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  作者: 槍手 持手男
12/21

12;紙がなくなって

その日、母親は午後4時頃に帰ってきた様に思う。

夜にはちゃんと僕の夕飯を作ってくれた。


僕は今夕飯のスパゲッティをつつきながら橘君と食事をしていた。

橘君は今日も缶詰を食べている。

今日は何かの蒲焼きらしい。


でも、さすがに僕も疑問に思い始めていた。

何故、彼はいつも缶詰なのか。

彼にそのことを僕は聞いた事がなかった。


僕は食べながら彼の顔を見ていた。

夜だからよくわからなかったけど彼の顔は細くて健康的ではなかった。


ふと彼と目が合う。


彼は食べ終わってしまったようだ。

いつものように空の缶詰を見せて、少しだけ笑う、いつものあの笑みで。

僕も笑みを返した。


でも、なんだか腑に落ちなかった。






僕も夕食を食べ終わった。

僕は傍らに置いてあった紙を拾った。

そこにはもう既に「ごちそうさま」と書いてある。

僕はそれを彼に見せるとかれも同じ事が書いてある紙を見せた。


それは僕らにとっての食事終了の合図であり、食器を片付けるための合図だった。


僕らはその紙をお互い認識すると、窓辺から消える。

僕はお盆を持って、ドアの近くまで歩いた。

鍵を開ける。


僕は意を決して、ドアを大きく開けて、盆を持ってキッチンがある居間へと向かう。

僕が居間のドアをあけると、驚いた様にダイニングテーブルで一人で食事を食べていた母親が顔を上げた。


母親は少し微笑むと,またテレビに顔を戻した。


テレビには何やら騒がしいバラエティー番組が付いていた。


僕はキッチンへと入り込むと、シンクの隣にその盆を置いた。

そして、母親を尻目に、居間を無言で出て行った。



部屋へと戻り、鍵を閉め、僕は窓辺に座った。

橘君はまだ戻ってきていない。

僕は近くに置いてある紙を見つめた。


使用積みの紙ばかりが増えてもう新しく書ける紙はほとんど残っていなかった。

母親のいない間に居間に使えそうな紙を探しにいったが、そういっぱいは見つけられなかった。

僕は残り少ない未使用の紙を拾い上げた。

そしてそのうちの一枚に

「この紙が最後」

「紙がなくなった。」

とあらかじめ書いた。

そしてそれを床に置く。


橘君が帰ってきた。

食後の会話の始まりだ。

僕は思わず聞いていた。


「いつも」


「缶詰で」


「大丈夫?」


と。

橘君は無表情で返事を返す。


「大丈夫」


僕は何故いつも缶詰なのかと聞きたかったが、それはなんだか聞いてはいけないような気がした。

そんなことを思っているとふと橘君が続けた。


「でも、」


「やっぱり ちょっと」


「物足りない かな」


と。


「ご飯が 食べたい」


彼はふとそんなことを書いた。

思わず


「食べればいいじゃないか。」


と思ってしまうが、すぐに、それが出来ないからいつも缶ヅメ単品のみなのだということを僕はすぐに察した。


親はどうしているんだろうか…。


僕の脳裏に、ふと今まで排除し続けていた疑問が浮かぶ。

でも、その話題は恐らくタブーであったし、彼が話したくなった時は、彼から話題を切り出すべきだと僕は思っていた。

彼も僕に家族や過去の事は一切聞かない。

だから僕らは未だにお互い家族の話をしたことはない。

過去のことについて何も話さないからお互い、何故ひきこもっているのかは謎だった。


「ご飯 食べれないの?」


思わず聞いてしまう。

橘君は頷いてこう書いた。


「炊飯器の使い方が」


「わからない」


唐突の彼の言葉に僕は頭を抱えた。

炊飯器の使い方なんて僕が知るわけがない。

でも、「僕もわからない」と書いて返すだけでは、あまりにも橘君が哀れに思えた。

僕はとっさに下をみて、「ちょっと待って」とかかれた紙を探して、見せた。

橘君が頷くのを見てから僕は窓辺を立った。

床にある未使用の紙を拾ってメモを書く。


「炊飯器の使い方が知りたい」


僕はそう書いて部屋を出て行った。

目的地は居間。

僕が居間の扉を開けると、母親が再び驚いた様に顔をあげた。

相変わらずまだ食べている。

食べるのが遅いらしい。

僕はそのままキッチンに入り、そのままにして置いてある僕が夕食に食べた盆の上に、使用積みの食器に添えてそのメモを置いた。

そのまま何も無かった様にそそくさと、部屋へと戻って行く。


部屋に入ると,鍵を閉め、窓辺に戻った。

僕は早速紙を拾って書く。


「明日には」


僕はそこまで書いて次の紙を探した。

