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僕は彼女を殺して、彼女になる。  作者: Kfumi
Ⅰ 痛みを感じるか?
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05 要求不満

 優真が校門を抜けたとき、横を赤いスポーツカーが勢いよく駆け抜けていった。

 優真のことなど見えてはいないようだった。

 駐車場のいつもの場所にスムーズなバック駐車を決めた。


 朝から心臓がバクバクと叫ぶ。


 なぜなら、赤いスポーツカーは優真が傷をつけたそれだったからである。



 そんな優真にお構いなく赤いスポーツカーのドアが開き、中から颯爽と教師である須貝が姿を現した。

 髪をかき分け、まるでスター気取りである。

 相も変わらずにご機嫌そうな様子から、自身の車の傷にはまだ気が付いていないようであった。


「せんせーおはよう!」


 登校してきた女子生徒たちが須貝に挨拶をする。

 所謂『余裕ある大人』に見え、風貌も若い須貝は女性生徒から人気だった。


「おはよう。朝から元気がいいね」

「今日、先生の授業ないよ~、寂しい」

「ははは、嬉しいこというね。でも受験のために他の教科も一生懸命勉強しなきゃだめだぞ」

「はーい」

「先生、後で質問にいってもいい?」

「いつでもおいで」

「やったー! プライベートな質問もしちゃおっかなー」

「まったく。一日ひとつまでだぞ」

「えー」

「あはははは」


 須貝と女子生徒のやり取りを遠目で見ていた優真は、そんなことよりも車の傷の方を気にしていた。

 ドキドキしながらも須貝の様子を窺い続けた。


「ねえ、エリ。ほら、渡しちゃいなよ」

「えー……でも」


 須貝が女子生徒をぽかんとした表情で見つめた。


「なんだい?」

「エリが先生に渡したいものがあるんだってー」

「ちょっと……もう」

「渡したいもの? 何かな? 先生気になるなあ」

「……あ、あの」


 エリと呼ばれた生徒が須貝に小奇麗で小さな紙袋を渡した。

 顔を赤くして、渡すときは地面を見ていた。


「? これは……なんだい?」

「わ、私、お菓子作りが好きで、先生のためにチョコ作って来たんです。も、もしよかったら休み時間にでも食べてくれませんか」


 隣の女子生徒も緊張した面持ちでエリと須貝の顔を見比べていた。

 須貝は優しげに微笑んだ。この笑顔で人気があるらしい。


「ありがとう。先生とても嬉しいよ」


 須貝はそのお菓子を受け取り、また微笑んだ。

 エリと呼ばれた生徒は一気に安堵の表情になり、ニコニコしながら友人たちと去っていった。


「走るなーあぶないぞー」


 須貝は再び微笑み、女子生徒たちを見つめた。

 そして、舌打ちをした。


「俺のこと好きなら、甘いもん嫌いっつーことも調べとけよ。クソガキ」


 そういうと、須貝はお菓子を近くの草むらの中に投げ捨てた。


 その様子は優真以外の誰も見られてはいなかった。

 そして須貝も優真に見られていることに気づかなかった。


 そのとき、須貝の横を丈が物凄く短いスカートを履いた女子が歩いて行った。


「おっと……」


 須貝は明らかにわざと車の鍵を落とした。

 そして、女子生徒のスカートの中を遠目で覗こうと試みた。


「あと、ちょっと……」


 須貝はぼそぼそとした声で呟いた。


「須貝先生、ちょっと!」


 須貝の身体が一瞬でビクつき飛び上がった。

 それは背後から別学年を受け持つ同僚おばさん教師からの声だった。


「は、はい! いやあ……か、鍵を落としてしまいましてね、あはは」

「これ! どうしたんですか!」


 おばさん教師は須貝の車を指さしていった。


「はい?」


 須貝はスカート覗きがばれたわけではないことにほっとして、おばさん教師の指さす車の外面を見た。

 そこには一線の傷がついていた。


「な、なんですか! これは……」


 須貝は傷を手でなぞり、驚いたようにいった。

 おばさん教師も首を傾げた。


「なんでしょう。タチの悪い悪戯ですかね……」

「……うっわ、こっちまで続いてるよ。これ結構金かかりますよね」

「ほら須貝先生、女子から人気あるから僻む子たちも多いんじゃないですか?」


 おばさん教師はにんまり笑っていった。

 須貝は隠れて、苛立ちの表情をした。


