第二話 夏雪異変
今回は聖獣王伝説の世界でのお話です。時間軸は、第四章での事件解決の直後です。ただし、アーティファクトギアの世界の人間は誰も出ません。
所は変わり、聖獣の存在が迷信と認知され、彼らの実在が一部の人間にしか知られていない世界での事である。日付は八月の最終日近くを示し、多くの学校が夏休みを終わらせ、次の学期を始める時期に差し掛かっている。それでありながら、日本全域を謎の異常気象が襲っていた。突如、真夏である中、空を黒い雲が覆い隠し、そこから雪が降り注いだのだ。北は北海道から、南は沖縄に至るまで、街も山も一面が銀世界となっている。気象の専門家は異常気象だ何だと言って、今回の事態を重く見ていたが、日本中の子供たちは季節外れの雪に大喜びし、防寒着を身に着け外に出てはしゃぎ回っている。
温暖な気候故に、雪が降る事は有り得ない「清水」の町にも、日本の他の都市と同様に雪は降り続けており、町中が一面の銀世界に変わっている。
「ZZZZZ。」
そんな中でも、綾小路源はある事件の疲れから、ぐっすりと眠っていた。穏やかな寝顔を浮かべて快眠する中、聖装の中で休眠している、ドラグーンを始めとする聖獣たちは、六体とも同じ夢を見ていた。
場所は荒廃した戦場。自分たちの背後には、数多くの聖獣が控えている。姿も属性も、部族も全く違う者達が揃っている。恐らく、自分たちが未来に出会う聖獣たちであろう。
彼らはそれぞれの武器を構えると、目の前にただ一人でそれを迎え撃とうとする、一体の聖獣に向かって行った。戦うより前に、数に負けて踏みつぶされそうな勢いであったが、目の前の聖獣は動じる事も無く構えを取ると、腕を大きく一振りした。その結果、周囲に激しい突風が発生し、数多くの聖獣が吹っ飛ばされた。
「な、何て力だ?」
突風に耐えながら、仲間の聖獣であるエレクトードがこう言うと、何とか突風に耐えていた聖獣の一隊が前に出て、炎属性の技を相手に浴びせた。鉄さえも灰に変えかねない熱量を持つ炎が迫ると、敵と認識されている聖獣は腕を前に突き出した。それにより、腕を突き出した場所から、突き出した方向に向けて大量の氷が現れ、大地を冷凍して炎に迫って行った。そしてそのまま、炎と氷がぶつかり合って湯気が発生すると皆は考えていたが、ここで驚くべき事が起こった。炎と氷がぶつかり合った瞬間、氷が炎を飲み込み、炎と同じ形で凍りついたのである。
「ほ、炎を凍らせるなんて…。」
信じられない、こう考えているのは、フェニックスもドラグーンも、他の聖獣たちも一緒だった。皆一様に、驚きを隠せずにいる。
すると、敵の聖獣は彼らに対し、腕を一振りした。それにより、彼らに目掛けて強力な冷気が迫った。その様子はまるで、雪崩と氷結が同時に発生したかの如く、大地を氷で包んでいく。
「危ない!!」
ドラグーン、フェニックス、エレクトード、ジェットシャーク、ステゴサウルス・Jack、ヘルニアが同時にこう叫び、大きく跳んで攻撃を回避した。しかし、回避の間に合わなかった他の聖獣は一様に氷に飲み込まれ、次々と冷凍されて行った。
「こ、この数を一発で…だと?」
一瞬で作られた大量の聖獣の氷像を見ながらヘルニアがこう言うと、今まで遠目に見えていた、敵の聖獣の姿があらわになった。背中に届くまで銀色の髪を伸ばし、和服を思わせるも動きやすいデザインの服を身に着け、頭には狐耳、尻からはフサフサした九本の尻尾を生やしてる所は、巨人族にも該当する獣族聖獣であると思われる。
「い、一体何者だ?」
ドラグーンがこう言うと、今まで巻き上げられた砂塵で確認出来なかった、彼の顔立ちが明らかになった。全体に赤い隈取が施されるが、その顔はどこかで見た事があった。
「お、お前は何者だ?!」
ドラグーンがこう言うと、彼の眼の先に立っている聖獣は、一瞬だけニヤリと笑みを浮かべると、微かに出るが口を動かした。何かを喋ったのだろう。
ここで、聖獣たちの夢は終わり、聖装の中で目覚める事になった。
一方、夢を見ているのは源も同じ事で、聖獣たちの居る荒廃した戦場と違い、彼の意識は穏やかな光が差し込み、木々が茂る森の中に居た。
