第十六話 精神歪曲
今まで暮らしていた神社を離れた源は、一人廃工場の中に居た。
「一体何だったんだ、あれは?」
源は先ほど会った事を思い出しながら、こう呟いた。夏祭りのメインイベントとも言える花火が始まり、それを神社で見て居た時である。はしゃいでいた莉玖が転び、向う脛を擦り剥いてしまった。その怪我を見た瞬間、殺意と言う訳では無いが、相手を傷つけたいと言う願望が現れ、危うくとんでもない事をしてしまう所であった。
「あなた、やはりここに居たのね。」
すると、気配を消した状態でウンディーネがやって来た。
「良くここが分かったね。」
源がこう言い返すと、
「だってここは、貴方が初めて強敵を打ち破った場所。全ての聖獣を牛耳り、人類を滅ぼそうとした異星人の墓標たる場所なのだから。」
と、ウンディーネは言った。そして、
「貴方、結局ドラグーン達とは別れたのね。」
と、源に告げた。彼女は神社に訪れた時、ヴォルキャドンとシャーク・ドランと出会っていた。綾小路源程の存在が聖獣とつるんでいる事に不自然は無いが、属性、部族ともにバランスの取れていた時代と異なり、属性はともかく部族が一緒と言う不自然な構成に疑問を感じているのだ。なので、両者にドラグーンを始めとした源のかつての仲間の事を聞いたが、両者はともに、
「知ら無い上に、そういうのが居ると言う話を、今日初めて聞いた。」
と言った。
「別に良いでしょ。俺だっていつまでも子供じゃないんだからさ。」
対する源は、ウンディーネにこう返すと、ドラグーン達とは数日前に出会った。新しい神司の為に一生懸命だと報告した。
「そうなの? と言うか、見た目だけは何時までも子供、でも妖精は居ないし心は既に大人。ピーターパンにはなり得ないわね。」
彼の言葉に、ウンディーネはこう返すと、一回咳払いをしてこう言った。
「と、こんな話をしている場合じゃ無いわね。源、貴方に今何が起こっているかは分かるわよね。」
「殺人中毒の禁断症状みたいなの?」
源がこう返すと、
「半分だけ、ある意味で正解。」
ウンディーネはこう言って、彼の身に起きている事を説明した。
「これは貴方をあの神社に押し込めてから分かった事なのだけれど、貴方が実体化を行うのに、霊力は必要ないみたいなの。」
「?」
「でも、人間としての肉体を持つ以上何等かの栄養摂取は必要で、尚且つ聖獣としての力を発揮する為のエネルギーも必要になる。貴方の場合は、人の心の中にある“歪み”をそのエネルギーにしているのよ。」
「歪み?」
「経験無い? 自らの欲望の為に平気で他者を傷つけるような人間や、人を人として扱わないような人を殺した時、美味しい料理を食べた後のような満足感が得られた筈よ。貴方は人を殺すことで、彼らが心の中に溜め込んでいた歪みを摂取していたのよ。」
ウンディーネはここまで説明すると、源にこう言った。
「今までは余りにも犠牲が過ぎていたから止めようとしたけど、今回ばかりは特例だからある程度の事は目を瞑らせるから、今から二、三人ほど殺して来なさい。」
しかし源は、こう返した。
「止めとく。このまま肉体が死ねば、半獣じゃなくてちゃんとした聖獣になれるんだろ。」
「貴方が誰かによって殺されたらね。内側や自分自身で肉体に介入した場合、その苦しみを永遠に味わい続けるだけ。昔からそうだったけど、変な所で意地を張るのは止めなさい。」
ウンディーネはこう言ったが、源は何も返さなかった。
「はぁ、もう勝手にしなさい。」
これ以上言っても無駄と考えたのか、それとも違う理由があるのか、こう言い残して立ち去って行った。
その背を見送った後、源は、
「はぁ~。」
一息ため息を付きながらこう考えた、
(マスター・カンヘルの天秤って重いんだよな。落として境内壊していないと良いけど)
昔からの癖で、少しでも長く暮らしている場所から離れると、些細な事がとても気になってしまうのである。
その後も、ミノス・ドラゴニスがぶつかって壁や柱が壊れていないか、御神木をヴォルキャドンやシャーク・ドランがへし折ってしまっていないだろうか、と色々な事を気にかけていた。その時である、重たい金属が踏み鳴らされるような音が響いてきた。
(? 鎧?)
