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続・宝石の涙姫

作者: 里兎

涙姫の続きとなっております。

ですが前作を読まなくても大丈夫な仕様となっておりますので、長いですがお付き合いよろしくお願い致します。

宇宙を見上げる。

そこには壊れた世界の空があるだけ。

この世界には太陽がない。

あるのは黒く染まった闇の世界。

光は何処に行ってしまったのか。

色々考えていたら、右手がふっとあたたかくなる。

その正体を見ると隣にいた姫がにこにこと幸せそうに笑っていた。


そう私は先日、国宝級の涙が宝石に変わる姫を城から連れ出してしまった。

姫は城にいる間、宝石の回収係りの私にずっと話し掛けてくれた。

でも話すことを禁じられ、動くことも制限がかかっていた私には、何も出来なかった。

その中で、姫は宝石の少い月に王から殴られ、全てが嫌になって窓から身投げしようとしていた。

それを見た瞬間、見るだけしか出来ない自分に嫌気がさして、姫と一緒に城から逃げた。

……今頃城の奴等は死にもの狂いで姫を探していることだろう。

それでも、私はこの人の手を離す気なんて起きなかった。


「トアル?外の世界はすごいのね?全身で風を感じられるのよ?」


トアル。

それは、唯一の私の持ち物である自分の名前だった。

姫はこの壊れた世界の中でも幸せを感じている。そんな姫の笑顔が私にとって光そのものだった。


「……姫様?それはもう3回目でございます。」


その言葉に姫はぷぅーっと頬っぺたを膨らました。こういう時、反応がいちいちかわいくて困ってしまう。


「あっ!ねぇねぇトアルって名前なのよね?私だけ姫様じゃつまんないわ!私にも名前をつけて?」


そしてすぐ何かを思い付くのも姫の得意分野だったりする。


「……姫様…私は一応貴女様の配下だったものです。そんな私に貴女様の名前を付けるなんて……」


恐れ多くて出来ない。

そんな言葉で断ろうとしたのに、気が付いたら姫の目が眩しい位に輝いてこっちを見ていた。


「……えっと……本当に私が姫の名前をつけてもよろしいのですか?」


その問いに嬉しそうに頬を朱色に染めて何度も頷いてくれる。

ずるい……。

そんな顔されたらもう断れなくなってしまう。

そしてある言葉が頭に浮かぶ。


「……フルーレ……というのはどうですか?」


「……フルーレ?」


姫が首を傾げる。


「古い言葉で宝物とかそういう意味が…………」


自分で言ってその意味に恥ずかしくなった。体温がぐんと上がっていく感じがする。顔が赤くなる前に姫から顔をそらした。


「トアル!!」


なのにそんなのお構いなしという風に姫は私の両手を取って顔を近付けた。


「私気に入ったわ!その名前!今日から私はフルーレになるわ!トアルも毎日これから呼んでね!」


この人は……。

私にとって無敵なのかもしれない。

そう思いながら心臓の音が伝わらない様に、どうにか落ち着いて苦笑いをするしかなかった。



―――――――――。


「姫様」


「…………。」


「……姫様…?」


「………………。」


「………フルーレ様…」


「なぁに?」


最近から姫と呼んでも応えてくれなくなってしまった。

自分で付けておいて恥ずかしい。

姫を呼ぶ度に姫が大切だと第3者に公言しているような気持ちになった。


「えぇっとこれから住む場所なのですが………。」


「もぅ!!トアルはもう配下じゃないから普通に話してくれても良いのに!」


そして姫は私の敬語も嫌だと言い始める。

物心ついた頃にはもう王の配下だったので誰かに従うのが日常だった私には、姫の注文はとても難しいものだった。

それを何度も説明して難しいと言っても姫は何度も言ってくる。


「……命令して下されば出来るかもしれません……」


せめてもの妥協案のつもりだった。

今までも命令されれば何でもやってきたから。それなら出来るかもしれない、本気でそう思った。


「それじゃ意味ないのよ…それは私が言わせてるだけであって貴方の意思では無いでしょう?私と話す時は貴方が自分の意思を持って話してもらいたいの。」


私の意思を持つ。

