二
二
翌日――。
昼休みを迎える。僕らの中学校は、お弁当を持参してもいいし、購買部で売っているパンやおにぎりなどを買ってもいい。僕の両親は忙しいので、もっぱら購買部でパンを購入する。卓也も同じだ。購買部でレジに並んでいる時、僕は卓也に向かって言った。
「タク、ちょっといいか?」
「ん、どうしたんだ?」
と、卓也は不思議そうな顔をする。
「実は、今日から一緒に昼食を食べる人を紹介したいんだ」
「別にいいけど、それは誰?」
「教室に戻ってから話すよ。驚くと思うけれど、すぐに慣れるさ」
パンを購入して、僕らは教室へ戻る。教室内は、仲がいい者同士で机をくっつけて昼食を摂る。僕と卓也はいつも向かい合わせに席をくっつけて食事をしている。今日は、それにプラスして霧島さんがいる。
「こちらは霧島さん。実はさ、僕文芸部に入ったんだ。それで一緒に昼を食べようって話になって、いいかな?」
と、僕は卓也に提案する。
卓也は優しい。だから、この提案を拒絶なんてしないだろう。ニコッと笑みを浮かべて、霧島さんに挨拶した。
「よ、よろしく、霧島さん」
三人で机を並べて座る。問題なのは霧島さんだった。昨日までの威勢が嘘のように消え去っている。まったく喋らないのだ。緊張でカチコチに固まっている。
参ったな。なんかお通夜みたいな空気だ。何とかしないと。
僕は必死に思考する。そして、ふと言葉を発した。
「そうだ、魔法少女梨々花。あれ、本当に読むの?」
僕の言葉に卓也が反応する。
「何それ? 新しい漫画?」
「うん。まぁ小説なんだけど、今度卓也にも貸すよ。実は、霧島さんも……」
僕がそう言おうとすると、思い切り、足を踏まれた。もちろん、僕の足を踏んだのは、霧島さんだ。顔を見ると、その話はするなという表情をしている。折角話を振ったのに、これでは意味がない。何か別の話題はないか。そう考えていると、卓也が質問を飛ばした。
「なぁ優希。どうして文芸部に?」
「う、うん。ちょっといろいろあってね。僕は部活をしたことがないから、二年生に上がったのをきっかけに何かしてみようと思って」
「そう。何かを始めるのはいいよね。でもさ、文芸部って何をするの?」
そう言えば、何をするんだろう。まったく聞いていない。
「それは、霧島さんに聞いた方が早いよ」
「そうだね。霧島さん、文芸部って何をするの?」
と、卓也が霧島さんに向かって尋ねた。
すると、霧島さんはビクッと背筋を震わせ、裏返った声で反応する。
「ひゃい、えっと、そ、その、本を読んだり、半年に一回、学内向けの文芸誌を発行したりしています」
「そうなんだ。文芸誌ってことは、何か小説を書いたりするの?」
「そ、そういう人もいます。あ、あたしは読んだ本の書評とかを載せています」
「優希、君は何を書くの?」
卓也にそう話を振られる。
とはいっても、今日聞いたばかりなのだ。何をするかなんて全く決めていない。小説なんて書いた経験ないし、書評だって無理だろう。俳句でもするか……、冗談だけど。
「僕は決めていないよ。それでさ、実はね文芸部は部員が少なくて困っているんだ。三月で三年生が卒業して、今部員が僕を含めて四人しかいない。五人いないと部として成立しないから、タクに入ってもらいたいんだけど」
卓也は驚いた顔を浮かべる。
「俺に? でも俺、サッカー部があるし。小説とかはあんまり読まないしなぁ」
「その点は大丈夫なんだ。文芸部には他の部活動と掛け持ちしている人もいるから、名前だけあればいいんだよ」
僕の言葉を聞き、霧島さんが追加で説明する。
「あ、あの、サッカー部の活動が忙しくない時でいいので、入ってもらえませんか? もちろん、忙しくて出れなくても問題ありませんから」
卓也は頭をぼりぼりと掻きながら質問に答えた。
「う、う~ん。まぁ、ほとんど出れなくてもいいなら別に構わないけれど」
