鬼火が空を覆っている
――桃太郎で、もしも鬼がいなかったら――
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯していると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました。
おばあさんはびっくりしましたが、その桃をひろいあげて、家に持って帰りました。
そして、おじいさんとおばあさんが桃を食べようと切ってみると、なんと中には男の赤ちゃんが入っていました。
「これはきっと、神さまがくださったんじゃ」
その子を、おじいさんとおばあさんは桃太郎と名付けました。
桃太郎はスクスク育って、やがて強い男の子になりました。
ただ、桃太郎のこころは、いつもモヤモヤしていました。
何かを忘れているような、それが大切なことだったような、そんな気がいつもしていました。
ある日、村へ買い出しに行ったおばあさんが、うわさ話を聞いてきました。
「じいさんや、海のむこうに、とてもおっかなない鬼たちがいるんだと」
「鬼じゃと?」
「いや、鬼のような、じゃったかのぉ? とにかく、そんなおっかないのが村に来るとか、何とか言っとったのぉ」
「本当かい? じゃったらたいへんじゃ。わしらはどうなるんかいのぉ」
おじいさんとおばあさんは心配そうです。
そんなふたりを見て、桃太郎は、育ててもらった恩を返そうと思いました。
それに、その話はモヤモヤしたのです。
「おじいさん、おばあさん、ぼく、その鬼を退治してくるよ」
桃太郎は、おばあさんからきびだんごをもらって、その海のむこうへ出発しました。
その途中、桃太郎はイヌに出会いました。イヌはおなかが減って動けないようです。
桃太郎は、元気になるように思いを込めて、きびだんごをイヌにあげました。
すると、イヌはウシよりも大きくなり、毛も黒くなり、カミナリをピカピカさせるほどに元気になりました。
そして、イヌは桃太郎にとてもなつき、ついてくるようになりました。
次に、桃太郎はサルに出会いました。サルはけがをしているようで、倒れています。
桃太郎は、けがが治るように思いを込めて、きびだんごをサルにあげました。
すると、サルは家よりも大きくなり、手足も太く、毛なみも硬く立派になりました。
そして、サルも桃太郎になつき、ついてくるようになりました。
次に、桃太郎はキジに出会いました。キジは病気のようで、寒さにふるえて飛ぶどころか歩けもしないようです。
桃太郎は、病気が治るように思いを込めて、きびだんごをキジにあげました。
すると、キジは炎をまとい、桃太郎を乗せて飛べるほどに大きくなりました。
そして、キジも桃太郎になつき、ついてくるようになりました。
桃太郎は、きびだんごに思いを込めるたびに、何かをなくしていくような感じがありましたが、立派になったみんながうれしくて、そして、何かにもう一度会えたような気がして、モヤモヤが少しなくなりました。
そして、桃太郎は海を渡りました。
そこには、鬼はいませんでしたが、見たことのない服を着た兵隊さんたちがいました。
鉄砲のようなものを持っていますが、村で見るものよりも、とっても立派で、すごそうです。
そして、お互いに鉄砲をうちあって戦っていました。
桃太郎はびっくりしましたが、兵隊さんたちの方がもっとびっくりしました。
「な、何だお前らはっ!?」
「ば、化け物?」
ふるえる手で、鉄砲を桃太郎たちへ向けてきます。戦っているどころではなくなったようです。
桃太郎に鉄砲を向けられて、イヌ、サル、キジが怒りました。
イヌ、サル、キジのものすごい叫び声。
「うわあああ!!」
鉄砲がうたれました。
ですが、イヌも、サルも、キジも、きびだんごのおかげで立派になったので、少しも痛くありません。
イヌは目にも留まらぬ速さでかけまわって、兵隊さんを引き裂き、カミナリを落としていきます。
サルは大きな手で兵隊さんたちをなぎ払い、叫び声で吹き飛ばしていきます。
キジは空を飛び回って、炎を吹き出して焼き払っていきます。
桃太郎も、鉄砲のたまは手で払って、まとめて数十人を横なぎに斬り倒していきます。
「化け物だぁ!」
「魔物だ、魔物が現れた!」
かろうじて生き残った兵隊さんたちが、大慌てで逃げていきました。
一面が、死んだ人たちで埋まっています。
桃太郎のモヤモヤがひどくなりました。
はじめてではないような気がします。
いつか、どこかで。
桃太郎の様子に気づいたイヌ、サル、キジが心配します。
「大丈夫だよ、みんな。ありがとう」
桃太郎はわらってみせました。
そのとき、遠くから大きな音を立てて近づいてくるものがありました。
大きな鉄の箱です。鉄砲をとても大きくしたような筒がついています。
たくさん現れて、筒がいっせいに火を噴きました。
とっさにサルが前に立ちます。
大きなたまが、まとめてサルに当たり、爆発します。
