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聖獣王伝説  作者: 超人カットマン
第六部 森林侵攻・四皇集結編
54/55

第三十一話 侵攻報告

 今になって気が付いた、これまでの三十話はすべて、壮大なプロローグであった事を。

 九月の始まり、日本中では楽しい(?) 夏休みが終わりを告げ、各地の学校で新学期が始まろうとしていた。その為、久しぶりに会う日焼けで黒くなった友人と、夏休みの思い出等で談笑する者が多い中、ただ一人綾小路源は机の上に体を倒してだらけていた。

「ど、どうした? なんか元気が無いようだけど?」

 夏休み中、様々な事件が起こった事で、神司部の活動で学校に居る時のように盛んに会っていた神司部の仲間、吉岡直樹が源に訊くと、源はこう言った。

「今朝は登校からして大変でさ、車に轢かれかかるわ、柱が倒れてくるわ、道に水撒いていた人に水を掛けられるわ。」

 源は今日学校に登校する時、理由は不明だが様々な災難に会ったのだ。勿論、源はその理由をちゃんと理解しており、元気が無い理由は他にある。

「そういえばさ、俺たちドイツに行った出来事の後、特に事件も無かったから会ってなかったけど。どうだった?」

 直樹に夏休み中の事を訊かれて、源はこう答えた。

「新しい神司と出会えた以外、特に良い事は無かったよ。姉さんは居なくなるし、父さんや母さんには付き合わされるし。」

 後者から説明すると、夏休み終盤の数日間は、東京の高等学校に単身赴任しているが、一度戻ってきた父と、仕事熱心で殆ど家に帰ってこない母が同時に家に居たので、二人が一緒の時によくやる、喧嘩と言う名のじゃれ合いを止めるつもりが巻き込まれてしまったのだ。しかも、その後の両者の不満を、手伝いや同伴と言う形で付き合わされた為、実質休まる日は無かったと言う。

「っていうか、本当に父さんと母さん何で結婚したんだろ?」

 源がこう言うと、彼の言葉の中に不自然な部分を見つけたのか、直樹がこう訊いた。

「っていうか、姉さんが行方不明ってどういう事? お前の所に姉さんが居るのは前から知っていたけど。」

 この問いに、源は事の顛末を話した。彼がアメリカ出身の神司「アリソン・K・バトラシア」と出会った出来事のあったその日、彼の姉である「綾小路優」が居なくなってしまったのだ。連絡を取って見ても、問題ないと答えが来るだけで、どこ居るのか教えてくれないのである。

「まあ、母さんと父さんは、姉さんもいい歳なんだから問題は起こさないだろうって考えているんだけど。」

 源がこう言うと、直樹は話題を変えようと考え、先ほど聞いた噂を話す事にした。

「そういえばさ、さっきから噂になっているんだけど、新学期早々転校生が来るんだってよ。」

「知ってる。」

 直樹は又聞きした噂を源に告げたが、源は一言こう答えた。転校生が来るのはずいぶん前からわかっており、なおかつ今日の水を掛けられる、柱が倒れると言った不運は、その人物によって巻き起こされた物なのだから。

「みんな、席に付いて。」

 すると、教室の扉があいて、担任教師の御門京香が現れた。一か月と少し会っていないだけであったのだが、夏休み中の出来事が濃すぎたためか、なぜかかなりの間会っていない気がした。

「まずはみんな久しぶり。夏休みは楽しめた? 楽しくても宿題を忘れた事は見逃してあげないから。」

 京香は席に付いた生徒たちを見回すと、最初にこう言って、

「今日は始業式の後、二学期の予定表や運動会、修学旅行の説明があるから、帰ったらお父さんとお母さんにしっかりと報告をする事。あと、転校生が居るから、紹介するわ。入ってきて。」