源がこう考えた瞬間、何かが弾ける音と共に、巨大な鉄柱が落下してきた。
「?!」
源がそれに驚き、ジャンプで鉄柱を回避した途端、今度はバーニアが燃える音が響いてきた。何かがバーニアで飛行し接近しており、先ほどの鉄柱もそれの仕業であると思われる。
「い、一体何が?」
ジャンプした状態で、空中で姿勢を整えながら源がこう言った瞬間である。何者かが源の背中を掴み、物凄い勢いで地面に叩きつけた。
「グハァ!!」
源が叩きつけられると同時に跳ね上がり、工場の中の更に奥まで飛んで行っている間に、彼を地面に叩きつけた存在が姿を現した。背中に竜の翼を思わせる、特殊な形状と複数のバーニアを推進力に用いる翼に、全体的に竜や怪獣を思わせる見た目のフルフェイスの鎧を身に着けており、素顔を見る事は出来なかったが、作るのも整備するのも、動かすのも大変そうな鎧を見に付けるくらいなので、相手は相当の手練れで有ると思われる。
「な、何者だ?!」
源は起き上がりながらこう言ったが、鎧を身に着けている相手は、一言も話すことなく襲い掛かって来た。背中のバーニアで加速する事で、目にも止まらない速度で距離を詰めてきた。
「危な!!」
源は打ち込まれた拳を両手で受け止めたが、自分が現在とっている人間の姿は、耳や尻尾のある本来の獣人形態と比べると、人間より少し強いレベルの筋力しかないために、簡単に押し込まれて吹っ飛ばされ、工場の壁へと激突した。
「問答無用とか、有りかよ。」
源はこう言いながら、激突した勢いで押し込まれた壁の中から出てくると、九本の尾と狐耳を解放して、短い黒髪を長い銀髪に変えて、自身の本来の姿に戻ると、鎧の戦士に向かって行った。
その後、戦いはしばらく続き、工場の大半が崩壊すると言う事態を巻き起こした。現時点での状況は、源が不利であり、鎧の戦士が優勢だった。源が自身の聖獣としての能力を使っていない事も理由に入るが、最もな理由は別にある。
先ほどウンディーネが話した通り、源は人の歪みをエネルギーに変える体質を持ちながら、ここしばらくその歪みのエネルギーを得る行為をしていなかった。その為、ガス欠寸前の状態で戦闘を繰り広げていると言う事もあり、体力も集中力も持たないのだ。
「痛たたた。」
鎧の戦士が迫る中、源は壁にもたれ掛りながらこう呟いた。
「エネルギー切れ間近、速く何とかしないと。」
(一か八か、大技で一気に決めに行くか?)
