表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトダマ  作者: 亜耶
4/21

4. 盗賊と少年(4)


 ロウエンと従者達はまっすぐシウ達の元へと向かってきた。


「んだよぉ、失敗じゃねぇかよ」


 血相を変えて向かってくるロウエン達を見て、シウは小声でぼやき、頭をポリポリと掻いた。

 ロウエンと鉢合わせた今、少年誘拐計画を実践するわけにもいかず、シウは少年の背中をぽんと軽く叩き、行けよと促す。

 しかし、少年の足は動き出す気配は無い。ぴったりと地面についた足は、まるで根が生えてしまったかの様に微動だにしなかった。


「……おい、何立ち止まってんだよ? 親父さんのお出迎えだぞ」


 しかし、シウがそう声をかけても、少年は全く動こうとしない。シウは屈んで少年の顔を覗き込んだ。少年は能面の様な表情でロウエン達を見つめている。

 そしてシウが聞き取れない程の小声で何かをぼそりと呟いた瞬間、金の瞳が妖しく光った。

 ――その時だった。


「……っ! 止めろ! ルカ!!」


 大通りにロウエンの悲痛な叫びが響いた。

 少年の金の瞳に気をとられていたシウは、その声にはっとして、声の方向に振り返った。

 シウの視界に入ってきたのは信じられない光景だった。


「下ろせ! 下ろせぇっ!」


 ふわふわと宙に浮かぶロウエンの体。そしてその周りには慌てふためく従者達。

 シウは、目をごしごしと擦った。しかし目の前で今、まさに起きている出来事は、夢でも幻でもない。


「何だよ……これ」


 ロウエンは足をバタバタと動かし懸命にその状況から逃れようとしていたが、一向に状況が変わる気配は無かった。むしろその体はますます高く浮かび上がっていく。その表情は恐怖で歪んでいた。


「おい、お前の親父さんが……」


 そこまで言いかけて、シウは少年の姿を見た。そしてその異様な姿に驚愕し、

少年の隣から半歩後ずさる。

 少年の瞳は、先程よりも更に妖しい光を放っていた。何かをぶつぶつと呟いているが、シウには聞き取れない。

 空中から聞こえてくるロウエンの叫びが、更に悲痛なものとなったのは、シウが眉をひそめて少年を見ていた時だった。


「ルカァーー! 下ろせぇー!! 許さんぞぉーー!」


 ロウエンの体は、高く高く登り続けている。やがて、視認できるロウエンの体は豆粒程に小さくなり、その叫び声も段々と小さくなっていった。

 決してロウエンの叫び声が小さくなったのではないことは、その場にいる誰もが分かっている。高く登ったロウエンの声が、地上にいるシウ達の耳に届きにくくなってきているのだ。


「僕は帰らないよ、って言ったの聞いてなかった? 『パパ』?」


 少年は冷たく言い放った――が、しかし空高くにいるロウエンの耳にその声は届いていないだろう。

 少年の言葉に反応したのはロウエンの従者達だった。


「貴様っ! ロウエン様を下ろせ!」


 従者達は懐から短刀を取り出しシウ達めがけ走り出した。まさか少年を狙っているとは思わないシウは、手を振りかざし叫んだ。


「ちょっ、待てよ! 俺は何も――」


 シウが目を閉じた瞬間、少年の甲高い声が響いた。


「止まれ――!」












「…………ん?」


 何も起きないことを不思議に思い、シウは目を恐る恐る開けた。そして同時に目を見開く。


「は……ははっ」


 思わず笑いが込み上げてきた。

 自分を傷つけようと向かってきたと思っていた従者達の体が、まるで時が止まってしまったかのように固まっているのだ。短刀を掲げ、走り向かってきている姿で固まった従者達の姿は、まるで躍動感溢れる彫刻の様に微動だにしない。

 そして、シウが自分の体の異変に気付いたのは、その従者達の元へ行ってみようと動き出そうとした時だった。


「あ、れ……? 何だ、体が動かねぇ……っ」


 シウの体も目の前で彫刻の様に静止したロウエンの従者達と同じ様に、動かなくなってしまっていたのだ。

 シウは、唯一動かせた目だけを懸命に動かし周囲を伺った。そんなシウの視界に、少年の顔が映り込む。


「ねぇ、さっき約束したよね?」


 少年の瞳は、いまだに妖しく光っている。シウは目の前にやって来た少年の目線に合わせて答えた。


「な、にを……?」


 その言葉に、少年は金色の瞳を細めてにっこりと微笑んだ。


「連れてってくれるって言ったよね?」


 シウは少年の言っている意味が分からず首を傾げようとしたが、やはり体は動かなかった。


「連れてくって……、屋敷までだろ? 連れてきてやっただろ……?」


「僕、一言も屋敷に連れてってなんて言ってないけど?」


「は……っ?」


 シウの言葉にそう答えた少年はくるりと後ろを向くとすたすたと歩き出した。シウはますますわけが分からなくなり、目線だけで歩き出した少年の姿を追った。空中に浮くロウエンの真下辺りに辿り着くと、少年は足を止め、見上げた。


