表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つばさひとつがい  作者: 緒明トキ
不屈のつばさちゃん編
2/11

きみに好きだと伝えたい


 これは、運命なんかではない。

 決まっていたことはないし、決まっていることもない。未来のことなんて、いつだってわからないものだ。

 だからつばさは、常に全力で生きる。




◆◆◆




「――高坂! わ、私も好きだよ!」


 きっぱりと言って顔を上げると、顔を真っ赤にした少女が、鏡の中から自分を睨みつけていた。

 つばさは今日、幼馴染に答えを告げる気でいる。

 

 鏡の前で練習をしてみたものの、なんだか恥ずかしくなって、昨日のように両手で顔を覆った。熱がじわじわと伝わってくる。

 昨日の夕方、幼馴染は自分より先に同じことを言った。それも、「マック寄って帰るか?」とでも言うかのような、いつもと変わらない調子で。

 先んじられた時点で少し負けたような気がしているのだ、こんな情けない姿で返事をするなど言語道断だ。

 わけのわからないプライドにぐっと奥歯を噛みしめて、つばさは顔を両手でぱんと叩いた。思わぬ痛みに涙がにじむ。自分の怪力のことをすっかり忘れていた。

 痛みを和らげるために何度も擦った頬が、先ほど赤面したくらいに色づいたころ、つばさは慌てて家を出た。学校に遅れてしまう。

 そういえば、返事をいつ言うか考えていなかった。つばさはふと考えて、あっさりとそれを放り出す。まあいい、会ったらすぐに言えばいいのだから。

 猪突猛進、正々堂々、ノーガードからの真っ向勝負が身上のつばさは、昨晩からのリハーサルの散々な出来を頭の隅に追いやって、ローファーで強く地を蹴った。




◆◆◆




「え、高坂休み?」

「うん、今朝から見てないよ。つばさちゃん、聞いてなかったの?」

「聞いてない……」


 目に見えて落胆するつばさに、高坂のクラスメイトは苦笑した。

 高坂とつばさの二人は、陰で夫婦と呼ばれているほど仲がいい。気づけば一緒にいるような二人が付き合っていないというのは、学校の七不思議に数えてもいいのではないかという話があるくらいだ。

 どこかぼんやりしたところのある高坂を快活なつばさが引っ張っていき、逆に豪快なところのある彼女の失敗を高坂がそつなくフォローする、というのが典型だった。

 日常茶飯事であるそれを見ないというのは、それはそれで寂しいところもあるとは、彼らの知人の共通意見だろう。


「あっ、つばさちゃん! あたし今朝、高坂くん見たかも!」

「ほんと!? どこで!?」


 話を聞いていたらしい女の子に話しかけられて振り向くと、彼女はええと、と小さく首を傾げた。一年の時につばさと同じクラスだった子だ。


「駅前だよ、学校の方向じゃなかったけど。でも……」

「でも?」

「……あのね」


 少し考え込むような素振りをして、彼女はつばさを手招きする。つばさが顔を近づけると、女の子は声をひそめて言った。


「なんだか、怪しい人たちと一緒だったかも。ほら、最近流行ってる白い服の――」


 と、突然響いたチャイムに遮られ、どちらともなくぱっと体を離す。

 どこか気まずそうな顔をしている彼女に慌てて礼を言って、つばさは自分の教室へと急いだ。

 なんだか、高坂が変なことに巻き込まれているらしい。勘違いだといいが。

 席について、ポケットに入れている携帯の画面をこっそり確認する。なんの連絡もない。

 ため息をつく間もなく、先生が教室に入ってきた。とにかく、放課後に駅前まで行ってみよう。

 つばさはただ、高坂に好きだと言いたいだけなのだ。

 昨日の告白が、嘘や冗談に化けてしまう前に、早く。




『我らが信奉するのは、ありもしない永久の幸福の象徴たる無為な存在ではありません。永劫の存在による、無常の確信。それこそが我らの本懐であり、与えられた生に対する真摯な生き方の指針となるのです……』

