3. 盗賊と少年(3)
牢から地上へ出るまでの通路を、人が来ないものかとびくびくしながら進むシウを、少年は笑いながらたしなめた。
「人なんて来ないよー、心配症なんだね。えーっと……」
「シウだ」
シウは囁くような声で少年に名乗った。
「シウ、人は来ないよ。心配しないで」
「あのなぁ、人が来ない保証なんてないだろ。捕まったらお前はロウエン様の息子だから見逃してくれるかもしれねぇけど、俺はそうもいかないんだ。焼き印なんか押されたくねぇし。静かに歩け!」
小声で凄むシウ。
少年は、半分呆れたような顔で頷き、恐る恐る歩き進むシウの後を、大人しくついて行った。
しかし少年の言うとおり、見張り兵は、二人の元へと来ることは無かった。
「うーん、今日もいい天気だな!」
最高にいい顔をしながら、シウは地上に出てからの第一声を放った。
空は青く澄み渡り、雲一つ無い。適度な湿度に心地良い風。活気に溢れた町並みがそこにはあった。
日は真上に昇っている。人の寝静まった夜中に盗みに入り、すぐに捕まったシウが気絶している間に、半日以上が過ぎていた。
その事実に気付いたシウはこぶしを震わせた。
「俺、結構長いこと気絶してたんだな……。野郎、ありったけの力で殴りやがって。今度会ったらただじゃおかねぇ」
もう一方の手で後頭部をさする。こぶが出来ていた。
ぼやくシウを見て、少年は笑った。
「お前なぁ、笑うなよ。結構痛ぇんだぞ……。えーっと、ロウエン……様のお屋敷はっと……、あっちだな」
広い路地を右、左と確認しシウは少年の手を引き、遠くに朱色の瓦屋根の見える方へと歩き出した。
その歩みは意識してかしないでか少年の歩幅に合わせられている。
「ありがとう、シウ」
「あぁん?」
いきなりかけられた感謝の言葉にシウは眉をひそめた。少年はにこにこと微笑んでいる。
「ボクに歩く速さ合わせてくれてるんでしょ?」
シウは予想外の言葉に目を丸くした。
「あ? そうか? 俺は別にそんな事してたつもりじゃねぇけど……まぁ、俺にはお前くらいのチビの妹がいたからな。昔はよくこうやって手を引きながらよく歩いたもんだ」
シウは頭をぽりぽりと掻きながら答えた。
「妹、いるんだ? いいなぁ、ボク一人っ子だから羨ましいよ」
少年はシウと手を繋いだまま、口を尖らせた。
「ねぇ、妹って何歳? 何て名前? 今どこにいるの? 一緒に住んでないの?」
シウの妹の話に興味を持った少年は早口で質問をいくつか投げかけた。その瞳は輝いている。
「……」
「何で黙っちゃうのさ」
そう言うと少年は、あっと声を漏らしその表情を陰らせた。
「俺の妹、レレィっていうんだけどな……。三年前に死んだんだ。風邪こじらせちまってなぁ。両親もまだ俺が小せぇ頃に死んだから、二人きりの家族だったのに 。……薬、買ってやれなかったばっかりに、な……」
俯き少年の手を強く握る。足の動きがぴたりと止まった。
「……ごめんなさい、そんなこと聞いちゃって……」
「いいんだ。それに俺はレレィと約束したからな。《コトダマ》を手に入れるって。《コトダマ》さえ手に入れられれば、万物の力も使えるだろ? そしたら生き返らせてやるのさ。それで金持ちになるんだ。」
「……そっか」
少年はすっかりしゅんとしてしまっていた。手を握り返す力も弱くなっているのに気付いたシウは、大げさに少年に笑いかけた。
「おいおい、そんな顔するなって! こんな世の中じゃよくあることだ。なっ? それに《コトダマ》を見つければ済む話だ。妹も生き返って金持ちになれるんだったら一石二鳥だしな!」
シウのかけた言葉は耳に入らないのか、少年は暗い表情のままだった。シウは少年の手を引っ張り続ける。
「なぁ、《コトダマ》ってどこにあるんだろうな? 今まで誰も手に入れたことないだろ。一体どんな形で、どんな色してるんだろうな。金剛石みたいなんだろうか。それとも虹色に輝く宝石なんかなぁ。お前はどう思う?」
投げかけられた問いに少年は顔を上げ、うーんと考える素振りをした。しばらく唸りながら考えているように見えたが、やはり表情は暗い。
最終的にはシウの問いは少年の、分かんないな、で片付けられた。
「何だよ、つまんねぇな」
はそう言いながら舌打ちをしたシウは、目の隅でロウエンの屋敷を捉えていた。
さしあたっての問題は、少年を誘拐する為に、いかに怪しまれないようにあそこを通り過ぎるかだ。しかしなかなかシ良い方法が思い浮かばない。色々考えを巡らせる間にも、ロウエンの屋敷は近付いてくる。
「あ」
良からぬ方法を画策するシウの隣で、少年は小さく声をあげ、立ち止まった。
「んだよ」
シウは少年を見下ろした。
少年の金色の瞳はそんなシウを気にすることなく、真っ直ぐ正面に向けられている。
「……?」
少年の目線の先を追う。
そこには、この町の権力者ロウエンと、ロウエンに仕える数名の従者の姿があった。ロウエンはきょろきょろと辺りを見回していた。目が悪いのか、シウの隣の息子の姿には気づいていないようだ。
「やべ……」
少年を誘拐する為にどう上手く屋敷の前を通り過ぎるか――その心配は無駄になりそうだった。通り過ぎるどころか、その前に親の迎えが来たのだから。
立ち止まる二人の姿に従者の一人が気付く。シウはその従者がロウエンに何か話しかけているのを見た。従者に話しかけられたロウエンの視線が、シウ達に向けられる。
「ルカ!」
細身の体のどこから出てくるのか分からない程の大きな声が、通りに響いた。ロウエンと従者達はシウ達の所へと走って来た。
シウの行き当たりばったりの野望はその瞬間パァになった。シウががっくりと肩を下ろしたのは無理もない。