そして、心の中でこう思った。自身の今の体力と集中力を全てつぎ込めば、鎧一つを粉々に破壊し、それを身に付けている人物も殺害する事も出来るだろう。だが、もしも相手がロボットだった時は、不必要に力を使いはたいしてここから動けなくなる。今後一生上に似た苦しみを感じながら死ぬ事無く生きる事になる。
「それは、ダメか。」
少しの間考えた源は、やはり敵を止めて正体を探る事にした。自身の残り体力の関係もあるが、一番の理由は今まで世話になった神社の女性と、莉玖の存在である。自分を救ってくれたあの二人の為にも、命がある限り怪物にはなるまいと心に決めており、自分の体質を変える方法を見つけ次第、帰ろうとも考えている。
「早々に今後の方針を決めるためにも、正体を見せて貰う。」
源はこう宣言すると、その辺に置いてあった鉄パイプを掴み、自身の能力で冷気を発生させると、鉄パイプに氷を纏わせ、氷で作られた刃を持つ剣にして見せた。そしてそれを構えると、鎧の戦士に向かって行った。兜割りの要領で振り下ろし、頭部の装甲を破壊しようと考えているのである。
しかし、彼の最初にして最後の攻撃は、早々に止まる事になった。突如銃声が響き渡ると、鎧の戦士の鎧の胸元を貫通して、弾丸が源に迫って来たからだ。迫る弾丸は源の目の前で弾けると、中から細い繊維で作られながらも、一本だけで象を宙吊りにしても絶対に千切られないと噂のワイヤーが飛び出し、源の体に巻きついた。
一方、鎧の戦士の身に着けている鎧は、ナノロボットが大量に集まり合体する事で構成されていたようで、胸元を打ち抜かれると同時に、数えきれない粒子となって四散した。
その中に居た人物を見た瞬間、源は驚きに包まれて言葉を失った。普段の巫女服を思わせる服装では無く、何処かスクール水着を連想させるボディスーツ姿であるが、胸元に大きな傷を作って倒れて居たのは、今まで自分が世話になっていた神社に暮らしていた女性であった。
「え、何で?」
何とか声を絞り出し、源が女性に対しこう言った瞬間である。
「確保完了です!!」
「良し、取り囲め!!」
と言う声が響き、全身に様々な装備を装着した兵士が何人か、現れた。やがて、大きなライフルを装備した兵士が現れた。彼が先ほどの弾丸を放ったらしい、
「源、貴方は生きて……、それで………」
女性は自分に死ぬ瞬間を見届けようとしている源に、声も絶え絶えに何かを言おうとしたが、先ほどの戦闘の消耗と、急所を的確に打ち抜かれた為か、途切れ途切れになってしまい上手く伝わらなかった。そして、言いたい事をしっかりいう事も出来ないまま、彼女は息を引き取った。
「そ、そんな、生きるべきは、むしろアンタのほうじゃ………」
その様子を見ながら源がこう言った瞬間である。どこからか現れた数十人の兵士が、銃を構えた状態で自身を包囲した。その様子を見ながら、リーダーと思われる人物は誰かと通信しているのか、こう言った。
「こちら、新人類第二部隊、目標捕縛しました。新人類が一人捕縛用ワイヤー弾に心臓を打ち抜かれて死亡しましたが、どうしましょう?」
すると、通信先に居ると思われる人物は、こう言った。
『捕縛した対象をこちらに連行した後回収しろ。研究材料としては一級品だからな。今後の新人類研究に役立てるとする。』
「了解しました。」
彼らのやり取りを聞きながら、源はこう思った。
(この人は俺を捕まえるために体を張ったんだぞ。それなのにその程度の反応か? あろうことか実験材料とか………)
この時、彼の頭の中や心の中をある意志が支配していた。相手に怒りを覚え、相手を傷つけたいと思い、相手の存在自体を根本から否定する意志。一つに纏めれば「殺意」と言う言葉に纏まる。
「良し、連れて行くぞ。」
隊長と思われる人物が淡々とこう言った瞬間、ついに彼の理性が弾け飛び、半獣としての二度目の覚醒が巻き起こった。
今まで少年程の身長、長い銀髪、九尾の尾と狐耳が特徴の所謂「獣人状態」だったのだが、彼の全身に赤い隈取が現れると、身体つき自体が腕、脚、頭部と言った順番で次々と変質し、彼は人間大の姿から打って変わって、恐竜並みの巨体を持つ九尾の狐の姿となった。
