第七話 天蝎竜と金牛竜
今回のエピソードには、アーティファクト・ギアのキャラ(特に御剣迅)に独自の設定があります。
天道さん、すいません。
また違う場所で、ムシュフシュと戦う浅木恭弥と孫江美。彼らは今、一つの出来事に遭遇していた。
「な、何だと?」
恭弥と契約し、アーティファクト・ギアの中にいる「斉天大聖・闘戦勝仏」こと「孫悟空」は、目の前で起こっている事に驚きを隠せないでいた。江美のパートナーである「アーケロンド」の頭が、ムシュフシュの口の中に入ってしまったのだが、次の瞬間、ムシュフシュが口からアーケロンドを吐き出すと、その場所にあるべきもの、アーケロンドの頭部が無かったのだ。
「ギャァァァ!!」
まるでお化け屋敷でお化けに出会った人のように、恭弥は思わず絶叫し、
「う、嘘、でしょ。」
江美は力を失いながらこうつぶやくと、
「嫌ぁぁぁぁぁ!!アーケロンドが魔法少女のように!!?」
と、叫んだ。
なぜこんな事になっているのか、それは時を少し遡る。
異世界での戦いで、ムシュフシュと再戦する事となった浅木恭弥は、冒険部の部長である自分と同じく、新司部で部長をしていると言う江美とコンビを組んで戦う事になった。
「行くぜ悟空、契約執行!!」
彼がアーティファクト・ギアの契約媒体である、富士山で手に入る金剛棒を取り出しこう叫ぶと、契約している聖獣孫悟空は光の粒子となって金剛棒の中に入り「如意金箍棒」となった。孫悟空の武器である如意棒を模した形状をしており、如意棒同様に伸ばしたりする事も出来る。
「じゃあ、私も!」
恭弥の準備が済むと同時に、江美もどこからか聖装の偽装形態であるシャープペンを取り出し、それを装具形態である棍棒の形にすると、一枚のカードを取り出して付いている溝にスキャンさせた。
「燃え上がれ私の相棒!!灼熱亀アーケロンド!!」
「我の力は大地の鼓動、灼熱亀アーケロンド、出陣!!」
江美が決め台詞を言うと、どこからか赤い霊力が周囲より集まり、地面の中に注ぎ込まれると同時に地面から炎となって噴き出した。その炎の中を、まるで怪獣が歩くようにして赤い二足歩行のワニガメを思わせる姿の獣族聖獣が現れ、江美と同様に決め台詞を言った。
両者の準備が整うと、今まで少し離れた場所で様子を見ていたムシュフシュは、彼らにこう言った。
「準備は出来たのか?それじゃあ、始めようか。」
そして、牽制の意味もこもっているのか、手始めに口から火炎放射を放った。鉄さえも溶かしかねない熱量を誇るムシュフシュの火炎を、両者はそれぞれ違う方向に飛んで回避した。
「技カード、発動!!」
回避後体制を整えると、反撃の意味も込めて江美は一枚の技カードを読み込んだ。カードには、炎属性を持つ聖獣が炎を纏った拳を打ち出す絵が描かれている。
「ヒートフィスト!!」
読み込まれた技カードの指示を受け取ったアーケロンドは、絵の通り右腕に炎を纏わせると、技名を叫んでムシュフシュに打ち込んだ。アーケロンドは神司部に所属している聖獣の中でも、1,2を争う怪力を持っている。その腕力から放たれるパンチに、炎属性の力も付加されているので、命中した時の威力は計り知れないだろう。
対するムシュフシュは、肩から生えている蠍の鋏を交差させて、アーケロンドのパンチを受け止めた。その際、金属同士が激しくぶつかりあうような音が響き、彼らの立つ地面が衝撃で瓦解したので、かなりの威力が出ている事が分かった。攻撃を受け止めたムシュフシュも平気そうに立っているので、彼の防御力も計り知れない。
「俺も行くぜ、どりゃあ!!」
一方、少し遅れて飛び出した恭弥も如意金箍棒を構えると、横からムシュフシュに殴りかかろうとした。しかし、
「そうは行くか!!」
ムシュフシュは先端に毒針の付いた尾を巧みに用いて、恭弥の攻撃を止めた。
(前はこいつにやられたんだ。今度はそうは行かないように……)
恭弥は自分たちの世界でムシュフシュと戦った時の事を思い出し、恭弥は如意金箍棒をひいて、一旦後ろに下がった。
