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コトダマ  作者: 亜耶
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19. 告げられた言葉


「まこと……のな?」


 聞き慣れない言葉を声に出し、シウは反芻する。がたがたと揺れる車内で青い顔をした青年と、笑みを浮かべる老人は向かい合っていた。


「アカツキの皇王の血を引く者に与えられた名――それが誠名。シウレスカ=シン=シュルツ、イサラ=ユエ=シュルツ、そしてシウ=タイヤン=シュルツ。君の、誠名だ」


「は……、それって……」


「君の父は皇王シウレスカ、そして母は第二王妃のシャグナ。君は皇都アカツキの皇位継承権を持っているのだよ」


 車酔いでぐらぐらする頭を押さえ、いつにも増して働かない頭をフル回転させる。

 皇王シウレスカ――第二王妃シャグナ――皇位継承権――しかしその言葉の意味すら掴むことが出来なかったシウには、異国の言葉のように聞こえた。

 ただひとつ、彼に理解できたのは、老人の言う自分の母は、彼の知る母ではなかったということ。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺の母さんの名前は――」


「ベリル。当時、第二王妃の側に仕えていた女の名だ。王妃の出産以降、行方不明となっていた」


「――!?」


 髭を撫で、どこか遠くを見るような目で老人は語り出した。


「第一王妃は第二王妃から君を守る為、君を自分が最も信頼する側仕えのベリルに託した。君がアカツキに産まれ落ち、産声を上げたその瞬間に」


「そんな、こと……大体、守るって何から!」


 老人は表情を崩さずに淡々と続ける。


「第一王妃の魔の手から。当時なかなか子を成せない第一王妃ラナーヤは第二王妃の懐妊を妬み、産まれくる赤子の暗殺計画を企てていたのだ。おそらく我が子を守る母の勘が働いたのだろう、そのことに気付いた第二王妃は君を逃がすことにした」


「……逃がす」


「そうだ。君が母と思っていた人物は、第二王妃の出産に立ち会い、産まれたその瞬間に、君を託されたのだ。死産と偽り、自分の手で慈しむことも叶わぬと知りながら、それでも生かす為に」


「……」


 俯くシウの肩を老人が軽く叩いた。顔を上げたシウの前には、真摯な面差しで彼を見据える老人がいる。


「すまなかったね。第二王妃の決死の決断とはいえ、私達は気付かなければいけなかった。亡骸のない死産、そして消えた一人の側仕え――」


 がたがたと車両が道を転がる音が二人の沈黙の間を埋める。

 老人の話は突拍子もないもので、シウにとっては容易に信じられる話ではない。しかし、彼の目の前にある顔には、疑うことを許さないような凄みがあった。


「……」


「ん、どうしたね? 信じられないかね? 何故、今更と思うかね?」


「べ、別に……」


 調子の悪さも手伝ってか、言葉を続けることの出来ないシウ。老人は口角を上げた。


「今、皇王の座に一番近いのは、第一王妃の子息イサラ――つまりは君の異母兄弟となるのだが、彼は少々危険な思想を持っていてね。……困るのだよ、彼が新しい皇王になられては……」


 だからこそ君だ、と老人は囁いた。




     ◇




 夜が明け、まだ東の空が白んでいるうちから、ルカは皇都アカツキへと向かうべく準備していた。こんな時間に、しかも子供一人で出発するとことを、宿の主人は訝しんでいたが、それでも客であるルカに言われた通りに手配した馬車がそろそろ到着するはずだ。

 荷物をまとめる手に力が入る。まさかこんなにも早くアカツキに戻ることになるとは思わなかった――もう戻れない、いや戻らないと決めたあの日はいつのことだったろう。そんなことを考えていると、部屋のドアを小さく打つ音が聞こえた。


「お客さん、馬車が着いたよ」


 他の客に配慮したノックと小声に、これまた小さくルカは返事をした。

 もともと荷物と言っても、量はさほどではない。いくつかの二人の着替えと携帯用の水、それとシウのペンダントだ。それらを袋にまとめたものを抱えると、ルカは扉を開けた。


「ありがとう、馬車はどこに?」


「宿の前にすでに着いているよ……ところで――お連れさんはどうしたんだい」



「ああ、お兄ちゃんは先に出たんだ」


 馬車の手配を頼んだ時と同じ質問に同じ答を返す。店主は困ったように眉を下げ、先に階段を下りるルカの後をついていく。


「私としては貰えるもんを貰ってるから、何の文句もないんだけどね……でももし、君みたいな子供を一人で馬車に載せて何かあったら、店の信用にもかかわるじゃないか」


 どうやら店主は、いつの間にかいなくなっていたシウのことや、こんな時間に一人で馬車に乗り出掛けようとするルカに何かしらの警戒心を抱いているようだった。

 こんな所で騒ぎを起こしても仕方ないと、ルカは嘆息して懐から布袋を取り出した。


「何もこの宿に不利益になるようなことなんてないよ。これ、とっておいて」


 それを見て店主は目を丸くした。ルカの小さな手の上にあるのは、金貨三枚。それは大人一人であれば、ひと月は泊まり続けていられるほどの金額だった。


「こんな大金、受け取れんよ!」


 首を左右に振りながらも店主はその金貨から目を離せないでいる。ルカはその言葉が建前でしかないことはわかっていた。


「いいから。こんな時間に手間をかけちゃったお礼だよ。受けとって」


 そう少年に言われると、店主は受け取らなければいけないような気がして、両手で受け皿を作った。ルカは子供らしくにんまりと笑うと、宿を後にした。




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