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コトダマ  作者: 亜耶
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18. 誠名


「おいジジイ、テメー俺を一体どこに連れていく気だよ」


 街灯が煌々と夜道を照らす中、ぞろぞろと列をなしたその中間で、シウは横を歩く老人に尋ねた。がしがしと頭を掻くことが出来るのは、手を自由に使えるからだ。にもかかわらず、大人しくついて行くしかないのは、周囲を取り囲む人数があまりに多かったからだった。


「君は黙ってついてくればいいのだ。……むしろ、そのような下賎な言葉ばかり吐く口は閉ざしていてくれないか。耳障りだ」


 顔をしかめ、心の底から嫌悪するような表情で耳を塞ぐ。その様子が面白くないシウは老人を殴ってやろうかと思ったが、多勢に無勢だとその拳を振るのを止めた。

 一体どうしてこんなことに――大きく嘆息して、ひとつまずいことに気付く。

 ルカとの約束――世界の最果てへと連れていくことをもし達成出来なければ、《コトダマ》の情報はどうなるのか。そもそも離れ離れになってしまえば、教えてもらうなど土台無理な話なのだ。


「俺、連れがいるんだ。だから戻らねえと! おい、どけ! って、ぐぇ、掴んでんじゃねーよ、こら」


 勢い余って逃走を試みるが髪を引かれ、それは阻止された。その拍子に出た変な声だけが辺りに響いた。


「おい離せよ! 戻らねえと情報が……情報があ……!」


 半ば引きずられるように強引に歩を進められる。シウは後ろ髪を引かれる思いで、足を動かすのだった。





 ぞろぞろと歩く行列は、徐々に人気のない通りへと進んで行った。宿や店が並ぶ町の中心地は夜でも活気に溢れていたというのに、今進む道には人っ子一人見当たらず、申し訳程度に街灯が足元を照らすだけだった。どことなくおどろおどろしく感じて、シウは思わず辺りを見回す。


「お、おい。どこに行く気だよ。なあ、何で俺なんかを連れてくんだよ、俺は金なんか持ってねえんだぞ……そりゃ、ちょっとだけ拝借はしたけどよ」


 尻すぼみになりながら、シウは老人に疑問をぶつけた。


「……確かに君は、臭いな」


「く、くさ……!? 馬鹿にすんな、風呂にはさっき入ったつーの!」


「全てにおいて、貧者臭いな君は。その服も、髪も、言葉使いすら、品位というもののかけらも感じない。……全く、嘆かわしい」


 大きく嘆息する老人。服に鼻を近付けていたシウは、そういう意味で言われていたというわけではないことに気付き、慌てて鼻を引っ込めた。

 次第に建物の類はなくなり、道は舗装されたものから少しでこぼことした道へと変わっていた。その脇にあったのは、数台の馬車。しかしそれはシウが今まで見たことがあるものとは違っていた。彼が今までそうだと思っていたのは、ロバが引く荷台付きのものであって、艶やかな毛並みの馬が引く黒塗りの客車など見たこともなかったのだ。シウは言葉を失い、陸に打ち上げられた魚のように口を開閉した。


「な……な……」


「さあ、乗りなさい。乗り方は分かるかね?」


 馬車に辿り着いた行列は足を止め、老人はシウを車内へと促すが、なかなか足を運ぼうとしないことに痺れを切らし、扉を開け有無を言わせずに押し込んだ。シウは広い車内に転がるように乗ることになった。 車内は広く、皮張りの椅子は肌に吸い付くようで、思わずシウは溜息を漏らす。馬の嘶きと同時に客車が揺れ、馬車は走り出した。結局シウと同じ客車に乗り込んだのは老人のみで、シウが口を閉ざすと、がたがたと揺られる音のみが響いていた。




「……少し君の話を聞かせて貰おうか、シウ君」


 長い沈黙を初めに破ったのは老人だった。窓を開け放ち、夜風を一身に浴びるシウに声をかけるが、返ってきたのは生気のない声。そんな彼の顔色は青い。


「おや、酔ったのかね? いい歳をして情けない」


「……うるせー、俺だって酔いたくて酔ってんじゃねーぞ……」


 言葉使いだけは強気に、しかし語気は弱い。一瞬顔を室内に戻すが、すぐに外へと向き直す。夜風に当たり続けていなければ、今すぐにでも吐いてしまいそうだった。もちろん胃の中は空っぽのままだったのだが。


「まあ、いい。それではベリルは、君の――母君はどうしたかね? まだ健在かね?」

 そんなシウの様子もお構いなしに、老人は窓辺で力尽きている彼に声をかける。シウは息も絶え絶えに、その問いに答えた。


「母さんは、とっくに……死んだ。それにしたって、ジジイ……何で、母さんのことなんか……」


 窓から顔を出したまま呻く。

 老人は満足げに髭をさすった。


「そうか、ベリルは死んだか。……当然だな、側仕えごときに手に負えることではないわ」


「……はぁ」


 風の音に掻き消され、老人の言葉はほとんど届かなかったが、もう一度聞き返す余裕などなかったシウは聞き流すことにした。


「あー……具合悪ぃ……」



 そんなシウの姿を見て老人は微かに口角を上げた。


「母に死なれてこそ泥暮らしか。まったく、随分な転落人生だ。君は全てを掴むことが出来る人間であるのに……聞いているかね、シウ君」


 いつまでも窓から外に顔を出しているシウにの肩を、枯れ枝のような手が叩いた。青い顔を戻すと、老人はまっすぐその窪んだ瞳を彼に向けている。

 思わずシウは唾を飲んだ。


「……な、何だよ」


「シウ=タイヤン=シュルツ――君の誠の名だよ。さあ、君の出生の秘密を知りたくないかね?」


 老人は不敵に笑った。



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