一方、ムシュフシュの鋏を殴りつけたアーケロンドは、自分の手でムシュフシュの鋏を掴み、防御のために交差しているそれを無理やり広げた。
「ファイヤーボール!!」
その様子を見た江美は、炎属性の聖獣が口から火炎の球を吐き出す技「ファイヤーボール」のカードをスキャンさせた。それと同時に、アーケロンドは口に炎属性の霊力を収束させ、炎の球体を作り上げた。それを、ムシュフシュに対して吐き出そうとした、まさにその瞬間である。
ムシュフシュは口を大きく開けると、アーケロンドの頭部を口の中に突っ込んでしまった。
「え?」
突然の事と行動に、思わず恭弥は驚き、
「あ、アーケロンドが食べられた!!?」
江美はこう叫んだ。
一方のアーケロンドは、咥えられた頭部の下にある体で盛大に暴れると、両手でムシュフシュの顔を掴み、無理やり自分の頭から引き離した。これにより、ムシュフシュが彼を吐き出した事でアーケロンドの体は離れたが、その後の彼を見た瞬間、江美、恭弥、孫悟空は揃って驚きに包まれ、言葉を失った。
「な、何だと?」
孫悟空は、驚きの中この一言を口から絞り出し、
「ギャァァァ!!」
恭弥は事態を理解するや否や、絶叫し、
「嫌ぁぁぁぁぁ!!アーケロンドが魔法少女のように!!?」
江美は思わず、こう叫んだ。
「魔法少女?何の話だ?」
対するムシュフシュは、江美の一言に出てきた一つの単語に疑問を覚えていた。彼が認識する魔法少女と言うのは、魔法のアイテムでキラキラしながら変身し、女の子の願いを叶えて周る存在である。その魔法少女が、頭だけ無くなると言う事態に縁があるのか、と。
「くそっ、アーケロンド、仇は取るぞ!!」
恭弥は再び如意金箍棒を構え、あまりのショックに膝をついてしまった江美にこう言った。この一言で、江美は聖装の棍棒を強く握りなおすと、それを杖変わりに用いて立ち上がり、こう言った。
「そうね、アーケロンドの弔い合戦にしましょう!!」
そうして、三人が再び闘志を燃やし始めた、まさにその瞬間である。
「勝手に殺すな!!」
と、首を失ったアーケロンドが叫んだ。
「え?え?」
孫悟空は、如意金箍棒の中で信じられないと目を見張り、
「な、何でだ?首が無いのに?」
恭弥も、孫悟空と同じように驚き、
「キャァァァ!!アーケロンドがゾンビになっちゃった!!」
江美はこう叫んだ。
対するアーケロンドは、
「いや、別に死んで無いから。」
と言うと、今まで無くなったと思われていた首を、甲羅の中より出して見せた。彼はムシュフシュに咥えられそうになったまさにその瞬間、口に含んでいた火炎の球をムシュフシュの口の中に吐き出し、その推進力で顔を大急ぎで甲羅の中に収納し、頭部がムシュフシュの口の中に入らないようにしたのである。その際暴れたのは、ムシュフシュの牙が甲羅に引っかかってしまった為、それを外そうとしていたのだと言う。
「そうだったんだ、壮大に驚いて損した。」
アーケロンドの解説を聞いて、今まで驚いていた江美、恭弥、孫悟空は揃ってこう言った。
「それ、どういう意味だよ?!」
アーケロンドは思わず、三者に対しこう言って詰め寄った。
その頃、彼らの話が終わるのを律儀に待っていた、ムシュフシュはと言うと、
「あのさぁ、話はあとどれくらいで終わる?」
待つと言う行動に痺れを切らしたのか、彼らに対しこう訊いた。この問いに、二人と二体を代表し、アーケロンドがこう言った。
「別に終わるのを待つ必要はないだろ。好きなタイミングで攻撃を仕掛ければ良いのに。」
彼の最もな答えに、ムシュフシュはこう言い返した。
「確かに、隙だらけなお前たちを攻め倒すのは簡単だよ。でも、そうする事に意味は無い。なぜなら、俺の勝ちは既に決まっている。」
「?」
この言葉に、恭弥と孫悟空、そして江美が揃って疑問を覚えた瞬間である。恭弥と江美は、突然めまいに襲われた。江美はこの時、何が起こっているのかを理解出来なかったが、一度ムシュフシュと交戦した経験のある恭弥は、自身に何が起こっているのかをすぐに理解し、自身の周りを素早く見回してこう言った。