「す、姿が変わりましたよ、隊長!!」
様子を見て居た兵士が、体が巨大化する過程で千切れたワイヤーを見ながらこう言うと、隊長はこう言った。
「作戦はフェイズ2に移行、目標を気絶させる!!」
隊長が指示を飛ばすと同時に、兵士達は慣れた手つきで持っている銃を九尾の狐と化した源に放ったが、巨体からは想像も出来ない速さでそれを回避した源は、その場に居る兵士を次々と殺害して行った。ある者は前足で胸部を打ち抜き、またある者は前足で押し潰し、ある者に至っては、背骨ごと体から頭部を引き抜くことで殺害した。
殺戮が進む事数十分、兵士である新人類は一人残らず全滅し、殺意に支配されていた源は正気を取り戻し、周囲の状況を冷静に分析していた。はっきりと分かるのは、自分がそれをやったのだと言う事である。
「あ、あははは、あははははははは!!!!!!」
凄惨な光景を眺める。綾小路源だった者は狂ったように笑いながら、こう言った。
「何だろ、今まで一番何も感じなかったな。」
その後、源は神社に戻る事も無く世界を放浪したと言う。時折歪んでいると感じる人間に会った時は、あらゆる凄惨な方法を用いてその人物を殺害し続けた。それゆえに、世界中でとある都市伝説がはびこる事となる。ある時、人が消えるように失踪し、一生かけて捜索を行っても手がかり一つ見つからない事がある。運が良ければ、血の跡や肉片だけが発見できるが、それが誰の物か誰にも分からないと。
ちなみに、神社に残された莉玖と、マスター・カンヘルを始めとした四体の聖獣は、帰らない源をしばらくは探し続けたが、ある時すっぱりと諦めた。四体の聖獣は割と早い段階で、捜索を打ち切る事を考えたが、莉玖は納得しなかったため、彼らの目を盗んで神社を抜け出し、源がどこかに居ないかと街中を捜索している事があった。
このままでは行けない、とマスター・カンヘルは判断すると、自身の持つ特殊な術を用いる事で、莉玖の記憶から源の存在を消した。
それ以来、莉玖は源を探す事をすっぱりと止め、学校に入って様々な事を勉強し、立派な社会人となった。彼が一人立ちして神社を後にした後、四体の聖獣は再び源の捜索を開始し、400年の時を掛けてようやく彼と合流した。彼はこの時、今までの名前を捨て、オニキスと名乗り始めていた。
事の顛末を最後まで見届けた、天音と源、源の聖獣たちはと言うと、
「どう思う?」
ステゴサウルス・Jackが最初に口を開き、天音に訊いた。
「どうって?」
天音が訊き返すと、ステゴサウルス・Jackに変わり、エレクトードがこう言った。
「少なくとも、奴がああいう風になった裏側には、欠片の悪意も無かったと言う事だ。」
「まあ、ね。」
彼の言葉に、天音は口を濁らせた。彼は以前、瑪瑙と言う名の悪人と戦った事があるが、そうなった経緯や理由はどうあれ、彼女は悪意の塊と言っても過言では無い存在であった。今頃、自分を倒した存在である天音の事を、牢屋の中で呪っている頃だろう。
だが今回は、それとはまったく勝手が違うのである。
「でも、もしかしたらもしかするかも。」
考え込む天音に、源はこう言った。何か悪知恵があるのだろう。だが、
「起きなさい!!!!!!!!」
突如、自分たちの居る世界に怒号と言っても過言では無い絶叫が響き渡り、二人と七体は揃って世界からはじき出された。
「………はっ!!」
次の瞬間、夏でありながら雪の降る世界にて、源と天音、七体の聖獣は同時に覚醒した。周囲には彼らの仲間達が、固唾をのんで見守っていた。
「良かった、殴っても蹴っても起きないから、心配したんですよ。」
孫江美が目に涙を浮かべながら、さらりと恐ろしい事を口にすると、妖精女皇ラフレシアが、彼らにこう訊いた。
「ところで、眠っている間に夢か何かを見た? どんな内容だった?」
彼女の問いに、天音と源は隠すことなく、自分が見てきた一部始終の中で、特に重要な部分を全て説明した。
