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王勃伝  作者: kanegon
23/25

・23 南船北馬

・23 南船北馬



 先に笑顔を引っ込めたのは灰色の髪の男だった。

「しかし王子安どの。先程、礼を言うためにここを訪れた、といった趣旨のことを言っていましたが。この銭を受け取るために、ここへ来たのではなかったのですか? 牢から出してもらう時に、この話を聞いていなかったのですか?」

「牢から出してもらえるというだけで、ここでこんな多くの銭を受け取れるなど、全く聞いていませんでしたよ」

 ほんの思いつきで、灰色の髪の男と最後にもう一度顔を合わせておこうと思っただけだった。その偶然が、王勃に予想外の恵みをもたらした。礼儀が、王勃の身を救った形だ。

「それでは、今度こそ、退出させていただきますよ」

「これから、どうするのですか? 言っておきますが、子安どのは、牢から出ることは許されたとはいえ、再び官途に就くことは禁じられていますから」

「え? ……い、いや、その程度のことは分かっていましたとも。ははは」

 いずれは長安へ行って、任官の道を探ろうと心の中では思っていたが、あっさりと挫かれてしまった。その失意はなるべく顔に出さずに誤魔化そうとしたのだが、恐らく眼力鋭い灰色の髪の男には見抜かれていたことだろう。

「これは余計なお世話なことを言ってしまいましたかな。いずれにせよ、王子安どのがこれから、今まで以上に良い詩を後世に残してくれることを期待しておりますよ」

「え? 詩?」

「そうです。あなたは詩人ではありませんでしたかな? 皇后陛下がお気に入りの洛陽で詠まれたという、『乾元殿頌』なんかは、良い作品だと思うのですがね。『電戟揮霜、雲旌拒晷』なんて力強い言葉で、聞く者の心に染み入る語ですよ」

 そういえば以前にも、同じ詩の同じ箇所を気に入ってくれた人がいたはずだ。

「そう、そうですよ。詩人なんですよ、詩人、詩人」

 官を失い、未来の官途も失い、自分を見失うところだった。あと一歩踏み出せば千尋の崖の真下に転がり落ちて行くところだったが、際どいところで引き戻された気分だ。自分には詩がある。詩を書く才があるのだ。官位を全て失って裸になったとしても、この身の裡にある詩人という肩書きは誰にも奪えないものだ。

「洛陽の壮大な乾元殿をまた見てみるのも良いな、という気持ちもありますが、洛陽などよりももっと南を目指しますよ。交趾に流されたという父に会って、一つ詫びを入れてきます」

「それはまた、随分遠いところですな。なんでも、南の地には、象という珍しい巨大な生き物がいると聞きますし、南海では美しい真珠を産するという噂も聞きます。どこまでが本当かは分かりませんがね」

「父に会うついでに、まだ見ぬ土地を見聞するのも一興といえましょう。恐らく、老いた父はもう中央に戻されることも無いでしょうから、ずっと交趾に腰を据えることになるでしょう。慌てる必要は無さそうなので、途中の旅を楽しみながら詩を詠みながら行きたいところです」

 王勃の父親王福畤は、最初は太常博士、雍州司功を歴任していたが、息子王勃の罪により縁坐を適用されて遥か辺境の交趾県令へと左遷されてしまった。元よりそれほど高い地位にあったわけではない。それでも、華の都の長安を抱える雍州が任地であるからには、あくまでも中央での宮仕えだったのだ。それが、本人の落ち度ではなく息子の罪によって、広大な帝国の南の果てへ追いやられてしまった。

 だが、結果として、王勃の予想は外れることになる。王福畤は交趾県令の後に、六合県令、齊州長史などを歴任することになる。息子の王勃が考えた以上に、父は往生際悪く長生きすることになるのだ。