「何だここ?聖獣の森じゃないな。」
源は周囲を見回しながら、以前何度か足を運んだ森の様子を思い出した。聖獣の森は、一年を通して温暖で穏やかな環境が整っているが、今自分が居る森は、温かみのある聖獣の森と違い、どこか冷たさを感じた。
「と言うか、夢とはいえ何でこんな場所に?どうやって目覚めるんだろう?」
周りを見回す源は、思わずこう呟き、どうやって目覚めようか考えた。すぐに、夢の中で眠れば現実で目が覚める、と言う何かのネタを思い出し、早速実行してみた。
「ZZZ」
源が草の上に横になり、寝息を立てて数分、数十分が経過し、一時間が経過したところで、源は目覚めた。
「そう上手くは行かないか。」
こう呟いた彼は、改めて周りを見回したが、広がる光景は今も変わることの無い森の中の様相ある。どうやら、眠る事で夢から覚める訳では無いようである。
改めてどうしようか、源がこう考え始めると、彼の目線にあるものが映った。
「?」
彼の目に映ったのは、銀色の毛並を持つ大型の狐である。尾は特にフサフサしており、触ると心地よさそうだ。その狐は、源をジーっと見つめている。まるで、源が何者であるか認識し、尚且つこのような場所に居るのが珍しい存在である事を、分かっているかのように。
「お、キツネだ。」
狐の存在を認識した源は、少しずつ狐に近寄ると、
「こっちこーい、こっちこーい。」
と言った。その結果、狐は身をひるがえすと、森の中へと駆けて行った。
「ちょっと、おい!」
逃げる狐を追って、源は森の中へと進んで行った。大きな樹を避け、その樹の大きな根を飛び越え、時には潜る事で、彼は森の中にある小さな池の前にやって来た。その周りには余り樹は生えておらず、その為か太陽の光が多く入っており、綺麗な水面は太陽の光を反射して輝いている。
「ここが森の動物たちの集うオアシスと言う事か?」
源がこう呟き、池の水面に顔を映した時である。突如、驚くべき事が起こった。水に映る源の顔が、大きく変化したのだ。短めに揃えられた黒髪は長い銀髪になり、顔には赤い隈取が現れた。目の色も紅の瞳に変化し、表情自体もどこか妖艶さを漂わせる物を浮かべるようになった。
「え?!」
突然の変化に源は驚き、近くに誰かが居るのかとあたりを見回した。しかし、どこをどう見回しても、人間は愚か動物の姿も見られない。ここでようやく思い出して、自分がいつも持ち歩く聖装がどこに行ったか探し回ったが、服のポケットの中には無かった。いつも一緒とはいえ、夢の中まで一緒とは限らないようだ。
「こっちだよ。」
すると、彼の耳に声が響いてきた。少年らしさもあるが、どちらかと言うと少女のような印象を持たせる声である。しかもその声は、自分の顔が映っていた池の水面の方から聞こえてきた。
源が恐る恐る池の水面を見ると、突如変化した源の顔は相変わらず源の方を見ており、その顔は源が浮かべている筈の無い、無垢に見えるも邪悪さの漂う笑みを浮かべている。
「そうそう、気が付いてくれた?」
笑みを浮かべる顔は、源の顔を見ながらこう言うと、彼にこう言った。
「俺の為と思って、君の全てを俺に頂戴。」
ここで、源は自宅のベッドの上で目覚めた。
「何だ、夢か。」
源がため息を付きながら言うと、彼がベッドの傍に置いておいた聖装のボールペンが、一回だけ大きく跳ねた。中で彼の聖獣たちが、何かをしているのだろう。
「どうしたの?」
布団を被った状態で、源が聖装の中に訊くと、聖装の中に居る聖獣を代表して、ドラグーンがこう言った。
「とんでもない敵と、夢の中で戦った。」
その後、夢の中で見た敵の聖獣の特徴を、詳しく源に伝えた。
「銀色の毛並で覆われた耳と尾を持つ、狐の聖獣?」
ドラグーンの説明を聞いた源は、少し考え込むと、ベッドの傍に置いておいたスマホを手に取り、インターネットに接続して何かを検索し、彼らに言った。
「銀狐と言うのは、善狐の一種と言われているよ。まあ、だからって性格が良い訳じゃ無いけど。」
「それは当然だ。俺達は外道な天使や、善良な悪魔にも会った事がある。」
