第十一話 完全な敗北?
これまでの粗筋
天音達冒険部のメンバーは、夏休みに入る日に異世界の竜型聖獣と出くわし戦闘になるも、圧倒的な力で敗北してしまう。
源達神司部のメンバーは、世界を歪ませる存在が入り込んだ聞き、調査を開始する。
その後、調査を続ける神司部と異世界に飛んだ冒険部のメンバーはそれぞれ出会い、そこに天音達と交戦した九体の竜が現れる。神司部と冒険部は組んでその竜達と戦い、それぞれの戦いで彼らを退けた。
皆が改めて合流すると、竜達の首魁と思われる者が現れた。
「始めましょう、全てが凍てつく終末の宴を……」
銀色の毛並で覆われた九本の尾と狐耳を出現させたオニキスは、その場で横に一回転してから扇子を構え、戦闘の構えを取った。その瞬間、周囲の気温が劇的に低下し、皆の間に緊張感が走った。
「!」
相手がどのような戦法を使うか分からない以上、あらゆる事態に備えた方が良いと考えた冒険部の面々と神司部の面々は、それぞれアーティファクト・ギアと聖装を構え、聖獣達は一様に戦闘の構えを取った。
その瞬間、オニキスは何かを思い出したようで、彼らにこう言った。
「あ、忘れものは無い? おトイレとか行っとかなくて大丈夫?」
(お母さん?)
この瞬間、こう考えた皆の緊張感は緩み、体から力が抜けてしまった。その隙を、オニキスは見逃さなかった、
「隙あり。」
オニキスは静かにこう言うと、右手人差し指を唇に添えた後、その場で一閃した。その結果、口から吐き出された吐息は激しい吹雪となり、更に鋭い氷柱がそれに乗って飛んできた。
「危な!!」
何とか反応出来た面々は、上手く飛んでそれを回避すると、
「ふざけた真似を!」
アーケロンドはこう叫んで、口から火球をオニキス目掛けて吐き出した。
「援護する!!」
元々空に居た為に無事だったフェニックスも、急降下の速度を上乗せした状態で火球を吐き出し、オニキスに浴びせた。
「この程度なら……」
オニキスは左手を氷で覆うと、飛んできた火球を受け止めた。その際、氷と炎がぶつかり合った事で、周囲に大量に湯気が発生したが、オニキスは気にしなかった。彼女の狐耳は、通常の耳より遥かに高い集音能力があるので、音だけでも誰が何をしているのか理解出来たからだ。
「はぁぁぁ!!」
「うぉぉぉ!!」
湯気の中から、恭弥と江美は二人の息を合わせて武器である「如意金箍棒」と棍棒の攻撃を繰り出した。しかし、音でこの攻撃を読んでいたオニキスは、
「♪~」
まるで踊るような動きで攻撃を回避すると、手に持った二つの扇子で激しい吹雪を発生させて、二人を吹っ飛ばした。
「うわぁぁぁ!!」
二人が吹っ飛ばされると、
「喰らえ!!」
今度は千歳が「清嵐九尾」が大量の弾丸を放ち、それに合わせて、別方向から雫が「ユニコーン・ザ・グングニール」を投げつけた。
両側から迫る、通常の動体視力では視認する事も敵わない高速の一撃。オニキスは、両手に持った扇子を下げると、勢いよく振り上げた。その結果、扇子を振り上げた方向から巨大で分厚い氷の壁がそそり立ち、攻撃を防いだ。
「これくらい簡単……」
オニキスがこう言った瞬間である。突如、そそり出っている氷の壁に罅が入り始めた。
「この壁に罅を入れる?」
眼だけ動かして様子を見るオニキスがこう言うと、氷の壁は粉々に砕け散り、そこから直樹と雷花が飛び出して来た。雷花の「ライトニング・トールハンマー」には電流が流れており、直樹の背後にはフレアノドンが居るので、雷花は電流を流した時の抵抗熱で、直樹はフレアノドンの熱で氷を溶かしたのだろう。