そんなの初めて言われた。

その話を聞いてどうしょうもない気持ちになって。

何を言えばいいか分からなくなった。

すると姫はそっと私の手を取った。


「何度も言い続ければ貴方もきっと折れる筈よ?諦めないんだから!」


にっこりと笑う。

その笑顔を見る度に心が苦しくなる。

それをまぎらわす為に話を変えた。


「………っと話はそれましたがこれから住む場所なのですが……ここはまだ王から近すぎます。なのでもっと遠く迄離れる為には旅が長期に渡るかと。。」


あくまで深刻に。

そう言ったつもりだったのに。


「うん!わかった!」


帰ってきたのは楽しそうな返事。


「……えっと…過酷な旅が続くのですよ?ゆっくりと休まる時間が少なくなるんですよ?宜しいのですか?」


姫は不思議そうに首を傾げる。


「?だってそうしないと捕まっちゃうんでしょう?だったらそうするしかないじゃない」


そうだけど。。

自分で言うのもあれだが、年頃の娘が男と2人旅って本当に良いのだろうか?

しかもかなりの長い時間。

まぁそうするしか無いから仕様がないとして。

少しは躊躇ったりしそうなものだと思っていたのだか。

………いや。

単に男として認識されて無いだけなのかもしれない。

悶々と色々な事が頭の中を駆け巡っていると、姫はそのまま持っていた私の手を引いて前に歩き出した。


「!?姫!?」


「……フルーレ!!何か長く考えてるみたいだから、私が先導して少しでも先に進もうかなって」


そして驚きを隠せない私を余所にずんずんと前に進んでいった。

引っ張られる手を見る。

……意識されていないのだろうな。

そう思いながら悶々とした気持ちを振り払い先へ進むことにした。




先へと進むことによって色々な困難があった。

姫と私の噂が色んな街に広がっていた事によって動きづらくなっていた。

ただ1つ救いだったのが人相描きが配布されていなかった事だろう。

まぁ当たり前と言えば当たり前なのだが、私はずっと配下として仮面を付けていたし、姫の顔を明かしたら他の国々も目の色を変えて探し出す。

普通の人ならば分からない。

ただ王の兵士となれば、そうはいかなかった。

各街に散らばっている彼等は、姫の顔は知っていた。

だから見付からないようにと、細心の注意を払いながら先へと急いだ。



「仮面をつけようかな?」


それは暗くなった森の中で野宿をしていた時の事だった。

姫は焚き火を見つめながら提案する。


「……フードだけじゃ安心出来ませんか?」


姫は苦く笑った。


「そうじゃないの。ただ私のせいでトアルの自由を奪ってしまってる気がして……」


この人は。

こんな時に自分の心配ではなく、人の心配をする。

私の心配なんて要らないのに。


「……仮面をつけたら、確かにフルーレ様を隠す事が出来るかもしれませんね」


「……ならっ!」


心配そうな目が私を貫く。


「でも…それでは私が貴女様の顔を探すことが出来なくなってしまいます。」


「………えっ?」


不安な顔から不思議そうな顔に変わる。


「貴女様の笑顔や哀しい顔、そして怒った顔全てが私にとって宝物です。それを隠してしまって誰にも見えないようにするのは得策かもしれませんが、私にとって貴女様の色んな顔を見逃すのはとても残念な事なんです」


自分の言葉に恥ずかしさが、込み上げてくる。

でも本当の事だから。

今は、姫が安心出来るように出来るだけ優しく笑った。


「私の宝物をどうか隠して仕舞わないで下さい。」


今迄、不安な気持ちを我慢していたのか。

姫は私に駆け寄って抱きついた。


「トアル…ありがとう」


そのまま私は何も言わずに姫の頭を撫でていると。


「ねぇ?トアルって強いの?」


意外な質問。

でもそうか。

護って貰うには知っておくべきなのかもしれない。


「………私は王宮では、雑用しか任されたことなかったので争い事はしたことありません」


姫は顔をあげ上目づかいで此方を見てくる。


「……端的に言わせて頂きますと、かなり弱いと思われます。なので王の兵士達と出会ったら迷わず、私を置いてお逃げください。弱くても時間稼ぎ位にはなるかと思われますので」


