第十五話 僅かな平穏と、歪曲への序章
前回までの粗筋
源と天音はオニキスと交戦し、力を合わせる事で彼を追い込むことに成功する。
しかし、その直後彼らは強烈な光に飲み込まれ、不思議な空間に居た。そこは、オニキスの回想の中。オニキスと名乗る前の「綾小路源」の記憶の世界だった。
西暦にして、21XX年となった地球。生活様式はこれまでと打って変わり、大都会は勿論今までは電波が有るかどうかさえ怪しい田舎町も、完全なIT化を果たしていた。人々は携帯電話を持つのは当たり前、その携帯電話も、アプリやサービスと言った物でアップグレードせずとも、新聞や定期、財布と言った様々な機能を発するようになった。更には、運転免許証、学生証、保険証と言った身分証明証の役割を果たすようになった。学校では教科書にもテストにも、携帯電話が使われるような時代である。それにより、今まで普通だった様々な文化、財布や貨幣、固定型のコンピューターに紙の冊子、挙句の果てにはTVや鉛筆、ボールペンと言った、旧時代に置いては無くてはならない物さえも廃れた時代。
そんな中、今も珍しく動かないがTVのような遺物とかした電化製品があり、鉛筆やボールペンと言った筆記用具を愛用している場所があった。とある町のとある場所に立っている、とある神社である。
夏であるとはいえ、環境の変化でセミが絶滅した為静かだが、温暖化によって侃々と陽が照る中、一人の少年が山門を歩いていた。手には様々な食材で一杯になった、大きな買い物袋がある。
「暑ぃ、早くしないと、挽肉と刺身と牛乳買ったし、早く冷蔵庫にぶち込まないと……」
少年こと「綾小路源」が山門を歩き、やがて朱色の鳥居の前へとたどり着いた瞬間である。
「げ~~~ん~~~~!!!!」
源の見た目より幼い見た目の少年が、物凄い勢いで駆け寄った。彼は源が暮らしている神社に、彼より前に暮らしていた少年で、その神社の神主と呼べる存在より「莉玖」と呼ばれている。
莉玖は源の元へと駆け寄ると、源の背に隠れた。何か恐ろしい物から逃げてきたようである。
(いったいなんだ? 元々この辺りにはまともな人間も近寄らないのに……?)
源がこう思った瞬間である。莉玖が自分の元に逃げてきた理由が分かった。
「フッフッフ、待て莉玖~、お賽銭寄越せ~!!」
やって来たのは、頭に賽銭箱のような被り物をした不審者、もといこの神社に神主のような者である。
その瞬間、源も神主も、莉玖もつられて黙った。ただし源は驚きでは無く、呆れで。
「…………あの、何をしてるんですか?」
沈黙を破るべく、源がおずおずと口を開いてこう訊くと、
「あの、お賽銭下さい。」
神主みたいな人物は、こう言った。
「続けるのかよ!!」
源がこうツッコむと、神主見たいな人物は、賽銭箱の被り物を外してこう言った。
「だって、この被り物していれば、どこに居ようとお賽銭が受け取れるのよ。」
「それより前に、皆が逃げる!! と言うか、それ以前に不審者扱いされてパクられる可能性大!!」
神主のような立場に居る人物、源をこの神社に迎え入れた女性の言葉に、源はこう言い返した。
源はある時を境に、この神社で生活をしている。それは全て、神主のような立場に居る女性の厚意であり、源は出来る限りそれに答えるため、今は廃れて過去となってしまったかつての日本の文化を色々実践し、彼女達に教えている。
たとえば、莉玖が風邪で寝込んだときは、長ネギを首に巻きつけたり、本人曰く「本来とはかけ離れた味」の手打ちうどんを作ったり、その辺の野草を回収して干して干からびさせると、そこに大豆を入れて発酵させたりと、やりたい放題である。この時代、わざわざ昆布や鰹節等を煮込んで、出汁を取るのは彼だけだろう。高度な食糧保存技術と味覚生成技術は、腐りやすい生物を炎天下に一年放置して新鮮さを保ち、尚且つ十年間賞味期限を設ける程になっている。その為、現在出汁と呼べる物は高級料亭でも、特殊合成された薬品で賄われている。