 帰りに駅前に寄ると、確かになんだか難しい言い回しの演説をする集団がいた。

 白を基調とした、学生服のような衣装をまとった彼らは、それぞれ穏やかな笑みを浮かべている。

 背伸びをしても、話している人の脇に置いてある看板がよく見えない。

 つばさは首を傾げた。宗教団体の演説にしては、ギャラリーが多すぎやしないだろうか。

 黙って聞いていてもわけがわからない。仕方なく、近くにいたサラリーマンらしき男性に話しかけてみることにした。


「す、すいません、これってなんの集まりなんですか?」

「これ? ああ、なんだか延雛教だかっていう宗教の教えを説いてるらしいよ。おじさんもさっき来たばかりだからよくわからないんだが」

「エンスウ教?」


 聞き覚えがある。最近勢力を拡大しているだとか、信者が増えているだとか、学校でも都市伝説としてささやかれていた集団だ。

 ありがとうございます、と頭を下げると、男性はまた前を向いてしまった。そんなに魅力的な演説には見えないつばさは、どうしたものかと辺りを見回す。

 と、集団の後ろの方でなんだか手持無沙汰にしているような白い制服の青年を見つけた。

 丁度いい。つばさは話を聞いてみることにした。


「あの、すみません」

「はい?」


 はっとしたように振り返った彼は、どこかぼんやりした瞳でつばさを見つめた。色素が薄いのか、茶色と緑色があいまいに混じったような色をしている。

 つばさは、対照的な黒々とした瞳でまっすぐ相手を見つめて、はきはきと尋ねた。


「私と同じくらいの年で、このくらいの背丈の男の子、見ませんでしたか? ちょっと細身で、見るからに運動してなさそうな薄っぺらい奴なんですけど」

「男の子……」

「はい。幼馴染なんですけど、今日は学校来てなくて。今朝駅前で、あなたたちと一緒にいたみたいなんですけど……」

「……それは、もしかして」


 青年が何かを言おうとしたとき、背後でなにやらざわめきが起こった。

 つられるようにして振り向くと、人々の頭の奥に見知った顔が見える。

つばさは思わず、眉間にしわを寄せて名前を呟いた。


「――高坂?」


 隣に立つ青年が、小さく肩を震わせた気がした。




「我らがエンスウ様を御身に宿した神子が、いずれ身籠り子をなす時、我らは永劫の存在を確信するのです。エンスウ様は転生の性をお持ちですが、元来が神であり、その体となる〝器〟もたいそう強い力を持つため、寿命がたいへん長くていらっしゃる。そのため、出産の儀に立ち会うことができるのは百年に一度なのです」


 演説を続けていた男はよく通る声で言って、傍らの、つばさがよく知る少年を右手で示した。どこか虚ろな目をした彼は、鷹揚に顔を上げる。

 金塊を溶かしたかのようなどろりとした金色の瞳に、つばさは息をのんだ。


「さあ皆さま、ご覧ください。このお方がエンスウ様です」


 人々がざわめく。白い服の人々は、心なしか頭を下げているようだった。

 つばさは肩にかけた鞄のひもを強く握りしめた。

 どこか無感情に真っ直ぐ前を向いている少年は、運動をしていないのか、背は高いがどこか頼りなく見える。瞳の色だけは違うが、他は覚えがあった。肌は白く、枯れ草色の癖のない髪は、柔らかく輪郭を縁どっている。

 エンスウ様ではない。彼は、つばさの幼馴染の、高坂だった。

 普段なら、つばさを見つけるとすぐにはっとした顔をして、手を振るなり声をかけるなりするはずだ。

 しかし今の高坂は、つま先立ちでそちらを見ているつばさはおろか、目の前のものが見えているかすら疑問だった。何を見るでもなく、ただその金色の目を開けているだけに見えた。

 おかしい。心臓の音が、耳元でやけにうるさく響く。

 エイゴウのソンザイだの、テンセイのサガだの、わけのわからない単語が耳をすり抜けていく。

 つばさは、俯いている青年に尋ねた。


「あ、あの、あの人、エンスウ様じゃなくて、私の」

「いいえ」

「えっ」


 きっぱりと否定し、青年はわずかに顔を上げる。困り切ったように眉を下げているつばさを見て、一瞬顔を強張らせた。

 が、すぐに穏やかな笑みを浮かべて諭すように言った。


「あのお方はもう、エンスウ様なのです」




◆◆◆




 もう、ということは、以前はやはり高坂だったのだろうか。といっても、昨日までのことだけれど。

 つばさは、水っぽくなったコーラをずるずるとすすった。

 あれ以降貝のように口を噤んでしまった青年からは、何も聞き出すことができなかった。あきらめきれず駅前のファストフード店に入って、エンスウ教とやらのスピーチが終わるのを待っていると、その時は訪れた。

