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    五


 週明けの月曜日。

 僕はいつも通り学校へ向かう。昨日、卓也から連絡があった。ちゃんと霧島さんと二人で試合を観に来たかという確認だ。僕らは目立たないところで観戦していたから卓也は気づかなかったのかもしれない。キチンと観戦したと報告し、卓也を安心させる。学校はいつも通りだ。授業を受け、あっという間に昼休みになる。卓也と僕、霧島さんの三人で昼食を摂る。今日、霧島さんは卓也にお弁当を持ってきていなかった。だが、大きな一歩を踏み出す。

「あ、あの、根本君……」

 三人でお弁当を食べていると、霧島さんが切り出した。彼女は、お手製のお弁当を食べていたが、僕は知っていた。手が震えている。きっと、かなり緊張しているのだろう。頑張れでとはこの場では言えないけれど、心の中では応援していた。

「な、何かな?」

 卓也は優しく微笑みながら、問い返す。相変わらず爽やかな笑顔だ。男の僕が見ても素敵だと思ってしまう。女の子の中にはクラっときてしまう人だっているだろう。

「サッカー。観に行ったの。そ、その練習試合。惜しかったね、なんだっけオフサイドって言うんだっけ?」

「うん、最大のチャンスだけあって残念だったよ。霧島さんはサッカー観るの?」

「じ、実はあんまり観ません。ゴメンナサイ」

「そんな謝らないでよ。でもよく知ってたね、オフサイドって」

「う、うん。猫屋敷君が教えてくれたから」

「そっか。二人で観に来てくれたんだね。よかったよかった」

「そ、それで、オフサイドで何なの。変なルールよね」

「オフサイドって簡単にいうと、待ち伏せを禁止するルールなんだよ。例えばさ、味方が相手のゴールの前でずっと待っていたら、その選手に向かってロングパスを出せば、簡単に得点ができるでしょ。そういうのを防ぐために、オフサイドはあるんだ」

「ふ、ふ~ん。なんか面倒なのね、サッカーって」

「まぁでもやればわかるよ。オフサイドがあるからサッカーの攻撃でいろんな駆け引きができるようになるんだよ」

 卓也と霧島さんはサッカーの話をしている。

 なんだ、心配する必要ないじゃないか。霧島さんは成長している。少しずつ、卓也と話せるようになっているのだ。上手くいけば、もっと話せるようになるのも時間の問題かもしれない。

 僕は二人の会話を聞いていた。なんとなくだけど、いい雰囲気ではある。僕も何か話したかったけれど、邪魔になると思ったから何も話さなかった。ただ、黙って食事を進める。そう言えば、お弁当の話はどうなったんだろう。僕が毒味役で実験台になったけれど、霧島さんのお弁当は、十分人に食べてもらえるレベルだ。きっと卓也だって喜ぶだろう。

 少し、助け舟を出した方がいいかな?

「霧島さん。お弁当は自分で作ってるの?」

 と、僕はさり気なく聞いた。

 その意図を、何となく霧島さんは察したようだった。ゆっくりと頷くと、

「まぁそうね。あたしの親忙しいから。昼食代を貰って、購買で買ってもいいんだけど、なんかもったいなくて、でもね、お弁当なんて簡単よ。余ったものを詰めればいいんだから」

 すると、卓也が感心したように言う。

「へぇ霧島さんは偉いんだねぇ。俺はダメだな。俺の親も朝早いから購買で買ってくれって言われているけど、自分では作れないよ」

 行け! 言うんだ。

 僕は心の中で念じた。

 既にチャンスは訪れた。後は霧島さんがそれを掴むかどうかだ。御膳立てはしたんだから、何とか勇気を振り絞ってもらいたい。

「ね、ねぇ。あ、あの……、そ、その……」

 霧島さんは言いづらそうに顔を下に向ける。顔が真っ赤になっているではないか。

「ん、どうかした。霧島さん」

 卓也はまだ気づいていない。

 霧島さんは勇気を振り絞って、次の一言を放った。

「よ、よかったらお弁当作ってこようか? 根本君さえよければ……、だけど」

 言えた。やればできるじゃないか。

 僕は心の中で拍手をした。後はこれを卓也が受けるかだ。

 予想では、卓也はまず断らないだろう。相手を慮る姿勢がある卓也は、きっと霧島さんが勇気を出してお弁当を作ってこようと言ったと気づいたはずだ。なら、その言葉を無下にはしないだろう。

「え、い、いいの」

 卓也の頬の赤く染まっている。霧島さんも同じだ。二人とも真っ赤になっていて、何か初々しい感じがする。同時に、僕だけが蚊帳の外に入るようで、強い疎外感があった。なんでこんな気持ちになるんだろう。

 霧島さんが卓也と付き合えば、僕の役目は終わりだ。

 と言っても、僕がこの役目を仰せつかってから、まだ数日しか経っていない。だけど、着実に一歩ずつ進んでいる。霧島さんは、口では恥ずかしいと言っていたけれど、しっかりと結果を出している。

 となると、僕の役目が終わる日もそんなに遠くないだろう。まだ、どうなるかはわからないけれど、いい感じなのだから問題ないはずだ。でも、二人が付き合ったら、お昼休み僕がここにいるのが余計になるな。一人で食べる日も近いかもしれない。でも、いいんだ。卓也や霧島さんが幸せになれば、友人である僕は、いつでも綺麗に立ち去ってやる。

 僕が考えこんでいると、霧島さんが答えた。

「つ、作ります。作らせてください」

 決意のこもった声。その心意気を、卓也も感じ取ったはずだ。卓也は笑みを浮かべると、

「じゃあお願いしようかな。でもホントにいいの? 大変じゃない?」

「ううん。全然大変じゃありません。うちのお母さん、夕ご飯をたくさん作るから、むしろ食材が余って仕方ないのよ。だから、食べてくれるとありがたいの」

「それなら、こっちこそお願いします」

 契約成立――。

 どうやら上手くいったようだ。僕もホッと安堵する。

 こうして穏やかに昼休みは過ぎていく。

 だけど、問題も起きようとしていた。この時の僕は全く気付かなかったけれど……。

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