「うぉぉぉ!!」
「…はぁぁ!!」
直樹、雷花のハンマーが両側から迫る中、オニキスはそれを大きく跳んで回避した。その為、ハンマーは地面を大きく砕くだけで二留まったが、攻撃はそれだけで終わらない。今度は天音が双翼鳳凰剣を構えて飛び出し、オニキスを斬りつけた。オニキスはそれを扇子で受け止めた。扇子の表面は氷で覆われているので、それが鳳凰剣を止めているのだろう。
「やり方は悪くないんじゃないかな? 息を付かせぬ連続攻撃。私じゃ無かったから十分勝てるよ。」
オニキス自身はこう言っているが、口調とても涼しげで堪えていると言う印象は無い。しかし、天音自身も自分が決め手になるつもりで剣を振り下ろしたわけでは無い。
「今です! 迅先輩!!」
天音がこう叫ぶと、こっそりとオニキスの背後に回っていた迅が、右腕で「破魔之御剣」を発動させて腕を刃に変えると、一閃した。
「………はぁ、呆れた。」
対するオニキスは、後ろに目線を送りながらこう言った。
「?」
迅が彼女の言葉に疑問を覚えながらも、右腕の剣を一閃した。しかし、その瞬間彼と天音は驚きに包まれた。今まで目の前に居た筈のオニキスが、突如と消え去り、どこにも居ないのである。
「消えた…だと?」
剣を振った態勢のまま、迅がこう言った瞬間である。
「こっちだよ。」
と、迅と天音の足元から声が響いた。足元と言う事は、伏せて攻撃を回避したオニキスと思われるが、先ほどまでのどちらかと言うと高めだが、低音も混ざった大人びた声では無く、少年か少女か分からない音程の声である。
「?!」
天音と迅が足元を見ると、そこには一人の少年が居た。天音のように長い髪が特徴だが、その髪の色は先ほどまで居たオニキスと同じ、綺麗な銀色をしていた。
「それぇ!!」
少年は姿勢を低くした態勢で足を伸ばすと、横に一回転して見せた。結果、彼の回転と同時に迅と天音の脚は払われ、彼らの体は宙に浮いた。
「おりゃぁぁぁ!!」
その後、少年は姿勢を高くすると、両者の頭を片手で掴み、少年の腕とは思えないレベルの腕力を発揮して、彼らの体を遠くへと投げ飛ばしてしまった。
「うわぁぁ!!」
「ぐっ!!」
投げられた二人は、遠くまで飛ばされながらも空中で姿勢を整えると、怪我が無いように上手く着地した。
「天音、大丈夫?」
「迅、大丈夫ですか?」
千歳、雫の両者が二人に駆け寄ると、二人で自分たちを投げた張本人の居る方向を見る迅と天音は、彼の顔を見てこう言った。
「アイツ、やっぱり俺達が会った奴だ。」
少年の顔を改めて見た時、天音と迅は思い出したのだ、自分たちはあの少年に「聖獣を奴隷のように使う」と言われ、綾小路源達の事を敵と勘違いしてしまったのだ。最終的には誤解が解け、同じ聖獣との契約でも、世界によって方式に違いがあると認識出来たから良かった。
だが、オニキスは確かにこう言っていた。
「折角目的達成の足掛かりにしようと彼方此方回って色々仕組んだのに、すぐに仲良くなっちゃって。」
この言葉の通りなら、オニキスは源達は勿論、自分たちにも何らかの形で介入している筈なのである。
(もしかして……)
考える中、迅は一つの仮説を思いつき、立ち上がりながら少年に訊いた。
「お前、もしかしてオニキスか?」
「そうだよ~。」
すると、少年は隠す事も驚くことも無く、隠すつもりも無いのか自然にこう答えた。確かに彼の見た目は、女性の姿のオニキスを小さくし、尚且つ少年の凛々しさを追加したような顔立ちをしている。
その姿を実際に見て居る神司達は、心の中でこう思った。
(源に、似ている?)
