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  作者: 槍手 持手男
16/21

16;窓辺にメッセージを

次の日の朝、朝の居間はいつもと違っていた。


何が違うって、父親の機嫌が悪かったこと。

両親は前の晩にケンカしたのか、母親が泣いていたのが関係あるのか、二人の間に流れる空気はいつもと違っていた。

母親もいつものように父親を玄関まで見送りにいかなかった。


でも、母親は昨日の夜の涙が嘘の様にすっきりとした顔をしていた。

どうやら母親の機嫌はいいらしい。

出かける前に、僕にひと言、嬉しそうに言っていたし。


「洗ってくれて、ありがとう。」と。


僕は今家に一人。

朝ご飯を窓辺で食べ終わって、今、その食器を洗って、一段落した所だ。

ちょっと思ったけど、食器を洗うのって少しだけ楽しいかもしれない。



僕は窓辺に座り込んだ。

窓から入るほのかな光が部屋を照らし出す。

ぼろぼろの部屋。



昔は、そのぼろぼろさに違和感なんて感じる事は無かったし、誇りさえ感じていたけど、最近の僕はどうやら変わってしまったようだ。

そのひどく荒れた部屋に違和感を感じる。

なんていうか、落ち着かない。

恐らく、綺麗に片付いた居間にいることに慣れてしまったのだろうか、僕はぼろぼろの部屋に入るたびに、孤独と寒さを感じる様になった様な気がする。

橘君に会わなくなってしまったのも関係してるのかもしれない。


…とはいっても、片付ける気なんてまっさらおきないけど…。


僕はふと橘君の窓を見た。


ー閉まっている。


当たり前の事だし、自分が招いてしまった結果だけど、やはりそれを見ると、胸がズキズキと痛む。

彼に会っていない日々はあまりにも長く感じた。


…橘君…。


胸がきりきりといたんだ。

後悔。

自分で勝手に怒って、彼を一方的に突き放してしまった事。

今更後悔している。

もう二度と彼が窓から顔をだしてくれないんじゃないかと思うと、自分のしてしまったことの重さに血の気さえひいた。


僕は窓辺で待っていた。


でも、彼が顔を出す気配も、彼の窓のカーテンが開く気配も無かった。

僕はむずがゆさを感じて思わず立ち上がった。

時間があまりにも長く感じた。


僕は部屋を開けて、誰もいない居間にいった。

相変わらず居間は僕の部屋と違って温かい光が差し込む。

不思議と心が落ち着く。


僕はテレビの前のソファに座ってテレビを付けた。

テレビのいつものニュースにはモノミンタが映っていた。

僕はニュースを見つめた。


毎日のようにおこる汚れたニュース。

毎日のように死ぬ人のニュース。

毎日のように、殺してしまう人のニュース。

でも、僕にはそれが感じられない。

この家の中にしか世界がない僕には、それらが現実のように感じられない。

どこか遠い所での出来事のような気さえしてしまう。


ただ、こんなに多くおこる酷い事件の中で、その犯人が抱いたであろう、誰かを殺したいとか、傷つけたい、という気持ちは少し理解出来たけれど。

僕も、以前酷いときは両親に殺意さえも抱いた。

もちろん、抱くだけでそれを実行に移す気力なんて僕には無かったけど。

ただ、ちょっとだけわかるんだ。

何かを傷つけたくなってしまう気持ち。

めちゃくちゃにしたい気持ち。

でも、ここ数日、僕は以外と落ち着いているかもしれない。

どちらにしても、それをやっぱり実行に移すなんて、やっぱりテレビで放映されるニュースは僕には現実味がなかった。


「馬鹿だよ…。」


僕は殺人のニュースを見つめながら呟いた。

僕だって同じぐらいに馬鹿かもしれないけれど。





どのぐらい時間がたったのか、僕は、居間でここ数日の恒例となっていたサスペンス劇場を見ていて、もう夕方になっていた。

結局、朝から夕方までテレビの前で過ごしてしまった事になる。

部屋に戻るのは、なんだか気分が乗らなかった。

もちろん、橘君には会いたいけど、いつ会えるかわからない彼を待つのは辛かった。