「やはり、そういう事ね。」
話を聞いたミステリアはこう言うと、二人に説明した。
「貴方達が見てきた映像は、誰かの記憶が再現された物だと感じているとは思うけど、実はそうじゃないの。あの瞬間、二人と聖獣達は魂だけになってこの場を離れ、そのまま時間を旅行して来たの。」
「つまり、あれは全て真実と言う事か。」
源は、これまでに見た事を思い出しながらこう言うと、倒れて居る状態から起き上がった。そして、少し離れた場所で様子を見て居たオニキスに、こう言った。
「おいオニキス、と言うより未来の可能性その1! お前本当にこういう事をするのが正しいと思っているのか!?」
「そうだよ、お前が誰かを傷つける行いをするのを、あの人や莉玖が望んでいるとでも?!!」
天音も彼に続いて、オニキスにこう言った。彼らの言葉に、オニキスはこう返した。
「別に、最初から俺が正しい何て思った事も無いよ。そもそも、これは正しい云々でどうにかなる問題じゃないんでね。」
「正しい云々以前の問題?」
彼の言葉に、源と天音を含めた冒険部、神司部の面々が揃って疑問符を浮かべると、オニキスはこう言った。
「別にあの人が死んだ事を、あの新人類たちや綾小路グループのせいにはしないさ。それを否定すれば、俺があの人たちで出会えた事を否定する事に繋がるからな。」
「それじゃあ?」
オニキスの言葉を聞いて、この時代のウンディーネの口から思わず出たこの言葉、これに対しオニキスはこう言った。
「間違っているとすれば、それは全てこの世界。さっきも言っただろ、人間は自分勝手な物が多すぎる。例えそれが、生物としての基本だとしてもね。だからこそ、俺の歪みを作る能力で、世界のあり方、人の人格、全てを歪めてやろうと言う訳だよ。」
「歪ませる?」
この言葉に、天音と千歳はこう考えた。自分たちは生まれた頃から共に居たと言っても過言では無く、互いに互いを支えてきた。元々は病弱で余命幾ばくかの千歳に対する、天音の一方的なおせっかいだが、やがて二人の関係は互いを救う事になった。
「例え自分勝手でも、それが誰かを救うことだってあるんだ。」
「それを否定するなら、許さない。」
天音、千歳がそれぞれこう言うと、それに続いて、彩妃はこう言った。
「同族嫌悪も良い所ね、過去の貴方は、自分勝手を押し売りするような人だったじゃないの。結果的に、貴方のその行為は、数えきれない人を救って来たのに………」
「まあ、自分の行動を否定するほどに追い込まれているのは理解するけどな。」
彼女に続いて、直樹、薫もこう言った。
彼らの言葉に続き、皆はそれぞれの武器を構えて戦闘態勢を取った。戦うつもりはあるが、オニキスを倒すのではない。すべては、彼を救うために、
「勇ましいね。これならこっちの俺はこうならずに済みそうだ。でも、邪魔されるのも不愉快だから。」
だが、オニキスはこう言うと、指を一回パチンと鳴らした。その結果、周囲に満ちる冷気が一瞬の内に収束すると、神司部、冒険部のメンバーたちを包み込み、巨大な氷塊となって彼らの動きを封じた。
「愛を封じる氷獄だよ。」
オニキスは、氷塊の中に閉じ込められた面々を見ながらこう言うと、離れた場所で様子を見て居た小悪魔「グレモリー」と合流し、こう言った。
「さてと、何処かに行ってしまったアイツらの加勢に行かないとな。流石にあの助っ人たちから勝ちを取るのはきついだろ。」
そして、氷に閉じ込められた面々はと言うと、
(くそ、体が全く動かない。)
天音は氷塊の中で、身動きの取れない状態のまま歯がゆい思いをしていた。オニキスを救うために、自分の刃を奮おうと張り切ったのは良かったが、彼の力を読み違えてしまった。彼は仮にも、千年の時を生きた不老不死の魔女を、いとも簡単に死にかける状態にして見せたのだ。自分たちレベルの相手くらいなら、簡単に抵抗力をそぐことが出来ると、少し冷静に考えれば容易に想像が出来た筈である。
(結局、俺の剣は誰かを斬る以外の事は出来ないのか?)