彼の顔立ちは、表情や髪形等で見分けにくいが、どこか源を思わせる形をしている。しかし、どのように考えてもその理由は分からない。仮に聞いても、彼は答えてくれないだろう。女性の姿の時に源に質問され、彼はこう言った。
「訊いて答えると思う? 特に貴方には。」
こちらも同じく理由は不明だが、彼は源に対し何らかの因縁を持っていると思われる。もしかすると、その因縁が何なのか分かれば、彼が源に似た容姿なのも分かるのでは無いか。神司達が一様にこう思った時である。
直樹と一緒に攻撃するも失敗し、二人で頭をぶつけてしまった雷花は、フラフラする頭を押さえながら、オニキスに言った。
「つまり、それが貴方の本当の姿……」
この言葉に、オニキスはこう答えた。
「どうだろ、さっきの女の人が正体かもしれないし、もっと違う姿かもよ。と言っても、俺のちゃんとした姿は自分にも分からない。こんな事も出来ちゃうから。」
そして、指を一回パチンと鳴らすと、その姿を劇的に変化させて見せた。頭に緊箍児を模した輪っかを装備し、その輪で有名な「孫悟空」の代名詞の一つとも言える「如意棒」を模した如意金箍棒を持った青年。どこからどう見ても「浅木恭弥」にしか見えない姿になったのだ。
「じゃーん、どうかな?」
しかし、口調自体は真似られないのか、言葉遣いはオニキスと変わらない。
「そんなの、ただ似た姿に変身しただけでしょう。」
「恭弥になりすますなんて……」
オニキスの変化を見て、千歳はどこからともなく大量のダイナマイトを取り出し、雷花はトールハンマーと自身の体に大量の電流を流れさせ始めた。
「Blast!!!」
そして、千歳は大量のダイナマイト全てに火を灯すと、恭弥に化けたオニキスに投げつけ、
「轟雷爆散、ライトニング・ブラスター」
雷花は自身の周囲に電流の玉を発生させると、それを一斉に恭弥に化けたオニキスに放った。
その結果、大量のダイナマイトと電流の玉は恭弥に化けたオニキスの前でぶつかり合い、周囲に電流を伴った大爆発を発生させた。
「ギャァァァァァ!!!!!」
当然爆発の中からは、断末魔の如き叫びが響いてきた。
「やったよ雷花、一矢を報いるどころか、勝っちゃったかも。」
そんな中、千歳が雷花の方を見ながらこう言った瞬間である。
「千歳ぇぇぇ!!!」
爆風の中から、怒号が響いてきた。見ると、激しい爆発の中でも恭弥に化けたオニキスは無事で、千歳に対して怒鳴っている。
「いくら何でも、味方を爆撃するんじゃねえ!雷花も乗せられるな!!」
黒こげになりながら叫ぶ恭弥に化けた敵に、千歳は「清嵐九尾」を突きつけながら言った。それに合わせて雷花も、全身に電流を纏わせた状態でハンマーを構え、彼に近づいた。
「最後に物まねが上手くなって良かったね。」
「お、おい待て、いくら何でも至近距離で銃を撃たれたら命がねえだろ!!って言うか雷花も、何で気が付かないんだよ。」
銃を突きつける千歳と、敵意をむき出しにする雷花に、恭弥に化けた敵はこう言った。
その様子を見ながら、源は疑問に思った。
「おかしい。」
(と言うか、何であんなバレバレな変身を……?)