その為か、家事が得意で無い女性に変わり、彼がこの神社の家事全般を取り仕切るようにまでなっている。
その後、冷蔵庫の中に買ってきた食材をぶち込み、境内の縁側に寛ぎながら、境内の前の通路を箒で掃いている女性に、源はこう訊いた。
「前々から気になっていたんだけど?」
「名前の事はNGね。」
女性にこう言われると、源はこう訊いた。
「どうして、俺を受け入れてくれたんだ?」
源がこの事を聞いた理由、それは一緒に居てもトラブルしか巻き込めそうにない自分を受け入れてくれた理由、それを訊きたかったからである。自分もそうであるが、彼女自身も過去の経歴が闇に包まれ、一体何者なのか分からない。彼自身、その事を言及するつもりは無いが、それでも彼女が一体何者なのかは気になる所である。
「それは………」
女性が口ごもった瞬間である。彼女は突如何かの気配を感じ、厳しい顔つきになった。そして、少し離れた場所に居る莉玖に声を掛けると、自分の元へと来させると、
「莉玖、源と一緒に境内の中に入っていなさい。」
と言って、源と一緒に境内の中にと押し込んだ。
「な、何ですか?」
源は莉玖と共に押し込まれながら女性に訊いたが、境内の中に押し込まれると同時に扉を閉められてしまい、閉じ込められる形になってしまった。
「何なんだよ?」
源はこう思いながら、何度かこうして無理矢理中に押し込まれたか、必要も無い物を調達に行かされた事があった事を思い出し、こっそり何があったのかを見る事にした。
「また来たんですか?」
外では女性が、誰が見ても不審者だと考えるような、全身黒づくめの服装をした数人の男と話していた。
「そりゃ来ますよ。こちらの財団としても困るんです。サンプルに街中をウロウロされては………」
女性の言葉に、男はこう言った。
(サンプル?どういう事だ?)
こっそりと話す声を聴いていた源は、疑問に思った。サンプルと言う事は、女性は何かの実験体、もしくは彼女に近い所にある何かが、とある実験のサンプルで有ると言う事である。
「…………」
「?」
もしかして彼の事か、そう思いながら莉玖を見る源に、莉玖は不思議そうな顔を浮かべた。なので、彼はその場を莉玖と一緒に離れると、彼に訊いた。
「そういえばさ、莉玖は何であの人と一緒に居るの? 姉弟でも無ければ親子でも無いし、ましてや他の血縁だって無いだろ…………ああ、別に一緒に居てはいけないって意味じゃないよ。」
源の言葉に、思わず不審そうな表情を浮かべた莉玖に、源はこう言った。
「まあつまりは、どういう経緯であの人と一緒に居るかを聞きたいんだ。」
この言葉に、莉玖はこう答えた。
「分かんない。」
「? と言うと?」
彼の言葉に、源がこう訊くと、
「気が付いたらあの人と一緒に居たの、布団の傍にあの人がいて、これからは私と一緒にここで暮らすのって。」
(血縁が無いばかりか、ほぼ赤の他人と考えて良いな。となると、ショッ○ー的な感じか?)
莉玖の言葉で、源はこう考えた。あの女性は何か悪い事をしている組織に関わりのある人間で、ある時そこから足抜けを決意、その際に莉玖をついでに連れて来たのだと。
(とりあえず、鎌を掛けるべきか?)
源はこう思うと、莉玖に出ないように注意すると、こっそりと外に出た。そして、偶然現れた他人を装い、彼らに声を掛けた。
「すいませーん。って、どうかしたんですか?」
恐らく男達の目には、源が女性に用のある人物と考えたのだろう、彼にこう言った。
「何だ? 今こっちが大事な話をしてるんだ。悪いが後にして貰えないか?」
この言葉に、源はこう返した。
「見た感じから考えて、借金の取り立てですか? 幾らほど?」
「? 借金?」
源の言葉に、男の一人は疑問符を浮かべたが、違う男に、
(組織の事は秘密中の秘密だぞ。話を合わせろ!)
