第六話 海王登場
場所は、人間界とはまた違う世界から始まる。石造りの巨大な柱に屋根に壁、見た目はアテネにあるオリンポス神殿だが、この建物からは歴史と言うより神々しさを感じる。
中では、長い赤髪が特徴の少女の姿を取る女神「アテネ」が居た。彼女は無駄に長く広がる、神殿の中の広間の中に呼びかけた。
「ウンディーネ、居るか?」
すると、打てばなる速さで、その場に物凄い量の水が流れ込み、それはあっという間に人の姿を取った。見た目は女性であり、ドレスと鎧を合わせて、二で割ったような服装をしている。鎧は鎧と言う機能を果たしながらも、女性らしさも損なわないよう見えるところは見えている。背は高めで、美人ながらも顔立ちには可愛らしさも残り、背中まで綺麗な藍色の髪を伸ばし、頭にはティアラを被っている。
一番の特徴は、腰に携えた藍色の大剣である。
「海王ウンディーネ、ここに。」
涼しげな声で、現れた女性「ウンディーネ」がこう言うと、
「早速で悪いが、ある場所に向かってくれないか?」
目の前の少女は、ウンディーネにこう言った。
「かまいませんが、どちらへ?」
ウンディーネが少女に訊くと、少女は答えた。
「ここよりかなり離れた場所にある国、日本、そこの清水と言う町。」
「清水と言いますと、港で有名な町ですね。そんな場所にいったんどんな用が?」
ウンディーネが訊くと、少女は言った。
「そこに、新しい水の担い手が居る、らしい。」
「担い手が、ですか?」
ウンディーネが繰り返すと、
「そういう事、だから、お前にはその町に行って、その人を見つけて欲しい。それに、不本意かもしれないけど、その人間の力になってあげてくれないか?」
少女はこう言った。一方のウンディーネは少し考えると、
「畏まりました、行って参ります。」
と言い残し、その場で水となると、やがて消えた。
ここで、彼女「ウンディーネ」について説明しよう。
彼女は以前に語った聖獣王伝説の中での、水の始祖にあたる聖獣である。属性は水、氷、鋼の三つで、巨人族と獣族、二つの部族の特徴を持っている。
そして、水の担い手とは、ウンディーネに直接会う事の出来る神司の事である。担い手に選ばれば、それに該当する特別な聖獣を、好きなタイミングで呼び出すことが出来る上に、時と場合によっては、協力して敵にあたることが出来る。しかし、このやり方で呼べる聖獣は皆気位が高いので、呼べば来るが共に戦える場合は余程の事態にならない限りありえない。大抵はウンディーネに挑戦したい神司の要請を受けて、その事を伝えて来てもらうのが担い手の仕事とも言える。
一方の目的地、清水では、地域全体で夏休みが始まっていた。
「やっほーい!」
とある砂浜で、江美は水着姿で海に向けて駆けており、その後ろで彩妃も水着姿で、
「日焼け止め塗らないと、後でお風呂入れなくなるよ。」
と言っている。ちなみに二人とも、子供なのに大人びたセパレートタイプの水着を着ている。
「しかし、なんであいつらは元気なんだ?」
物凄い日差しの下で、釣竿を持った源が言った。すると隣で、
「源、そんな事を言っていると、老けるぞ。」
と、直樹が言った。
「まあいいじゃん、それで源は釣りだっけ?」
薫が訊くと、
「ああ、そうだよ。」
源はこう言って、その場を離れようとした。しかし、江美に呼び止められた。
「源は一緒に遊ばないの?」
「魚釣りだよ、今日の昼飯と、あわよくば晩飯の内容を考えに。」
江美の問いに源が答えると、
「それじゃあ、最初にあれをやりましょう。」
江美はこう言った。
「聖獣も含めてみんなで思い思いのポーズを取って、海だー!と叫ぼう。」
(何そのめちゃくちゃ恥ずかしい事?)
皆がこう考えると、江美は皆を集めた。
そして、一番右端に源、一番左端にギュオンズを配置し、皆は息をそろえて叫んだ。
「海だぁ・・・」
面白いほどに揃わなかった、声もポーズも。
「じゃあ、行っていい?」
「・・・、良いよ。」
部長の許可も出たので、源は釣竿を持ち、聖獣たちを連れて釣りの出来るポイントに向かった。
それはともかく、海で遊び始めた神司部のメンバーはと言うと、
「よっしゃあ、完成だ。」
直樹は砂浜で砂をかき集めると、ある物を作った。それは、
「駿府城!」
「どこが?」
様子を見ていたフレアノドンはこう言った。直樹が作ったのは、普通の山にデコボコを付けただけの物体で、お世辞にも城には見えない。
「と言うか、人類の歴史が始まってから常々気になっていたのだが?」
フレアノドンは、いい機会だと訊いてみた。
「なぜ人間はこういう場所に来ると、砂で城を作るのだ?砂の構造上、作るのは難しいと思うぞ。」
訊かれた直樹は、少し考えると、こう答えた。
「分からん。」
そして、砂を少し掘ると、
「ここに即席で防空壕を掘るか。」
(いったい何から身を守る防空壕だよ?)