そう思いながら、オニキスがモデルに使った筈の恭弥の様子はどうかと確認した時、彼は有る光景を目にした。
「そういう事か!!」
その光景で、オニキスが何をしたのかを理解した源は、その光景の現場に向かって行った。
千歳と雷花に爆撃され、今まさに止めを刺されそうになっている恭弥に化けたオニキスの姿を見ながら、恭弥はゆっくりと歩きだした。向かう先は、偽物に銃を突きつけている千歳と、その隣の雷花の元である。ある程度の距離まで近づき、彼が一瞬だけニヤリとした瞬間である。
「何をするつもりだ?偽物?」
と声を掛けられ、強い力で腕を掴まれた。その手には、何故か巨大な氷の針が握られている。
「やっぱり、すぐに気が付かれるか。」
恭弥は自分の手を掴んだ張本人を見ると、ため息を付きながら言った。彼の手を掴んだのは源であり、目の前には斬馬刀とブレードを突き立てる小雪と薫、背後にはナイフを突き立てる直葉、小雪と薫の後ろには、棍棒と槍でバッテンを作り、誰も通れないようにしている江美と修が居た。その間から、博明がライフルを構えている。そしてその周囲を、オニキスの傍に居る面子の聖獣たちが固めている。
この状況に、挽回のチャンスが無いと判断した恭弥?は、手にしていた氷の針を捨てると、指を一回パチンと鳴らした。
「でもまあ、良く分かったね。」
恭弥の姿から、少年オニキスの姿に変化したオニキスは、源達にこう言った。
「おーい、鳴神さん、天堂さん、こっち見てー!!」
源は最初に、今だに恭弥(本物)に銃を突きつける千歳と、今にもハンマーで殴りかかりそうな雷花にこう言うと、自分たちが正体を看破出来た理由を説明した。
「簡単な話。本来のアンタなら、あの程度の攻撃くらいは簡単に止めた上に、数倍返しで反撃する事も出来た筈だ。でも、あっちの浅木さんはそれをしなかった。となると、想像も出来ない可能性だけど答えは一つ、化けた相手とモデルが入れ替わった。」
「まさか、化けた相手とモデルが入れ替わるなんて、想像も出来なかったけど。」
源の一言に、小雪がこう言うと、
「余計な知識が無い分だけ、思考は柔軟と言う事か。」
オニキスはこう言って、自身の霊力を高め始めた。
「でも、俺に近寄りすぎたのは少し早計だったね。小雪、江美、薫、博明……」
「?!!」
オニキスの一言と行動に、その場に居る面々は驚いた。自分にも影響が出そうな距離で技を出そうとするのは勿論、彼が少なくとも四人、神司部のメンバーとその仲間達の名前を知っていると言う事だ。彼は神司部と冒険部のメンバーの間でイザコザが起こるようにする為、化けた姿で自分たちに介入して来た。しかし、冒険部のメンバーと合流した後に自己紹介はしたが、オニキスはその場に居なかった筈である。
(! まさか!!)
この時、他の聖獣と共にオニキスを包囲していたドラグーンは、オニキスの発する霊力を感じ取りながら、ある仮説に思い至った。到底信じられる事では無いが、そう考えれば源に拘りがあった理由、彼の仲間の名前を知っていた理由も、説明が付けられる。
(これを源に……いや!)
ドラグーンは自身の仮説が今後のオニキス攻略に役立つと判断し、すぐに源にその事を伝えようとした。しかし、途中で有る事を思い直し、
「おい、江美、訊いてくれ!奴の正体は………」
神司部の部長である江美に、その事を伝えようとした。ドラグーンが正体の名前を言おうとした瞬間、
「真夏の氷点下!!」
オニキスは全身から激しい冷気を迸らせて、周囲を囲っていた神司部のメンバーを、人間も聖獣も一人残らず吹き飛ばした。
「あれ、じゃあ、あれは……?」
「これだろ。」
「正解、本物みたいね。」
その頃、オニキスに化けられた事で大変な目にあった恭弥は、雷花の質問攻めの後、ようやく本人であると千歳に認められた。
「まさか、本当に恭弥だったなんて……」
「……何年お前と友人やってたと思っているんだ?」
千歳の一言に、恭弥がこう言った瞬間である。
「真夏の氷点下!!」
オニキスの声が響くと同時に、物凄い突風と共に冷気が吹きすさび、周囲の人間に襲い掛かった。
「!!」
「キャア!!」
「な、何だ?」