「ほ、ほんとですか。じゃあ後で入部届を持ってきます。よろしくお願いします」
こうして、卓也が入部することになった。
お昼を一緒に食べよう作戦は、あまり成功したようには思えない。部活の話が終わった後、霧島さんはほとんど喋らなくなってしまったからだ。僕もそれとなく話を振ったけれど、あまり効果はなかった。
放課後――。
僕と霧島さんは文芸部の活動場所である旧校舎の教室内にいた。
「どうだった?」
と、霧島さんが尋ねてきた。
「どうだったて何が?」
「だから、お昼一緒に食べたでしょ、その時の感想よ」
「う~ん。あんまりよくないと思うけど。もっと話さないと、距離は縮まらないんじゃないかな」
「あ、あたしだって努力はしてるわ。ただ、何を話せばいいのかわからなくて」
「緊張する気持ちはわかるけれど、やっぱり共通の話題を探すべきだと思う」
共通の話題。
今のところ、卓也と霧島さんを結び付けるものはない。二人とも、あまりに別々の道を歩み過ぎている。だから、このままではダメだ。僕はそんなに学校内の噂を知っている方ではないけれど、卓也が女の子から人気があるのは知っている。イケメンだし、サッカーもできる。人気にならないわけがないのだ。
霧島さんは、どちらかと言うと地味な女の子だ。顔は決して悪くはないけれど、超絶的な美少女というわけでもない。普通よりもかわいい。そのくらいだ。霧島さんよりもかわいくて、魅力的な女の子はたくさんいるだろう。そんな女の子たちが卓也を好きになってしまったら、たぶん霧島さんには勝ち目はない。
でも、まったく芽がないわけではないだろう。卓也は霧島さんと昼食を摂るのを拒まなかった。卓也は嫌なことは嫌としっかりというヤツだから、霧島さんを認めているのだ。これは大きなアドバンテージだ。このチャンスを生かさなければならない。
今のところ、共通の話題として話せそうなものはない。霧島さんは魔法少女梨々花が好きだから、それを卓也に説明して、卓也も好きになってくれればいいのだけれど。なかなかうまくはいかないな。僕だって、まだ魔法少女梨々花を読んでいない。魅力を伝えるのは難しい。
「ねぇ。一ついいかな?」
と、僕は尋ねる。
霧島さんは、机に顎を置き、だらしない格好でこちらを見ている。
「何よ」
「一緒に昼ご飯を食べてる時、僕が魔法少女梨々花の話をしようとしただろ。その時、どうしてそれを話すなって顔をしたのさ。もしかしたら、話すきっかけになったかもしれないのに」
「そりゃ決まっているわ。引かれたくないもの」
「引かれる? どうして」
「だって、魔法少女梨々花ってかなりオタク系の作品だもん。アニメだって深夜にやっているし、魔法少女ものなのに、どちらかと言うと、大人の方がたくさん見てるし」
「まぁオタクっぽいかもしれないけれど、面白いんでしょ。あの話をしている時の、霧島さんは幸せそうだったよ。心の底から楽しそうだった。自分の得意な分野なら話しやすいんじゃないのかな。卓也はオタク的な趣味にどうこういう人間じゃないよ」
「絶対引くわ。あたしだったら引くもの……」
「じゃあどうすれば……。そうだ、霧島さんサッカー観る?」
「ううん。全然観ない。興味ないもの」
「卓也はサッカーをしているから海外の試合とかよく観てるよ。サッカー選手とか詳しくなれば、話のネタになるかもしれない」
「サッカーねぇ……。それより、猫屋敷君は読んだの?」
「え? 読んだって何が?」
「あのねぇ、魔法少女梨々花の小説貸したでしょ。それを読んだのかって聞いてるの」
「ゴメン。まだ読んでない。忙しくて」
「早く読んでよね。そうしないと、文芸部の活動ができないじゃない」
文芸部の活動。
そう言えば、昼に言ってたな。年に二回文芸誌を発行していると。そう言えば、去年薄い冊子が配られたような気がする。あれって文芸部が発行していたのか。
