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コトダマ  作者: 亜耶
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10. 宿にて(2)





「はあー、食ったなあ」


 ベッドの上で大の字に寝そべりながら、大きく息を吐いた。

 少し遅れて部屋にやってきたルカは、シウのそんな姿を見て苦笑する。


「もう寝るの? ねえ、これからの計画立てなきゃ」


「んあ?」


 間抜けな声で返事をし、首だけをルカに向ける。ルカはシウに近づき手を差し出した。


「地図ちょうだい」


「ほらよ」


 シウは懐を探り、差し出された手に素直に地図を乗せた。彼にとって、理解できない地図など、ただの紙切れに過ぎない。そんな紙切れなどどうでもよかった。

 渡された地図を地べたに広げ、うーんとルカが唸る。何事かとは思うが、シウはそれをルカに問いたりしなかった。聞いても分からない、そう思ったのだ。


「船でリキョウまで行って……、それから……」


 ぶつぶつと呟きながら、ルカの小さな手が紙面を動き回る。

 そんな中、横目でその様子を見ていたシウの目に、一際大きな都市を小さな手が素通りしていくのが見えた。


「……そこ、寄らないのか?」


 思わず口をついて出た言葉に、ルカが目を丸くして顔を上げた。


「……そこって?」


「だから、そこだよ。今通り過ぎただろ? そこ、けっこうでけえ町なんじゃねぇの?」


 シウは、寝転がったまま地図を指差した。

 ルカが指を走らせていたのは、地図でいうなら、中央大陸の右側に位置する大陸。中央大陸北端カルカンドの緯度は、だいたい右の大陸の真ん中にあたる。そこに位置する町に寄港する便に乗り、ルカの言う『世界の果て』を目指すのであれば、皇都アカツキを通るルートが妥当であるのだ。

 ろくに地図も読めないくせに、ルカの手が都を素通りするのを、シウは目ざとく見つけ指摘した。


「そこ寄ったほうが、いいんじゃねえの?」


 予想だにしていなかった指摘に、ルカの顔が曇った。


「……皇都は今、ちょっと危険なんだ」


「コウト? なんじゃそりゃ。その町の名前か?」


 シウはもそりとベッドから這い出し、ルカに並んで地図を見つめた。

 ルカは大きく息を吐いて、天井を仰ぐ。カイランから出たことのなかったこの青年に、うまく説明出来るか不安だった。


「……うーん、なんて言うのかな。この東大陸には大陸全土を納めている王様がいるんだけど……」


 中央大陸と東大陸では、そもそもの制度が違う。

 中央大陸では、カイランやカルカンドといった比較的発展している町には領主がいる。それを中心に、いくつかの他の小さな町や村をあわせた地域は州と呼ばれ、領主達はその州を治めているのだ。

 それに対して、東大陸には王政がひかれていた。皇都アカツキには、東大陸全土を納める皇王の居住である城が構えられているのだ。


「……アカツキは今大変だから。先王が崩御してバタバタしてるんだ」


「センオウ? ホウギョ?」


 シウが顔を曇らせる。しかしそれは内容を理解したからではなく、意味が分からないがための表情であることを、ルカは分かっていた。

 大きく息を吐きながら、もう一度天井を仰ぐ。この青年に東大陸の在りようを説明するのは、どうやら困難を極めるようだ。


「ついひと月くらい前に、王様が死んじゃったんだ。それで跡継ぎだなんだって揉めててピリピリしてるっていう噂があるんだよ。変な揉め事に巻き込まれたくないでしょ?」


 へえー、と恐らくは理解していないだろう間の抜けた声を、シウは返した。

 とりあえずアカツキには寄らないよ、とひとこと言い放つと、ルカは地図を丁寧に折りたたみ、立ち上がった。説明しても仕方のないことは、さっさと終わらせるにかぎる。そう思ったのだ。

 しかし、シウはさらに疑問を口にした。


「でもよ、俺達がその揉め事に巻き込まれるなんてないだろ? だって関係ねーじゃん」


 あっけらかんと言い放つ。

 そんな様子を見て、ルカは明らかに動揺していた。そのことにシウも気付いた。


「……なんか都合悪いことでもあんのか?」


「ううん、そんなんじゃないよ。ないんだけど……」


「じゃ、いいだろ」


 実際のところ、シウにとっては皇都アカツキを通るのがベストなのだ。理由など決まっている。ただ、行ってみたいだけだ。

 ルカは黙り込んだ。

 シウにこれ以上説明するなど無理だ。しかし、このままその希望を受け入れるわけにもいかない。とりあえず分かっているのは、このまま話し続けても、堂々巡りになるということだ。


「……分かったよ、シウ」


 仕方なく、ルカは大きく息を吐きながらそう言った。その瞬間シウはあからさまに嬉しそうな顔をする。満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズをとるそんな姿を見てルカは苦笑しながら続けた。


「でも、ひとつだけ約束して。物珍しいからって、絶対一人で突っ走らないで」


 ガキ扱いすんなよ、とシウが返す。言葉はぶっきらぼうながらも、そのトーンは明るい。

 しかし、その言葉には何の説得力もないことを、ルカは知っている。何しろ、ダヤでの一件――前科があるのだから。


「よし、進路も決まったことだし寝よーぜ」


 ルカの不安をよそに、シウは大あくびをしながらベッドに飛び乗ると、そのまますぐに寝息をたて始めた。


「……ついさっき寝てたばかりなのに」


 すやすやと寝息をたてる青年を見下ろしながら、ルカは苦笑した。




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