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僕は彼女を殺して、彼女になる。  作者: Kfumi
Ⅰ 痛みを感じるか?
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02 矢吹響子

 彼女にとって、「変わった子だね」や「おかしな子だね」なんてオブラートに包むも程があるほどの優しい言葉だった。


 矢吹響子ヤブキキョウコは、「異常な子だ」と言われて育てられてきた。


 彼女には、そう言われる理由がわかるような気もしたが、わからないような気もした。


 彼女はずっと孤独だった。

 彼女はずっと仲間が欲しかった。



 そんな幼き日、彼女にとって青天の霹靂のようなある出来事があった。


 あれは小学生の頃だっただろうか。


 彼女が一人で道を歩いていたとき、近くの高校の駐車場で一人の少年を見かけた。


 その男の子は、鉄片のようなものを握ってただひたすらに車に傷をつけていた。

 そして、安堵するように笑っていた。


 ストレス発散か、フラストレーションの爆発か、ただの好奇心か。


 響子は、その気持ちがわかる気がした。


 そのときから、響子はこの少年を探しながら生きてきた。

 中学も、高校の今も、彼と出会うことはなかった。


「普通の学校生活を送りなさい」


 ある日、教師にそう言われた。

 でも、意味がわからなかった。


「普通ってなに?」


 響子はそう尋ねると、教師はいった。


「みんなと同じってことよ」


 言い返す気力も湧かなかった。


 響子にとって、この毎日はくだらない日常だった。



 放課後。


 いつものように冷めた視線で、見据えるように歩いていると、ふと廊下で見知らぬ男子とすれ違った。


 彼の制服は汚れて、ひどく蒼白な顔をしていた。

 とぼとぼとした自信を感じさせない歩き方。

 ブカブカの制服。

 土のついたボサボサの髪。


 響子は、1ミリの興味すら湧かなかった。


 横目で撫でるように彼の全身を見たまま、響子はトイレの中に入っていった。


 トイレでは、派手な見た目の女子生徒が2人の生徒を連れてやかましく喋っていた。


 高校では染髪は禁止されているが、その子は目立つ茶赤色に染めていた。

 教師に注意だってされただろうが、気にしてはない様子であった。


「マジウザい。髪くらい普通に染めるよね」

「染める。老害にはわかんないんだよ」

「髪染めたら風紀が乱れるんだって。意味わかんね。バカじゃねえの」

「てか谷村の奴、校則違反とかいって肩触って来たし、キモすぎ」

「まじ? キモ! それ犯罪じゃん! 谷村、逮捕されればいいのに」

「ミカちゃん。大丈夫だった?」

「ダイジョブ、ダイジョブ。心配ありがと。一生親友でいようね!」


 ミカと呼ばれたのが、派手な髪色をしている女子だ。

 今はこの2人とつるんでいるが、別の場所ではこの2人の悪口を言っているのを聞いたことがある。


 響子は一瞬だけミカたちに目をやって、脇を通り、そのまま個室へと入っていった。

 続けてミカたちの世間話が聞こえてきた。


「そういえばミカ、アキラ君とどうなった?」

「ヤッたけど?」

「マジ? はやーい!」

「普通でしょ、別に」

「どうだった?」

「別に。大したことなかった」

「イッた?」

「イくわけないじゃん! ちょーちっちぇの! イケメンだし、喧嘩も強そうだから、どんなんかと思ったら」

「えええ! あはははは!」

「でもアキラ君、かっこいいのにね~」

「は? アンタ好きなの?」

「え……ううん! 違う、違うよ」

「間違っても寝たらさ……わかってるよね?」

「わかってるよ。……わかってる」


 くだらない。

 響子はひたすらにそう思った。


 ふと個室の外が静かになり、沈黙が訪れた。

 囁くようなカサカサとした声が聞こえた。


「……ここに入っていった奴……」

「……可哀想だよぉ、ぷふふ……」

「……いいじゃん、人の話聞くとか趣味悪いし……」


 そういうやり取りが微かに聞こえてきた後、大きな金切り声が響いた。


「ほら! やっちゃえー!」


 すると響子の頭上から大量のトイレットペーパーや、バケツが降ってきた。

 響子は頭を抱え、必死にそれを耐えた。

 それでも次々とトイレットペーパーが投げ込まれる。


「あはははははは! キモイんだよ! ブス!」

「紙足りてますかー? あはははは!」


 そんな言葉を個室の響子に告げた。

 何も言い返さない個室のなかの響子を想像してか、ミカたちは再び笑った。

 息も出来なくなるような盛大な笑いだった。


 個室の響子は、それが止んだ後も頭を抱えていた。