と、小声で指示され、言われた通り、
「まあ、そんな感じだ。」
と、源に言った。
「そうなんですか。」
(やっぱり、秘密主義が有ると言う事は、何かを隠れ蓑にしている違法組織。こいつらはその下っ端か。)
表面は笑顔で話を理解しながら、裏では話の裏にある事を予想していた。
「要するに、借金が返せるだけのお金が工面出来ればいいんですよね。」
話を進めるために、源は笑顔でこう言った。
「? お前さんにお金が用意できると言うのか?」
男の一人がこう言うと、源は笑顔のままこう言った。
「簡単な話です。そちらはお金が欲しい、こちらはお金が無い。だったら、ある場所から持って来れば良いんです。たとえば、貴方方全員の保険金をそちらに収めるとか………」
「?!」
男達は最初は、何を言っているんだと思ったが、笑顔を全く崩さない源の様子を思ってこう思った。面白くて冗談を言っている訳では無いと、
「はぁ、じゃあ今日は、彼に免じて我らは退散しますよ。」
男達の中でもリーダーと呼べる立場に居ると思われる男が、源の登場によってペースが狂わされたと考えると、態勢を整えると言う理由を付けて皆にこう言った。
「あ、分かりました。」
彼の言葉に、他の男達も同様に従うと、いそいそとその場を後にして行った。
場が落ち着いてから、女性は源に訊いた。
「全く、出てこないでって言ったのに、何で出てくるの?」
「別に良いじゃないですか、大騒ぎにはならなかったんですから。」
対する源はこう答えると、女性に訊き返した。
「と言うか、さっきの男達は一体何者何ですか? なんかサンプルや組織がどうのこう載って、ショッ○ーチックな単語が色々出て来たけど。」
「それを知ってどうするつもり?」
源の問いに、女性がこう返すと、
「ただ心に仕舞っておくだけですよ。何というか、ワクワクしませんか。社会の闇にひそみ、世界征服を企む悪の組織が実際にあるって。」
源は目を輝かせながら、こう言った。既に年齢は百歳を軽く超えているが、心はともかく体は今だに少年のままである。どこかヒーローに憧れる所があるのだろう。
女性はその事を理解したのか、それともしていないのかは知らないが、こう言った。
「別に悪の組織と言う訳では無いわ。奴らは………」
女性が何かを言おうとした瞬間、
「あのー、電話です!!」
莉玖が境内の中から顔を出し、女性にこう言った。
「? 分かった。」
女性は莉玖にこう言うと、
「悪いけど、この話はまた今度にして。」
と、源に言ってその場を後にして行った。
「ああ、りょうかーい。」
女性の背に、源はこう返した。それなら後で聞けば良いと考えていたが、女性はその後どのように訊いても、適当にはぐらかすだけでちゃんとした答えを教えてくれなかった。なので、源自身もその事を気にしなくなった。
誰も見て居ない、と言うより誰にも見えない場所で様子を見て居た綾小路源と蓮宮天音、彼らの聖獣達は揃って、こう思った。
(謎の組織? もしかして今後に何か関係が?)
