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僕は彼女を殺して、彼女になる。  作者: Kfumi
Ⅰ 痛みを感じるか?
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04 ハジマリの出来事

 水を注ぎ、濡れたグラスを拭く。

 優真の母である夏海は、スーパーの店員を終えた後、この小さなバーで接客の仕事をしている。


 こじんまりとして、落ち着いた雰囲気の常連客の集う『夜憩』という名のバーである。

 マスターも夏海の事情を知っていて気にかけてくれているのだが、夏海は笑顔で対応している。


「出てくれる分には助かるけど、無理はしないようにね」

「はい。わかってます。大丈夫です」


 夏海はかなりのハードスケジュールを日頃から送っているはずだったが、そんな様子も見せずにキビキビと動いていた。

 だがそれが逆に心配でもあった。


 馴染みの常連客が多いため、客含めて夏海は心配されていた。

 だが、美人で気立てもよく、さらに子持ちだが独身の夏海はおじさん達の憧れであり癒しでもあった。


「夏海さんもさあ、まだ若いんだからさあ~、再婚とか考えてもいいんじゃないの~?」


 顔を真っ赤にした会社員風の男が、ふらふらと揺れながらいった。


「例えば俺とかどう? 嫁とは別れるよ~! なんちゃって! がはははは!」


 隣のふくよかな大男もそう続けた。


「息子さんだって、大人になっていくんだからさ。夏海ちゃん自身の幸せってものも考えるべきだと思うよ、私は」


 スーツを着て髪の薄くなった初老の男もいった。


 夏海は、次のグラスに手を伸ばし、優しい笑みを浮かべた。


「私なんて、そんな」


 おじさん達は大声で笑い、「夏海ちゃんは美人だよ」とさらにおだてた。


「でも」

「何か気がかりでもあるのかい?」

「……私には、もうあの子だけですから」


 夏海はグラスを拭き終わり、透明なガラスを見つめながらも、優真のことを案じていた。



*   *   *


 林が生い茂る森の中。


 市街地から外れたこの場所に、とある廃屋があった。

 かつては何かのレジャー施設だったのかもしれないし、何かの会社の事務所だったのかもしれない。

 現在は壁もほとんど剥がれ落ち、その名残などなかった。


 その外にはたくさんのランプが揺れ動き、照らしていた。

 白と黒に包まれた外装の車。

 警察のパトカーである。

 夜の闇に包まれたここを派手に飾っていた。


 そのひとつの車両から一人の女性が降りて、廃屋のなかへと歩いて行った。

 警官たちが現場検証しているなかを進んでいく。


 すると廃屋のなかに広いスペースがあった。

 ここにほとんどの警官たちが溜まっている。


 そのスペースの中心には何かの爆発跡があり、煙が立ち上っていた。

 消火作業も終わったようで、こんな場所のため怪我人もいなかったという。


「朽葉警部補、お疲れ様です」


 近くにいた若い刑事が、その女性に対していった。


「寝てたよ。全く。迷惑な話だよ」


 朽葉と呼ばれた女性が面倒くさそうに返した。

 大きなあくびをして、髪をひとつに結いで、背の高い、気の強そうな女性だった。


「まあそうなんですけどね。物凄く小さいですが、爆弾が爆発したあとのようですよ。朽葉警部補はどう考えますか」


 朽葉由希クチバユキは、ふんと鼻で息を鳴らし、床に目をやった。


「お前はどうみる? 佐倉」


 隣にやってきた佐倉和輝サクラカズキは問われ、事前に用意していた答えを返した。


「どっかの馬鹿が遊んでたんでしょう? どうやら、鑑識によるとこんなしょーもない規模の爆弾ならある程度の知識があれば素人でも作れるらしいですし、ふざけて花火で火事起こすような馬鹿が作ったんですよ」

「……ほお。そう見るか」

「バカッターってやつでは。いい迷惑ですよね。検索すりゃすぐにでも引っかかるんじゃないですか?」

「詰めが甘いんじゃないか」

「へ?」


 朽葉は、近くに置かれている廃れた椅子と机の上にあるいつのものかわからない新聞に目をやりいった。


「通報があったらしいね」

「あ、はい。えっと……23時36分に、タナカユウコと名乗る女性から。若い人たちのうるさい声が聞こえて、山の中を見に来たら、火が見えて、危ないから注意に来てほしいって……通報です」

「通報人の名前を聞いたのか?」

「いえ。自分で名乗ったらしいです」

「へー」


 朽葉は髪を耳にかけて、床を見た。


「若い連中が真夜中に廃墟で爆弾製作? うるさいほど騒いで、火事まで起きそうになってた割には、馬鹿騒ぎで散らかったような痕跡はどこにもない」

「はい……? そう、ですかね?」

「簡単にいえば、パーティの残骸が見当たらない。犯人はかなり落ち着いていたように思える」


 朽葉は近くの椅子を掌で撫でた。


「さっきまで、誰かここにいたんだね」

「え? ああ、若い連中が、ですか?」

「違う。何者かがここに座ってたんだよ。椅子がまだ暖かい」

「……え」

「通報した人。タナカユウコさん? だっけ。何か、声とか特徴は?」

「連絡を受けた者によると、けっこう若い印象だったと言ってました」

「ふーん。タナカユウコ……偽名か」

「はい? 偽名? どうしてですか?」


 朽葉は近くの新聞を拾い上げ、佐倉に見せた。


 今から20年も前のものだった。

 そこにはある記事があった。

 『田中優子氏、出馬確実!』という見出しの選挙のものである。


「あ……田中優子……?」

「通報人はさっきまでここにいた。自分で爆弾を作り、警察に連絡し……」


 朽葉は顎を触り、俯いた。

 佐倉が顔を覗くようにしていった。


「いやいや……全部朽葉さんの推測じゃないですか」

「……」

「もしそうなら……どうして、そんなことを? ただの悪戯でしょう?」

「ここまでして、いたずら?」

「……まあ、はい」


 佐倉が鼻の頭をかいた。


「私はそうは思わない」


 朽葉がはっきりとした口調でいった。


「なら、どう考えます?」

「警察の初動捜査を見たかった……?」

「はい?」

「こんな事件が起こったとき、どれだけの時間で現場まで来れるのか……どんな捜査をとるのか、それを見たかった……」

「なんのためにですか?」

「……さあね。今後、最悪の展開がないことを祈るだけだ」

「まさか、考えすぎですよ。それに田中優子って名乗る意味ないじゃないですか。そこまでする人がそんな違和感バリバリのミスするはずないですって!」

「ミスじゃない」

「はい?」

「私たちに気づかせるためだとしたら」


 朽葉は周りを見渡した。


 そこには既に夜の静けさしかなかった。


 でも、近くの林の中に『通報した犯人』が隠れているような気がして、そこへ向けていった。


「宣戦布告だとしたら」


 苦笑いを浮かべる佐倉を気にもせず、朽葉は林の間の闇を見つめ続けた。

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