 朝から噂になっていた、転校生を教室の中へと呼び込んだ。

「はい。」

 教室の外からは、淑やかさを感じさせる落ち着いた声が響くと、扉を開けてその転校生は入ってきた。この時、男子生徒は一部を除き皆どよめいた。入ってきたのは、長い黒髪と整った顔立ちが特徴の美少女だからだ。

「焼津市立小学校から転校してきた、綾小路恵と言います。」

 転校生、綾小路恵は黒板にすらすらと綺麗な字で自分の名前を書くと、皆に一礼し麗らかな笑顔を皆に向けた。この時、教室内の生徒の殆どは彼女に好感を抱いていたが、彼女の事をもう既に殆ど知っている源と、江美、彩妃、直樹、薫はあまり反応を示さなかった。むしろ、後者の四人は、

「綾小路?」

「源と同じ苗字ね。」

「綾小路ってかなり珍しい苗字だし。」

「源の親類縁者か?」

 と、思っていた。

「それじゃあ、恵ちゃんの席は、綾小路源君の後ろの、あそこね。」

 そんな中、京香は彼女から見て教室の後ろ右端、源の席の後ろを指差した。そこが彼女の席になるらしい。

 恵は言われた通りの席に付こうとしたが、なぜか足元に落ちていた紙を踏んで、盛大に転んで顔を打った。

 ここ数日の間共に暮らした、自分と双子だと言う少女恵の特徴、それは自分の吉凶に置いて、凶を選択した時には必ず何か不運に見舞われる事。その為、占いや風水にはとても煩く、普段は御淑やかながらも、その点が関わる事にはとても我儘で高圧的になると言う事である。

 ちなみにこの学校は、少子化や学区の変化に伴い、現在六年生のクラスは一つしか無い。その為、双子の源と恵は一緒の教室に居るのである。





 その後、始業式で校長先生の話を聞き、その後小学校の二大イベントである運動会と、修学旅行の説明を担任より聞き、詳細の書かれたプリントを受け取り、後は帰るだけとなった放課後。

「ねえねえ、焼津市立小学校ってどういう所なの?」

「好きな物って何?」

 転校生である恵は、多くの生徒に話を聞かれていた。女子は勿論、お近づきになろうと考える男子生徒もいるため、恵の人気ぶりは火を見るより明らかである。

 だが、そんな中江美、彩妃、直樹、薫は源から話を聞いていた。聞くのは勿論、綾小路恵の事である。

「えぇ~!! 双子!!」

 源の説明を聞いた四人は、大声で驚いた。

「大きな声を出さないでよ。」

 源が耳を塞ぎながらこう言うと、江美はこう言った。

「そういえば、どこか源のお姉さんと似ているよね。あの娘。」

「確かに。」

 江美と同じく、源の姉の顔を知る彩妃も、その事に同意すると、ここで直樹が確信を付く一言を言った。

「と言うか、そもそも本当に双子なの?」

「?」

 直樹の問いに、源は疑問を覚えた。

「今まで会った事が無い、更には両親の海外赴任故にこちらに戻ってきた。つまり彼女は違う家の養女って事になるよ。でもさ、何で今まで他でもないお前が、その事を知らなかったの?」

 直樹がこう言うと、皆は揃って「確かに」と納得した。源も、

「僕も母さんや父さんに何度かそれとなく訊いては見たんだけど、変にはぐらかされて教えてくれないんだよ。確かに父さんには少しいい加減な所はあるけど、教職に居る以上、真剣な事で嘘を付くとも思えないし。」