雷花、千歳、恭弥が同時にこう叫び、防御の態勢を取って突風と冷気に耐えていると、
「ウワァァァ!!!」
突風によって大きく吹っ飛ばされた神司部のメンバーが、周囲に落下した。幸い、地面は雪に覆われていた為に怪我は無かったが、精神的にはかなりの消耗をしているだろう。
「だ、大丈夫………」
突風と冷気に耐えながら、三人は自身の近くに落下した江美に近寄った。それぞれ違う方向に吹っ飛ばされたメンバーの元には、オニキスの近くに居なかった彩妃、祐介、直樹と、冒険部の他のメンバーがそれぞれ近寄って行ったので、恭弥たちは自分の近くを優先する事にした。
恭弥たちは慎重に近づいて行き、江美の近くにたどり着いた。その頃には技の発動が終了したためか、突風と冷気は納まっていた。
「くぅ……」
江美と共に吹っ飛ばされたアーケロンドが起き上がり、江美を助け起こした。
「す、凄い技だったけど、どうしたの?」
千歳が江美にこう訊くと、江美は体が冷えている影響で上手く喋れないのか、何も答えない。アーケロンドは自身の熱で江美を温めると、彼女に訊いた。
「そういえば、さっきドラグーンが何か言っていたよな。オニキスの正体がどうとか……」
「ええ?!!」
アーケロンドの言葉に、千歳と恭弥、雷花は同時に驚いた。驚愕し、疑問符を浮かべる面々を尻目に、江美はアーケロンドに手伝ってもらって何とか立ち上がると、こう言った。
「オニキス……違う、何で他でも無い私たちが、その事に気が付けなかったのかな……?」
「?」
江美の言葉に、オニキスも他の面々と同様に疑問符を浮かべると、江美は更に続けた。
「ドラグーンが言っていたんだよ。これまでの貴方の動きと言動、そして発する霊力の波長を感じ取れば、自分たちがその正体を間違える事はまず無いと、貴方の本当の……私たちに呼ばれるべき名前は………」
江美はここで一旦言葉を切ると、一息ついてこう言った。
「それは、綾小路源!!」
江美の発した一言を受けて、場はしばらく沈黙に包まれたが、やがてその沈黙を破る者
が現れた。
「綾小路………源か……いつぶりかな、その名前で自分の事を呼ばれるなんて……」
「あ、あの、どういう事ですか?この場に綾小路源が居る中で、貴方もまた綾小路源と言うのは?」
まるで昔を懐かしむような口調のオニキスに、オニキスと一緒にこの場に現れた女性がこう訊くと、オニキスは説明した。
「彼女の言う通り、俺が聖獣になる前の名前が綾小路源。言うなれば、俺の過去の姿があの少年と言う事だ。」
そしてオニキスは、座り込んでいる源を指差した。
「え、僕の未来?」
源が驚くと、ドラグーンはこう呟いた。
「やはりな。」
そして、
「だが、何で綾小路源ともあろう人間が、世界を如何こうしようと考えているんだ?アンタは今も昔も、世界に対して不満なんて無かったはずだ!!」
と、オニキスに対して訊いた。この問いに、
「ドラグーン、全然変わらないな。そうやって自身の主を馬鹿正直に信頼して、欠片も疑おうとしないなんて。」
オニキスはこう言って、問いに付いてこう言った。
「確かに、この時代の綾小路源に不満は無いだろうよ。でも、このまま時間が経つと同時に力を付け、現れる全ての敵を倒した綾小路源ならどうだ?」
「?」
皆が疑問符を浮かべると、
「確かに、綾小路源はこれから現れる全ての敵を倒すよ。この点については保障する。でもさ、結局はその程度の事なんだよ。他の神司や聖獣達、世界が綾小路源に求めて成させた事なんて。奴らに出来たのは、ただ一人の人間に期待を押し付けて、ほったらかしただけの事。一体世界中の人間は何時からここまで無責任になったんだろうな?」
と、オニキスは言った。
「世界中の人間はさ、自分たちに都合よく世界が変わる事を期待して、たった一人の英雄に全てを押し付け、期待外れと分かると掌を返して非難したんだ。それは何時の時代も何も変わらない。だったら、俺がまだ生きている時代で世界を変えてやる!」
そして自身の持つ霊力を高めると、今までの少年の姿で狐耳と九本の尾を持つ状態から、全身の肌の上に赤い隈取が現れた姿になった。
「キャア!オニキス様が本気に!これで奴らも一瞬の内に………!!」
