1. 盗賊と少年(1)
世界には三つの大陸が存在している。
それらの大陸全てに伝わる伝説の宝石は、それぞれの大陸の統治者、権力者達が喉から手が出るほど欲する幻の宝石だった。
その宝石を手にした者は至上の幸福と万物の力を手に入れる事が出来るという。
そんな伝説はこの世界に今まで沢山の戦乱を引き起こし、数多くの悲劇を生んでいた。
しかし未だかつてその宝石を手にした者はいないという――。
◇◇◇
「早く《コトダマ》を見付けて楽に暮らしてぇな。なあ、シウ」
藍色の麻で織られたボロボロの服を着た中年男が、横にいた青年に話しかけた。シウと呼ばれた青年は褐色の瞳を中年男に向け、鼻でふっと笑った。
「小せぇよ、オッサン。《コトダマ》を手に入れれば、この世界の頂点に立つことだって出来るんだぜ? 俺だったらそうするね。こんな盗賊紛いの生活なんて、もう、まっぴらだ」
シウは、少し伸びすぎかと思われる前髪をかきあげて言った。明るい茶色の髪は、後ろで三つ編みにされている。服装は中年男と同じく貧相で、その黒い布地はあちこち擦り切れていて、履いている革靴もボロボロだった。胸に光る銀のペンダントだけが、きらきらと光っている。
「おお、いいねぇ、若いってのは。お前はまだ十五だもんな。夢を見るのは若い内の特権だ。俺は無理だけどな。こんな歳だし、この腕じゃなあ……。贅沢は言わねぇ。楽に生きれりゃあ、いいんだよ」
中年男は、肘から先の無い右腕をひらひらと動かし、反対の腕でごそごそと上着の内側を探り煙管を取り出した。そして片手を器用に駆使し、刻み煙草に火を点けると、美味そうに吸った。吐いた煙が日の沈みかけた夕空に溶け込んでいく。
そんな男を横目に、シウは胸に輝くペンダントを握り締め、呟いた。
「レレィ、見てろよ……」
◆
「…………つっ……」
ぴちょん、ぴちょん、と滴る水音で、シウは目を覚ました。暗くじめじめとしたその場所は――牢。シウは両腕を鎖で繋がれていた。
気絶していたのだろう、シウには鎖で繋がれるまでの経緯が全く分からなかった。ただ覚えているのは、いつものように盗みに入った家で、家主に見つかり、駆けつけた警備隊に殴られた事だけだった。
シウは口の中に溜まっていた血を唾と一緒に吐き出した。
「ちきしょう……」
シウは呟いた。
世界は今、貧困に苦しむ者達と、金を持て余し自堕落な生活を送る者達との二層に分かれていた。
それは幻の宝石を巡る戦乱が原因だった。数多い戦乱の為、大陸に住む人々は疲弊していた。元々金を持っていた者達は戦乱の指揮者となり、戦など関係ない場所で、下層の庶民達を生きた戦乱の駒として扱った結果、親や肉親を失った子供が増え、餓死や強盗といった事が日常茶飯事に起きていた。その為、盗みや殺人を犯した者には重い罰が与えられるのだ。
盗みを働いた者には、その罪を印す焼き印がおされ、悪ければ処刑、良くても利き腕の切断という結末が待っているのだった。
「くそっ……」
もう一度、そう呟いた時だった。
「何をそんなに悔しがってるの?」
幼い子供の声、聞こえてくるはずの無い声がシウの耳に届いた。俯いていた顔を上げると、牢の格子を挟んだ向こう側に少年が立っていた。薄暗い牢だったが、シウには少年の銀の髪の毛がまるで発光しているかのように、はっきりと見ることが出来た。
「ねぇ、何をそんなに悔しがってるのさ?」
思わずシウは表情を歪ませた。こんな場所に子供がいる事は、有り得ない事だ。
鎖に繋がれたシウを、格子を挟んで伺い見る少年。それは異様な光景だった。
「ここから出たい?」
銀髪の少年はにこりと笑いながらシウに尋ねた。