 と言った。すると、薫は一言こう言った、

「何と言うか、源の家ってなんか気味悪いな。」

 と、呟いた。その瞬間、江美と彩妃、直樹のツッコみを受けたが、

「まあ、その事は僕も認める事だから。」

 源はこう言うと、恵と自身の関係に関する話をやめ、自分の考える話の本題に入ろうとした、

「それはそうと、恵も神司なんだけど、僕らの仲間に入れてあげられない? もっとも、彼奴が嫌だと言ったら、諦めるしかないけど。」

 恵も神司であることが、出会った当日に明らかになったので、源は新学期には仲間達にこの事を話そうとしていた。

「まあ、私は構わないよ。仲間が多いのは良いと思うし、今後を考えると……」

 皆を代表し、江美が源の言葉にこう返した、まさにその瞬間である。

「?!」

 その場に居た五人は、揃って感じ取った。恐ろしく乱れた霊力が、この近くに現れたと言う事を。

「感じた?」

 彩妃が皆に訊くと、四人は揃って肯定し、皆でその場所へと向かって行った。





「こ、ここだ、早くあの人に……伝えない……と……」

 源たちの通う学校の裏には、薄い緑色の髪を長く伸ばし、背丈の割には起伏の目立つ体つきが特徴の少女が居り、来ている服は彼方此方ほつれ、更には全身に傷を負っている。誰の目にも映ってしまう程に目立つ成りの彼女であるが、時折通りかかる生徒たちは、談笑しつつ誰も目をくれようとしない。それもそうである、彼女はクマツヅラの花を司る植物族の聖獣で、名前を「レイラ」と言う。

「あ、居た!!」

 レイラが消耗により意識を手放したその瞬間、源たちがこの場に現れ、傷つき倒れたレイラへと駆け寄った。

「この娘、確か前に会った植物族の聖獣よね。」

 彩妃がレイラの顔を見ながら言うと、源は直樹、薫と協力して彼女を抱き上げると、

「とにかく、ここじゃなくて違う場所に連れて行こう。」

 と、皆に言った。江美と彩妃は、無言でそれを肯定すると、五人で有る場所へと向かって行った。





「じゃあ、また明日ね。」

 一方、教室で談話していた恵は、先に帰っていく女子生徒を笑顔で見送っていた。

「はぁ、転校するって大変なのね。」

 生徒の背が見えなくなってから、恵はため息を付きながらこう言った。

「まあ、お疲れ様じゃな。」

 すると、彼女の聖獣である「アングルボザ」が声をかけ、ある事を訊いた。

「しかし、お前の兄殿がどこにも居ないが、どうしたんじゃろうな?」

「さあ、大方友達と遊びに行ったんじゃ無いの?」

 恵はこう答えると、自分の荷物を手に取り、一足早く自宅へ帰ろうとした。しかし、

「ちょっと待て! どこに行く?」

 先ほどまで話に出ていた、源に行く手を阻まれた。

「いや、どこも何も、家に帰る………」

 恵がこう答えると、源はこう言った。

「帰る前に、一緒に来てもらおうか?」

「っていうか、源は帰らないの?」

 源の言葉に、恵はこう呟きつつも、目的地まで付いて行った。





 教室を出た源が足を運んだのは、

「……家庭科室?」

 調理実習等をする教室、家庭科室であった。恵が、なぜこんな場所に来るのか、と思う中、源は誰かが中で何かをしていると言う事を気にも留めない勢いで、扉を開いた。

「……どうしたの?」

 源は家庭科室に足を踏み入れると、躊躇う様子を見せる恵にこう訊いた。

「え? いや、勝手に入って良いの?」

 恵がこう訊くと、源は多分大丈夫、と言うと、彼女の手を引いて家庭科室の中へと入って行った。中では、なぜか薬缶でお湯が炊かれ、一際大きな実習机の上では、一人の少女が横たわっていた。

「状況はどう?」

 部屋に入った源が、江美に訊くと、江美はこう答えた。

「とりあえず、植物族なだけあって凄い回復力で今は落ち着いている。今は皆で代わる代わる霊力を与えてる。」

「そうなんだ。」

 源はこう言うと、改めて皆に言った。

「という訳で、恵を連れてきたよ。」

「連れてこられました。」

 恵がこう言うと、皆は源と恵の前に集まり、それぞれ自己紹介した。

「初めまして、私は孫江美。」

「私は一条彩妃よ。」

「俺は吉岡直樹。」

「んで、増田薫。」

(あれ、前にもこんな事無かったっけ?)