そもそも、彼らが何故誰にも気が付かれずに様子を眺める事が出来るのか、それ以前にどこに居るのか、それらの疑問は、前回と前々回の話を見ていただければ分かります。
それはともかく、
「と言うか、異形の竜達との出会いのくだりはまだみたいだね。この時代には出会ってないと言う事か?」
「それもそうだろ。と言うか、この時代のお前はまだある程度は真面何だ。アイツらとつるんでいるとは思えない。」
源の言葉に、天音がこう言った。しかし、
「なあ、あれマスター・カンヘルじゃないか。」
ドラグーン達が何かに気が付き、その方向を指差した。
「え?」
源と天音がその方向を見ると、確かにそこには薫と麗奈のコンビにボコボコにされた後、ポラリスと戦いを繰り広げるようになったマスター・カンヘルが、神社の陰にあたる場所で誰かと向かい合っていた。向かい合っているのは、四足歩行の赤い体に小さな翼、頭の巨大な角は間違えなく、迅と小雪のコンビに倒されたミノス・ドラゴニスである。
「あ、本当だ。」
源は彼らの姿を見ながらこう言ったが、天音は、
「いや、別個体って可能性もあるぞ。」
と言った。しかし、
「だが、あっちの源は、アイツらに気が付いたらしいぞ。」
様子を見るエレクトードは、こう言った。
「んで、お前ら何をしているの?」
エレクトードの言う、神社に暮らす源はマスター・カンヘルとミノス・ドラゴニスの姿と気配を確認すると、彼らにこう訊いた。話しかけられたマスター・カンヘル、ミノス・ドラゴニスの両者は、最初は源が自分たちの姿を見る事が出来ている事に驚いた。しかしすぐに、マスター・カンヘルは気が付いた。
「この霊力の奔流具合、半獣か?」
「そうだよ。」
事実なので、源がこう言うと、ミノス・ドラゴニスは彼をまじまじと見ながらこう言った。
「半獣って、本当に居るんだ。」
「居るんだよ。」
ミノス・ドラゴニスの言葉に、源がこう返すと、マスター・カンヘルはこう言った。
「まあ、少なくとも俺は気にはしないがな。聖獣と接する時は気を付けろ、条件無しで敵と見做してくるぞ。例えばこいつとか……」
そして、ミノス・ドラゴニスを見た。
「俺だって気にはしないよ!!」
ミノス・ドラゴニスがこう言い返すと、源は話の腰が折れていると考えて、こう訊いた。
「だから、人の神社で一体何をしてるんだ?」
「そうだな、しいて言えば縄張り争い?」
源の問いに、マスター・カンヘルはこう言った。
「新しい住処を探してここに来たんだけど、丁度同じタイミングでこいつが来てな。どちらがここで暮らすに相応しいか決めようとしていたんだよ。」
「縄張りも何も、お前らがここに来るより前に既にお手付きだが? ここ。」
マスター・カンヘルの言葉に、源はこう考えると、彼らにこう言った。仲良く一緒に暮らせないのか、そうしてもらえるのであれば、少なくとも自分は何も言わない、と。
「俺達は黄道十二宮聖獣。ここ一世紀は行われていないが、コズミックウォーズで戦い合う聖獣同士だ。平和的な意志を持っていてもまず共存は不可能だ。ホロスコープが有れば何とかなるかもしれないが。」
源の言葉に、マスター・カンヘルはこう返した。
(黄道十二宮聖獣? コズミックウォーズ? ホロスコープ?)
マスター・カンヘルの発した、一世紀近く生きているにも関わらず聞き覚えの無い言葉に、源は疑問を覚えたが、すぐに他に置いておこうと考えた。今重要なのは、彼らが何者であるかと言う事より、彼らをどこでどう過ごさせるかと言う事である。
「取りあえずだけど、今お前らの姿を見る事ができるのは、俺だけなんだよな?」
一つ考えが浮かんだ源は、マスター・カンヘルと、何故か黙っているミノス・ドラゴニスにこう訊いた。彼の考えを実行するには、その事がとても重要なのである。
「まあな、結構目立つ行動を取っていたが、お前に今話しかけられるまで、誰にも姿は見られていない。」
この問いに、今まで黙っていてミノス・ドラゴニスがこう答えると、源はこう言った。
「丁度いいや、なら、ミノス・ドラゴニスがここで過ごして、マスター・カンヘルは境内の中に入ると良い。」
「まあ、ミノス・ドラゴニスがそれで良いと言うなら、俺は一向に構わないが?」
「異論は無い。」