 無表情で自分の太もも辺りを見つめていた。

 手の甲が切れて血が出ていた。


 最初に投げ込まれたバケツで切ってしまったらしい。

 チクッとした痛みが手にやってきた。


 響子は床に落ちてあるそのバケツに目をやった。


 ちょっとだけだが、外にいるミカたちが邪魔に感じた。


 響子はトイレの水を流し、その水をバケツですくった。


 笑いすぎてお腹を押さえたり、化粧を直しているミカたちだったが、響子の個室のドアが勢いよく開いたことで、一瞬だけ肩をびくつかせた。


 そこにはバケツを持って響子が立っていた。

 そして、ミカたちに冷徹な目を向けた。


 それには気づかずにミカが口を開いた。


「はあ? なにブス? なんか文句でもあんの?」


 続けて取り巻きがいった。


「キモイんだけど。こっち見んなよ」

「どっかいけよ。ブス」


 それがまるで聞こえていないような表情で、静かに響子が口を開いた。


「耳障り」


 次の瞬間、響子は手に持つバケツの水をミカたちに向かって勢いよく浴びせかけた。


 ミカたちは驚いてびしゃびしゃになったまま、茫然と立ち尽くした。

 何が起こったか整理できたようで、ミカが頬をぴくつかせて、怒声を響かせた。


「てめえ! 何すんだよ!」


 それが言い終わるか終わらないかのところで、響子は勢いよくバケツでミカを殴った。


 ミカはトイレの床に倒れた。


「痛っ……!」


 そんなミカを見下し、響子はミカの顔面をさらにバケツで振りかぶるように叩いた。


「!」


 痛そうな悲鳴をあげて、ミカは顔を押さえた。

 反射的に涙を流していた。


 取り巻きの2人は、そんなミカを助けもせず、怯えた表情でこの光景を見ていた。

 響子はそんな2人を見つめ、鼻で笑った。


 響子は少しだけ微笑むと、いった。


「よかった。静かになった」


 響子はバケツをその場に投げ捨て、トイレを出て行った。



 全てが灰色に染まった日常を睨みながら歩く。


 響子の今までの人生はそんなものだった。


 色がないのだ。


 楽しいという色も、悲しいという色も。


 いつだって響子の周りの景色の色は死んでいた。


 下駄箱で上靴から外靴へと履き替え、外へと出ていく。

 吹奏楽の重い音色が響くなかを歩く。

 木々に挟まれた道を歩くと、駐車場が見えてきた。


 そのときだった。


 その駐車場で、赤いスポーツカーの隣に立ち、鍵状の何かで車体に傷をつけている少年の姿が目に入った。


 少年は傷をつけたあと、安堵したように笑っていた。


 あのときの、あの子だ。


 響子は素直にそう思った。


 灰色の世界に、明かりが灯された。

 普通ではない異常な行動を取るその少年は、響子にとって、まさに光だった。


 心臓が高鳴る。


 今までずっと独りだった。

 誰にも理解なんてされなかった。


 響子はその少年と話したくて、口から出そうな心臓を押さえるように、声をかけた。


「何してるの?」


 少年は肩をびくつかせた。

 心底驚いたようだった。

 こちらを向き、響子と目が合った。


「あ……あ」


 驚きすぎて声が出ないようだった。


「……こ、これは」

「うん?」


 響子は嬉しそうに微笑んだ。

 その顔を見てか、少年はさらに怯え、


「すいません!」


 といい、響子の前から走り去った。


「あ……」


 響子は少年に手を伸ばすも、届かなかった。


 追いかけたかったが、やめた。

 焦ってはいけない。

 響子がずっと探していた彼は、この高校にいたのだ。

 響子は胸を押さえて、静かに微笑んだ。


 そのとき、


「おい! てめえ、こんなとこにいたのか」


 という金切り声が響子に向けられ振り向いた。


 そこにはミカと取り巻きの2人と、さらに数人の男子生徒がいた。

 制服がここのものではない。

 どうやら他校の生徒のようだ。

 不潔で、ガチャガチャと着飾っている。それが彼ら流のオシャレらしい。


 背が高く、端整な顔立ちの割に、異常なほどのワックスで固めたツンツン髪の少年が、響子にいった。


「ミカのこと、やったのお前?」


 隣のミカが涙を浮かべていった。


「うん。アキラ君、やっつけて。お願い」

「てめーみたいなブスが、ミカの顔殴るとか。マジで何考えてんのかわかってんの?」


 アキラという男に隠れて、ミカは笑った。


 しかし、今の響子にはそんな彼女らの姿などミジンコほども意識されなかった。


 今日、響子は運命だと思っていた相手と再会できたのだから。

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