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水の檻  作者: 香野三弥
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第四章 予感  <MIZUKI>

水貴目線

  第四章 予感  <MIZUKI>

  

 

 

 椎名さんが編集室に戻って来たのは、ちょうど回想部分のエフェクト処理が終わった時だった。加工作業が三時間ほどかかると聞いて、椎名さんは荷物を取りに行き、私は後ろのソファで仮眠をとった。しっかり毛布も用意されていて、死んだように眠ったので何とか朝まで持ちそうだ。


 主人公の子供時代はセピアに色抜きし、映画のフィルムのような加工が施された。ハイビジョンのキンとしたクリアな映像の中で、その柔らかな質感はとても美しい仕上がりだった。



「ジャストタイミング、今終わったところですよ、繋がったところまで見ますか?」



 編集マンの佐野さんは、エフェクトのできばえに満足そうだった。

 椎名さんは私の隣に腰をおろした。



「イメージ通りだよ、いい感じだからこのまま進んで。朝までには終わりたいね。」


「了解」



 佐野さんはモニターに体を戻すと作業を開始した。


 エフェクト部分以外は、すでにオフラインで尺調もCM入りも含め完璧な編集データができあがっている。後はそのデータに沿ってコンピュータが自動で繋いでくれるので、本編集では私の出る幕はない。ただ、まれに、機械がエラーを起こすので見ていなければならない。

 第一部の二時間は仕上がり、すでに第二部の後半にさしかかっていた。



「越してきたよ・・・よろしく」



 椎名さんが耳元で囁いた。なんと答えていいのか、言葉が出なかった。



「歓迎されてない?」


「いいえ、ただ、わからなくてとまどっているだけです」


「わからないって?」


「監督がどうしてあそこに住みたいのか」



 佐野さんは作業に没頭していて後ろの会話は聞こえていないようだった。



「水貴ちゃんのそばに居たいから」



 彼は、まるで楽しい出来事を報告するようにそう言った。

 あまりにもストレートな告白に顔がカッと熱くなった。十五の子供みたいだと思った。

 私は正面のモニターに顔を向けた。台詞がはっきり耳に届き始めドラマの世界に集中しようとした。


 椎名さんの声が台詞にかぶる。


「佐野さん、そこの圭介の台詞、先行させていいかな、『何を考えてる』だけでいいから」


「了解」


「少しテンポが悪いな、水貴ちゃんどう思う?」


 

 仕事中だ。頭、切り替えなくては・・



「次の実景外して、深雪の歩きを延ばしたほうがメリハリがあると思います。切るの、惜しかったんです。いい顔してたから。」


「ふふ、僕もそう思ってた、オフラインの時、この辺みんな死んでたからな。微妙なとこまでは詰め切れてないか・・・」


「いくらでも直しますよ、朝まではまだまだありますから」



 佐野さんがにこやかに答える。

 彼だって別番組から続けざまの編集で、かなりきついはずだけど、いつもながらさわやかな人だ。



「先行分、2秒5フレ切れるから、実景外して何秒マイナス?」


「5秒20フレ」


「その分、深雪の歩き延ばしてくれる?」


佐野さんの作業は速い。


「そう、そのうっすら笑うとこまで、時間は?」


「1秒オーバーです」


「タイトルロールで調整するから、そのまま行って」




 4時間のプレビューが終わって編集室を出たのは、東の空が明るくなり始めた頃だった。局のプロデューサーはできばえに満足して帰って行った。


 編集室は、機器の発する熱をカバーするため冷房が強い、体がだるくなっていた。足がむくんで靴もきつい。


 でも気が狂いそうな強行スケジュールから、やっと解放された。私の仕事はここまでだが、椎名さんは今日夕方から音打ちがある。

 そして音効さん達の地獄が始まる。彼らは、明後日のMAまでに4時間分の音素材を作りあげなくてはならない。


仕上げのMAに顔を出すことはあまりないけれど、この作品は行ってみようと思った。椎名さんがどんな音楽をつけるのか見てみたい。



「MA行ってもいいですか?」


「おいで、水貴ちゃんの意見も聞きたい。」


「はい」



 赤坂でも、歓楽街から外れたこのあたりはゴミも少なく、早朝の街にたむろするカラスの姿もない。人通りもまばらで、この時間は車もほとんど通らない。冷えたアスファルトからは夜露の名残が感じられて、しっとりと気持ちのよい風がふいていた。


 徹夜明けの頭をクールダウンさせながら、椎名さんと二人でのんびりと『私の朝』に向かって歩いた。

 二人きりになるとき、必ず朝って言うのも不思議な気がする。今日もまたビルの隙間から上る太陽を二人で見ている。



「後で部屋に行くよ」


 私は黙って頷いた。


 彼はそっと私の頭をひきよせ、軽くキスした。


 トクン・・と胸の奥に温かいものが流れる。早く彼に触れたくなった。

たぶんこの人は、私の過去も消えた記憶も、凛さえも、すでに引き受けてしまっている。


 そんな気がした。

 

 私はきっと、この人をもっと好きになる。

 

 何も聞かずに彼を受け入れた凛も、そう望んでいるのだ。


   


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