マスター・カンヘル、ミノス・ドラゴニスは共にこう言ったので、とりあえず話は決着した。源がマスター・カンヘルを境内の中に案内しようとした時である、ミノス・ドラゴニスは彼の全身を見ながらこう言った。
「と言うか、お前体は大丈夫なのか?」
「?」
源が疑問符を浮かべると、ミノス・ドラゴニスは何を思ったのか、こう言った。
「いや、大丈夫なら良いよ。俺達正統派の聖獣には、半獣の事は分からないし。」
「それ、嫌味か?」
ミノス・ドラゴニスの言葉に、源はこう言い返したが、元々悪口を気にする性質では無かったので、気にする事無くマスター・カンヘルを境内の中に案内した。
その後、この神社には新たに二体の聖獣が暮らすようになり、更に数日経過してから、サメのような印象を持つドラゴン「シャーク・ドラン」蟹を思わせる形状の鎧を全身に纏った緑色のドラゴン「ヴォルキャドン」も現れ、ミノス・ドラゴニスやマスター・カンヘルと同様にこの神社で暮らすようになった。その際、以前と違い「コズミックウォーズが無いなら、共存も有りじゃないか。」と両者が考えていたので、説得は簡単だった。
僅か数日で同居人が四人も増えた為か、この事は莉玖はともかく、女性の方に簡単に知られてしまった。それ以来、四人の聖獣も同居人に増え、莉玖の遊び相手も増えた。
その後、何も起こらない平和的な日々が流れ、夏も終わりを迎えようとしたある日の事である。街では縁日が開かれ、多くの人々が集まって賑わっていた。それにも関わらず、源が暮らしている神社は普段通りの暮らしをしていた。元々ここの神社では縁日は行わず、他で縁日があったとしても、出かける事は無いからである。その為、莉玖と四体の聖獣は一緒に遊んでおり、源と女性は同じ方向を見ながら石段の上に腰を下ろしていた。
「ってか、アンタらはあっちに参加しなくても良いの?」
源は石段に腰を下ろしながら、隣に腰を下ろす女性にこう訊いた。半獣である自身と、聖獣であるマスター・カンヘル達は人前に滅多に出る事が出来ないので問題外だが、女性と莉玖は人間なのだ。折角祭りが開かれているのなら、そちらに参加する方が良いのでは、と考えたのだ。
この問いに、女性はこう答えた。
「良いのよ、どうせ面白くないし。それに、ここに居れば花火が良く見れるのよ。人が余り寄り付かないから、穴場なの。」
「そうなんですか?」
源は女性の言葉に、こう返した。その後、背後から聞こえる莉玖と聖獣達の喧騒を聞きながら、しばらくの間沈黙を続けた。話が無くなってしまったのだ。
(え、えっと……)
源が困っていると、女性が口を開いた。
「そうだ源、今もあの事を知りたいと思ってる?」
「?」
源が疑問符を浮かべると、女性はこう言った。
「私が貴方を受け入れた理由、そして、あの時ここに来た男達が何者なのか。」
「教えてくれるんですか? 今まで適当にはぐらかして来たのに。」
女性に源がこう言うと、
「何だかね、話したい気分なの。」
女性はこう言って、話を始めた。
「知っているかしら? 今から数十年後に、地球の資源は1mgも残さずに枯渇するって。」
「何かで聞きましたよ。2058年くらいに、今までの化石燃料で10000倍の出力を出す技術が確立されたけど、それでも地球の貯蔵量は後僅かだって。」
「そう、だから今綾小路グループが、常人を逸した力を持つ存在、所謂「新人類」の研究に力を注いでいる。
「綾小路? 新人類?」
女性の発した単語に、源は疑問を浮かべた。綾小路グループは、今存在している様々な技術を確立させた一大グループで、現在世界の全ては綾小路グループによって統制されていると言っても過言では無い。グループの総帥は、
「未来を見て来たのでは無いか。」
と言われる程の政治手腕で、小さな商社レベルの組織を、今では世界に無くてはならない組織に変えてしまった程である。
「新人類と言うのは、優れた遺伝子を持つ人間同士を交え、更に生まれる時点で様々な遺伝子操作を行って、通常より優れた人間を生み出す事。それにより、生まれた人間は皆一様に超能力を持っている。」
「マジで?」
「マジよ。私の場合は、体質を変化させる事で変身を可能にし、尚且つ変身した存在と同じ芸当を行えるようになる能力を持っているわ。と言っても、内部に何等かの仕組みを持つ物以外の武器と、爬虫類限定だけど。」