あまりにフリーダムな雰囲気に、フレアノドンはツッコむのをやめた。海と言う開放的な雰囲気に置かれ、魂のリミッターが外れた今の状態では、どんなツッコみも受け付けないだろう、と考えたのだ。
一方、直樹とフレアノドンの居る場所より少し離れた場所では、薫、ギュオンズ、アーケロンドがピーチボールで遊んでいた。
「行くぞ!」
まずはアーケロンドがボールを高く上げ、
「ほいさ!」
次にギュオンズがボールを高く上げ、
「ようし。」
最後に薫がボールを上げようと構えを取った。このままの順番で、ラリーをして遊ぼうと思っているのだろう。しかしここで、
「やめなさい!」
誰か、と言うより、声を聴けばイスフィールとわかるが、一人と二体に声をかけた。
「そこの三名、そこは立ち入り禁止ですよ!」
イスフィールがこう言うと、薫が彼女をまじまじと見ながら言った。
「というかさ、それは何?」
薫が指摘したイスフィールの不明な点、それは、物凄く露出の多いセパレートタイプの青い水着である。豊満な胸が大きく揺れ、不釣り合いに細いくびれが良く見える。
「え?あっ、これは別に私の趣味ではなく、主がこれを着ろと。」
イスフィールは慌てながら言った。
「主により苦労させられているんですね。」
一方のアーケロンド、ギュオンズはイスフィールの状態に素直に同情した。自分たちの場合はそれほどでも無いが、彩妃は中々に癖が強い者であると、彼らも分かっているからだ。
また別な場所では、江美と彩妃が海の中で遊んでいた。
「へえ、江美って泳ぐのうまいね。」
水の中を魚か何かのように泳ぎ回る江美を見て、彩妃は言った。一方の江美は、
「いつも鍛えてるからね。プール程度の深さなら自由に動ける。」
と、彩妃に言った。
「へぇ~。」
彩妃はこう言いながら、海の中を歩いた。三歩程進むと、足元に不自然に柔らかい感触が来た。
「あれ?」
彩妃は気になって、その場所に手を突っ込んだ。そして次の瞬間、うれしそうな表情になると、それを引き上げた。
「見て見て、良い物見つけた!」
彩妃はうれしそうな表情で、江美に見つけた物を見せた。
「いぃ!何それ?!」
江美は、彩妃が拾った物を見て驚いた。それは黒っぽい色合いの、クネクネとした変な生き物である。
「海鼠だよ、高級食材の。」
彩妃はこう言うと、海鼠に付いて説明した。
「食材と言っても、旬はまだだし、海鼠は全身筋肉だから、私たちにはまだ食べられない。狙うはお腹の中身だね。」
そして、手で海鼠をまさぐり始めた。
「ちょ、ちょっと待って、海鼠って確か…、ってか、そんな風にしたら…」
江美がこう言って、離れようとした瞬間である。海鼠は口から細長い物体と、粘々した液体を吐き出した。
「やった、出た出た、後で源に料理してもらおう。」
彩妃はうれしそうに海鼠の吐き出した腸を拾った。しかし、一方の江美は、
「はあ、なんでこうなるの?」
粘液まみれになっており、海の中に沈みながら、こう言った。
そして、釣りに言った源と、その聖獣たちはと言うと、岩礁の上を歩いていた。
「それで、何を狙うんだ?」
ドラグーンが源に訊くと、
「とりあえず食える魚。」
と、源は答えた。
(適当だな。)
聖獣たちは、源の言葉に一様にこう思った。ただし、口には出さない。
一方の源は、ドラグーンを見ると、
「ドラグーンは海に潜って貝とか蟹とか取ってきてよ。」
と、頼んだ。
「なんで?」
と、ドラグーンが訊くと、
「ドラグーンの生体って、マリンドラゴンだからトカゲより魚に近いんでしょう。せっかくだし泳ぎを見せてよ。」
と、源は言った。
「確かにな、だが俺は無理だぜ。カエルの体は塩水に弱い。」
「俺もだ、金属製だし。」
「何かの作品に海の上を滑る描写があるけど、あんな真似できるステゴサウルスはいないから。」
源の考えを煽り立てるも、エレクトード、ジェットシャーク、ステゴサウルス・Jackはこう言った。当然であるが、フェニックスは泳いで魚を取る役目にはならなかった。彼は魚を釣った後、火を起こす役目がある。
