11. いざ東大陸へ
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「おい……、ルカ……」
息も絶え絶えに、シウは声を何とか発した。座り込み俯くその青年の顔色は酷く青い。
「とてつもなく、具合が、悪ぃぞ……」
そんな姿を見下ろしながら、ルカは苦笑した。
「船酔いだよ。風に当たってれば良くなるって」
「あー、気持ち悪ぃ……。リキョウにはいつ着くんだ……」
「まだ出発したばかりだよ、シウ」
天気は快晴、波も穏やかな昼下がり。二人は、港町カルカンドから東大陸の玄関口リキョウに向かう船上にいた。ルカにとっては快適な船旅であったが、シウは乗船してわずか五分ほどで音を上げていた。
いい加減、そんなシウの様子を見守るのにも飽きて、ルカはデッキから外を眺めた。
透き通る青い海に、澄み渡る青い空。そして視界の片隅には船酔いに呻く青年の姿。
それだけを見れば、何て平穏な日だと思う。それと同時に、これから向かう場所を想像し、気が重くなる。
仕方がなかったにしろ、やはりアカツキに向かうのは躊躇われる。またいらぬ騒動に巻き込まれるに決まっているからだ。――シウを連れて行きたくはなかった。ただそれだけが悔やまれた。
「おいおい大丈夫か? 何てぇザマだ」
がはは、と品があるとは到底言えない笑い声を受けて、ルカは振り返った。そこにいたのはよく日に焼けた体格のいい男だった。確か船長だったはずだ、とルカは記憶している。
無精ひげを生やし、黒いドレッドヘアーのその男は、文字通り豪快にシウの背中を叩いた。本人はさすっているつもりなのかもしれない。シウは何やら呻いていたが、それが船酔いによるものなのか、それとも船長に背を叩かれたからなのか、悩むところだった。
「リキョウまでは長えぞ。まだ半日はかかる」
シウがゆっくりと顔を上げ、青ざめた顔で口をわなわなと動かした。額には冷や汗が浮かんでいる。
「ば、馬鹿言ってんじゃねえぞ……、半日も乗ってられる、か……」
言葉自体は力強いが、いつもの勢いはなく、息も絶え絶えにシウは呟いた。それっきりまた俯き、顔を上げることはなかった。そんなシウの横でルカは苦笑した。
「まあまあ、暫くの辛抱だよ、シウ。アカツキに行きたいんだったら我慢しなくちゃ」
アカツキに寄る寄らないに関わらず、世界の最果てを目指すのであれば、航路ははずせないのだが、励ますつもりでルカが言う。しかし、シウにはたいした効果にはならなかったようだ。かすかに聞き取れるくらいの小さな声で、おう、と俯いたまま応え、再び押し黙ってしまった。
「はっはっはっ、とりあえず休んでな。船室のベッドで眠っても気が紛れるぞ」
船長が豪快に笑い、背後の船室のドアをあごで指す。気が紛れる、の言葉にぴくりと反応し、シウはふらりと立ち上がると、そのままよろよろと船室へと向かっていった。後にはルカと船長が残された。
「おい、ボウズ! おめえの兄ちゃんは頼りねえな。そんなんで東大陸に渡って大丈夫なのか」
ふう、と大きく息を吐いて船長はルカを見下ろした。口調はぶっきらぼうだが、心配しているような声色だ。
「アカツキは今きなくせえ噂がつきないんだがな。おかげさんで商売あがったりだ」
「きな臭い?」
ルカが問い返したことで、船長は再び大口を開けて笑った。
「皇帝が死んでもうひと月経つが、後継ぎが決まんねぇんだとよ。なにやら隠し子がいるとかいないとかでな、揉めてるって噂だ。つってもボウズには意味が分からねぇか」
がははと笑いながらルカの頭を撫で、船長は踵を返した。その力強さにしばらく頭を揺さぶられる感覚を残しながら、ルカは船長の背を見送った。大きく息を吐く。
「……やっぱり、まだ――」
小さく呟く。その声は潮騒に溶け込んでいった。