女性の説明を聞きながら、源は思わず驚いた。自分がかつて居た世界には、体の一部を武器に変える聖獣などが居たが、今の科学技術はそれを可能に出来るようになったのか、と。最も、化けると言う意味合いであるが、様々な存在に変身できる自分も大概では無いが、
「と言っても、新人類には一つだけ問題があるの。能力を発現させるところまで来ても、大概の場合は自身の力に押し潰されて命を落とす。でも………」
「でも………」
「私と莉玖は……、いいえ、能力を発現させていると言う時点では私が、唯一の成功例と言われているの。」
「成程ね、自身の力を発現させながら、その力に命を奪われる事無くコントロールしている。確かに新人類の理想形とも言える訳ですね。」
女性の言葉をしっかりと訊きながら、適度に相槌を打つ源は、女性にこう訊いた。
「それで? それが俺の聞きたい事と何か関係があるの?」
この問いに、女性はこう答えた。
「私も以前は組織で訓練と研究の日々を送っていたけど、ある時聞いてしまったの。組織の重役の数人が、ある計画の事を話していたのを………」
数年前の事である、
「ふわぁ~、そろそろ寝ましょう。」
訓練を終えた女性は、自身の部屋に向かって廊下を歩いていた。様々な用途に用いられている部屋を通り過ぎ、やがて一つの部屋の前へ差し掛かった。そこは訓練生である自身は絶対に入っては行けないと言われている、とある重要な部屋である。その中からは、ある話し声が聞こえていた。
「ところで、例の計画の進捗はどうなっている?」
「はい、相変わらず全ての新人類が能力を60%以上発現させると死亡していますが、現在一人だけ、86%まで力を発現させている新人類が居ます。きっと、初めての成功例となるでしょう。」
一番偉いと思われる人物の問いに、一人の男がこう答えると、違う人物がこう言った。
「しかし、とんでもない事を考えましたね。これからの宇宙時代を開拓する為と言って、新人類研究の為の資金を世界中から集め、その資金で新人類の兵団を構成して世界各地を侵攻しようなんて。」
「おい、それは機密中の機密だぞ。」
「誰も聞いてないから良いだろ。」
その人物の言葉に、報告を行った男がこう返し、更にその人物がこう返すと、偉いと思われる人物はこう言った。
「だからと言って、宇宙開拓の話が嘘と言う訳では無い。宇宙に行くのは良いが、地球一つで一つにまとまる事が出来ない人類が、他の異星人と出会って上手くやっていけると思うのか?」
「そりゃまあ、そうですけど。」
「だからこそ、私の元に世界を一つにまとめる。言ってしまえば、歴史上誰にも達成できなかった世界征服を使用と言う訳だ。それに、これは一種の制裁なのだよ。」
「せーさい?」
話を聞いていた二人が、相手の言葉に疑問符を浮かべると、相手はこう言った。
「かつて、世界を変えるだけの力を持ちながら、今を受け入れた人間が居た。だが、世界中の人間はそれを良しとせず、彼を歴史から消し去った。だから今こそ、人々が否定し彼が肯定した力で、世界中の愚かな人間に裁きを与えるのだよ。自らの行動に責任を持たず、他人に全てを押し付けてそれで良しとする自分勝手な者どもに、一つ思い知らせる必要がある。」
「それは分かりましたけど、そんな話誰がしたんですか? 流石に会長が最初から知って居た訳では無いでしょう。」
会長と呼んだ男の言葉に、話を聞いていた人物がこう訊くと、
「祖母だ。」
と、会長と呼ばれた男は言った。
「祖母は私が幼い頃に、今話した人物の事を寝物語として聞かせてくれたのだ。今でもはっきり覚えている、最後のあの部分を語る部分だけ、祖母はとても悲しそうな顔をしていた。」
「世界征服って、随分とショッカーチックな事を。」
回想が終わり、源がこう言うと、女性はこう言った。
「その後、私は持つべきものだけを持って、組織から逃げ出したの。その時、何を思ったのかは知らないけど、莉玖を一緒に連れてここに来たのよ。」
「そうだったんですか。それで、何で俺を受け入れてくれたんですか?」
女性の言葉を聞き、源がこう訊くと、