安全な場所で様子を見て居た女性は、オニキスの様子を見ながらこう言った。まだ言おうとした事はあるようだが、それを発言する事は叶わなかった。
「お前、さっきからずっと思っていたけど、邪魔!!」
神司達の中で、オニキスの攻撃を受けなかった直樹、彩妃、祐介に大量の雪玉を投げつけられ、雪まみれになって倒れてしまったからだ。
「プハッ!!こんのぉ、小悪魔とはいえ仮にもグレモリーに向かって、人間如きが何て言葉づかいを!!こうなったら………!!」
倒れた女性の姿の小悪魔「グレモリー」はこう言って、悪魔の力で特殊な術を発動させようとしたのだろう。自らの霊力を解放しようとしたが、
「フッフッフ。」
「………(ニヤリ)」
「ククク。」
今まで他の場所で待機していたが、悪い笑みを浮かべながら現れたフレアノドン、イスフィール、ハイドラに囲まれた。
「え、え? あの、何ですか? 何でそんな悪い笑みを?」
グレモリーが警戒しながらこう言うと、悪い笑みを浮かべるイスフィールは彼女の耳にヘッドフォンを装着させると、ある装置のスイッチを入れた。
「さしずめ、怪音波で私を参らせようと言う魂胆ですか? 残念ですが、序列は低いけれども一応は悪魔。そう簡単に屈しません……」
グレモリー自身、我慢強さには定評があったのでこう言ったが、流れる音の本当の恐ろしさを理解していなかった。
「貴女と一緒の事を言った存在は数知れず。だが、彼らは皆一様に根をあげたわ。」
イスフィールがこう言うと同時に、音がヘッドフォンより流れ始めた。それは歌であり、歌詞やメロディは素晴らしいのだが、ただ一つの問題で台無しになっていた。歌い手の声が酷いのだ。
「それは私の主、彩妃の歌ですわ。あの方はギターの演奏はプロも舌を巻くほどに上手いのですけど、歌は何をどうしてもダメなのです。」
イスフィールは一応説明を行ったが、グレモリーは一言も聞いていなかった。耳を通して全身に伝わる不快感に襲われ、自身の意識を保つのに精いっぱいだったからだ。
(地獄の拷問でもここまでの怪音波は出し得ない。まさか、歌い手は………)
グレモリーがこう思った瞬間、彼女の意識は限界に達し、気を失った。
一方、本気の状態になったオニキスはと言うと、
「さっき会った魔女のお姉さんにも言ったけど、悪いようにはしないから帰りなさい。」
自身の全身より冷気を迸らせ、源や天音達を威嚇した。彼の行動に、源達は警戒心を高めるだけに留まったが、魔女のお姉さんと言う言葉に、天音達は、
「まさか、アリス先生を………」
皆一様にこう呟くと、
「アリス先生の事か!!」
天音はこう叫び、自身の武器である鳳凰剣零式に炎を纏わせると、それを鳳凰を模った形にして放った。
「焔翔鳳凰穿!!」
迫る巨大な炎の鳥を前にして、オニキスは驚くべき行動を取った。回避するのではなく、攻撃そのものを氷で包んだのだ。この結果、炎が勝てば氷が溶け、氷が勝てば攻撃は消滅する筈だが、実際の結果は驚くべきものだった。炎が燃え盛った状態で、氷に包まれているのだ。
「炎を……凍らせるだと?」
信じられない、その思いを抱きながら皆がその光景を見る中、オニキスはこう言った。
「俺の持つ属性は氷であって、氷では無い。これらは全て、俺が自らの力で辺り一帯に歪みを与える事で可能になっている事だ。」
「歪み……」
オニキスの一言で、戦いの前にアテナの話を聞いたメンバーは、一様にこう思った。彼こそが、この世界に入り込んだ歪みの正体であると。
「お前は分かっているのか?お前の存在が世界さえも歪ませていると!!」
アーケロンドがオニキスにこう言うと、
「だったら俺が新しい秩序を作れば良いだけの事。」
オニキスはこう返して、指を一回パチンと鳴らした。その瞬間、皆を包囲するようにして、大量の氷柱が大量に現れた。縫い針の如く鋭く尖った先端は全て内側に向けられているので、これを用いて串刺しにするつもりだろう。
「じゃあさようなら。来世で会いましょう。」
逃げ場を失った源や天音達に無慈悲にこう言い放ったオニキスは、指を一回ならした。その結果、次々と氷柱が弾丸の如き速度で放たれ、彼らに襲い掛かった。
