15. それぞれの企み
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「イサラ様! イサラ様!」
代々の皇王の肖像画と、青磁や絵画が並ぶ長い廊下を渡り、カリンは足早に主の部屋へと向かっていた。イサラの私室は本人の希望もあって最上階の角にある。北側に位置する為、日当たりは良いとは言えないが、普段は静寂に包まれているその場所を、イサラは好んでいた。
「……どうかしたのですか?」
扉に手をかける前に姿を現したのは、既に夜着に身を包んでいるイサラだ。長い黒髪をかきあげながら、夜更けに訪れた従者に視線を落とす。
「夜分申し訳ありません、イサラ様。不穏な噂を耳にしまして、急ぎ伝えねばと思いやってきた次第でございます」
「かまいませんよ、入りなさい」
身を翻し室内へと足を向けるイサラに、カリンは慌ててかぶりを振った。
「いえ、私はここで……!」
「気にすることなどありませんよ。こんな時間まであなたも大変ですね」
そう言ってイサラは室内から手招きをする。私室に、しかも夜分に足を踏み入れるなど言語道断ではあったが、その部屋の主がそうしろというのであれば、とカリンもまた室内へと歩を進めた。
主の私室は酷く殺風景だった。廊下や他の部屋には数え切れないほどにあった青磁や絵画などの類は一切なく、棚に飾られているのは二枚の写真のみ。唯一部屋を彩っているのは先日中央大陸の村で手に入れた花羅織りの絨毯だ。
「かけなさい、と言ってもあなたは聞かないのでしょうね、カリン」
皮張りのソファに腰掛けたイサラが微笑んだ。その端正な顔立ちは五年前に亡くなったラナーヤ第一王妃と瓜二つだとカリンは思っている。皇都アカツキ一美しいと言われていたラナーヤ王妃は、王族に仕えるカリンの憧れでもあった。
「元老に動きがありました。ユージンがリキョウに向かった、と」
「こんな夜更けにですか? 戴冠の儀まで日もなくなり焦っているようですね。老人達め……大人しくしていればいいものを」
イサラの深い青色の瞳が揺らめく。足を組み直し、大きく息を吐くその表情は艶めかしく、カリンは思わず見とれてしまいそうになるのを、あわてて振り払った。
「今更傀儡を探し当てたところで、私は屈しない。元老の好きにはさせませんよ」
ふふ、と笑う。
そんな主の笑みは余裕が満ち満ちているように見える。
先代の皇王であるシウレスカが亡くなり早ひと月。次期皇位継承権を持つのは第一王妃の子息であるイサラだが、この期を逃すまいと動き出した元老が、五年前に既に亡くなっていた第二王妃の元に子が生きていると騒ぎ出した。二十前に死産とされていた筈の子がもし生きているとするならば、第二王妃の子ではあるがイサラより早く生まれたその子こそが正当な皇位継承権を持つのだと。
居城にいもしない人間を主にしようなど、とんだお笑い草だ。しかし元老の狙いがそこにあることはカリンもイサラも分かっていた。何も分からない人間を皇王に祭り上げ、老人達は彼を傀儡としていいように操るのだ。賢王として長くこの地を治めてきたシウレスカが、もしそのような愚かなことを企てる元老のことを知れば、酷く悲しんでいたことだろう。
「カリン、ひとつ頼まれてもらえますか?」
まっすぐ従者の瞳を見据えるイサラ。カリンは断る筈もなく頷いた。
「勿論です。我が主」