「基本的に文芸部って何をしているの? 確か、年に二回文芸誌を発行するんでしょ」
僕はそう尋ねる。
相変わらず、霧島さんは机に寝そべっている。
「うん。そうだけど。まずは一学期の終わり。七月の中旬に発行するわ。その次は十二月。まぁ、簡単に言うと文芸部の活動報告書みたいなもの」
「霧島さんは何を書いたの?」
「え、あたし、読書感想文みたいなものかな。猫屋敷君って新聞読む?」
僕はほとんど新聞を読まない。精々テレビ欄くらいだ。
「あんまり読まないかな」
「あたしの家で取っている新聞ってね、日曜日に書評のページがあるんだけど、そこで取り上げられた作品を参考にして実際読んでみて、それを感想文にまとめているの。毎週やっているから、たまるとかなりの数になる。それを自分で再編集して、一つにまとめるのよ。それを文芸部の文芸誌に投稿して終わり。未海は演劇部だから、自分の書いたオリジナルのお話の脚本を載せたりするかな。心は四コマ漫画。意外と絵心があるのよ。書評、脚本、漫画とあるから、猫屋敷君は小説でも書きなさいよ。原稿用紙三十枚くらいの短編でいいから」
原稿用紙三十枚はハードルが高すぎる。まったく本を読まない僕にとって、一枚でも面倒だ。それに物語なんて全く思い浮かばない。
「難しいなぁ。小説なんて書いたことないし。漫画の書評じゃダメかな。それなら書けそうだけど」
「まぁいいけど、それはおいおい考えましょう。今は、猫屋敷君を……じゃなくて、根本君と仲良くする方法を考えないと」
「僕の意見としては、魔法少女梨々花を卓也に勧める。もしくは霧島さんがサッカーに詳しくなる。これくらいしか思い浮かばない」
霧島さんはなんとなく不満そうな顔を向ける。
「う~ん。もっと他にいいアイデアないの?」
この人は、他人にアイデアを求める割に、自分では何も考えない。僕が提案すると、それをあっさりと拒否してしまう。
他にアイデアか。中学生の男女が仲良くなるためには……。
一緒に食事をしているんだから。ん、待てよ。
「じゃあ、こんなのはどうかな?」僕は言った。「お弁当を作ってくる。卓也にさ」
霧島さんは顔上げ、思いついたように立ち上がった。
「それ、いいかもね。お弁当か。根本君はいつも購買部で昼食を買っているわよね。なら、お弁当を作っていけば喜ぶかもしれない。猫屋敷君。それを採用しましょう。でも、いきなりはハードルが高いから、あんたが実験台になりなさい」
何か、話が変な方向に向かっている。
実験台というのは、あまりいい表現ではない。
「どういう意味?」
「ライトノベルの定番としてね、かわいい女の子が作るお弁当は、地雷的な味が多いのよ。あたしは普通に作るけど、もしかしたら美味しくないかもしれない。だから、まずは猫屋敷君があたしのお弁当を食べてみて」
「で、でもさ、卓也と一緒にお弁当を食べるんだよ。それなのに、僕にお弁当を持ってきたら、変に思われるんじゃないかな」
「その点は問題ないわ。昼は普通に食べる。部活になったら、あんたがここであたしの作ったお弁当を食べればいいのよ。季節的に、まだお弁当が傷むとは考えにくいから大丈夫でしょう」
「僕に学校で二回食事をしろというわけか」
「そう。育ち盛りの男子なんだからそれくらい食べれるでしょ」
僕はデブだ。それもバリバリの。
デブになった原因は、運動不足とか、そういう次元の話ではない。単に食べすぎなのだ。ご飯とうどん。パンとピザとか、炭水化物のセットを食べまくっているから、デブになったのだ。学校で二回も食事をしたら、ますますデブに拍車がかかってしまう。
「僕、これ以上太りたくないんだけどなぁ……」
僕はげんなりしながら告げる。
それを見た霧島さんは、僕の肩に手を置いた。
「大丈夫。低カロリーのものを作るから。安心しなさい」
結局、僕はお弁当を文芸部で食べさせられることになってしまった。