ドラグーンが源にこう言うと、この話を出した理由を源に述べた。
「夢で見たあの聖獣、どこかで見た事があると思ったんだが、それが誰か全く思い出せないんだ。」
ドラグーンが夢で見た聖獣を源に説明した理由、それは、源にこう訊きたかったからだ。今言った容姿の存在と戦闘をしたり、自分たちの知らない所で因縁を付けられていたりしてないか?と。
「人型の狐なんて世界には存在しないし、そもそもそんなのと戦った経験何て無いよ。それはそっちが一番良く分かっている事だろ。」
「それはまあ、そうだが。」
源の言葉にドラグーンはこう返すと、気分を変えるために違う質問をした。
「ところで、布団に深く入ったままで、暑くないのか?」
季節は夏であり、普通ならタオルケットを被る程度でも尚暑くて寝苦しくなるものだが、源はいまだに布団の中に入っており、しかも快適そうである。
「うん、涼しくて快適……って、え?」
ドラグーンに訊かれた源はこう返そうとした所で、今まで気にしても居なかった違和感に気が付いた。なぜか自分の背中から、やたらと柔らかい感触がするのである。しかもそれは、氷程では無いが冷気を発しており、触れていると何かと涼しく感じた。
「まさかね。」
源はこう言いながら、ベッドから抜け出して布団を剥がすと、ベッドの上を確認した。するとそこには、青い長髪が特徴の美女の姿を取る聖獣「ウンディーネ」が居り、スヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。彼女は本来「水の始祖」と呼ばれる特別な聖獣で、滅多な事が無いと人間の前には現れないのだが、何故か彼が少し前に解決した事件の際、綾小路源が水の担い手に覚醒して以来、こうして気が付かぬ内に源の自宅の自室に侵入し、ベッドの中に潜り込んでいるのである。
ウンディーネの姿を見た源と、彼の聖獣たちは、一様にこう思った。
(あの夢は…)
(もしかして…)
((お前の仕業か!))
そして、両者の考えが一致した所で、源は行動を開始した。最初に自室に付いている窓を大きく開け放つと、ベッドの上で寝ているウンディーネの身に着けている服に手を掛けると、一息で窓の外へと投げ飛ばしてしまった。
「キャン!」
その直後、下からウンディーネの悲鳴と、ズボと言う何かにめり込む音が聞こえてきたが、源はそちらを一瞥もしなかった。なぜなら、彼の目の前には信じられない光景が広がっているのだから。
「な、何じゃこりゃぁ!?」
本来、冬になっても雪とは無縁な清水の町、そこが夏であるにも関わらず、空から降り注ぐ無数の雪によって、一面の銀世界に変わっているのだ。
そして、窓から身を乗り出して驚く源をよそに、彼に投げられたウンディーネは、下に出来ていた雪溜りに上半身を突っ込み、脚が蟹股になった状態、所謂「犬神家におけるスケキヨ」の状態で動けなくなっていた。
源が眼を覚まして数時間後、彼の自宅には本来なら季節外れな防寒着を着込んだ神司部のメンバー「孫江美」「一条彩妃」「吉岡直樹」「増田薫」がやって来た。彼らがここに来た目的は、遊びに来ると同時に、今回の事態の話し合いをしようと言う事になったのである。
やって来た四人に、温めた烏龍茶を差し出した源は、神司部の部長である江美に訊いた。
「ところで、何をするの?」
「決っているじゃない。今回の事態の収拾を付けるための話し合いよ!」
源の問いに、江美はこう答えた。源はこの時、
(何で家に集まるんだ?)
と、思ったが、口には出さなかった。そんな彼の考えを知ってか知らないでか、江美は皆に話を始めた。
「単刀直入に言うわ!私、今回の事は聖獣が絡んでいると思うの!!」
「はーい、部長、根拠は?」
江美の言葉に、彩妃がこう訊くと、
「だって、これまで至って普通だった気候が、たった一日で正反対にひっくり返ったのよ。どう考えても、聖獣やそれに準ずる何かの陰謀を感じるわ。」
江美はこう答えた。
(確かに、僕が今朝見た夢や、ドラグーン達の言う夢の話を関連付けて考えれば、そう考えるのが妥当かも?)