 片づけの用意を始めたのを見て、弾かれたように立ち上がる。

 一言でいい。伝えたいことは決まっているのだ。なにか事情があるにせよ、少しだけ時間をもらえたら、それでつばさの用は済むのだ。


「すみません!」


 声をかけると、中心となって演説をしていた壮年の男が振り返る。傍らの高坂はこちらを見ようともしない。

 えもいわれぬ違和感にぞっとしながら、つばさは真っ直ぐに男を見た。


「あの、そこの、高坂……エンスウ様? と、お話させてもらえませんか」

「申し訳ございません、信者ではない方には、そのようなことは」

「でも、信者になったら頭を下げていなきゃいけないんでしょ? 大事なことだから、目を見て言いたいんです。それを許してもらえるなら信者になりますけど……」


 頭を下げながら「私も好きです」と言うなんて、滑稽な感じがして嫌だ。

 真剣に言ったはずが、男にはくすくすと笑われてしまった。つられたように、周りからもくすくす笑いが漏れる。

 馬鹿にされているような気がするし、なんだか気味が悪くて、つばさは眉根を寄せた。


「なんで笑われなきゃならないんですか、失礼じゃないですか? 別に十分とか話したいわけじゃないんです、物陰で一分とか、そういう感じでいいんです」

「失礼。この方を人間のように思っていらっしゃるのかと思いましてね。先に言っておきますが、この方はもはや人間ではございませんよ」

「エンスウ様なんですよね? それはいいので、ちょっとだけ時間をくれませんか。もう覚悟をしてきてしまったもので、今日じゃないとダメな気がするんです」

「そうでしたか……。いや、しかし、もう意味がないと思いますよ」


 なんだかてこでもイエスと言ってはくれなさそうな雰囲気だ。

 意味とか、そういうものが問題なのではない。時間をくれるかどうか、高坂に好きだと言えるかどうかが今一番の問題だ。

 穏やかな笑みに一発拳を叩きこんでしまいたくなるのを抑え、つばさは声を張り上げた。


「あの! もし私が自力で時間をかせいだら、エンスウ様とお話しても大丈夫ですか?」

「構いませんよ。もしそんなことになるのでしたら、もはや運命とも言えるでしょう」

「わかりました!」


 運命論は個人的に信じていないわけだが、つばさは神妙に頷いて見せ、スクールバッグをリュックサックのように背負いなおした。

 そして、数歩下がりながら声をかける。


「エンスウさまー!」


 白い服の男の顔に、わずかに嘲笑が浮かんだ。そのまま呼びかけるとでも思っているのだろうか。

 さすがに衆人環視の中で公開告白をするつもりはないつばさは、明るく声をかけた。


「舌、噛まないでね!」


 笑顔で続けた言葉を、周りの人間も、そもそも聞いていたか定かではないエンスウ様も理解したかわからないうちに、つばさは強く地面を蹴った。

 そして、目の前にいた男の肩に右手をついて、倒立するような形で人波を飛び越える。

 軽やかに着地すると、つばさは相変わらずぼんやりとしている幼馴染を軽々と肩に抱えて駆け出した。

 自分より体が大きな人ひとり抱えているにも関わらず、常人よりもはるかに優れた身体能力を見せつけながら去った少女に、はっと我に返った男は大声で叫んだ。


「エンスウ様が! エンスウ様が誘拐されたぞ!!」


 ワイヤーアクションのような少女の動きに見惚れていた白服の人々も、呆然と成り行きを見守っていた見物客たちも、再び時が動き出したかのようにそれぞれの行動を開始した。




◆◆◆




 宣言通り自力で時間を稼いだつばさは、帰り道の途中にある入り組んだ脇道の中で、連れてきた少年と向き合っていた。

 つばさは生まれつき身体能力がやけに高く、子どものころから〝怪力〟だの〝超人〟だのと囁かれてきた。それを、高坂と一緒の小学校に行きたいがためだけにセーブする方法を学び、実践してきたのだ。