「手前、まさか毒を?」
恭弥が周りを見回すと、彼らを囲い込むようにして濃い紫の液体が地面に落ちており、少しずつではあるが蒸発していた。
ムシュフシュは恭弥たちが会話している時に、こっそりと自分の尾から毒液を発射し、四者を囲い込むようにして落としたのだ。そのため、落ちた毒は少しずつ気化していき、会話をしていた恭弥と江美は、知らず知らずのうちにそれを吸い込んでいたのだ。
毒を吸って気分を悪くしているという事で、孫悟空は恭弥の事を心配したが、一方のアーケロンドは、江美を一瞬だけ一瞥すると、ムシュフシュに対しこう言った。
「何を言ってるんだか?お前は自分の勝ちを確信したが為に、自ら墓穴を掘った事になるんだぜ。」
「?」
アーケロンドの言葉の意味が分からない、その場にいる面々が揃って疑問符を浮かべると、アーケロンドは説明すると言いだし、自分の言葉の意味を解説した。
「確かに毒液を口に入れるより、気化させて吸い込ませる方が、試みがばれる事は少なくなるよ。でも、真冬のような今の気温を考えると、致死量に至るまでの毒が気化するまでの時間はかなりの物となる。もし完全決着を試みるなら、毒なんて使わないでその尾で串刺しにする方が早い。なのに、お前はそれをしなかった。それはつまり……」
「つまり……」
皆が次の言葉を待つと、アーケロンドはどこかの弁護士のように鋭く指を突出し、こう言った。
「お前は既に、形はどうあれ運動による攻撃を行えない状態にあるという事だ!!」
「は?」
アーケロンドの言葉に、江美、恭弥、孫悟空が同時に疑問符を浮かべると、肝心のムシュフシュの方は、こう言った。
「な、何故分かった!?」
(え、当たってる?)
驚いているムシュフシュを見た江美たちがこう思うと、何故その事が分かっているのか、アーケロンドは理由を説明した。
「お前さんの火炎は、自身の体内の毒袋で作り出された毒を燃やす事で、通常より強力な熱量を発するようになっている。そんな時に、外部から体内に熱量が送られたらどうなるか……」
「そうか、毒は熱処理、つまり燃やせば効果を失う為、全身に毒が流れる奴の体は今、内側から燃やされるかのような熱に支配されている。」
アーケロンドの言いたいことを理解し、恭弥がこう言うと、アーケロンドは更に続けた。
「そして、毒を使ったのも誤算だった。毒袋が熱で機能しなくなった今、お前の体内で毒を生成する事は出来ない。残った毒もさっきので使った今、お前の毒針は怖くない!」
「もう何も怖くないって、そうしたらまた頭を噛まれるよ。」
アーケロンドの言葉に、何を思ったのか江美がこう言うと、アーケロンドの言った症状が体内で悪化したのか、少しふらつきながらムシュフシュはこう言った。
「確かに、体の中が燃えているように熱いさ。全部アーケロンドの言うとおり。だが、俺も伊達や酔狂でドラゴンをやっている訳じゃないんだ!!」
そして、再び口を大きく開くと、そこに先ほど吐き出した火炎の時とは比べものにならないレベルの熱量を誇るエネルギーを収束させ始めた。この一撃を、この戦いの最後にして最大の一撃にするつもりのようである。
「恭弥、しっかりしろ!!今が決め時だぞ!!」
その様子を見て、如意金箍棒の中の孫悟空は、恭弥を叱咤した。それを受けて、眩暈を起こしていた恭弥は、頭を振って眩暈を振り払うと、江美が彼に言った。
「まずは障害を無くし、体を張ってチャンスを作ります!」
そして、聖装を構えて二枚の技カードを取り出すと、その中の一枚のカードをスキャンさせた。
「フレアスピン!!」
それと同時に、アーケロンドは技名を叫ぶと同時に高くジャンプし、頭と両手両足を甲羅の中に収納し、そこから大量の炎を吹き出しながら回転し、炎の竜巻を作りながら上昇を始めた。それにより、恭弥や江美を囲い込むようにして落ちていた毒液は、炎に巻き上げられて吹き飛ばされ、毒としての成分は焼き尽くされてしまった為に、何の効果もない液体となって落ちてきた。