江美の答えを聞いて、源が心でこう思うと、直樹が江美に訊いた。
「でもさあ、単純に気候を操ると言っても、そんな真似が出来る聖獣の存在何て見当も付かないぞ。何か心当たりはあるのか?」
彼の問いに、江美はこう答えた。
「無いわ!」
「は?」
この答えに、直樹は勿論、源、彩妃、薫が同時に呆れると、江美はこう付け足した。
「そして、これが源の家に集まった理由。その気象を操る能力を持つ聖獣に付いて、何か心当たりが無いか、それをウンディーネ様に訊きに来たの。」
「ああ、成程。」
彩妃、直樹、薫が同時にこう言うと、江美は源に訊いた。
「と言う事で、ウンディーネ様を呼んで欲しいんだけど。」
「とっくに帰ったよ。」
江美の問いに源がこう答えると、夏休みと言う事で家に居た彼の母親「綾小路美里」がやって来て、源を除く面々に言った。
「あら、いらっしゃい。ゆっくりして行ってね。」
「あ、お構いなく。」
江美達四人がこう言うと、美里は源を見てこう言った。
「それと源、外の犬神家何とかしておいてよ。」
「犬神家?」
美里の言う「犬神家」に疑問を覚えた江美達四人は、揃って外へ出て行った。
江美達四人が外に出て、それに続いて源がやって来ると、源を除く四人は言葉を失った。庭に作られた雪溜りの中に、上半身が埋まり足を蟹股にして天に伸ばしていると言う構図、所謂「犬神家のスケキヨ」がそこにあったのだから。
「犬神家…だね。」
「犬神家…ね。」
「犬神家…だ。」
「犬神家…じゃん。」
江美、彩妃、直樹、薫が順番に言うと、源は足に手を掛けてこう言った。
「まだ出ていなかったんだ。」
そして、脚を掴む腕に力を込めると、埋まっている人物を引き上げた。
「プハッ!」
結果、鎧を身に着けていない状態のウンディーネが現れた。
「源、いくら何でも無防備な婦女を窓から下に投げ捨て、挙句の果てには雪溜りに突き刺さった所を何時間も放置だなんて。やりすぎ……です。」
「どこが無防備ですか?全てを飲み込む水に防備何ていらないでしょう。」
ウンディーネの言葉に、源がこう言うと、江美は様子を見ながら言った。
「あの、とりあえず中に入らない?」
そして、江美の言葉を受ける事で家の中に入った面々は、改めて話を開始した。
「ところでウンディーネ様、気候を操る事の出来る聖獣に心当たりは有りませんか?」
江美がこう訊くと、温められた烏龍茶を口に運んだウンディーネはこう答えた。
「私なら雨を降らせられるけど、雪となると、シルフかしらね?」
「シルフって言うと?」
源がこう訊くと、ウンディーネは説明した。
「水を司る私、火を司るサラマンダー、大地を司るノーム、そして風を司る彼女。この四人が、聖獣王が生み出した四始祖の聖獣よ。その中のシルフは、風を操る事で雲を動かすことが出来る、だから、雪雲をここに風で運ぶことも可能な筈。」
「つまり、今回の事件の犯人は、そのシルフって事ですか?」
薫がこう言うと、ウンディーネはそれを否定した。
「いいえ、確かに彼女には少し奔放なところはあるけど、だからと言って何の意味も無く気象を変えるような真似はしない。それ以前に、彼女が犯人だと言うのなら、アイツが動かない訳が無いもの。」
「アイツ?」
彩妃がウンディーネの出した呼称に疑問を覚えると、その事に気が付いたのか、ウンディーネはこう言った。
「炎の始祖、その名を炎皇サラマンダーの事。別に二人の仲が悪い訳では無いんだけど、彼がとてもクソ真面目な性格でね、奔放なシルフとは時々喧嘩になっていたから。」
ここまで言った所でウンディーネは一息つくと、話を続けた。
「それに、いくらシルフでも日本全体を覆う程の雪雲を運ぶためには、相当な量の霊力を消費するわ。彼女の加護を持っている妖精女皇、昆虫皇両者に協力を依頼して霊力消費を抑えても、その量は半端何て言葉じゃ言い表せない。私を始めとする皇達が、それに感づけないなんて事は無いわ。」
「それじゃあ、一体日本で何が起こっているんだ。」
直樹がこう言うと、ウンディーネは一つの仮説を思いついた、と言った。
「こう考えるのはどうかな?気象を無理矢理変えたのではなく、この国の気象の法則が捻じ曲げられた。」
「は?」
ウンディーネの仮説に、その場に集まっている人間五人が揃って疑問を唱えると、ウンディーネは詳しい説明を始めた。