 自己紹介が済むや否や、四人はこう思ったが、気には留めなかった。

「もう知っていると思いますけど、初めまして、綾小路恵です。」

 恵も、もう一度自己紹介をすると、源にこう訊いた。

「所で、この四人は源の何なの?」

「? 僕の神司仲間。僕も含めたこのメンバーで、神司部って神司の団体を組んでいるんだよ。」

 源が恵の問いに、こう答えたその瞬間である。

「う、う~ん。」

 今まで眠り込んでいたレイラが、寝かされている机の上で目覚めた。

「あ、目覚めた!!」

 その事に気が付くと、恵を除いた面子は彼女の元へ駆け寄って行った。レイラは傷こそ多くあるものの、暫く寝た事で体力がある程度回復したのか、表情ははっきりとしていた。

「大丈夫なの? いきなり起きたりして?」

 皆を代表して彩妃が、レイラにこう訊くと、レイラは窓の外から見える景色と、自分を見る六人の少年少女を確認し、こう呟いた。

「そっか、私は何とかここまで来ることが出来たんですね。」

 そして、自分がここまで来た理由と、ここに来るまでに何故傷だらけになったのかと言う事を、手短に説明した。


 事の始まりは、つい昨日の事である。その日もその日とて、彼女の住む「聖獣の森」は特に問題もなく、至って平和な日常を謳歌していた。レイラ自身も、聖獣の森の主にして全ての植物族聖獣の女皇である「植物女皇ラフレシア」も、その日も平和に終わるだろうと考えていた。

 だが、事態は突然に変化した。どこから現れ、どのようにしてこの場所に来れるのか知ったのかは不明だが、突如数多くの人間が、見た事もない聖獣を伴って聖獣の森へとやって来たのだ。


「私たちは何とか防衛しようと思いましたが、あまりに突然な事だった為、組織だった抵抗が殆ど出来ずに、多くの戦力が負傷し………」

「それで、大方ラフレシア様を指揮官に据えて残存戦力に最終防衛線を受け持ってもらい、お前は俺たちに援軍を頼みに来たという訳か。」

 レイラの話を聞き、皆を代表して源の聖獣、ドラグーンがこう言うと、

「そう受け取って下さって結構です。」

 レイラはこう言って、改めて皆にこう言った。

「という訳でお願いです! 私と一緒に聖獣の森まで行って貰えませんか!!」

 源を始めとする五人の神司部メンバーは、彼女の事を知らない訳ではないし、源に至っては彼女との関わりは多く、友達と言っても過言では無いだろう。それ故、レイラが普通の聖獣よりも遥かに強い事は理解しており、そんな彼女が傷を負ってまで来てくれたのなら、助けには行かない訳にはいかない。義を見てせざるは何とやら、である。

 だが、一人だけ乗り気ではない人物がいた。

「と言うか、何で私達が他所様の困りごとに首を突っ込まないと行けないの?」

 こう言ったのは恵で、

「大体、それに乗ったら私たちは、人間と干戈を交える事になる。」

 彼女はこう付け足した。

「貴女ねぇ、どう思うかは勝手だけど、空気は読んでよ。」

 彼女の言葉に、江美がこう返すと、源はこう言った。

「恵はもう帰って良いよ。後は僕らで何とかするし。」

「は?」

 源の一言に、恵は思わず呆気に取られてしまった。

「じゃあ何で私をここまで連れてきたのよ!!」

 恵がこう言うと、源はこう返した。

「クラスメイトとしての紹介は済んだし、神司としての紹介がまだだったし。」

 ようは、神司としての恵を紹介したい、ただそれだけで彼女はここに連れてこられたのだ。この一言に、恵はこう返した。

「確かに私は否定的な意見をしましたよ! でも、私ははっきりと“私は行かない”って言いました?! 何年の何月何日午前午後の何時何分何秒、この地球が何回回った日?!」