「!!」
この時、皆は一様に逃げ場を失っていたので、死を覚悟していた。
結論から言って、彼らは死ななかった。攻撃が決まるその瞬間に、どこから突如水の壁がそそり立ち、氷柱を受け止めると同時に凍りつくことで氷柱を拘束し、後から飛んできた氷柱を阻んだのだ。
「? な、何だ?」
源がこう言うと、凍りついた壁は一気に瓦解し、壁を作った張本人が現れた。全身に青い鎧とドレスを合わせた装備を身に着け、藍色の大剣「アナクルーズモス」を装備した女性の姿をした、水の始祖ウンディーネが現れた。
「無事でしたか?」
ウンディーネがこう言うと、天音達は一様にこう思った。
(助かったんだ)
しかし、その次に見た光景で、一様に驚きに包まれる事となった。
「!!」
源は聖装の大剣を振り上げると、それでウンディーネを思いっきりぶん殴ったのだ。
「今までどこに行っていたんですか?!貴女はこちら側の切り札だったんですよ!!」
源が文句を言うと、ウンディーネはこう言った。
「そ、それは……仲間を呼びに………」
その瞬間、辺りに強力な霊力が充満し、二つの存在が現れた。一体は背中に巨大な翼を持ち、巨大な爪や尾を持つ大型の赤いドラゴン型の聖獣「竜皇バロン・サムディ」 もう一体は、白いワンピースを着た長い黒髪が特徴の少女の姿を取り、腰に細剣を装備した妖精族の聖獣「妖精女皇ミステリア」である。
「竜皇に妖精女皇!!」
彼らの事を知っている源達は、一様に驚いた。
(凄い奴らなのか?)
彼らの事を知らない天音達は、心でこう思ったが、今それを言っては話がおかしくなりそうなので、あえて黙っておいた。戦いが終われば、源達に説明を求めれば良いだろうと考えて。
一方、現れた竜皇ことバロン・サムディは、ウンディーネにこう訊いた。
「集まったのは、たったこれだけですか?」
この問いに、ウンディーネはこう答えた。
「サラマンダ―、シルフ、ノームは今も世界の彼方此方で歪みと戦っている。獣皇、巨人皇、恐竜皇、昆虫皇は既にオニキスの手により倒されていたわ。私と真面に顔を合わせて協力の約束が出来たのは貴方達だけ。機械皇と植物女皇は、何処かに行ったんだって。」
「どっか行ったって、この緊急事態に?」
ミステリアが呆れると、ウンディーネは源達と天音達にこう言った。
「今からは奴は私たちで相手をします。貴方達は安全な場所まで下がって傷を癒し、奴を倒せる方法を模索して下さい。」
「模索しろって………」
ウンディーネの言葉に、ドラグーンは口ごもった。彼は三人の皇の力であれば、オニキスを止める事は叶うだろうと考えているのだが、ミステリアは驚くべき事を言った。
「あえて言っておきますけど、奴の戦闘力レベルは見立てによると、軽く8000を超えているようです。」
この言葉に、源達は言葉を失った。戦闘力レベル8000はウンディーネのような、始祖の肩書を持つ聖獣の専売特許とも言える力を表す値で、人が何も特別な事をしないで接する事の出来る聖獣の、最強クラスの強さと言っても過言では無い。それでありながらオニキスは、基礎能力だけではその始祖を軽く上回っていると言うのである。
「悪いけど、なるべく早く頼むぜ。」
バロン・サムディはこう言い残すと、翼を広げて飛び立った。それに合わせて、ミステリアは腰の細剣を抜き、ウンディーネは改めてアナクルーズモスを構えて、オニキスに向かって行った。
「…………」
オニキスはその様子を黙ったまま見届けると、自らも迎撃の構えを取った。
そして、皆で集まって傷の治療と作戦会議を行う事になった冒険部と神司部の面々は、それぞれの思う事を話しあった。その結果、オニキスの化ける能力を何とかする為には、乱戦では無く一騎打ちで行った方が良いと言う事が分かったが、肝心の攻略方法は何一つ分からなかった。
「確かに問題ですわね。ここに居るメンバーは誰一人として、基礎能力では彼の足元にさえ及ばない。」
雫がこう言って、皆が考えを出し尽くした事で黙っていると、源は有る考えに行き付き、皆にこう言った。
「ただ一つだけど、可能性はあるよ! 白蓮とメタルドラグーンを融合させれば………」