 自分にできることをやっただけなのだから何も狡いことはないし、用が済んだら高坂も返すから、悪いこともないだろう。

 そんな考えのつばさは、まさか自分たちを血眼で探す人々がいるとは夢にも思っていない。


「えーと、エンスウ様?」


 顔を覗き込んでみるも、反応がない。

 まさか、マインドコントロールとか、そういう状況なのだろうか。

 金色の瞳は感情なくつばさを見返している。カラーコンタクトレンズかもしれない。しかし、つばさの姿が本当に目に入っているかは疑問だ。


「どうしよう……」


 首をひねっていると、完全に日が沈んだのか、道の外にある公園の電灯がぱっとついた。

 時計に目をやると、もう七時をまわっている。リハーサルから丁度二十四時間ほどたったことになるらしい。

 ため息をつくと、目の前の少年がわずかに身じろぎした。

 確かめるように数回瞬きをして、ぎこちなく首をめぐらせる。そして、静かに口を開いた。


「――なんだ、どこだ、ここは」

「高坂!」


 思わず名前を呼ぶと、高坂は金色の目をゆっくりとつばさに戻して、首を傾げた。


「なんだ、お前は。世話係か?」

「世話係? え、私、ほら、つばさだけど」

「つばさ?」


 どこか舌ったらずな調子で繰り返している少年は、見た目こそそのままだが、つばさの知る高坂ではなかった。

 そう、これはきっと――


「……え、エンスウ様?」

「なんだ、つばさも、信者ではないか」

「いや、信者じゃない。信者じゃないんだけど……」


 その体の持ち主である高坂の幼馴染なんです、と言ったところで、どうしようもなさそうだ。

 そもそも、エンスウ様とやらが本当に神様なのかが怪しい。寧ろ、催眠術や何かで別の人格ができていると考えた方がいいのかもしれない。

 言いよどんでいるつばさを不思議そうに見てから、エンスウ様は居心地悪そうに腕をかいた。


「この器は、あまり合わない。はみ出してしまいそうだ」

「えっ、何が?」


 思わず尋ねると、エンスウ様はぼんやりとつばさを見て、ゆっくりと袖をまくった。

 つばさは思わず息をのむ。

 高坂の白い腕に、つやつやとした羽がびっしりと生えていた。


「っ、えええ!? ちょ、なにこれ、病気? くっつけられたの? 生えてるの?」


 驚いて問い詰めると、エンスウ様はゆっくりと答えた。


「はみ出した」

「は、はみ出したぁ!?」

「器が合わない。脆すぎる。あまり時間がない」


 真剣なようなぼんやりとしているような調子で言うと、エンスウ様は視線をあんぐりと口を開けているつばさに向けた。


「早くツガイを連れてこい、つばさ」

「つ、つがい?」

「わたしは、そのために呼ばれ、契約をした。だから、それを達成しなくてはならない。それが契約だから」

「契約? えっと、それがあるから、エンスウ様が高坂の体に入ってるの?」

「そうだ」


 神妙に頷いたエンスウ様に、つばさは少し迷って視線を彷徨わせた。

 契約なんて知らない。だが、高坂は返してもらわなくてはならない。

 つばさは意を決して、まだ羽の生えていない両手を握って、勢いよく頭を下げた。


「お願いします! 高坂に体を返してもらえないでしょうか! 契約とかは、その……私がなんとかするので!」


 エンスウ様は何度か瞬きをして、つばさの言葉をかみ砕くかのように、ゆっくりと繰り返した。


「……おねがい、わたしに」

「はい!」

「こーさかの、体? 器の、これのことか?」

「は、はい! 多分!」


 不思議そうな声に強く頷きながら、つばさは泣くのをこらえるために唇を噛んだ。

 幼馴染の高坂が、つばさの好きな高坂が、高坂ではなくなってしまった。いや、この瞬間も、どんどん高坂から離れていってしまっているのかもしれない。

 なんとかしなくては。なんとしてでも高坂を取り戻して、好きだと伝えなくては。

 と、加減をしていた手のうちから片手がするりと抜けて、つばさの手の甲をゆっくりと撫でた。


「……つばさは、人間らしくない魂をしているな」

「はい?」

「活きがいいから、好ましい」

「あ、ありがとうございます……?」


 おずおずと頭を上げると、高坂――エンスウ様が、金色の目をうっそりと細めていた。


