7;窓越しの質問
僕の予想は的中。
僕も不登校、彼も不登校。
お互い似た者同士だった。
そんな僕らが出会ってしまった。
滑稽な滑稽な出会い方、窓越しに出会った隣人同士。
もう夜だった。
夕方初めてであった僕らは、質問をどっちかがしては、お互いそれに答えると言った形式で細々と奇妙な筆談を続け、夜を迎えていた。
でも、彼も僕もまだ紙とペンを手にお互いの顔を小さい窓越しにちらちらと見ていた。
今まで橘くんのことで解った事は、
・兄弟はいない
・B型
・趣味はインターネット、まんが、アイドルのまり子ちゃん
ということぐらいだった。
そして、橘くんにもそれと同じだけの僕の情報、
名前はスグル、
・兄弟はいない
・AB型
・趣味は特にない
が渡っていた。
僕はそれだけの情報をやり取りするのに既に大量の紙を消費していて、僕の隣には使用積みの学校のプリントが積まれていた。今度は何を聞こうかと僕が迷っていると、橘君に先を越された。
『ジャマなものって、どうするべき?』
僕はそう聞かれて少し考えた。
邪魔な物…。
僕の脳裏に色んな事が浮かんだ。
色々な物や人が次々浮かんできて、僕の人生は邪魔に溢れている様な気がした。
むしろ、自分という存在が邪魔な気さえする。
周りにとっても、僕自身にとっても。
なんてジレンマだ。
僕は橘君の質問になんだか答えられなかった。
全てが邪魔すぎて、それをどうする事にもできない自分がいる。
ただ、それらを邪魔だと感じて、苛立って、一人自滅してしまった自分。
だからそんな僕には橘君の質問は難易度が高すぎた。
しばしの沈黙の後、僕はひと言だけこう書いた。
『わからない』と。
橘君はそれを見ると、ふっと悲しそうに笑った。
『そっか」
と彼は書いた。
『もう寝ていいかな』
彼はそう書いた。
最近、電気が夜にずっと付いてなかったのは、規則的に寝ていたせいなのか、彼は眠そうにあくびをした。
僕はというと、常に不規則で、今の時間はいつも起きているから眠くはなかった。
でも、相手が眠くては仕方がない。
僕は少し残念に思いながら頷いた。
『明日も、ぼくと話をしてくれる?』
僕はそう書き終えてから手を止めた。
そんなことを書いたら…、うざったく思われるだろうか…。
そんな思いが僕の頭をよぎった。
嫌われたくはなかった。
今日出会った友達…、友達と言っていいのかも解らないけど…、僕は彼と話し足りなかった。
でも、何故か、その文章を書いた紙を彼に見せるのを躊躇している自分がいた。
俯いている僕は、橘君が窓をコンコンと叩く音で顔を上げた。
『おやすみ また 明日」
橘君は少し照れた様にそう書かれた紙を僕に向けていた。
嬉しかった。
僕は強く強く頷いた。
そうすると、橘君は寂しそうな顔つきでカーテンを閉めた。
僕も自分のカーテンを閉める。
なんか疲れた…。
僕は今までにない疲労感を感じていたけれど、なんだかすごく満たされていた。
横にある、使用済みの紙の束を見ると、その満足感が増してきた。
明日も会えるかと思うと、心が躍るようだった。
僕はそのまま電気を消して、ベッドに寝転がった。
青白い夜の光が差し込む部屋で唯一傷の付いていない、天井を見つめながら考えた。
橘君のことを。
そして、その思考の対象は次第に彼の最後の質問に対する答えへと移って行く。
『ジャマなものって、どうするべき?』
邪魔な物…。
僕は真っ先に家族が頭に浮かんだ。
今は僕に毎日食べ物を運んでくるだけの母親。
自分が産み落としたくせに、僕を見るたびにおどおどと怯える愚かな母親。
僕が出来損ないだと知ると、さじを投げたのか、僕に干渉する事を一切やめた父親。
無責任で、薄情で、僕を壊した奴らー。
コンコン…
僕は苛立って音のする方、部屋のドアを睨みつけた。
「…スグル、大丈夫…?
夕飯手付けてないのね…。大丈夫?
具合でも悪いの…?」
母親はいつも料理を僕の部屋の前に、ある一定の時間になると置いている。
僕はその時間になると、母親がドアの前からいなくなったのを確認してから料理を部屋に入れて、食べ終わったら出前の様に皿だけ部屋の外に出していた。
でも、今日は橘君との話し合いですっかり夕飯のことを忘れていた。
そう言えば、橘君もトイレに数回たった以外は、夕方から僕と付きっきりだったから夕飯を食べていなかった様に僕は思った。
僕は橘君に少し悪く感じた。
彼の家族は彼を夕飯に誘わなかったのだろうか?
それとも、僕みたいに一人でいつも食べているのだろうか?
どちらにしろ、彼は今日夕飯を食べてないのだ。
橘君に少し申し訳ない気持ちだった。
「スグル…?」
ドア越しの母親の声で僕は現実に引き戻された。
僕が珍しく夕飯に手を付けてないから心配しているようだった。
はっきりいってうざったかった。
僕は食べる必要がなかったから、食べなかったのだ。
いちいち心配されてはうざったいだけだった。
そんなことをねたに無駄にあの人と口をききたくもなかった。
夕飯を食べなかったからって、それを口をきく口実にされたくなんてないね…。
本当にうざったい親だと思った。
放っておいてほしかった。
僕が何にも答えなかったから観念したのか、母親の足音がドアから遠ざかって行くのが聞こえた。
僕は溜息を軽くついてまた天井を見つめた。
ほんと、邪魔…。
僕は邪魔っていうものを実感したような気がした。
『ジャマなものって、どうするべき?』
彼の質問が再度脳裏に浮かんだ。
どうするべきだ?
僕は今、ひたすらシカトをしたけど、それでは一時的な逃避にしかならない。
邪魔なものが無くなったわけじゃない。
邪魔なものは…どうするべきなんだろう…。
無くなってしまえばいいんじゃないの?
ふと、そんな考えが僕の脳裏に浮かんだ。
あの質問を見たときにすぐに浮かんだけど、無意識的にすぐに却下していた考え。
邪魔なものは消えてなくなってしまえばいいという考え。
僕は両親がいなくなったときのことを考えた。
…
僕は確実に死ぬだろう。
今の僕では食事さえまともに用意出来ない。
外に買いに行けないのだから、家の食料が尽きたらおしまいだ。
洗濯だってやり方もわからないし、お金だって何もない。
僕はそこまで考えて溜息がでた。
本当に邪魔なのは…、僕なんだった。
あの親は…、邪魔なものは、どうするべきだと考えているんだろう…。
僕を…、どうしようと思ってるんだろう…。
僕は考えているうちに、心地よい疲労感に満たされてうとうとと眠りに入って行った。