でも、硬い毛なみに守られて、サルは平気です。
イヌ、サル、キジは、また怒りました。
イヌのカミナリが光ります。サルが鉄の箱を何度も投げ飛ばします。キジの炎が焼き払います。
「この、化け物どもがあああ!」
「助けて、助けてくれえええ!」
あちらこちらで兵隊さんの叫び声があがり、すぐに消えていきます。
ひどい光景です。
大きなたまを手で払い、鉄の箱を真っ二つに斬りながら、桃太郎のモヤモヤは増すばかり。
知っている気がする。いつか、どこかで。
そのうち、空を飛ぶ鉄の箱まで現れ、大きいたまよりも大きい、鉄の筒みたいな矢まで飛び交うようになりました。
そのぜんぶを、桃太郎たちはやっつけました。
壊れた鉄の箱、死んだ人たち、その全てが地面を埋め尽くしています。
桃太郎は、頭が痛くなってきました。
そのとき、桃太郎は足首をつかまれました。
見ると、かろうじて生きている兵隊さんです。
「お……のれ、この悪……鬼ど、もが……」
桃太郎は首をかしげました。
何を言っているのかわかりません。だって、桃太郎は鬼を退治しにきたのですから。
それなのに鬼はいなくて、自分が鬼呼ばわりされているのです。
おそわれたから、身を守っただけなのに。
「だが、もう終わ……りだ……。核ミサイル……で吹き飛べ、何もかも……貴様の国ごとな……」
桃太郎はぞっとしました。意味はわからないけれど、なぜか、とんでもないことを言われた気がしたのです。
兵隊さんに刀を突き立てて止めをさし、桃太郎はキジの背中に飛び乗りました。
空高くのぼって、桃太郎は目を凝らしました。
遠く、とても遠くから、すごい速さで何か飛んできます。
とてもとても大きな、鉄の筒みたいな矢。それも、何本も。
いくつかは桃太郎たちのいるところへ、それ以外はぜんぶ村の方へ。
桃太郎の頭が、ズキリと痛みました。
目の前の風景が、ぐにゃりとゆがみました。
死んだ人が山積みになった大地。
ぼろぼろに壊れてしまった町並み。
カミナリの中に消えた黒い鎧姿の、誰か。
自分の盾になって立ったまま死んだ、誰か。
炎とともに敵陣へ突っ込んでいく、誰か。
そして、やさしい笑顔の女の子。
とても懐かしくて、とても大事で、大好きで。
駆け寄ってくる、その後ろにまぶしい光があふれて。
さしのべた手よりも先に、その光にのまれて。
死んだ。
守れなかった。
ただ、守りたかっただけなのに。
「うわああああああ!!!」
大声で叫びながら、桃太郎は思いっ切り刀を振り抜きました。
離れたところの鉄の筒のような矢が、ぜんぶ、いっせいに爆発しました。
空が、燃えています。
「なあ、じいさんや、おかしな話を聞いてきたんじゃ」
「なんじゃ?」
「なんでも、海のむこうに鬼と妖怪が出たんじゃと」
「んん? この前も言っとらんかったか?」
「それがの、その鬼たちはそこで大暴れしたらしくての、海のむこうの人たちが束になっても歯が立たんかったらしくての」
「ひええ、おっかないのぉ」
「での、海のむこうでは、もう鬼に手をださんことにしたんだと」
「そりゃあ、それで済むんなら、それが一番じゃなあ」
「これで、村も安泰じゃ、もう心配せんでええと言うとったんじゃ」
「んん? なんじゃ、その鬼が来るって話じゃなかったか
?」
「それが、ようわからんのじゃ。ようわからんのじゃが、もう村に来るどころじゃなかろうとか、なんとか」
「おかしな話じゃなあ」
「しかし、桃太郎は大丈夫じゃろうか。そんなおっかない鬼と知っとれば、行かせんかったのに」
「なあに、ばあさんや、あの子はつよいし、なによりかしこい子じゃ。無茶なことはせんよ」
「そうじゃ、そうじゃの。なら、帰ってきたら、あの子の好きなきびだんごを作ってやらんとのぉ」
「うん、うん。たくさん作っておあげ」
「早ぅ帰ってこんかのぉ」
おじいさんとおばあさんは、桃太郎をいつまでも待ち続けましたとさ。
冬の童話祭2018への参加作です。
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評価や感想(ダメ出し)をいただければ嬉しいです。
比較的似た傾向の話としては、短編~中編クラスで、
◆シリアス系超能力医療物?……「クリーンルームを閉鎖するにあたって」
◆シリアス医療系の重め……「ひかり」
があります。
他、詩だか散文だか分からない(爆)もので、◆道化師シリーズ も近いかも、です。
明るい話では、
◆ストーリー4コマ漫画のノリでボケツッコミ……「モアイ像として召還された俺の存在の耐えられない軽さについて」
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◆だらだら青春?物……「平々凡々たる原田くんのセイシュンノホーソク」
があります。
よろしければ、こちらもまたご覧ください。
どうもありがとうございました!