「見ろ、触れていたら、おさまった。すばらしい」

「えっ、あ、ほんとだ」


 先ほどまで羽が生えていた腕は、いつもの白くて頼りないそれに戻っている。

 驚いてぱちぱちと瞬きをするつばさに、エンスウ様は静かに言う。


「わたしは、ツガイと子をなすために、ここに呼ばれたまでだ。この体の主が、どこへ行ったかなど知らないし、帰るすべもわからない」

「そ、そうですか……」

「だが」


 肩を落としたつばさの手をぐっと握って、エンスウ様は金の目で黒々とした彼女のそれを射抜いた。


「わたしは知らないが、わたしを呼んだ男は、きっと知っている」


 いつも体温が低かった高坂の手が、普段より熱を持っている気がした。


「おねがいというのをされたのは、生まれて初めてだから、きいてやろう。つばさのおねがいを、きいてやろう」


 どこか楽しそうに、歌うように言って、エンスウ様はつばさの手に頬ずりする。


「好ましい。好ましい魂のものに、おねがいをされた。よいことだ」


 つばさは気恥ずかしくなって、自由な左手で口元を覆った。自分が好きな幼馴染と、姿かたちはほとんど同じなのだ。願わくは、中身まで高坂でいて欲しかった。

 もっとも、高坂にこんなことをされたら、恥ずかしさから全力で振り払っていただろうけれど。


「わたしの、この器は脆い。だから、手助けはできないが、おとりになってやろう」

「囮?」

「そう」


 微笑むように目を細めたエンスウ様に、高坂が日頃あまりにも笑わないものだから、頬の筋肉が動かしづらいのではないかとつばさは思った。


「信者がたくさん、わたしを追ってくる。わたしを呼んだ、きょーそに言われて、追ってくる。だから、それを退ければいい」

「……えっ」

「時間がないのは、お互いさまだ。信者を蹴散らしていけば、きょーそに会える。そうしたら、こーさかのことを、聞けばいい」

「ちょ、それ、追っかけてくる人と戦えってこと? そんな、武器とか出されたら私――」

「つばさは、大丈夫」


 エンスウ様は、言い聞かせるように穏やかに続ける。


「絶対に、大丈夫だとも。つばさの魂は、人間ごときには、どうしようもない」

「え? それって」


 どういうこと、と続けようとした声は、「いたぞ!」という声と騒々しい足音にかき消された。

 振り返ると、白い服の男たちがばたばたと路地裏に入ってくるのが見えた。


「エンスウ様を返してもらおうか!」

「本部にも連絡しろ!」

「小娘! さっさとどかないか!」

「え、ちょ、待っ」

「つばさ」


 向けられた懐中電灯の強すぎる光に顔をしかめたつばさに、エンスウ様が後ろから寄り添うように顔を近づけた。


「こいつらなんかに、わたしが連れて行かれたら、こーさかのこと、聞けないぞ」


 高坂のことが、聞けない。

 ――それは、ダメだ。

 つばさは無意識に、近づいてきた白い服の男の腕をひねり上げていた。

 痛みに呻く男を蹴りとばして、背後から迫っていた一人の腹部に肘を打ち込む。

 つばさは、格闘技を学んだことがない。専門的な知識もない。桁違いの力のせいで、相手に怪我をさせてしまうかもしれないからと、習わせてもらえなかったのだ。

 だから、映画やドラマで見た知識をもとにして、自分の中での〝そこそこの力〟で対抗する。

 それでも通用するのは、元々の運動神経が桁外れだからだった。

 鈍い音がやんで、立っている白服がいなくなったころ、つばさは宣言するように男たちに言った。


「エンスウ様を呼んだっていう、一番偉い人に会わせてください。私は、幼馴染に一つ伝えたいだけなんです」


 何を置いてもとりあえず、私も好きだと、それだけを伝えなくてはならないのだ。

 ほとんど息は上がっていない。しかし、心臓の音はうるさい。どうしてこんなことになったのだろう。どうして高坂が、つばさがこんな目に遭っているのだろう。

 熱くなった目頭を押さえようと上げた手を、温かな手にとられた。


「つばさ、お前はすばらしい」


 ぼやけた視界で、エンスウ様が、金の瞳をきらめかせてつばさを見ていた。


「すばらしい。きっとすぐに、きょーそまでたどり着ける」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