アーケロンドが丁度良い高さまで飛び上がると、江美は手元に残っている最後の一枚をスキャンした。
「メテオインパクト!!」
その結果、今まで炎を纏った状態でとてつもない大回転していたアーケロンドは、さらなる炎に包まれ、さながら「大気圏突入中の隕石」のようになって、ムシュフシュめがけて落下していった。
「舐めるな!!」
対するムシュフシュも、エネルギーの充填が完了したという事で、口に含んだ大量の火炎を一気に吐き出し、アーケロンドにぶつけた。その結果、二つの炎がぶつかり合った事で、真冬並みだった外気は一気に、真夏の猛暑日当然の気温へと変化した。
「亀の一匹くらい、吹き飛ばして……」
火炎を吐きながらムシュフシュはこう言ったが、この時思い出してしまった、今この場に居るのは、アーケロンドだけでは無いという事を、
「アーティファクト・フォース!!」
恭弥は聖獣と自身の力を完全に同調させる事で、如意金箍棒の力を一時的に強化すると、必殺技の「ギアーズ・ブレイク」を発動させた。その結果、如意金箍棒はとにかく長く伸びていき、更にはまるで樹齢数百年の大木が如き太さへと変化した。
「喰らえ!! 必殺、天地一閃!!」
この技は本来、変化した如意棒を上から振り下ろす技であるが、今回はアーケロンドが居るという事で、下から上に振り上げた。その結果、ムシュフシュは隙だらけとなっていた腹部に如意金箍棒の一撃をもろに受けた事で、火炎放射を止められたばかりでなく、上空高くへと吹っ飛ばされた。そして、ある高さまで来た瞬間、メテオインパクトを発動させたアーケロンドが迫り、激突と同時に大爆発を起こした。
この一撃で、ムシュフシュは黒焦げになると同時に大きく吹っ飛ばされて地面に激突し、一方のアーケロンドは空中で上手く体制を立て直しながら、華麗な動きで地面に降り立った。
「やったぜ!!」
勝利を確信した恭弥が、江美の方を見た瞬間である。彼はある光景を目にして、驚きの余り言葉を失った。
「あ、暑い……」
夏用制服を着ており、外気が寒かった所を急激に熱くしたこともあり、恭弥は平気であるが、元から防寒着を着用していた江美には、今の気温は堪えるようで、上着から順に着ている物を脱いでいくと、汗だくになっているT-シャツと下着を脱いだ。
「?!!」
恭弥は慌てて目を逸らし、一瞬だけ見てしまった小学生にしては割と大きかった、江美の胸の映像を記憶に残すべきか考えていた。すると、江美が彼に声をかけた。
「あの、これ持っていて下さい。」
彼女が恭弥に渡そうとしたのは、T-シャツと下着を除いた、彼女が身に着けていた服である。なぜなら、
「これから服を絞るのだけど、両腕は塞がってる。だからと言って、雪解け水で一杯の地面に置くわけには行かない。」
とのことである。ちなみに、何故アーケロンドを頼らないかと言うと、
「さっき全身に炎を纏ったので、服を持たせると服が燃える。」
と言う理由があるらしいが、恭弥としてはいい迷惑な話であった。
彼らの戦いが行われていた頃、違う場所に移動して「ミノス・ドラゴニス」と戦う事になった御剣迅と、名倉小雪はと言うと、
「俺が戦う、だからお前は……」
迅は武器である盾を取り出し、自身の契約聖獣である、純白の翼と体毛を持つ「ペガサス」のクラウドと契約を執行し、自身のアーティファクト・ギアである「イージス・オブ・ペガサス」を生み出し、小雪の前に立ってこう言った。
しかし小雪は、
「侮らないで。」
一言こう言って、迅の前に出ると、服の中から刃物のような形状のペンダントを取り出し、自身の聖装の形状である「斬馬刀」へと変化させた。その後、どこからか取り出したカードを、刀身に付いているセンサーに触れさせた。
「その心体、心凍冷却、冷たき息吹と未知なる力、我が朋ビッグフットをここに。」
「戦士ビッグフット、小雪の言う事は良く分からないけど、とにかく参上だ!!」