本当の事だ。

隠しても仕方がない。

護る力が欲しかった。

そんな想いが渦巻く中、ぎゅっと姫の服を掴む力が強くなる。


「……弱くても…トアルは温かいわ」


そしてゆっくりと頭を私の膝の上に乗せる。


「今日は寒いしこのまま寝るね」


…………………。

……………………。

………………………。


「………はっ??」


いやいやいや。

いくらなんでも。

それは、、、、、。

すると考えている間に姫が私の服をしっかり掴み、無防備にも膝の上で寝息をたてている。

…………………。

………………………。

……意識されなさすぎだろう。

これで良いのか……。

いや。

今はこれで良いのだろう。

そう思うように。

その日は自分を理性で固めて、姫の頭を撫で続けた。




―――――――――。


幾つかの日にちがたつ。

その中でも色んな所にいる兵士達の目を盗んで進むのはかなりの困難だった。

精神的にも辛い筈なのに姫は笑っている。

だからせめてもと。

早く先へと行きたい気持ちを抑えて確実にゆっくりと前に進んだ。

その筈だったのに。

森の中。

兵士から隠れようと茂みに身を隠そうとした弾みに木の枝を踏んで、大きな音が鳴ってしまった。

振り返る兵士達。

姫も驚き、フードがとれてしまう。

そして。

そいつらと目があった。


「!!いたぞーー!!姫様だ!」


大きな声と共に、この場にいると危険だと察知し直ぐに姫の手を引き走った。

出来るだけ遠くに。

もうこの人の自由を奪ってはいけない。

姫の荒い息づかいが後ろから聞こえてくる。

まだまだ走りなれていないのだろう。

それでも。

心を鬼にして走り続けた。

後ろからか。

横からか。

縦横無尽に草を掻き分けて追いかけてくる足音が聞こえる。


「……あっ!」


気が付くと前からも横からも後ろからも囲まれていた。

息を整えながら。

私は姫に耳打ちをした。


「………フルーレ様…私が前に言ったこと覚えてますね?中央に隙間を作ってみせます。なので隙を突いて走って逃げて下さい。」


姫は目に涙を溜めて激しく首をふる。


「……お願いですから!!」


つい言葉が激しくなる。

姫がここで捕まれば終わりだと。

もう絶対に逃げることが出来ない牢屋に入れられると。

確信していたから。


「嫌よ!トアルがなんて言おうが絶対離れないんだから!」


姫の大きな声が森の中に響く。

その気持ちだけで充分なのに。

どうして貴女は………。


――――ガン!!!!