焦った。

未使用の紙が見つからないのだ…。


僕は仕方がなくさっき書いた紙を見せる。


「この紙が最後」

「紙がなくなった。」


それをみた橘君は驚いた様にぽかーんとしてから,やっと意味が飲み込めたのか残念そうに返信した。


「わかった」


「今日は これで」


「お開き に しようか」


僕は申し訳なさそうに頷いた。

橘君が「おやすみ」と書かれた紙を見せる。

僕は足下を探ってそう既に書いてある紙を探した。

見つけてはそれを彼に見せる。

お互いそれを見合って、カーテンを閉める。


それが橘君とのいつもの別れ方だった。


僕は閉まったカーテンを見つめながらふうと溜息をつく。


ああ、どうしよう…。

これはまいった…。


僕は部屋を力なく見渡したが、筆談に使えそうな紙がないことぐらい知っていた。

無駄だと知りながら、傷だらけのテーブルの引き出しを開けてみるが、使えそうなものは何もない。

僕は紙が欲しかった。

そう、どうせならノートがいい。


ああ…どうしよう、どうしよう…。


紙がないと、僕は橘君と話す事ができないのだ…。

僕は床にある使用済みの紙の中から比較的綺麗なものを見つけ出しては、綺麗な部分をちぎり、メモを書く。


「ノートが欲しい。」


僕は部屋を出ると、それをもって居間へと向かった。

居間のドアを開けると、キッチンで洗いものをしている母親が振り返った。

何度も何度も居間にくる僕を珍しそうに見る。


すると、洗いものをしていた手を止めて、濡れた手を近くにあったタオルで拭く。

そして、エプロンのポケットに手を入れると何やら取り出して僕に渡した。


「これ、炊飯器の使い方。」


僕は綺麗に折り畳まれたメモを無言で受け取った。

それを確認すると、僕に背を向けて、またシンクの前にたち、洗い物を始めた。

そのメモを開くと、図解で丁寧に丁寧に書かれていた。

僕はそのままそれを閉じて、握った。

握った手が心無しか震えている。

震えていたのは心なのかもしれないけど。


「ノートが欲しい。」母親に渡そうとしていたそう書かれたメモを僕は力強く握りつぶした。


ドキドキした。

…僕は…


握りつぶした拳に更に力を入れる。

僕は決心したように震える唇を動かした。

心臓がばくばくする。


「ーあ…。」


唇から乾いた声が出た。

母親は手をとめて、静かに僕のほうに顔を向けた。

シンクの水道からは、勢い良く水が流れ出ている。

その空間には水道の水の音だけが響いていた。まるで僕の次の言葉を待っている様に。

声がわずかにうわずっていた。

喉の奥がカクカクなっている。

まともに母親に声をかけるのは久しぶりだ。

でも…


「…ノ…ノートが…」


そこまでいって唾を飲み込む。

息継ぎが難しい。


「ノートが欲しい。」


伏せ目がちに僕はそこまで言うと、そのまま駆け足で自分の部屋へと戻って行った。

一生懸命になっている自分に苛立った。

恥ずかしいし、憎むべき相手を許そうとしている自分が許せなかった。

歯がゆいし、今までの自分を否定してしまうようで、嫌だった。

僕は勢い良くドアを閉めると鍵をかけた。

僕の心の中で黒いものが浸食し始める。

少しでも素直になろうとした自分に後悔の念が襲った。

まるで、あの女に自分の弱みをさらけ出した様な気分になって、胸くそがいっきに悪くなる。

僕は苛立ちながら無言で窓辺に座り込んだ。

カーテンを少し開けて外を覗く。

静かだった。

橘君の部屋はもちろんカーテンはしまっていた。

でも、それをみただけで不思議と僕のこころは徐々に落ち着いて行った。


…そうだ…。



僕は…。

…出れるんだ…。



その頃、母親は笑っていた。

水道からの水を出しっぱなしにして固まった様に。

戸惑った様に、嬉しそうに。

目は心無しか潤んでいた。


僕がそれを知る由はなかったけれど、僕の周りで何かがほんの少しずつ変わり始めていた。

こんにちは。ここまでおつきあいして読んで下さっている方々、本当にありがとうございます。

自分の中ではやっと、全体の半分にたどり着いたかなというところまでやってきたので、感謝の意を込めて、後書きなんぞを書いてみました。

それにしてもスグルも、その家族もとても純粋ですね、自分で書いててこれでいいのかなんて思ってしまいます。つっこみどころ満載ですが…、これからもどうぞ「窓」を宜しく御願い致します。

ご意見ご感想などございましたら、今後の制作の上でも参考になりますので、どうぞ宜しく御願い致します。

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