天音がこう心で呟いた、まさにその瞬間である。
「いいえ、そんな事は有りません。まだ、何とかする事は出来ます。」
低めながらも柔らかい音質の声が響き、幻影と言う形ではあるが天音の目に一人の女性の姿が映った。その姿は、先ほど魂だけで時間旅行した際に見た、一度は源を救った新人類の女性であった。
「貴方は………」
天音がそれに気が付くと、女性はこう言った。
「貴方に……、と言うより、彼に伝えて欲しい事があるんです。あの時の事ですが、私は自らあの場に現れたんです。」
「貴方が自ら?」
天音が驚くと、女性は事の顛末を説明した。源が突然居なくなった後、ウンディーネが影でこっそりシャーク・ドラン、ヴォルキャドンに伝えた事を盗み聞いた彼女は、これを何とか出来るのは自分しか居ないと考えると、聖獣たちに神社の事を任せて単身綾小路グループに向かって行った。そこでは、オニキスを捕まえようと言う試みが実行されようとしていたので、グループに戻る代わりに協力させる事を条件にグループの中に戻り、その時代は試作品段階であった体外強化スーツを身に着けてオニキスの元へと現れたのだと言う。
「結局、貴方は何をしようとしたの?」
天音がこう訊くと、女性はこう言った。
「彼に私を殺させる事で、私が溜め込んでいた歪みを与えようと思ったのよ。」
「それは………」
天音は彼女の言葉を聞き、言葉を失った。オニキスは彼女の死を切欠に完全な怪物と化してしまったのだ。自分で手をあげるような真似をすれば、今より取り返しの付かない結果になったのではないか、と思ったのだ。
この事を悟ったのか、女性はこう言った。
「彼はただ歪みを摂取するだけでなく、歪みを生み出した人間の人格や思考をも取り込み、自身の人格を歪めてしまう。その歪み具合は、彼の感じている相手の存在感に影響される。」
「つまり、貴方を殺してその歪みを得れば、人格が歪む事は無かったかもしれない。そういう訳ですね。」
彼女の言葉に、天音がこう言うと、
「そう、だから貴方達なりのやり方で伝えてあげて、貴方が罪に感じる事は何も無い。貴方は私たちを救ってくれたのだから。」
と、女性は言った。言っている事が分からない天音が、その意味を訊くと、
「子育て何てした事が無かったから、莉玖を連れてきた時はどうすれば良いのか全く分からなかった。いつも四苦八苦してたせいか笑顔が少なくなって、それに合わせて莉玖も笑ってはくれなかった。でも、彼が来たとき莉玖が初めて笑ってくれたの。」
と、女性は言った。その後、
「話はこれで終わり。後は貴方達の仕事よ。この氷は熱い思いで溶けるから。」
と、言って、女性は姿を消した。消える直前、彼女は何かを思い出したのか、こう言った。
「彼がああいう風になったのは、巨大にして存在感の無い悪意の仕業よ。きっと彼らは今後貴方の敵となる、気を付けて。後、誰にも教えた事は無いけど、私の名前は、奏楽。」
冬の女王の氷は、一人の少年の心さえも凍りつかせてしまった。何を持ってしても解けない事が自慢の女王の氷も、ただ一つだけ弱点が存在している。少年の凍った心を溶かしたのが、一人の少女の愛であった通り、心が凍った状態で生成された氷は、熱い思いによって簡単に溶かされてしまう。
氷の中に閉じ込められた、八人のアーティファクト・ギア使いと、十人の神司達、三人の皇達と一人の不老不死の魔女は、天音と同様に奏楽に励まされる事で、心に熱い思いを灯した。何かに対する情熱、誰かへの恋慕等、思った事は人それぞれだが、それを切欠に更に心を燃え上がらせたのは、ただ一つの思い。世界に縛られた一人の人物を救いたいと、皆が願ったまさにその瞬間、氷は粉々に砕け散り、中に閉じ込められた面々は解放された。
「な、何だ?」
その場をグレモリーと共に後にしようとしていたオニキスは、背後で響いた轟音に驚き、思わず振り返った。
一方、氷の中から解放された神司部、冒険部のメンバーは、それぞれ武器、技カードを構え、聖獣達は構えを取った。
「結局奏楽さんは自分たちの出来る方法で何とかしろって言ったけど、どんな方法なんでしょうね。」
皆を代表して源がこう呟くと、同じく皆の代表である天音は、彼にこう言った。
「俺達に出来る事なんて、最初から一つだけだろ。」
「そうでした。」
天音の言葉に、源はこう言うと、左手に数枚の技カードを持ち、右手に持った大剣の切っ先をオニキスに向けると、声高らかに宣言した。
「聖獣バトル、スタートだ!!」
長かった、ようやくここまで来た。