「ある時、長い藍色の髪が特徴の綺麗な女性が貴方を連れてきて、こう言ったのよ。この子は強い力を持ちながら、以前本人が間違っていると考えていた形で力を振るっている悪い駄狐だから、躾けて欲しいって。その時ね、私は思ったの。彼しか居ないって。」
「俺しか居ない?」
源が疑問符を浮かべると、女性はこう言った。
「貴方なら、私にもしもの事があった時、私を止めてくれるかもしれない。それに、私が居なくなっても、莉玖を守ってくれるって。」
「…………」
女性の言葉に、源は何とも言えない思いを抱いていた。まるで、もうすぐ自分が居なくなると思っているような言い方に、源は思わず、
「だからさ、もしも私に何かがあったら。貴方が……」
何かを言いかけた女性に、こう怒鳴っていた。
「不吉な事言ってじゃねえよ!!」
彼の怒号に、花火をするか否かで大騒ぎしていた莉玖や、四体の聖獣も驚いて思わず黙ってしまった。
「さっきから聞いてれば、自分がいつか暴走するじゃないかって事心配するような事言いやがって。今まで大丈夫だったなら、これからも大丈夫だろ。それに、莉玖には俺よりもアンタが付いてる方が良い筈だっての。俺は………」
その後、少しだけ語気を抑えて源がこう言うと、今度は源が女性に引っ叩かれた。
「貴方、今俺は化け物だからって言おうとしたでしょう。私や莉玖の前で、冗談でもそういう事を言うのは許さない。誰かを愛する心があって人の姿をしていられるなら、貴方は紛れも無く人間よ。」
「そういうもんなの?」
女性の言葉に、源がこう返すと、
「そうよ、だって貴方は…………」
女性は源に対し何かを言った。だが、誰の耳にも何て言ったのかを聞き取る事は出来なかった。彼女がその言葉を発した瞬間、強烈な爆音とともに空が明るくなったからだ。ここから少し離れた場所で行われている縁日の会場で、花火が上がり始めたのだ。と言っても、熟練の職人が火薬を球に詰め込んだタイプでは無く、様々な色の眩い光を放つナノロボットが、爆音とともに弾けて光っているだけであるが。
「しかしまあ、花火も随分風情が無くなったな。あれ全部ナノロボットだろ。しかも、弾けた後また集めて百回はまた使える上に、どんな絵柄も自由自在と来た。」
「こんなんで良かったのか? 日本人?」
空を見ながら、マスター・カンヘルとヴォルキャドンはこう呟いた。生きた年数で言えば、源よりも遥かに長い存在である。その為、人類の生活様式の移り変わりを見てきただけあり、伝統が消えていくと言う事に何か思う所があるのだろう。
しかし、莉玖の方は、
「わーい! どーん!!」
それ以外の花火を見た事が無いためだろう、空を眺めながら喜んでいた。もし彼に、火薬で爆発し咲き誇る花火を見せたら、どんな反応を示すか、シャーク・ドランがこう考えた瞬間である。莉玖は神社に併設された居住スペースに走りながら、こう言った。
「こっちもどーんしよう!!」
「はいよ、転ぶなよ!」
走って行く莉玖の背を見ながら、ミノス・ドラゴニスが声を掛けている光景を見て居る女性は、源にこう言った。
「さてと、私たちも行きましょう。」
対する源は、少しの間黙り込むと、女性に対しこう言った。
「その、ありがとうございます。」
「? 何に対してのありがとう?」
女性が振り返り、こう訊き返すと、源はこう言った。
「何か、言わないといけない気がして。」
源の浮かべる笑顔に、女性も笑顔で返したまさにその瞬間である。ペチと言う音と共に、
「痛い!!」
と言う声が聞こえた。居住スペースに戻り、花火を取って来た莉玖が石畳で転んだのだ。
「ほらぁ、言わんこっちゃない。」
ミノス・ドラゴニスがこう言うと、源は莉玖の元に駆け寄った。
「おいおい、大丈夫か?」
源が莉玖を助け起こすと、膝を擦り剥いているのが確認出来た。かなり強くぶつけたのか、皮膚が破けて血が出るのは勿論、中の肉も見えそうになっている。触るのは衛生的に厳禁であろう。
「これは、すぐに洗わないと。それから、消毒して……」
「染みるのヤダ!!」
「ガマンしなさい。男の子でしょう。」
莉玖の言葉に、源はこう言い返すと彼を連れて居住スペースに戻ろうとした。しかし、それを実行しようとした、まさにその瞬間である。
「?!!」
源の中で、何かが弾けた。
(傷、赤、歪む…………?)
