獣人
空色の竜は子猫に怯えていたが、俺が撫でると落ち着いた。
店に戻るとそこは血の海になっていた。
吐き気すら感じないのは殴られ過ぎて脳みその何処かがイカレているからかもしれない。
むしろ、これで殴られなくなると喜びが込み上げた。
どうやらあの貴族の男の連れていた傭兵の残りに殺されたようだ。
戻ってきたのがばれたら殺される。
俺はすぐさま竜に飛び乗りその場を後にした。
あれから二年
俺はかなり離れた町で運び屋をしている。
竜と共に雇って欲しいと言ったら、すぐに雇ってくれたのがこの『舞花』と言う店だった。
「ロゼル、お前は顔が良いから稼ぎまくれるぞ!うちの店の客は美人が多いから楽しいぞ~!」
店主がいい人だ。
「子猫つきたー女うけバッチリだ!採用。」
採用されてからは俺のできることを全てやった。
竜のブラッシングをしている時だった。
「ロゼルは働き者だよな~。」
同僚のキリヤは笑ってそう言った。
殴らない人にはむくいたい………そう思ってる。
なんて言ったら、こいつはヒクだろう。
「………出来るんだからやる。それだけだ。」
殴らないだけで幸せなんだ。
「ロゼルがここに来た頃はがりっがりだったが、最近は肉ついてきたな。」
「………飯……食えてるからな。」
「前はどんな暮らししてたんだよ。」
俺は黙った。
思い出したくもない。
「死ねるぐらい最悪な暮らしだったよ。」
俺はつとめて明るくそう言った。
「なんだよ~。笑えるように言えよ~。」
笑えるような暮らしはしてなかったよ。
俺の頭にしがみついている白い子猫は俺にすりよった。
「アル?どうした?」
アルことアルビノはなにも口にしないから、お腹がすいた訳ではないと思う。
「慰めてんのか?ありがとな。」
俺が笑うとキリヤは複雑そうに言った。
「お前は女顔だよな。」
「は?喧嘩売ってんのか?」
「ちが、違うよ~。こないだデビッドのおっさんが酔った時に言ってたんだ、ロゼルなら酔った勢いで抱けるって。」
俺はキリヤを睨むと言った。
「あのおっさんには近づかねえ。殺すぞって言っとけ。」
「わ~てるよ!」
キリヤはハハハと乾いた笑いを浮かべた。
「おーい、キリヤ!オーナーが言ってた客来たぞ~!ロゼルも指名だぞ。」
「「了解!」」
俺とキリヤは店に向かった。
店に出て俺はフリーズした。
そこには知ってるやつがいた。
向こうも俺を見てフリーズしている。
「リン。」
「………誰に言ってんすかね?」
俺はとぼけて言った。
そこに居たのはゼノス様だった。
「リン。俺をなんだと思ってる獣人だぞ。臭いでわかる。」
「………獣が。」
俺が呟くとゼノス様は俺に近づきゆっくり俺の頬を撫でた。
「ちゃんと食わせてもらってるみたいだな。お前は死んだと思っていた。」
「触るな。」
ゼノス様は楽しそうに笑った。
「俺に買われたかった奴とは思えねえな!」
「あのゴミみたいな生活から逃げられんだったらアンタが一番ましだっただけだろ?」
「殴られてもないみたいだな。」
安心した顔に何を言ったら良いか解らなくなった。
「リン。」
ゼノス様はニヤリと笑うと俺を抱き締めて口に噛みついてきた。
「………」
何がおきたのか解らなかった。
「リン。女の匂いなんかさせやがって。」
ゼノス様は1度口をはなすとそう呟いてまた俺の口に噛みついた。
俺はゼノス様の首に腕を回す。
まわりにいた俺を指名した女性の悲鳴が聞こえる。
俺は地面を力強く蹴ってゼノス様の股間を膝げりしてやった。
うずくまるゼノス様の後ろに見知ったゼノス様の仲間の獣人が見えた。
「族長~!」
俺は口の中の唾液を吐き捨てると、口を袖口で拭いた。
「リン!ひどいぞ!」
「族長が使い物にならなくなったらどうする!」
「族長が~!」
俺はゼノス様のお付きの獣人を睨み付けると言った。
「俺のものを何だろうと奪うやつは潰す。ゼノス様~慰謝料。」
「「俺らの可愛いリンが~!柄悪い~!」」
俺の事を知っている奴等が叫んでいた。
「リン。ほら、70万ルギー以上はあるはずだ。」
静かに金の入った袋を差し出したのは狼の耳や尻尾の生えたフィンリルさんだった。
「フィンリルさんは話がわかるな~!」
俺が金を受け取るとフィンリルさんは俺の頭を撫でた。
「生きてて良かった。」
何だかくすぐったいような温かいような気持ちになった。
「フィンリルさんは変わらないな。」
「リン。てめー俺に対する態度とフィンに対する態度が違いすぎんだろうが!」
ゼノス様が怒鳴る。
「おこないのせいでは?」
フィンリルさんはゼノス様に冷ややかに言いはなった。
「フィンのアホ~リンは俺のだぞ!」
「違うから!俺は俺のものだから。」
「そうですよ。リンに失礼だ。」
フィンリルさんは昔と同じ優しさを見せてくれた。
「おーい、ロゼル客が待ってんぞ!」
キリヤの声に思わず振りかえる。
「そうたった。野郎になんかかまってらんねんだった。」
「リン。リンが乗せるんじゃないのか?」
「ゼノス様、俺は女しか乗せねえよ。」
獣人達の尻尾が下がる。
なんなんだ?
「ほら、ロゼル。」
キリヤは顎で早く行くように促した。
「キリヤ!マジいいやつ!」
俺が笑うとキリヤは照れたように顔を赤らめた。
「こらー、リン。俺以外に色目使ってんじゃね~!」
「誰も色目なんか使ってねーだろ!」
フィンリルさんは心配そうに言った。
「本当に女しか乗せないのか?あいつらに酷いことされたからじゃないだろうな!だったらあいつら殺す。」
フィンリルさんの言う"あいつら"とは殺された店に居た男達の事だろう。
「あいつらだって、あんなガリガリ興味ねえよ。糞みたいな奴等だが殺さなくても死んでるしな。殴る蹴るが基本だったって言わなかったか?心配しすぎ。フィンリルさんは俺の母ちゃんか?」
「何でも良い、リンが生きてるなら何でも。」
かなり心配してくれていたらしい。
「生きてるよ。俺は丈夫な事だけが取り柄だからな。」
フィンリルさんは俺に近づき強く抱き締めた。
「リン。」
「もう、リンじゃねえ。ロゼルだ。」
俺の言葉にいつ復活したのかゼノス様が俺の頭を撫でながら言った。
「そんな名前、お前には似合わねえよ。」
それにのっかるようにフィンリルさんも言う。
「そうだ、もっとマシな名前にしろ。」
「俺は女か男か解んねえってのを売りにしてんだよ。それ以上何か言ったら損害請求して、ぼってやるから覚悟しとけ。」
俺はそれだけ小さく呟くとフィンリルさんを押し退けて待っている客のもとへ向かった。
「今度はリン。お前を指名するからな!」
ゼノス様にそう言われたが、俺は口元に笑みを浮かべて言った。
「野郎は乗せねえって言ったろうが!」
ゼノス様達に会えて実は嬉しかったが俺は客の女の肩を抱いてその場を後にしたのだった。。