小雪が決め台詞を言うと、どこからか霊力が冷気となって収束し、全身を白い体毛で覆われた、大男を思わせる巨躯を持つ巨人族聖獣「ビッグフット」が現れた。ビッグフットがファイティングポーズを取る中、小雪は斬馬刀を持った状態で前に出ながら、迅にこう言った。
「気を使ってくれるのはありがたいですけど、私は刀なんです。どんな名刀も、切っ先が相手を捉えないと意味はありません。それに、奴は牛。守るなんて最初から無駄ですよ。」
そして、斬馬刀の切っ先が右下に向くように構えてから、どこからか取り出した数枚のカードを口に咥えると、力強く地面を蹴って飛び出した。ミノス・ドラゴニスの真正面まで一気に近寄ると、右下に構えた斬馬刀を左上方向に振り上げた。
「この程度なら!!」
対するミノス・ドラゴニスは、頭に生えている巨大な角で斬馬刀の一撃を止めた。少女の腕力で振り上げられた斬馬刀であるとはいえ、その威力は単純なものでは無いが、ミノス・ドラゴニスはその衝撃にもビクともせず、角にも傷一つ付いていない。
「………」
だが小雪は、その事に何も反応を示すことなく、力を込めている唇を少しだけ緩めると、一枚だけカードを落下させ、右手で斬馬刀を持ち左手でカードを掴むと、刀身に付いたセンサーにカードをかざした。
「パーフェクトブリザード!!」
結果、技カードにより読み込まれた指示を受け取ったビッグフットは、全身を大の字に大きく広げると、そこから強烈な吹雪を放った。吹雪は真っ直ぐと、ミノス・ドラゴニスに向かっていく。しかし、彼の目の前には、斬馬刀を構える小雪が居る。
この光景を見た迅は、
「暴れな、サイクロン・ブレイカー!!」
巨大な竜巻を作り上げると、それをパーフェクトブリザードの横を縫うようにして放ち、小雪をミノス・ドラゴニスごと巻き上げた。
「ちょ、ちょっとぉ!!?」
突然の事に驚き、小雪がこう叫んだ瞬間、彼女が口に咥えていた技カードがその場を離れ、風に乗ってどこかへと飛んで行ってしまった。ただし、すぐさま迅が回収したので、あまり問題は無いが。
一方、同じように飛ばされたミノス・ドラゴニスは、背中の小さな翼を広げると、風を掴んで以前のようなやり方で脱出を試みようとした。
「ちょっと、それずるい!!」
同じように竜巻に巻き上げられた小雪は、その様子を見ながらこう言うと、彼を捕まえようと手を伸ばした。
しかし、それより前に迅が竜巻を解除したため、両者揃って落下していった。その際、ミノス・ドラゴニスは激しく地面に激突したが、小雪は迅によって受け止めてもらった為、無事であった。
「まったく、無茶をする。」
「無茶はどっちですか。」
迅の最もな言葉に、小雪も同じような答えを返すと、迅が回収した技カードを受け取り、再び斬馬刀を構えた。
ミノス・ドラゴニスの方は、倒れた態勢で何度か回転して、その反動で起き上がった。そして、小雪と迅、ビッグフットの姿を見て、角を前に突き出した。彼の使う攻めの構えである。
「………」
それに対し小雪は、今まで来ていた青いコートを脱ぐと、闘牛士の持つマントのように構え、その状態でまるで踊るように動き回った。力強くも軽やかな動きにより、服や髪は盛大に揺れている。
闘牛において、赤いマントで牛を挑発する行動があり、牛は赤を見ると興奮すると言う話はあるが、牛は本来色を認識できないため、赤で興奮する事は無い。牛が過剰な反応を示すのは、マントの揺れである。
その習性は、ドラゴン族であれど牛に似た姿を持つミノス・ドラゴニスも同じだったようで、鼻からまるで蒸気機関の煙と思える白い息を大量に吐き出し、後ろ足で地面を何度か蹴ると、地面を激しく踏み鳴らしながら突進した。その方向は、小雪の居る方向である。この時小雪は何を思ったのか、一瞬だけニヤリとすると、左手にコートを持った状態で右手で斬馬刀を構えた、見た目はとても重そうだが、聖装であるが故に小雪は片手で振り回すことも出来るのだ。
しかし、小雪が迎撃の構えを取り、ビッグフットも援護のために近くまで来たのは良かったが、ミノス・ドラゴニスの突進の速度は思っていたよりも早く、両者は大きく吹っ飛ばされてしまった。