「つまり、一緒に来てくれるの?」

 恵の一言に、皆を代表して薫がこう言うと、恵はこう言った。

「この人たち、勝手に何処かに行ってそのまま帰って来なくなりそうですし。」

 彼女としては、今回の事にはあまり気が乗らない。だが、自分の凶運故に友達が居らず、常に仲間外れにされていた過去の事がある故か、仲間外れにされるような言動や予兆をされると、嫌々でも従ってしまうらしい。その事を悟られないようにするためか、必死に隠そうとしている。

「ありがとうございます。」

 聖獣の森を助けに行く。源たちがその事を決心すると、安心したのかレイラは皆にこう言うと、

「それはともかく、この状態では皆さんの足手まといにしかなれません。ですからその……」

 レイラは少しモジモジしながら、言葉を噤んだ。

「?」

 皆が疑問符を浮かべると、レイラは意を決したのか、源に対しこう言った。

「聖獣の森に着くまでの間で良いので、暫く貴方の聖装の中に居ても良いですか?!!」

「………は?」

 レイラの言葉に、しばらく沈黙を貫いた後、皆は声を上げた。聖獣は人間を始めとする生物が発している、霊力と呼ばれるエネルギーを摂取し、肉体やそれを動かすエネルギーを形成していると言う事は、ある程度経験を積んだ神司であれば誰もが知っている事実である。だが問題はそこではなく、この場に居る六人の神司の中で、何故源の事を指定したのかと言う事である。

(もしかして。)

(もしかするかも。)

 江美と彩妃は、レイラが相手を指定した理由を何となくで予想した。

「っていうか、何で指定するの? 神司なら他にも……?」

 そして、心に思った事を問いただす直樹に、彩妃はこう突っ込んだ。

「そこでこれを問いただすのは、野暮って物よ。」

「は? どういう意味?」

 直樹がこう訊くと、

「察して。」

 江美は彼にこう言って、源に訊いた。

「と、レイラ嬢が言ってますが、どうですか?」

「………まあ、良いけど。」

 源は少し考えると、こう言った。

「では、暫くお世話になります。」

 なので、レイラは源にこう言うと、魂だけの状態になって彼の聖装の中に入り込むと、一時的な期間であるが、源の七体目の聖獣となった。

「………」

 その様子を、恵はどこかヤキモキしながら見ていた。

「また聖獣、少なくともこれで六体目………これ以上増えたら………」





 その頃、聖獣の森がある山の近くに設けられた、源たちの通う「清水岡上小学校」とは違う学区に所属する小学校「清水山越小学校」では、

「さてと、後はこれをゴミ箱に捨てれば~♪」

 源の友人であり、今年の夏休みにとある事件に巻き込まれ、神司となった少年「高城博明」が、自分のクラスで掃き掃除をしていた。彼は運悪く、新学期最初の掃除係になってしまい、放課後に残って教室を掃除しているのである。

「しかし、平和だね~。」

 床に集めたゴミを塵取りに集め、ゴミ箱に捨てた博明は、綺麗になった教室の中を見てこう言った。だが、彼の聖獣であるネプチューンオオカブトの姿を取る昆虫族聖獣「ネプチューン」が、博明にこう言った。

(いや、そうでもなさそうだぞ。昆虫と言うのは勘が鋭いから分かるんだが、お前が良く昆虫採集に行く山から、不穏な空気が漂っている。)

「新学期早々事件が?」

 博明が箒と塵取りを掃除用具入れに仕舞いながら言うと、突然彼のポケットに入って居る携帯が、ブルブルと震えた。少しで終わったところから、電話ではなくメールの受信のようだ。

(お、噂をすれば何とやら。)

 ネプチューンがこう言う中、博明がポケットより携帯を取り出し、受信したメールを確認した。差出人は源であり、

「事件発生、山越公園入口に来てほしい。」

 と、書かれていた。山越公園と言うのは、山越小学校の近くにある公園で、山の中に作られた大きな遊具や、山を越える事も出来るハイキングコースで有名な公園である。その為、いつも遊びに来た子供や、ハイキングをする健康愛好家で賑わい、夏場には彼も昆虫採集のために足を運んでいる。