 だが、王勃はそのような未来の運命など知りようもない。



◆◆◆◆



 春と夏は南から北へと向かい、秋と冬は北から南へと、黄色く乾いた大地を馳走して行く。騎馬民族の馬蹄が轟くように。

 今は、夏が南へと退却戦を行っているところだろうか。秋は次第に力を付け、しんがりの晩夏を少しずつではあるけれども確実に南へ南へ押しやっている。

 そういった四季の趨勢をなぞるかのように、王勃は南を目指していた。

 結果として何も良いことが無かった虢州の地に、ある意味で割り切れた気持ちで別れを告げ、我が身一つだけにて旅の路に足跡を残して行く。未来の希望も無ければ現在の官位も無い。ただ保っているのは幼少時より学問に優れ天才と誉め称えられた過去の栄光のみである。在野、という言葉が使われるのは、鳳雛が未だ時を得ずして野に在る場合と、官を厭うてあえて野に下ったという己の生き様に筋を通している場合と、があろう。王勃の場合は在野というよりは、単なる無官である。

「漢の頃の匈奴とか、今の突厥みたいな騎馬民族は、ずっと草原で馬にばかり乗っているのかな? ご苦労なことだな」

 北方の騎馬民族からしたら「馬に乗るのが生まれた頃からの当たり前で、苦労だと思うことなど何一つ無いわい。漢人ごときが分かったような口出ししてんじゃねえよ」と言い返したくなるような言い分である。

 王勃は今、小舟に乗って川を進んでいた。

 南船北馬、という言葉がある。

 北の胡人は馬を用い、南の蛮族である越人は舟を便利に使う、という対比だ。平原や山が多く馬で旅する華北と、河川が多い水郷地帯のため舟での移動が便利な南という、中国の地理的特徴を端的に示した語である。後に四字熟語として、南に北に絶えず忙しく動き回る、という意味に転じて使われるようになる。

「馬は、面倒だな。どうしてもケモノ臭いし、餌や水を与えなければならないし。機嫌を取らなければならないし。間違えて暴走させたりすると命を落とすほどの危険だし。何より、そういった問題を一切考慮せず、進む速さだけを考えたとしても、座っているうちに尻が痛くなって皮が剥けたりするのは、どうしようもないからなあ」

 王勃は馬の旅の悪口を並べ立てた。

 勿論、船旅に欠点が無いわけではない。が、小さな舟の上には客の王勃と、櫂をとる船頭が一人だけだ。わざわざ船旅の悪口を言って船頭を不機嫌にさせる必要も無い。

「そうですよね、旦那。馬なんて、北の野蛮な騎馬民族野郎どもが乗るものであって、ゆったりと舟に揺られて行くのが快適ってもんですよ」

 舟を漕ぎながら、船頭は空を見上げて、陽光に目を細めた。

 南下しゆく秋から逃げるように、王勃の南への旅はゆっくりと続いていた。華北を旅していた時は、馬の背に揺られることが多かった。蜀に流されたこともあるし、ある程度旅には慣れているつもりの王勃でも、やはり長時間の乗馬は楽なものではなかった。歩いて旅するよりは随分と早くて体力の消耗も少ないのだが、お尻の痛さだけはどうしようもなかった。両太腿の内側の、尻と太腿の境あたりの皮が剥けてしまい、未だに治っていなかった。

 舟で進む部分が多くなってきたのは、淮河を越えて更に南へ進んでからだった。長江、黄河に次ぐ第三の大河であるこの川こそが、南と北の中間線であるらしい。

 王勃の乗った舟とは逆方向へ行く舟とすれ違う。船頭同士は知り合いらしい。すれ違いざまに軽く挨拶を交わしていた。

 旅というのは気楽なものだ。官位が無いということは、縛られることもないのだ。

「無官だから、ただの旅の詩人、王勃、か。悪くないな」

 ふと呟いてみた、旅の詩人、という語感が思いのほか気に入った。肩書きが無くなっても、詩人であることは一生変わらない。

「えっ? 旦那、今、王勃、って言いませんでしたか? 旦那、もしかして、あの詩人の王子安さんなんですか?」

 王勃の独り言を聞きつけた船頭が、大いに驚いた。王勃を知っていたらしい。




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