「あいつ、またか!」
迅はその様子を見てこう言うと、風を起こすことで空気のクッションを作り、小雪とビッグフットが地面に激突するときの衝撃を和らげようとしたまさにその瞬間、ミノス・ドラゴニスは方向を転換して迅の元に向かってきた。
「くそ!」
迅は一言こう毒づくと、必要最低限のクッションを小雪の落ちるところに作り上げ、ミノス・ドラゴニスの突進を盾で受け止めようとした。以前の戦いで出来た事なので、今回もいけると考えたが、
「うおぉぉぉぉ!!!」
物凄い勢いと形相で迫るミノス・ドラゴニスの突進は、思っていたより重く、迅も大きく吹っ飛ばされてしまった。
「ま、拙い!」
一方その頃、迅が空気で作ったクッションの上に着地した小雪は、迅が吹っ飛ばされるところを見ながらこう叫んだ。あの激突は良い感じに決まっていた為、盾による守りが無ければ、間違えなく致命傷レベルのダメージを受けていただろう。
「早く援護しないと…!」
小雪はこう言って、空気のクッションから飛び降りたが、
「うおぉぉぉぉ!!!」
すでに方向転換を終えたミノス・ドラゴニスが迫り、小雪の体に激突すると、彼女の体を大きく吹っ飛ばして見せた。
「?!!」
余りの衝撃に声を出せない小雪は、無言のまま飛んでいき、地面に激突した。
そして、ようやく停止したミノス・ドラゴニスが、激しく乱れている息を整える中、吹っ飛ばされた小雪は何とか起き上がると、少し離れた場所に落下した迅の元に行き、彼に手を差し出しながら言った。
「あの、私って信頼できませんか?」
彼女は、自身のパートナーの行った攻撃の着弾を邪魔した事を言っているのか。それは不明だが、少なくとも迅自身は、自分より幼い小雪に無理はさせられないのと、危険な目に合わせるわけには行かないと言う理由で、あの場で小雪に攻撃が当たらないようにするために、竜巻で彼女を吹っ飛ばした。その際、ミノス・ドラゴニスも吹っ飛んでしまったが。
彼の考えを理解してかしないでか、小雪は自身がああ訊いた理由を説明した。
「貴方の考えている事は少しだけ理解できますよ。でも、ビッグフットの時の場合、私が寸での所で避けると考えられなかったんですか?さっきだって、私を助けようとしなければ、自分があの攻撃を回避する事は出来た筈です。」
「………」
小雪の言葉に、迅が何も返せずにいると、小雪は彼にこう言った。
「確かに、本気で喧嘩すれば私は皆の中で一番弱いとは思います。でも、私だって伊達に剣道はしてませんし、ただの酔狂で危険に身を置いている訳では無いんです。自分の身くらいなら、私とビッグフットだけで十分守れます。」
この言葉に、迅は少し考えた後、彼女の手を取り立ち上がると、彼女にこう返した。
「分かったよ。好き勝手やって良いから、好きにやらせろという事か?」
「そう考えて下さいな。」
小雪は笑顔でこう答えたので、迅は一言「そうか」と返すと、自分の中に眠り力を解放した。盾を持つ手を左手に変えた瞬間、開いた右手は見る見るうちに形状を変えると、鋭く大きい剣へと変化した。その輝きは完全に金属の物であり、筋肉や骨格の印象は欠片も感じさせない。
「な、手が剣になっただ!?」
「あ、貴方……」
「驚いたか?」
驚く様子を見せるビッグフット、小雪に迅がこう言うと、小雪は彼にこう言った。
「ただの人間では無いと思っていましたけど、改造人間だったんですね。」
「は?」
小雪の一言に迅はこう言うと、日曜日に見る事が出来る、悪の組織に虫の強化改造を施された正義の味方を思い出し、自分の手を少し見ると、小雪にこう言った。
「別に俺は怪人剣男みたいな者じゃない。御剣一族っていうのは、剣神の力を持つ者の末裔で、生まれつき体の一部を剣に出来るんだ。」
彼の説明を聞き、小雪はこう言った。
「でも、不便じゃ無いですか?ボタンは押せないし、鼻をほじれば大出血、恋人を抱いた暁には三枚おろしですよ。」
「さっきから聞いていれば。お前は俺をなんだと思っているんだ。」