「ネプチューン、山越公園で事件だって。」

 博明がこう言うと、ネプチューンはこう言った。

(角が鳴るぜ! 久しぶりに大暴れできそうだな。)





 そして、帰宅後昼食を終えた神司部の面々は、山越公園に現地集合すると、同じく昼食を終えてやって来た博明と合流した。

 合流と同時に、神司部の面々に付いてきた源の双子の妹か姉である、綾小路恵を紹介すると、

「は? お前に優さん以外に姉か、もしくは妹が居たっけ?」

 博明は恵に存在に驚いたが、自分の事ではないのでどうでも良いと考えているのか、特に深い追及はしなかった。

 恵の紹介が終わると、源の聖装の中で回復を行っているレイラは、精神感応で皆にこう伝えた。

(とりあえず、集まれる面子は全員集まったようなので、行きましょう。現在聖獣の森がどうなっているのか、早く把握しないと行けません。)

「そうだね。」

 レイラの言葉に、皆はこう言うと、レイラに精神感応で誘導されて、最初に源が迷い込んだ時とも、博明、江美、彩妃と一緒に迷い込んだ時とも違う場所にある、聖獣の森の入口へとやって来た。山道の途中にあるのだが、誰も入らない道の奥にある為、周囲には人影も存在しない。

「こんな所まで来て、ちゃんと帰れるかな?」

 恵は帰る時が心配なのか、こう呟いた。

「まあ、なんとかなると思うよ。山の中に入った訳でも、山道から外れた訳でも無いんだし。」

 そんな恵を、博明がこう言って励ますと、恵の聖獣の一体である黒い狼「ロキ」が、皆に精神感応でこう告げた。

「行くなら早くした方が良いし、帰るならそれも早くした方が良いな。なんかこの中から、やばい気配がプンプン漂ってきやがる。」

「やばい気配?」

 ロキの一言に、源はアリソンと出会った時、何かを集めるため廃工場地帯を訪れていたポラリスを、江美たち他の神司部の面々は、ドイツに赴いてアッシュと出会った時、彼と共に戦った強力な力を持つ聖獣「朱雀姫リジェス・メルトダウン」こと、メリジェーンの事を思い浮かべた。まさか、奴らが聖獣の森で何かをしているのか、と。

「とにかく、行ってみよう。」

 源の言葉に皆は揃って頷くと、聖獣の森の中へ入ろうとした。しかし、

「待ちなさい!!」

 誰かにこう呼び止められ、皆は揃って足を止めた。博明、恵はこの場所が入っては行けない場所で、誰かに見つかったのだと思ったが、源たちはそうは考えなかった。なぜなら、今自分達を呼び止めた声の主を、彼らは良く知っているからだ。

 皆がその場で振り向くと、そこには背が高くスタイルの良い、長い赤髪が特徴の美少女、見た目こそは人間であるが、その正体は人間では無く、ギリシャ神話に登場しローマ神話では「ミネルヴァ」の名前で呼ばれる女神、知恵と戦術の女神「アテナ」が居た。

「貴方たち? どこに行くつもり?」

 アテナは難しそうな表情を浮かべており、加えて機嫌も悪いのかキツイ口調で源達に訊いた。

「? なんか聖獣の森に敵が攻めて来たようで、助けに行くところですけど?」

 皆を代表して源がこう答えると、アテナはため息を付きながら言った。

「やっぱりね、大体そうなんじゃないかって思っていたけど、本当にそうだった何て。」

 そして、改めて真剣な表情を浮かべると、皆に言った。

「これは神々の間で決定されて、聖獣の中でも有力な存在にのみ語る事が許されていることだけど、貴方たちは満更知らない仲では無いから教えてあげるわ。聖獣の森の出来事には、何人で有ろうと無干渉で居る事。」