「そろそろ落ちとく?」


 少年が言った瞬間、ロウエンの体がガクンと揺れた。そして――凄まじい速さでロウエンの体が落下してきた。


「うわ、わぁああぁぁあああーー!!」


 ロウエンの死に物狂いの叫びが大通りに響いた。ロウエンの体が少年の体にぶつかりそうにった瞬間、ぴたりとその動きは止まり、そして静かに少年の体から軌道を逸らしてゆっくりと地面に到達した。

 ロウエンはぴくりとも動かない。落下速度と恐怖に耐えきれず失神してしまったからだ。

 シウはその現実離れした光景をずっと見ていた。


「お前……がやったのか?」


 少年はゆっくりと後ろを振り返った。その表情には不敵な笑みが浮かんでいる。その笑みを浮かべたまま、少年はシウに近付いた。


「もう体動くんじゃない?」


 少年が言った瞬間、シウの体はガクンとバランスを崩し、そのまま前のめりに倒れ込んだ。


「ぉわっ!」


 べしゃっという音と共に崩れたシウが顔を上げると、少年は眼前にしゃがみこんでいた。


「ね、連れてってよ」


「ああ…………って、あれ!?」


 少年の言葉にいい返事をしてしまったシウは、思わず口を押さえた。自分の意志と関係なしに口が動いたのだ。まるで自分の口ではないかの様に出た言葉に、シウは驚きを隠せなかった。


「言ったね? 僕のこと、ちゃんと連れてってよ? 約束、だよ」


 くすくすと笑う少年は、金の瞳を細めて言った。シウは驚きながらも少年に尋ねる。


「……屋敷じゃないなら、どこへ連れてけって言うんだよ」


「うーんとね、果て。世界の果てに連れていってほしいんだ」


「はぁ?」


 何もかもが現実離れしたこの状況で、突拍子もないことを言い出した少年の言葉を、シウは理解できないでいた。


「果てって何だよ……? ロウエンの息子がそんなところに何の用があるんだよ……?」


 聞き返したシウの言葉に、少年は一瞬目を丸くする。そして声を上げて笑った。その表情は今まで見せてきた不敵な笑みとは違い、年相応の少年の笑顔だった。


「あんなのホントの『パパ』なんかじゃないよ」


「でもお前、牢ではロウエンが父親だって――」


 そう言いかけてシウは口をつぐんだ。

 いかに単純で短絡的なシウの頭でも、この非現実的な状況は少年が作り出したことくらいは理解出来たからだ。


「……いいよ、そんなこと。それより果てまで連れてってくれたら、『コトダマ』の在処教えてあげるよ」


 この状況を理解する為に、脳をフル回転させていたシウも、今の少年の言葉は聞き逃さなかった。


「『コトダマ』? お前『コトダマ』の在処を知ってんのか!?」


「うん。だから――」


 少年の発した『コトダマ』の在処、という言葉は、この非現実的な状況を処理しようとするシウの脳の働きに、完全なるストッパーをかけた。


「おう! 任せろ! 果てでも何でも俺が連れてってやる」


 立ち上がり、衣服に付いた砂埃を払いながら、シウは笑顔で答えた。

 そんな彼の表情を見て少年はまた大きな声で笑う。


「やったぁ! 絶対だよ!」


「分かった、だから……」


 少年は分かってるよ、と言わんばかりに肩をすくめた。


「約束するよ。よろしく、シウ」


 『コトダマ』の在処を教えてくれることに喜び、舞い上がってしまったシウは、先程少年を少しでも不審に思ったことは、すっぽりと頭の中から抜けてしまっていた。


「おう! よろしくな、えーと……」


「僕のことはルカって呼んで」


 そう言ってにっこりと笑った少年はシウに手を差し出した。シウは差し出された手を右手で取ると、少年に負けじと満面の笑みを作った。

 そして、二人は歩き出す。騒ぎに集まってきた人々は、唖然として二人を見ていた。騒ぎを聞きつけた町の警備兵達も、うつ伏せにひれ伏し動かない領主と、彫刻の様に微動だにしない従者達の有り様を見て呆然としている。


 町の出口まで差し掛かったとき、ルカは、あっ、と声を漏らした。くるりと後ろを振り向くと、大通りの方向に向き直ると、大声で言った。


「もう従者さん達も動いていいよ!」


 発された少年の言葉に、シウは色々な考えを巡らしたが、すぐにその考えは頭の外へ押し出された。

 シウにとって大事なことは、不可思議な状況を考察することよりも、ルカを世界の果てに送り届け、一日も早く『コトダマ』の在処を教えてもらうことだったのだ。


「行こっか、シウ」


 ルカはにっこりと微笑みシウに言った。


「ああ」






 こうして盗賊と少年という奇妙な二人組の、世界の果てを目指す旅は始まった。単純な盗賊、そして何やら不思議な力を持つ少年。


 彼らの行き着く先に待ち受けるものを、シウはまだ知らない――。





更新が遅くなってました。読んで下さっている方、遅筆な作者ですいません。今後も読んでいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