刹那。

大きな音が頭に響いた。

目の前に火花が散る。

立っていられなくて膝から落ちる。


「やめて!何するの!いやっ!離して!」


姫の声がする。

途切れそうな意識をなんとか繋ぎ止めて、頭を抱えたまま立ち上がろうと体を起こす。

目の前で姫が兵士に捕らえられていた。


「やめてください!!」


必死に兵士に向かうが、その前に後ろの兵士に首を捕まれて投げられた。

そしてそのまま肩に剣を突き刺される。


「雑魚がカッコをつけるな」


激しい痛みが身体中を巡る。

でも。そんなの気にしてられない。

兎に角。

私はどうなっても良いから。

姫を。

剣を掴んで抜こうとする。

色んな所から血が出ようが気にしてられない。


「はっ!抜こうとしなくても抜いてやるよ?ただ次刺すのはお前の心臓だかな?」


その言葉と一緒に剣が勢いよく抜かれる。

既に口は鉄の味が広がっていた。

それでも。

意識を持っていかれないように食いしばる。姫だけは守る。

その想いしか頭にはなかった。


「ふん!分かっているな?姫を逃がしたのは充分死罪にあたる。……そしてお前だけが自由になるなんて不公平だろう?」


そうか。

この兵士達も私と一緒。

王の命令の元でしか動けない。

縛られた存在。

昔の私と一緒なんだ。

でも。

いくら自由になった私が憎かろうと。

姫は関係無い。

姫を縛ってはいけない。

この娘には小さな世界ではなく、大きな世界が似合う。

それだけは。

それだけは譲れないんだ。


「うぁぁぁぁぁ!!!!!」


それは声にもならない声。

無我夢中で兵士に体当たりをした。

不意を付けたのか兵士はバランスを崩して後ろに倒れ込む。

そのまま姫を捕らえている兵士に突っ込む。

奇跡なのか。

その兵士も驚き体勢を崩した。


「早く!逃げて!!」


怒声の様な声が出る。

そしてそれと一緒に腹の辺りに鈍い痛みがはしった。

ゆっくり視線を落とすと腹に兵士の剣が貫通している。


「いゃぁぁぁぁぁ!!!」


悲鳴にもならないその声。

気が付くと私は姫の腕の中にいた。


「殺せ!!」


沢山の兵士達の声がする。

血が口から溢れてきてうまく声が出せない。

逃げて下さい。

私の事は気にしないで。

そう言いたいのに。

そう言わないと。

私が姫にとって枷になってしまう。

朦朧とする意識の中。

姫の涙の宝石が頬に当たる。


「殺しなさいよ…殺してみせなさいよ!そしたら私も死ぬわ!トアルだけを先になんかいかせない!!」


私はその思いで充分なのに。

姫に幸せになって欲しいだけなのに。

どうして貴女は…。

無意識に涙が溢れた。

兵士が剣を振り上げる。

せめてもと。

私は貴女の楯に。

体を起こして姫を抱き締めた。


「やだ!やめて!トアル!!」


死を覚悟した。

強く目を瞑る。

それなのに。

いつまでも痛みは来なかった。


「だっ誰だお前……」


そして後ろから聞こえてきたのは、兵士の震えた声。

霞む目を必死に覚まして後ろを振り返る。

そこにいたのは銀色の。

鮮やかな細工をされた騎士が剣を受けていた。

よくよく周りを見ると周りの兵士達が黒色の血溜まりを作って倒れていた。

そしてそのまま無言で残りの兵士達も斬っていく。

体から散りばめられる鮮明な赤。

恐ろしいモノを見ている気分だった。

兵士達は必死に逃げ惑い。

周りに誰もいなくなると。

騎士は銀色の綺麗な剣を鞘に納めた。

何がなんだか分からないが。

助かったのか……?