「まあ! 誰なの、こんなところにゴミ捨てたの」


 おばさん教師は須貝の背後を通り、付近の草むらのお菓子袋を見つけ拾った。

 須貝はそれを見つめいった。


「ふざけた生徒がやったんでしょう。私が処分しておきますよ」


 須貝は袋を受け取り、微笑んだ。


「さすがは須貝先生ですね。じゃあお願いしますね」


 おばさん教師は感心するとそのまま校舎へと去っていった。

 須貝は袋をぐしゃっと握りつぶし、車を睨みつけいった。


「……誰がやりやがった」



 優真は逃げるように廊下を早歩きしていた。

 途中何度かすれ違う生徒とぶつかりそうになったが、その度に目を逸らし、頭を下げていた。


 須貝の車のことがバレてしまった。


 優真の心のなかはモヤモヤとした黒い煙が充満しているようだった。

 でも、まだ誰の仕業かまではバレてはいないようだ。


 もうやめよう。


 そう思った。


 優真は須貝の裏の顔に気づいている数少ない人物の一人だ。

 もし自分が犯人であることがバレたら何をされるかわからない。

 彼の性格的に退学まで追い込まれるかもしれない。


 いい機会だ。

 この行為がダメなことなんて随分昔から気づいている。

 自分のストレスを我慢すればいいだけだ。


 優真は心に決めた。


 そのときだった。


 前から歩いてくる彼らの存在に気が付いた。

 靴音を大きく鳴らし、まるで周囲を威嚇するように歩いている。

 優真に日常的に暴力を与えている遠藤と田名部、岸本の3人だ。


 優真は身体をびくつかせた。

 思わず顔を隠し、慌てて背中を見せた。

 そして、気づかれないように歩き始めようとしたときだった。


 ぐっと痛みを感じるほどの力で、背後から肩を掴まれた。


「いっ……!」

「あれ~、望月君じゃないか~」


 遠藤に既に気づかれていた。

 にやにやとした顔を浮かべて、優真を見ている。

 肩に加えられた力が強くなる。

 爪を立てているようで、まるで肌を引きちぎろうとしているかのようで、内出血しそうだった。


「う……ごめんなさい」

「なに謝ってんだよ望月君」

「望月君はまだ悪いことは何もしてないだろう?」


 田名部と岸本も優真を取り囲むようにしていった。


「だって俺たちは友達だろう? な?」


 遠藤は優真に肩を組み、顔を近づけていった。


「……」


 何も答えない優真の首を絞めるようにしてさらにいった。


「友達だよな? 答えろよ、なあ?」

「……は、はい」

「じゃあ友情料払ってもらわなきゃあ困るよな?」

「む、無理です……は、払えない」


 田名部が周囲の生徒たちに隠れて優真のみぞおちを殴った。

 ドスっと優真の身体の中で鈍い音が鳴り、今朝食べたものを全て吐いてしまいそうになった。


「払えないって聞こえたんだけど? 俺の気のせいだよな?」

「……」


 優真は目に涙を滲ませながら、頷くことすらできずにいた。

 そのとき、岸本が優真の制服上着のポケットに手を突っ込んだ。


 そこからは3万円が出てきた。

 昨日、母・夏海の封筒から盗んだ金であった。


「あ……! や、やめて!」

「は?」

「お母さんの……お母さんの大切なお金なんだ……」

「で?」

「か、返してほしい……です」

「マザコンかよ、キモ。ババアの金だろうが何だろうが関係ねえ。だったらもっと貰って来いつってんだよ。ザコ」


 優真は必死に取り返そうとしたが、遠藤に胸倉を掴まれ睨まれると、それ以上声を出すことはできなかった。


「チッ……コイツ、3万しか準備してねーじゃんか」

「俺たちは5万っていったはずだけど」


 田名部と岸本が優真を睨んだ。

 遠藤に胸倉を勢いよく押し離され、優真はその場にへたり込んだ。


 そのとき通った女子生徒が優真を見て、馬鹿にしたように笑っていた。


「放課後、体育館裏」


 捨てるようにそういい残し、遠藤たちは優真のもとから離れていった。


 少々痛めつけ残りはあとのお楽しみとして、満足したような笑みを浮かべ歩き去る遠藤らは、響子とすれ違った。


 響子はずっと優真と遠藤らのやり取りの様子を遠くから見ていたようだった。


 そして、すれ違った遠藤らの背中に鋭く刺すような眼差しを向けた。


 それは相手の命を刈り取るような純粋な殺意だった。

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