頭の中で様々な言葉が現れては、消えてを繰り返している。そして、記憶の奥底に封印されている筈の、禁断の感情が現れようとした。
「おい、どうした?」
しかし、源の様子を不審に思ったマスター・カンヘルが声を掛けた事で、源は一歩手前の所で正気を保つ事が出来た。
(危ねえ………)
源は心の中でこう思うと、マスター・カンヘルにこう言った。
「そういえば、絆創膏が切れて居たっけ。調達してくるから、怪我の処置は任せる。」
「? 分かった。」
そのまま神社の石段を下りて行く源の背を見ながら、マスター・カンヘルはこう言い、莉玖を連れて居住スペースの中に入って行った。
「しかし、突然どうしたんだ?」
ミノス・ドラゴニスがこう言った瞬間である。ヴォルキャドン、シャーク・ドランはある存在を目にして、その姿を人の目に映らないようにした。
「しかし、アンタほどの聖獣が俺達雑魚に一体何の用だ?」
姿を消したシャーク・ドランは、自身の目にした相手に対しこう言った。彼らが目にしたのは、長い藍色の髪が特徴の美女の姿を取る聖獣「海皇ウンディーネ」その人である。
「もう少しは持ちこたえてくれると思ったんだけど。まさかここまで早く危惧した事態が来るなんて。」
ウンディーネはこう呟くと、姿を消して自分の元に現れたシャーク・ドラン、ヴォルキャドンにこう言った。
「源の事を教えてあげる。分かっていると思うけど、彼は半獣。故に聖獣にとって必要不可欠な霊力を必要としない。」
「それは分かるよ。だから俺達に霊力を回せるんだろ。」
ヴォルキャドンがこう言うと、ウンディーネはこう言った。
「でも、聖獣である以上、強力な力を生み出し制御する為のエネルギーも必要となる。そして、彼の必要とするエネルギーはね…………」
ウンディーネが言葉を発し終えると同時に、ヴォルキャドン、シャーク・ドランの両者は驚きに包まれ、言葉を失った。
「それじゃあつまり………」
「そう、人々が心や思考に持つ歪みを糧にする彼は、命を繋ぐ為に定期的に人を殺さないと行けない。」
一方その頃、綾小路グループでは、
「標的はこいつだ。」
会長の男が、数人の新人類にある写真を見せた。それは、神社に暮らしている女性と莉玖、そして源の写真である。
「この二人は分かりますけど、銀髪の少年は何でまた?」
新人類の一人が会長に訊くと、彼はこう返した。
「違うグループが生み出したのか、それとも違う経緯で生まれたのかは知らないが、彼は新人類に似た生態を持っているらしい。故に、これからの計画を完遂する為にも、この三者を拿捕せよ。」
「は!」
会長の一言に、新人類は敬礼をしながら言った。
様々な思いが集い、悲劇を起こすまであと少し………
TO BE CONTINUE