すると。

ふと意識が暗くなってくる。

力も入らない。

私はどうなるのか。

遂には考える力もなくなり。

暗闇に意識を手離した。



―――――――――――――。



私に覆い被さったままのトアル。

その体に目隠しされて何が起こっているのか分からなかった。

そして沢山の音が鳴り止むと。

ずるずるとトアルの体が落ちてくる。

トアルの体には赤黒いシミが肩や腹や手に兎に角沢山あった。

彼は目を瞑ったまま動かない。

嘘だ。

トアルは死なない。

彼は私の手を引いて城から逃がしてくれた。

だからきっとまた私の手を引いてくれる。

温かな手で頭を撫でてくれる。

私は彼の体を揺さぶる。


「起きて?トアル!早く逃げなきゃ!先にいかなきゃ!起きて一緒に行こう?」


涙が溢れる。

ポロポロと。

宝石が目を覚まさない彼の頬に当たる。


「嫌だよ!1人にしないでよ!トアル!!!」


受け入れたくなかった。

彼の死を。

また話したかった。

彼と笑顔で。

声が枯れる。

そんなのどうでもよかった。

ただ彼に目を覚まして欲しかった。


「…………コレを。」


そして気が付く。

歪む視界の中。

目の前の銀色の鎧の騎士に。

その騎士は彼の服を破り。

咄嗟に私は彼の体を守る。


「何するの!?」


「黙れ。」


すると。

騎士は手慣れているように。

液体のようなモノを塗り込んで、破いたそれを包帯のようにして巻いていった。

そして彼の体を背負う。


「………着いてこい」


騎士はそのまま早足でその場を後にする。

私は何も分からずに。

ただ騎士の後に着いていくしかなかった。



―――着いた所は小さな小屋だった。

それからまたすぐに巻いてあった服を取り、汲んであった水で濡らした布で傷口を拭いていく。

また液体を塗って、今度は小屋にあった綺麗な布を包帯代わりに巻いていった。


「……この手順でこいつを看てやれ」


除き込むような形で見ていた私に、騎士は振り返らないまま私に言葉を投げた。


「……わかった。」


分からないけど。

きっと。

彼が目を覚ますにはこの方法しかないのだろう。

そう思って私は強く頷いた。

それを聞いた騎士はすぐに立ち上がり私に又背を向ける。


「どうしたの?」


騎士は振り返らない。


「オレは探している人がいる。悪いが行かなくては。」


どうして助けてくれたのか。

どうして此処までしてくれたのか。

聞きたい事は沢山あった。

でも。


「………ありがとう」


騎士にはこの言葉しか言えなかった。

トアル以外に初めて優しくしてもらった人。

どうしてもコレだけは伝えたかった。


「……気まぐれだよ」


その言葉を後に騎士は姿を消した。

でも最後の言葉を言った時、兜を被っていて顔は見えなかった筈なのに。

少し笑ってくれた気がした。

なのに。

何故だろう。

それと一緒に重苦しいようなそんな気持ちが溢れてきた。

………………。

兎に角。

私は今。

トアルの為に出来る事をしよう。

そう心に誓った。




――――――――――――。



暗闇の中。

誰かが私の名前を呼ぶ。

トアル。

それはなんの意味も持たなかった。

王の下では、誰も私の名前を呼ばない。

いや。

私だけではない。

他の者達も名前を呼ばれない。

名前なんて意味がない。

なのに。

自分が唯一持っているのはコレだけだ。

虚しい。

誰にも呼ばれる事の無い。

使われる事の無い持ち物は。

なのに。

虚しいとしか感じなかった名前を。

今。

誰かが呼んでいる。

そうか。

名前を呼ばれるっていうだけでこんなにも幸せになれるのか。

心が。

あたたかくなるのか。

私は呼ばれる方向へ手を伸ばす。

ただ何となく。

そうしたかった。



瞼が重い。

それでもゆっくりと目を開く。

辺りを見回すと。

ここはどうやら屋根の付いた何処かみたいだ。

そしてふと気が付く。

手が温かい。

顔を横に向けると。

私の手をぎゅっと掴みながら姫が寝ていた。


「……フルーレ…」


それは今を確かめるように。

姫の名前を呼びたかった。

呼び捨てなんて。

寝ている今しか言えないだろう。

すると姫はそれに応える様にもぞもぞと動き出す。

そして目を擦りながらゆっくりと体を起こした。


「………トアル?」


その光景が夢のように微笑ましくて姫の手を少し強く握る。


「おはようございます」


その刹那。

姫の目から涙がポロポロと溢れ出す。

涙が綺麗な宝石へと変わる。

その場で泣きじゃくる姿が愛しくて。

腹部の痛みを無視して体を起こし、姫を抱き締めた。


「ありがとうございます」


繋いでいない方の手で彼女の頭を撫でる。

さらさらと。

甘いにおい。

どうして貴女はこんなにも甘いのか。

そう想いながら。

姫が泣き止むまで撫で続けた。



――――。


「……でねその騎士に手当ての仕方を教えてもらったのよ?」


一段落して。

姫は私が気を失ってからの事のあらましを話してくれた。

本当に。

あの銀色の騎士はなんだったのだろう。

2人の話を合わせても騎士の思惑は、分かりそうになかった。


「にしてもこの液体はなんなんでしょうね?トアルの傷にもよく効いたし」


姫は小瓶を手に乗せて首を傾げる。


「…それは薬というんですよ?症状によって効く薬というものがあるんです」


「へぇ?そうなの。まぁトアルに効くなら何でも良いわ!」


薬に対してあまり関心がないように姫は小瓶をポケットに仕舞った。


「それより…明日には出発しましょうか。あまり同じところでゆっくりもしてられませんし」


姫は私の言葉に目を見開いた。


「何言ってるの!?まだ今日起きたばかりじゃない!明日なんて無理よ!」


それでもゆっくりしていられる状況ではなかった。

またいつ姫を探索している兵士に見つかるか分からない状況であることは変わらなかったから。


「私は大丈夫です。弱いですが体力だけは………」


そう言いかけた時。

姫が急に私の上に覆い被さる。


「!?なっ!?」


あまりの急な出来事に頭が回らなかった。


「トアル!コレは私の我が儘よ!せめて後3日はここにいさせてちょうだい!もしも嫌だったら、今この状態の私を退かせてみせなさい!」


………………。

…………………。

……退かせる………。

今この状況で?

