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  作者: 槍手 持手男
5/21

5;隣の窓の隣人

気付けばもう昼ぐらいだろうか。


僕は、ずっと何も食べず、何も飲まず、同じ窓際の体勢のまま、一日の大半を過ごしてしまったらしかった。


何もする気がおきない。


ぼろぼろの部屋に、狂っている時計のハリの空っぽの音が響いていた。

僕はゆっくりと時計を見る。

時計の盤面は割れていて、長い針は変な方向に折れ曲がっている。

壊れてしまった時間。僕の人生みたいだ。


ガララ…


僕は、異質な音に窓の外をみた。

びっくりした。心臓がバクバクとなり始めた。


開いているのだ…!!

あの謎の隣人の窓が開いているのだ。


よく隣人は見えなかった。

でも次の瞬間、窓の隙間からにょっと手が出てきた。

その手は握ったり開いたりを繰り返していた。


何をやってるんだろうー?


僕はただひたすら見つめ続けた。


そして、僕たちは目があった。

それは初めて見る謎の隣人の姿…。

悲しい瞳。


次の瞬間、隣人はすごい勢いで部屋の中に隠れてカーテンを閉めてしまった。


僕は唖然としてカーテンの開いていたその窓を見つめていた。


信じられない…。


心臓がばくばくしている。


でも僕は初めてこの目でみたのだ。

僕と同じく夜の静けさに魅せられたあの隣人を。


僕はドキドキする心臓を感じながら思わず部屋の真ん中に立ち上がった。


嬉しかった。

心が躍るようだった。

それは、今までの謎だったから。


幾晩も幾晩もずっとあの部屋から漏れる切ない光を見ながら、その隣人の顔を思い描いた。

顔のない隣人、僕と同じく夜に淡く儚く、切なく光る隣人。

その隣人の顔を知った。

それは僕にとってこの上ない喜びだった。


予想してなかったその刺激に、驚きと、混乱と、まだ消えない臨場感が僕の心臓を心地よく動かした。

僕は、喜びに溢れていた。


思わず、部屋を出る。

聞いてほしかった、このたわいもない発見を。


部屋を出て居間のドアを開ける。

居間は静かで、昼の優しいオレンジ色の光が部屋を黄色に染めていた。

昨日の僕が起こした騒ぎは嘘のように、割れた食器や、花瓶が綺麗に片付けられていた。

実に平和で優しい時間が流れている様で、僕の心は相変わらず弾んでいた。


居間を歩いていくと、僕はソファごしに母さんの背中を見つけた。


ー母さん


聞いてほしかった。僕のこのたわいもない感動を。

でも僕の喉からはそのひと言は出てこなかった。

小さな背中を見ながら、僕の中にまた黒くどす黒い思いが溢れ始めていた。

それはゆっくりと、理不尽な苛立に変わっていく。


すると、母さんがゆっくりと振り返った。


やつれた様な顔。

くぼんだ目。

その目は僕を見据えると、少しばかりおびえた様な光を帯びた。

でもそれは母さんの疲れた笑顔にすぐに瞳の奥に消えてしまったようだったけれど。


「あ…、スグル…、どうかしたの…??お腹でも空いた…?…何か…作りましょうか?」


おどおどした様子。

困っているのだろうか、よそよそしささえ感じられる様な口調。


ー弾けた。

僕の苛立は頂点に達した。

僕の心はどす黒い暗闇に支配された。


「…うるせえんだよっ!!!

このクソばばあが…!!!!

俺に気安く話しかけんじゃねえぞ、コラア!!」


僕はそう怒鳴り散らすと、興奮している状態で、目の前のソファーをおもむろに蹴ってみた。


母さんは唖然としたように目を見開いて僕を見つめていた。


絶望ー。


僕はぼそぼそと一人で荒っぽく母親を罵りながら自分の部屋へと帰って行った。

自室のドアを力任せに閉める。


家に乱暴なドアのしまる音が響いた。


同時に僕の興奮は次第に下がって行った。

そしてソレは僕に絶望と後悔をもたらす。



あんなことが言いたくて母さんに近寄ったわけじゃない…。



僕は力なくその場に座り込んだ。


情けなかった。

母さんの目に映し出された絶望を思い出す。

暗くておびえた様な瞳。


苦しかった。

憎くて憎くて申し訳なくて申し訳なくて。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!!!!!!!!

憎しみが僕の心をその鋭い爪で何度も引っ掻いているかのようだった。

もっと憎め、もっと憎め、と。

自分を壊したあの女を憎め、と。

もっともっとあの女に絶望をこの手であたえてやれ、と。

あの女はそれに代償する傷を自分につけたのだから、と。


母親が憎かった。

父親も憎かった。

彼らの前に出ると,抑えきれないほどの憎しみの波がどっと押し寄せた。


でも、その度に憎しみに支配され、追いやられ、殺されていく僕の心が断末魔を上げながら、こう叫ぶ。


ごめんなさい、ごめんなさいー、と。




僕は力なくその場から立ち上がると、窓際の定位置に座り込んだ。


ー右隣の隣人の窓は固く閉まっていた。


僕はなんだかソレが無償に悲しく感じられた。

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