空っぽの頭でオレンジ色の光の射す窓をしばらく眺めてからまたテレビに視線を戻す。


テレビのシーンは、主人公が犯人をなだめている所。もう最後だ。


『どうして…、…言ってくれれば良かったのに…。』


『…。』


俯く若い女の犯人。その犯人の肩に優しく手を置く主人公。


『苦しんでるなら…、一人で苦しむなら、言葉にして言ってくれればよかったのよ。

私はいつだってあなたの側にいたんだから…。」


「…。」


犯人は主人公を涙目で見つめる。

深く頷く主人公。

主人公に抱きつく犯人。


『…ご…ごめんなさいぃ…!!!』


犯人、迫真の演技だ。

思わず僕もぐっとくる。


『ごめん…なさい…。あたし…!!』


『…………罪を償って…、私、待ってるから…。』


主人公は犯人の頭を優しく撫でる。

深く頷く犯人。

最後は犯人が知り合いの刑事に連れて行かれてそのドラマは幕を閉じた。


今日のは結構面白かったと思う。

特に最後の所は胸にぐっときた。


『ごめんなさい。』


犯人が言ったこの言葉。

人を殺しておいてそれだけで済むとは思わないけど、いい響きだと思う。


僕も橘君に言わなくちゃいけないのに…。


そう思うと、思わず顔が曇ってしまう。

後悔の念にまた胸が痛む。


彼は僕を許してくれるだろうか…。

嫌われてしまっただろうか…。

会って、きらわれてしまったらどうしよう…。


彼に会いたい気持ちと、会いたくない気持ちが心の中で揺れた。


…苦しい…。






【苦しんでるなら…、一人で苦しむなら、言葉にして言ってくれればよかったのよ。】


ふと僕の頭にさっきのサスペンス劇場の主人公の女検事の言葉が浮かんだ。


【…言ってくれれば良かったのに…。】






…言ってくれればよかった…?

言葉にして…?


僕は思わず顔を上げる。


そうか…。

もしかして、彼が、僕を許そうと許すまいとそんなことは関係ないのかもしれない…。

それに…、僕は許されるために謝りたいんじゃないだろう…?

そう…、悪い事をしたから謝りたいんだ…。

彼に会えても会えなくても、どうにかして彼に伝えなきゃ行けないんだ。

言葉にして…。

会える会えない以前の問題だ…。

だったら…、だったら…。


僕はテレビを消すと、力強く立ち上がった。

部屋へと向かう。


部屋に入って、窓際に置かれたノートを開いて、「ごめん」と前に書いたページを破った。

そして「ごめん」の下に、加えて書く。


「また会いたい」


僕は書いたその紙を見て深く頷いた。

窓から外を覗くと、橘君の部屋は相変わらず閉まっている。

でも、もうかまわない。

少しでも,彼が外を見てくれたなら、それでいいんだ。

僕の気持ちが伝われば。


僕は机の引き出しを次々に開けて行った。

目的はセロハンテープ。


あった。


長い間眠っていたであろうセロハンテープを引き出しからつかみ出すと、僕は窓にその紙を貼付けた。

それをそこにセロハンテープで固定する。


これで、橘君がもしも顔を少しでも出してくれたら…、読んでもらえるかもしれない。


僕は強く頷いた。

外はもう夕暮れも落ちて、暗くなり始めているようだった。

僕は無言でカーテンを閉めた。

窓際で待っているのは辛すぎるから。

だから、部屋を後にする。


誰もいない居間でまたテレビを付けた。

居間のカーテンも閉めて、電気を付けて一人。

テレビはついているけれど、僕は孤独を感じた。

部屋にいても、居間にいても、僕は独り。

でも、


「ただいま。」


母親の声が玄関から聞こえた。

その瞬間に、僕は何故かほんの少しだけ安心していた。

誰かが帰ってきてくれるという事実がほんの少しだけ僕の心を揺らした。


相変わらず僕は母親には挨拶もしないし、同じ居間にいても言葉もかわさないけれど、僕は孤独を感じなかった。

テレビに顔を向けている僕の背中ごしに、キッチンで夕飯の用意をする母の物音がとても心地よく感じられた。


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