どうやって?

頑固すぎる………。

ずるい。

こうまでされたら……。

せめてもと。

姫から顔をそらして。


「……わかりました…ですが2日です。それ以上は譲歩出来ません」


私の言葉にぱぁっと表情が明るくなる。

分かり易い。

それほど心配させてしまったと言うことなのだろうか。


「わかったわ!トアル!2日間の世話は私に任せてちょうだいね?」


ウキウキと何故か楽しそうな姫は満開の笑顔を私に見せてくれた。


「………それなら早く退いてください!」


こんな至近距離。

堪えられそうにない。

赤面している顔がバレる。


「あっ!ごめんなさい!」


姫はない慌てて私の上から退いてくれた。

―――それからの2日間は、必要以上に私に尽くしてくれた。

手当てはものすごく手際良かったのだが、その他はズレていて…私が何かをしようとすると全て取り上げられて、姫が代わりにやってくれようとする。

流石に食事を取り上げられて食べさせようとしてくれる行為は、全力で拒否させてもらった。

何かをされるのは慣れていない。

いや。

姫にされることは全て慣れることは無いのだろう。

この2日間は緊張し過ぎで。

逆に疲れてしまった気がする。



――――2日後。

傷は少し痛むが普通に歩ける。

これなら何かあった時も大丈夫だろう。

姫に言われた通りにして良かったのかもしれない。

そう心の中で感謝しながら出発の準備を進めた。

服はかなりの損傷が激しかったので小屋にあるものを拝借して。

鞄にもいくつかの布と食料を詰める。

……にしてもここはどう見ても廃小屋なのに、どうしてこうも物が揃っているのか。

不思議に思いつつも準備をし続けた。

準備が終わり、外に出ると既に準備し終えていた姫が外の草の上に座っていた。

姫もまた。

小屋にあった服に着替えていた。

長い髪を結い上げて。

シャツに羽織もの。

短いズボンにロングブーツ。

…………。

………かわいい。

……………………。

そんなこと言える筈もなく。

邪念を追い出して声をかける。


「フルーレ様!用意が整いました。先に進みましょう」


姫は私の声に気が付くと嬉しそうに此方へ駆け寄ってきた。


「うん!行こう!」


そしてそのまま私の手を掴んで引いた。


「あっあの!?」


動揺する私に笑いかける。


「トアルはまだ完治してないから私が暫くこうしててあげる!」


なんだそれは。

不意打ち過ぎる。

下を向き手で必死に赤い顔を隠す。


「そういえば、トアル?私に覆い被さった時敬語じゃなかったよね?」


「!?……そっそうでしたっけ?」


なんとか誤魔化そうとする。

あの時は必死だった。

反射的にそのまま言葉が出てしまったのかもしれない。


「そうだよ!覚えてるもん!ねぇ?普通に又喋ってみて?」


………無理だ。

……………無理すぎる。

それこそ何かがハズれてしまいそうになりそうだ。

私にとって敬語は最早姫への気持ちのブレーキになっていた。


「……先に急ぎましょう!まだまだ油断ならないですからね!」


私は姫の言葉を無視して先に歩いていた姫を追い越す。


「あっ!誤魔化さないでよ!トアル!」


そして姫は駆け足で私の後についてきた。



まだまだ先は長く、苦しい旅になるだろう。

でも。

それでも。

どんなことがあっても。

私にとっては姫といられるこの時間は、幸せにしか感じない。

そう思って。

本当の自由を得るために。

2人の旅は続いていく。





―――――――fin

最後まで読んでくれてありがとうございました。

皆様が幸せな日々を過ごせます様に願っております。

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