小雪の言葉にこう返すと、今まで完全に無視されていたミノス・ドラゴニスは、
「コラァ!無視するな!!」
すごい剣幕で怒鳴りつけた。この怒声に気が付くと、ミノス・ドラゴニスはこう言った。
「俺の突進に直撃しておいて世間話とは、随分甘く見てくれるな!」
「そうじゃないべが、すでに弱点は読めたで。」
すると、ビッグフットが皆を代表してミノス・ドラゴニスにこう宣言し、それを小雪と迅が揃って肯定した。
「? どういう意味だ?」
ミノス・ドラゴニスが、まだ少し荒れている息を整えながらこう訊くと、
「今からお前を倒すと言う意味だ。」
迅は剣に変化した右手で彼を指さし、こう宣言した。
その後、落ちているコートを拾った小雪はそれを左手で持つと、先ほどのように踊り始めた。そうすれば髪や服が揺れるのは必然的な事であるため、ミノス・ドラゴニスはそれに反応し、勢いよく突進を始めた。今の彼の眼に映るのは、踊っている小雪の姿だけである。
「うぉぉぉぉ!!!」
先ほどと同様に小雪は吹っ飛ばされる。少なくともミノス・ドラゴニスはそう考えていたが、突如わき腹に不自然な痛みを感じ、それと同時に停止した。
「?」
ミノス・ドラゴニスが両側を確認すると、右には盾で、左には拳で、自分のわき腹を殴りつける迅とビッグフットが居た。
「今だ!!」
迅がこう叫ぶと、今度は目の間に小雪が現れ、ミノス・ドラゴニスの鼻先を思い切り蹴り飛ばした。これにより、ミノス・ドラゴニスの頭が少し高くなると、次にビッグフットがミノス・ドラゴニスの背中に飛び乗り、彼の角を掴むと重心を後ろにして、彼の体を立ち上がらせた。これにより、ミノス・ドラゴニスの腹部が大きくさらされ、その場所が隙だらけとなった。
「行くぞ!」
「はい!」
そこに、右手の剣を構えた迅と、斬馬刀を構えた小雪が、息を合わせた斬撃を放ち、大きな切り傷を刻んだ。
「グワァァァ!!」
この一撃で、ミノス・ドラゴニスが叫び声をあげると、彼の背に乗っていたビッグフットはそこから降り、胴体を掴んでこう言った。
「バックドロップだ!!」
その状態で大きくジャンプすると、ミノス・ドラゴニスの頭が地面に激突するように空中で態勢を整え、そのまま落下した。
「ぐ、がぁ、な、何故だ。」
ミノス・ドラゴニスが、頭に来ている衝撃により、フラフラしながらこう言うと、小雪がこう言った。
「力が足りない所を技で補う戦士と言うのは、誰と戦う時でも常にペース配分に気を配っている。でも、貴方みたいなパワー型の戦士は、常に速攻で勝負をつけているが故にそういう事には無頓着になりやすい。それ故に、スタミナ切れを起こしているの。」
「彼女の一見無茶としか思えない行動の数々は、お前の行動を回数を増やしてスタミナ切れを狙う物だったと言う訳さ。」
小雪の言葉に、迅がこう付け足すと、ミノス・ドラゴニスはこう返した。
「ふざけるな!俺はまだ疲れては居ない!!」
そして、再び突進を繰り出し、小雪たちへと迫っていった。だが、本人は無自覚だが小雪たちが言った通り、彼のスタミナは限界近くに来ている為、突進の勢いは今までの物より遥かに劣っていた。そのため、小雪と迅、ビッグフットはその攻撃を軽々回避すると、
「我流斬馬刀奥義!!」
小雪は右から斬馬刀を構えて迫り、
「破魔之御剣!!」
迅は左から右手に構えた剣を前に突き出して突撃し、
「風が唸り地が叫び、力の限りを込めて!!」
飛んで突進を回避したビッグフットは、右手の拳に氷を纏わせて、ミノス・ドラゴニスに向けて打ち込んだ。
結果、三方向からの攻撃を躱す事が出来ず、ミノス・ドラゴニスは動かなくなり、倒れた。
その直後、迅はどこからか白い粉を取り出すと、それを腕に塗り始めた。
「え、そういう趣味が?」
それを白粉と考えたのか、小雪がこう言うと、
「違う、打ち粉だ。」
と言った。ちなみに打ち粉とは、刀剣の手入れに用いる砥粉の事である。
クロスオーバーM1グランプリは、ネタがないため一旦お休みです。




