...うん」
「今なら優蘭とどんなことしても誰も気づかないし誰も優蘭がここにいるなんて思わない」
「っっ...うん」
何をする気なんだ...この人は……
「だから今しかないのよ」
「今しか...ない?」
姉は僕の体に抱きついて首筋を舐め妖艶な声で僕の耳元でつぶやいた
「ーーしましょ、」
「は?」
「二人の愛を確かめて、繋がって、ひとつになるの」
「嫌だ!そんな!姉弟だよ!?姉さん!!」
僕は手錠を鳴らし必死で訴える。
姉弟でそんな行為を行うなんて…ありえない、あってはならない。
だけど鳴るのは乾いた金属音だけでそれが姉さんの心に響くわけが無い。
姉さんは止まらない
「ユウラン…」
「嫌だ…お願い…姉さん…」
「あいしてる」
姉さんから発せられたその言葉がなにかの呪いの言葉の様に聞こえた。
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満月が暗い夜空を照らす9月の夜。
……僕の全てはこの人に蹂躙され、愛され、そして全てを奪われた。
「ううっううっ……」
一連の事が終わり僕は憔悴しきっていた。
目からは涙が止まらない。
だけど体の自由を奪われているからそれを拭うことすら出来ない。
僕は尊厳や……大切なものを今失くしたんだ。
「初めては好きな人とする」
漠然とだが確かに抱いていたその望みも奪われ、僕は穢れた存在へと成り果てた。
対象的に姉はこの世の全ての幸福を手に入れたかのような表情をしていた。
「なんでそんな顔……できるの?」
「あら、顔に出てたかしら」
姉は恥ずかしそうに手で頬を隠す。
「……」
「でもね、本当に楽しみなのはこれからよ」
「……は?……」
そう言うと、姉はポケットからスマホを取りだした。スマホに着いているのはドラハンのキーホルダー。
僕のスマホだ。
「...姉さん...?」
「私達が愛し合っていた姿皆に見せましょ?」
「なっっ!!」
姉さんはまた恐ろしく早い手つきで僕のスマホのロックを解除する
なんと僕達の事は全てこのスマホに録画されていたのだ。
「やめて...辞めてよ...やめっっ」
スマホを奪い取ろうとするも手にかかった手錠もあり、スマホを奪い取れない
ただ、かわいた金属音が鳴り響くだけ。
「姉さん!!なんでもするから...!!それだけは...!!」
「...だぁめ」
姉さんは全く僕の懇願に聞く耳を持たない
ニヤリと笑いながら姉さんは僕達の事が録画されたビデオを僕のLINEに入っている友達に一斉送信したのだ。
「ァあ...あぁぁぁぁぁぁ!?」
僕は絶望のあまり言葉にならないようなことを叫んだ。
そしてそんな僕を横目に、姉さんはスマホを全力で壁に投げ、破壊した。
真衣から貰ったドラハンのキーホルダーも粉々になって地面に飛び散る。
「な、なんで……なんでだ」
絶望の底に叩き落とされているとも知らない人影が僕の上に跨ってきた。
そしてその人影はまたニヤリと笑い……
「もう1回...しましょ?、あの女に見せつけてやるくらい…」
と呟いた。
黒い影の纏ったその笑顔はまるで色欲に溺れた堕天使の様で、永遠に交わらないであろう世界を体現するかのようなおぞましさを孕んでいた。
「ねぇ……さ………………」
そして僕は数日間、姉に蹂躙され続けた。
そう。これが僕の傷。
この凄惨たる事件を経て、僕は……女の人を拒絶する様になっていたいったんだ。
優蘭を監禁した姉の名前は『君咲真彩』という名前で、下に3人の妹がいます。
優蘭が君咲家に来たのは真彩が小一の時で、
はじめは、異分子である優蘭のことを嫌っていたのですが、真彩の強情な性格が起因して学校で虐められている時期に、優蘭が校庭で砂を大人数から投げられている真彩を庇いいじめを辞めさせた事から、真彩は次第に弟である優蘭に惹かれて行くことになります。
その恋心を自覚したのは中学二年生のときで
優蘭が別の女子に告白されているのを見て自分が激しい嫉妬心に苛まれていることに気づいた真彩は自分が激しく優蘭を好いているという事実にも同時に気づいたのです。
ソレが悪夢の始まりで、
恋心に気づいた真彩はだんだん優蘭を求めて狂っていくことになります。