「よし、じゃあ始めるか。」
源がこう言うと、皆はそれぞれの持ち場に付いた。と言っても、ドラグーンが海に飛び込み、他の聖獣は源のもとで控えるだけであるが。
海に飛び込んだドラグーンは、尾の先の斧のような鰭を巧みに使って、水中を上下左右に舞うように動き回っている。
「凄いな、魚と言うより、人魚みたいだ。」
源が感嘆の声を上げると、
「確かに想像以上だな。」
聖獣たちも同じように感嘆の声を上げた。すると、
「それで、そっちは魚が手に入ったの?」
サザエやカニと言った、海の中で手に入れた獲物を持ったドラグーンが上がってきた。
「早!?もう帰ってきたの?」
源が驚くと同時に、竿が撓った。
「お、掛かった!」
源はこう言うと、釣竿に付いたリールを回そうとした。しかし、
「何だこれ、重い!?」
余程の獲物が掛かったらしく、リールはびくともしなかった。
すると、エレクトードが釣り糸に触れて、こう言った。
「任せとけ。」
恐らく、触れた部分から電流を発したのだろう、釣竿の先に居る獲物の抵抗が弱くなった。
「いまだ、せーの!」
源一人だけでは力不足と言う事で、聖獣たちの力も合わせて獲物を釣り上げた。
結果現れたのは、全長数十メートルあるだろうウミヘビである。
「何これ?!ネッシー?!それともシーサーペント?!」
源は驚きのあまりこう叫んだ。一方の聖獣は、
「シーサーペントだろ。見たところ聖獣だし。」
落ち着き払ってこう言った。
すると、聖獣たちがシーサーペントだと考えている聖獣は、ウミヘビの姿から、人間の姿に変わった。
「変わった?」
源が驚きのあまり呟くと、
「まあ聞いたことはあるな、変身して能力を変える聖獣が居ると。」
相変わらず落ち着き払って、聖獣たちはこう言った。一方人間の姿に変わった聖獣は、口から源の釣竿に付いた仕掛けを吐き出すと、
「不覚、私ともあろう者が釣りの仕掛けに騙されて、挙句の果てには人間に釣り上げられるなんて。」
涼しげな声でこう言った。
一方の源は、聖装のボールペンを取り出し、
「鑑定形態。」
と言って、現れた聖獣を調べた。結果、
「ウンディーネ。水、氷、鋼属性。巨人、獣族。」
と、結果が表示された。
「巨人と獣?普通部族は一つしかあてはまらないんじゃ?」
結果を見た源が疑問に考えると、聖獣たちは一様に驚いた。
「ウンディーネ?と言うと、貴女が水の始祖?」
「? ええ、そうですが?」
ウンディーネがこう言うと、
「水の始祖って?」
訊いたことのない単語を聞いた源は、聖獣たちに訊いた。
「水の始祖って言うのは、人間界の水と言う水、そして水属性の聖獣すべての原初の存在と言われる、このウンディーネの事だ。こいつに勝利すると、我らは聖獣王に一歩近づくことが出来る。」
ドラグーンがこう説明すると、ウンディーネは開いた服の胸元から一枚のコインを取り出して言った。
「そういう事、私の持つこの「水のシンボル」を取ることが出来た時、必要な十二のシンボルのうち、一つが埋まるんですよ。」
一方の聖獣は、交戦の構えを取っている。ドラグーンは手甲の中の剣を取り出し、フェニックスは翼を広げ、エレクトードは全身から電流を迸らせ、ジェットシャークはロボットの形態で全身の武器を解放し、ステゴサウルス・Jackは腰を上げて頭を低くして、敵を迎え撃つ体制になった。
「そう、私自身は他に用があるのだけど。掛かってくるなら迎え撃たないとね。」
一方のウンディーネも、迎え撃つき満々のようで、構えを取っている。ただし、腰の大剣には手を掛けない。
「一番槍は貰った!」
ドラグーンは猪の一番に飛び出し、剣をウンディーネに向けて振り下ろした。
「井戸の中のカエルさん。世界の広さを知りなさい、なんてね。」
一方のウンディーネは、こう言ってドラグーンの振り下ろす剣を受け止めた。
「受け止めた?!」
聖獣が驚く中、源は真剣な表情で様子を窺っていた。
「しかも、武器や防具を使わず、素手で。」
フェニックスが驚きのあまりこう言ったところで、
「はいはい、止めなさい。」
