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  作者: 槍手 持手男
6/21

6;窓の挨拶

僕が「彼」、右の窓の隣人に再度あったのは、僕が彼を初めて見てから1週間ぐらいたった時だった。


隣人は、あの初めて会った日以来、夜中に淡い光を発さなくなった。

あの日から何が変わってしまったのかは解らなかったけれど、彼の窓は、この一週間夜はずっと暗かった。


僕は「彼」にあうまでは、「彼」はそれなりに年のいっている人間だと思ってた。

仕事か何かで夜に電気を付けているのだろう、と。

でも、僕の予想はちょっと違っていたようだった。

だって、僕が見たのは,年齢不詳の男。

一瞬しか見れなかったため、僕の頭の中では彼の顔はモザイクがかっていたが、彼の瞳だけは覚えている。

少し悲しそうなあの瞳。

でも、ソレ以外のことは覚えていない。

彼が少年だったのか、青年だったのか、中年だったのか、熟年だったのか。

どれでも当てはまってしまいそうだし、どれも違いそうに思えた。

もしかしたら、男というのは勝手に思い込んでいるだけで女かもしれない。


僕はこの一週間、ひたすらその隣人の事ばかりを考えていた。

それ以外僕がこの一週間やったことは、母さんが持ってくる食事を食べて、そしてまた窓際で空想して、お腹が空いては何かを食べて、窓際に座って、眠くなったら寝る、そして起きてしまったら、また窓際に座っての繰り返し。

やる事もないし、むしろ何もやる気が起きない。

まあ僕にとってはいつも通りの何の変哲もない日常を送っていたという事だ。



でも神様は僕のそんな無駄に消費されて行く毎日を許してはくれなかったようだ。

僕の狭い世界に彼をはめ込んだのだから。


そして、その出会いは予期していなかった夕方に起きた。

窓越しの僕の目の前で、何の予告も無しにカーテンが開く。

僕らは今回は目がすぐにあった。


僕はそこで初めて隣人の顔を「少年の顔」として認識した。

年はよくわからなかった。

僕とよりもすこし幼さの残る顔。


彼は少しまたびっくりしたようだったけど、今回は彼は逃げ出さなかった。

隣人は僕に気がつくと、何か妙にすっきりとした顔つきでペコリと一礼した。

僕も慌てて一礼する。


久しぶりの他者とのコミュニケーションに僕の心臓が活発に動き始めた。


でも、その一礼の後、隣人の視線はすぐに僕から離された。


ー彼が窓際から去ってしまう…!

僕はそう思うと、拳を握りしめた。


ドンッ!


僕は自分でも意識していないうちに自分の窓を力強く叩いていた。

それに引き寄せられる様に、隣人の視線がまた僕にむけられる。


僕は自分のした行為に戸惑った。

でも、無性に彼を引き止めたかった。

そして、それは成功したのだ。


僕はドキドキした。


今までにない体験。

窓越しに名も知らぬ隣人を引き止めるなんて。


僕はがむしゃらに窓越しのジェスチャーで「待って」と彼に訴えかけた。

彼はそのジェスチャーを理解したのか、少し不可解そうに僕を見つめる。

僕は焦った。

行かないでほしかった。

僕は今まで止まっていた思考を巡らせながら、必死に隣に散らばっていた学校のプリントと、床のマーカーを引き寄せるた。

そのプリントの裏に文字を書いて、隣人にそれを見せる。


しばし、彼はその紙を見つめた。

僕の息は荒くて、僕の手は緊張と期待で震えていた。

頭の中が真っ白だった。


彼は困るだろうか…。


そんな心配も浮かんだけれど、彼は無表情で、「ここで?」とでも言う様に、自分が立っている窓際を指さした。


僕がプリントを両手で握りながら、強く頷くと、彼はちょっとだけ困惑した様にその場に座った。

僕は思いがけない事にうれしくて、嬉しくて、『ぼくと話を少ししてくれませんか?』と荒々しく書かれた学校のプリントを強く握りしめた。

そして、思わず、周りに数枚散らばっていた学校のプリントを集め寄せる。


自分でも僕は自分の行動に驚いていた。

予想外の展開に胸が高鳴る。


自分が言い出してしまった事だ、自分から会話を始めなくては、と僕は紙にマーカーをのせる。


…何を書けばいいんだろう…。

知らない人と話すときは…。

あ、そうだ、名前だ…。


僕は紙に大きく書いた。


『ぼくはスグル。

君は?』


そしてそれを彼に向ける。

隣人はそれを読むと、先ほどのボクと同じ様に『待って』のジェスチャーをした。

そして、窓辺から立ち上がって、僕の視界から消えてしまった。


僕の手は震えていた。


行ってしまったのだろうか…?


でも僕の心配をよそに彼はすぐにかえってきた。

手に紙とペンを持って。


隣人は、窓辺に座り込んで、何やら紙に書き始めた。


『橘』


橘、たちばなと読むのだろうか、恐らく苗字を書いたらしかった隣人は、僕を見つめた。

僕は会話を止めない様に次の紙に手を伸ばす。


『橘くん


僕はそこまで書いて手をとめた。

どうしよう…。

何て書けばいいのか解らなかった。

僕はちらりと「橘くん」を見た。


少年だ。


僕を無表情に見つめている。


『中学生?』


僕はそう書いてかれに見せた。

彼は首を横に振ると、


『高校生』


と書いて、それから僕を指さした。


僕は自分で自分を指さした。

そして、思わず口で「僕?」と言ってしまう。


僕は紙に書いた。


『19才 学校行ってない』


彼にそれを見せると、橘君は驚いた様子に何かを書き出した。


『高校生と思ってた』


僕は童顔、おまけに最近は不規則な生活でやせこけていたから、貧弱に見える。

今の僕は恐らく、高校生に見えるだけましだ、と僕は思った。


『学校帰り?』


僕は何気なく聞いた。


すると、彼は下を見て少しこう書いた。


『学校いってない』


僕は彼を見つめた。

その瞬間、まだ二言ぐらいしか言葉を交えてない彼の気持ちも、生い立ちもなんだか理解してしまった様な錯覚に陥った。

数年前の自分を見てるようだった。


『行かなくていいよ』


僕は思わず書いてた。


『ぼくもずっと長いこといってないから』


すると、橘君は少し笑った。

寂しそうに、静かに笑った。

それは初めてみる彼の笑顔。


『ぼくら もしかして似た者同士?』


僕は書いた。

橘君はまた静かに静かにに笑った。

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