「聖獣の森の出来事に無干渉?」

 アテナの言葉に、皆は一様に疑問を覚えた。

「それじゃあ、聖獣の森や、そこを取り仕切る植物女皇に、そこに暮らす聖獣たちはどうするんですか?」

 皆を代表し、江美がこう訊くと、アテナはこう答えた。

「とりあえず、他の場所に拠点を置いている皇達が出来る限り救出を試みるけど、植物女皇はどうなるか分からないわ。最悪の場合、次の植物皇を決める事になりそうね。聖獣の森は、一旦諦めなさい。」

 アテナの言葉に、レイラは聖装の中でショックを受けた。とりあえず住人は救出できるだけ救出するようだが、植物女皇は理由はどうあれ退位して次にその座を譲り渡す事になるうえに、自分の故郷は諦めないと行けないからだ。森の中には遊び場として気に入っていた大きな木や、大切に育て続けた花畑がある。

(それを全部諦めないと行けないの、折角源達に出会えて、皆を救えると思ったのに)

 レイラがこう呟くと、源はその意思をくみ取ったのか、アテナにこう言った。

「変わりが幾らでもあるからと言って、そう簡単に捨てられるほど、どうでも良い場所では無いんです。故郷と言うのは。」

 この一言に、アテナはこう言った。

「何も私は聖獣の森を永遠に諦めろだなんて言っていない。ただこの場を諦めなさいと言う事だけ、敵が去ればまた暮らすことは………」

「でも、そこは既に聖獣の森であって、聖獣の森では無い。」

 アテナの言葉が終わる前に、源はこう言い放つと、聖獣の森へと入って行こうとした。江美たちもそれに続いていくと、アテナは彼の背にこう訊いた。

「止めた所で行くのね。」

「………はい。」

 アテナの言葉に、源達は揃ってこう返事をすると、そのまま聖獣の森へと入って行き、その場から姿を消した。彼らにアテナの声が聞こえなくなる直前に、アテナは源達にはっきりとこう告げた。

「覚悟の上なのでしょうけど、一応忠告しておくわ。貴方たち、絶対に後悔するわ。」





 源達の姿がその場から消え、アテナの声が聞こえなくなった頃、アテナの傍には一人の女性が現れた。アテナよりは大人びた容姿をした女性で、僧服のような服を身に着けている。彼女もアテナと同様に女神であり、北欧神話に登場する愛と豊穣の女神「フレイヤ」である。

「アテナ、本当に良かったのかしら? 彼らに伝えなくて? RAGNAROKと言う組織や、それを構成する聖獣の事。」

 フレイヤはアテナの元に現れると、こう訊いた。この一言に、アテナはこう答えた。

「教えない方が良いの。彼らが最も避けないといけないのは、知恵を付ける事。余計な事を教えて、萎えさせたり不安にさせたくないもの。」

「でも良いのかしら? 彼ら下手すると天界の兵士達の攻撃対象になるかも知れないのよ。」

 フレイヤが更にこう訊くと、アテナはこう言った。

「私は思うの。人と聖獣の世界、果たして救えるのは誰なのか? それは私たち神々でも無く、冥府の魔物達でも無い。」

「この世界を救えるのは、この世界に住む人と聖獣。両者をつなぎ合わせられる神司だけ。貴方はそう言いたいのね。」

 アテナの言葉を引き取り、フレイヤはこう言うと、

「仮にも何千年も生きている女神としては癪だけど、今はあの子たちに任せてみましょう。オーディンの権限を借りれば、天界の軍の出撃を少しだけ遅らせる事も出来るでしょう。」

 最後にこう言って、フレイヤと共にその場から消え去った。

(少年たちの旅路に幸あれ、貴方たちがこれから戦う敵と相対すると言う事は、世界の命運を賭けた戦いに参加すると言う事なのだから。)

 その際、フレイヤは心の中でこう思い、源達に祈りをささげていた。

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