源はドラグーンの尾を引っ張ると、ウンディーネのそばを離れた。
「ちょ、主、なぜ止めるので?」
ドラグーンが不満そうに源に訊くと、
「あのなぁ、あの時点で力の差は一目瞭然だぜ。」
源はこう言って、説明した。
「実際距離にしておよそ七メートル、聖獣の身体能力なら十分に攻撃を回避できる距離、それなのに相手は回避をしないで攻撃を受け止めた。つまりは…」
「なるほど、回避するまでも無いと言う事か。」
源の説明に、ステゴサウルス・Jackが納得したように言うと、
「どうもすいません、うちの聖獣が。」
源はウンディーネに謝罪した。一方のウンディーネは、
「珍しい人ですね。普通は神司の方が戦う事を望むのに。」
と、源に言った。
「僕だって初心者である以上、聖獣を多く持つ程度で奢るつもりはありません。相手の力の差くらい、ある程度ならわかるつもりです。」
源はこう言うと、ドラグーンの取った獲物の入った籠を持つと、
「とにかく、そろそろお昼時だから、戻るぞ。」
と、聖獣たちに言った。
「はーい。」
聖獣たちがしぶしぶ戻ろうとすると、ウンディーネに声をかけられた。
「それより前に、訊きたいことがあるのですが?」
「?」
皆が振り返ると、ウンディーネは言った。
「神司でしたら、水の担い手に心当たりはありませんか?」
訊かれた源たちは考えた。聖獣たちが言うには、担い手は全員神司なので、自分たちの仲間にヒントがあるかもしれないと。しかし、該当者はただ一人を除いて、誰も当てはまらなかった。
「案外うちの主かもね。最初の聖獣は水属性だし。」
その該当者に付いて、ステゴサウルス・Jackが冗談のつもりで言った。しかし、ここでウンディーネが、
「そうですか、それで名前は?」
と、源に訊いた。なので、正直に、
「綾小路源。」
源は名乗った。
「アヤノコウジ、ゲン。ゲンと言うのは何と書いてゲンと読むのですか?」
ウンディーネがこう訊くと、
「源義経の源と書いてゲン。」
と、源は答えた。
「源ですか?確かに私と共通点がありますね。」
少し考えたら、ウンディーネはこう言った。
「すべての生命のルーツは水にあります。それは分かりますよね?」
「つまりどういう意味?」
源が訊くと、ウンディーネは笑顔でこう言った。
「どこかで縁があるでしょうと言う事です。また会いましょうね。」
そしてそのまま、どこかへ行ってしまった。
一方その頃、
「遅い、源はまだ魚を取ってるの?」
江美、彩妃、直樹、薫は、遊び過ぎの疲労と空腹でぶっ倒れていた。
そして、現在皆の居る場所に戻る途中の源たちはと言うと、
「しかしまあ、凄いことになってるな。」
源は、自分に付いてくる聖獣を見て思った。わずか数日前に三体、その後間髪入れずに二体を仲間入れて、現在の総数は五体。
「それにしても、お前らもよく僕に従う気になったな。」
源がジェットシャークとステゴサウルス・Jackに声をかけると、
「まあ、新人と言うのもまた面白い者だしな。どういうタイプになるのか観察するのが楽しいもんだ。」
まずはジェットシャークがこう答えて、
「自信を持っても良いと思うぜ、全て自分の人徳故だと。」
次にステゴサウルス・Jackがこう言った。
「人徳ねえ、僕には一番縁が無いと思うけど。」
ステゴサウルス・Jackの言葉に、源はこう返した。
一方、ドラグーンだけは何か不満そうだ、
「どうした?」
と、フェニックスが訊くと、
「いやどうもな、ウンディーネになめられたままと言うのが納得いかなかくてな。」
ドラグーンはこう答えた。それに対し、源はこう言った。
「聖獣王伝説に関わりがある以上、今回以外にも会う機会はあるよ、きっと。それに、今は勝てなくても、次会ったときに勝てるようになってれば良いじゃん。」
「と言うか、勝てるのか?それ以前に会えるのか?」
エレクトードはこう言ったが、実際に近いうちに出会うことになるのは、また別の話。
ちなみに、彼らが皆が揃ってぶっ倒れている場所に来たとき、江美にネチネチと怒られたのも、また別の話である。