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コトダマ  作者: 亜耶
13/21

12. 港の喧騒の中で


「ここがリキョウか、でけぇな……テイトはもっとでけぇのかな!?」


 船室で休んだことによって幾分調子を取り戻したのか、久方ぶりに地に足を付けたシウは感嘆の声を漏らした。

 目を丸くしながら、まるで少年のようにはしゃぐ彼を横目に、ルカは嘆息する。


「シウ……、約束覚えてるよね? 騒ぎとか起こさないでよ!」


 小声で、しかしはっきりとした口調で言う。シウは聞いているのかいないのか、きょろきょろと辺りを見渡しながら目を輝かせている。

 仕方がないとは思いつつ、ルカはシウの手を取り、歩き出した。船着き場から進む先には巨大な市場がある。声を張り上げて客を呼び込む男もいれば、店先で魚を焼き香ばしい匂いを漂わせている女もいた。シウ達はそれらを後ろ髪を引かれる思いで通り過ぎて行った。


「ここが東大陸最大の玄関口、リキョウだよ。北と南の海流がちょうどぶつかるここでは海産物が豊富に採れるんだ。なかでもやっぱりここで一番有名なのは、ミレー貝かな。肉厚でこの時期特に甘味を感じるミレー貝の刺身は皇族の口にも入るんだよ」


「ミ、ミレー貝……」


 涎が出そうになった口の端を拭い、シウはルカについていく。どんなにうまい貝なのか想像するだけで、腹が減ってくるのを感じた。そういえば船室で出された食事にもあまりの気分の悪さで手をつけていなかったことを思い出した。


「あ~、腹減ったなあ」


「シウは腹減った腹減ったばかりだね」


 苦笑するルカにシウはあからさまに肩を落として見せた。しかし少年は首を横に振った。


「駄目だよ。お金だってないし。また靴磨きでもする?」


 ルカの提案にさらにシウは深くうなだれる。その案だけは却下だ。


「それだけはゴメンだな。あんな金にもならねえ仕事、やってられっか。あー、もっと手っ取り早く稼げたらな――」


 そこまで言って立ち止まるシウ。その手をとっていたルカも強制的に立ち止まった。

 どうしたの、と見上げる少年の目に映ったのは、不敵に笑う青年。人差し指を唇にあて、ルカの手を振りほどくと人混みへと突き進んでいく。ちょっと待ってろ、と笑みを浮かべた口が動いたかと思ったら、その姿は雑踏に消えた。



 やがて姿を現したシウの手には三個の布袋が握られていた。ルカにはすぐにそれがシウが人々の懐からすってきたものだと分かった。


「へっ、ちょろいもんだな。もっと周りを気にして歩けっつーの」


 得意げな表情で、な、とルカに同意を求める。もちろんその通りだといった答えが返ってくると思っていたのだ。しかし少年からはすでに笑みが消えていた。シウは気にせず布袋を開ける。中から出てきたのは数枚の銅貨と銀貨だ。だが三袋の中身はいずれも予想より少なかった。


「なんだよ、しけてんな。カイランの奴らと変わんねえじゃねえか」


 ちっ、と舌打ちをして手の平に載せた硬貨を数える。

 勘定に夢中になっていたシウだったが、服の裾を引かれていることに気付き視線を下ろした。そこには金色の瞳で睨みつけるルカがいた。


「シウ。何してんの」


 その子供らしからぬ形相に一瞬たじろぎながらも、シウはすぐにヘラヘラとした笑みを浮かべた。


「こうしたほうが手っ取り早いだろ? 働くなんてアホくせえことするよりも」


「だめだよ」


 ぴしゃりと言い放つ。同時にシウの手から硬貨を奪い取った。


「な、何すんだテメエ」


 一瞬の出来事に呆気に取られかけたシウが叫ぶ。その声に周囲から視線が注がれた。

 今度はルカが呆れたように唇に指を当てた。騒ぎを起こすなという約束を思い出して青年は慌てて口をつぐむ。そして今度はごく小さい声でルカに抗議する。もちろん凄むことも忘れない。


「それは俺のもんだ。とっとと返せ」


「……違うでしょ、シウ。これはシウが盗んできた誰かのものだよ。誰かが一生懸命働いて稼いだお金だよ」


 シウの言葉に怯むことなく、ルカが返す。さらに一歩踏み出して続ける。


「これは元の持ち主に返すよ。これはきちんと働いて得た人に相応しいお金なんだから」


「返すったってもういねーよ。とっくにどっか行っちまったって。だから、ほら、俺達が使ってやったほうが有意義だろ」


「すぐに見つかるよ。……僕が言うんだから、間違いない――ほら」


 ルカが指さした先に初老の男がいた。男は地面をきょろきょろと見渡しながらこちらに近付いて来る。狼狽しあわてふためく様は、何かを探しているかのように見えた。そして顔を上げた瞬間、シウと目が合った。すぐにその視線が少しだけ下がる。青年の持つ布袋に目をやったのだ。


「――あ、そこの方! それは、もしかして」


 シウは慌てて布袋を隠そうとしたがすでに遅く、男は猛スピードで彼等の元へ駆け寄ってきた。


「それ、その茶の財布、拾って下さったんですか! それ、私のものです!」


「は、はあ……」


 それは間違いなくシウがすってきた布袋の持ち主の一人だった。思わず心の中でため息をつく。


「これ、落ちてたよ。はい、おじさん」


 ルカは肩を落とすシウから布袋と硬貨を強引に手放させると、男に手渡した。男は安堵の表情を浮かべ大きく息を吐いた。


「ああ、助かった。これがないと明日食うものにも困るんだ。ああ、本当によかった!」


 男は何度も礼を言い、帰り様にも何度も振り返り頭を下げた。




 不思議なことに、ルカの言う通りその後立て続けに残り二つの布袋の持ち主も現れた。こうしてシウの手元に金が残ることはなかった。


「何でだよ……、こっちの奴らは鈍いくせに鼻が利くのか……」


 がっくりと肩を落とすシウが呻いた。そんなシウに、ルカが手を差し延べる。


「真面目に働けってことだよ。みんなそうやって生きてるんだ」


「真面目に働いたって――意味ない」


 がしがしと頭を掻きむしりながらぽつりと呟く。その言葉を少年は聞き逃さなかった。しかし返そうとした言葉は青年の表情を見た途端、引っ込んでしまった。

 目の前の青年が浮かべた表情――それは苦悶のものにほかならなかった。財布をすれなかったことに悔しがっているわけではないということが、シウの顔に滲み出ている。


「シウ?」


「意味ねえんだよ、真面目に働いたって。たかが知れてる、みんな足元を見やがるんだ。そうして貧しくて死んでいったって、誰も何も思わねえ。誰も」


「シウ……」


「誰も……助けちゃくれねえんだ」


 大きく嘆息し、シウはぽつりぽつりと話し始めた。





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