「さっきも説明した通り、夏の気候の中に雪雲を持ってくる方法を使った場合、異分子を中に入れる訳だから私たちなら異変に気付ける。だけど、この国の夏の特徴を歪めれば、夏が暑いと言う特徴が無くなって、雪を降らせるのが簡単になる。」
「でも、それじゃあ色々と疑問点が発生しますよ。そもそも誰が歪みを与えたのか?それと、どうやって雪を降らせたのか?」
ウンディーネの説明を聞き、少し考え込んでいた江美は、ウンディーネにこう訊いた。すると、
「それはともかくとしても、ウンディーネの言っている事は大方正解だ。」
誰かがこの場に居るメンバー全員に、こう言った。
「誰?」
江美、彩妃、直樹、薫が同時にこう言うと、源とウンディーネはこう思った、
(あの人か、もう来たんだ。)
両者が考えると同時に、部屋の中には赤い魔法陣のような物が現れた。その魔方陣は光の粒子を大量に放出すると、光の粒子は一塊になって一人の人間の姿になった。長い赤髪と割と高めの背丈、抜群のスタイルとどこか態度が大きそうな印象が特徴の美少女の姿を見るや否や、今まで誰の声か分からなかった四人も、一様に誰が来たのかを理解した。
「ああ、アテナ様?!」
出会った回数自体はたったの一回だけだが、とある出来事の折に世話になった女神「アテナ」が、源の家に現れたのである。
「ご無沙汰しております、アテナ様。」
ウンディーネが、現れたアテナにこう言うと、アテナは彼女にこう返した。
「そういう貴女も、担い手には出会えたみたいね。」
そして、源と江美、彩妃と直樹、薫の顔を順番に見渡していると、再び美里が皆の集まるリビングへとやって来た。
「あらあら、また増えて賑やかになってるわね。」
美里は一言こう言うと、アテナに対し笑顔で、
「ゆっくりして行って下さいね。」
と言って、その場を去って行った。
「はあ、やっぱり天界の良く分からない味の霊水より、地上のお茶が一番だな。」
アテナもぶれる事無く、温めた烏龍茶を口に運び、こう言った。
(天界の水って、一体どういう味なの?)
アテナの言葉を聞いた源は思わずこう思ったが、口に出して何か問題が起こっては、色々な意味でまずいと思ったので、あえて口には出さなかった。
「ところで、先ほど言っていた事は一体?」
お茶を飲んでくつろぐアテナに、皆を代表してウンディーネが訊くと、アテナは言った。
「言葉通りの意味だ。今回の事件は、ウンディーネが推測した通りに事が起こっていると言う事だ。」
しかし、話がいきなり結論に至ったので、皆は揃って疑問符を浮かべている。それを知ったのか、アテナは説明した。
「とはいえ、これを正式に発表するのは明日なのだが、まあ気にすまい。実はこの世界に、本来は存在しえない歪みの塊が侵入したんだ。」
ここまで言った所で、彼女はテレビのリモコンを手に取り、一番上に付いている大きいボタンを押して、テレビの電源を入れた。テレビでは現在進行形で、ニュース番組をやっていた。
「次のニュースです。先日突如汚職が明らかになった○○病院の院長、六輪芳彦氏が遺体で発見された事件の続報です。警察側の発表によると、被害者の背中には何かで激しく殴打した後が残っているとのことです。それにより、警察は殺人も視野に入れて捜査を…」
画面に映っているキャスターが淡々と文章を読み上げる中、アテナを除くメンバーは揃って、ウンディーネの顔を見た。
「な、何で私を見るの?!」
ウンディーネは、皆の目線を感じる中、こう返した。
「そりゃ仕返しの為に、今まで彼の行った汚職とかの情報を、彼方此方の新聞社や出版社、テレビ局やラジオ局に送りつけたけど……と言うか、彼が死んだ時間に私は、源に投げられていました。」
「は?」
この言葉に、今度は源を除くメンバーが言葉を失い、源に疑問の目線を向けると、
「と言うか、今はそんな話してる場合じゃ無いでしょう。」
源はこう言って、テレビの画面を指差した。ニュースのコーナーは終わったのか、次のコーナーに映っていた。
「続いてのコーナーは、何故なに流行調査。このコーナーは、最近の流行に付いて調査してみようと言うコーナーです。」
キャスターが変化し、今度は女性となった。彼女は淡々と言葉を紡ぎ、コーナーを始めた。
「現在巷では、空前の破局ブームになっているとのことです。番組スタッフが現地調査に乗り出した所、既に三組のカップルが破局したと…」
キャスターが文面を読み上げる中、それをテレビで見ているメンバーは、揃ってアテナを見た。
「その報道の通り、この世界に入り込んだのはズバリ、関係を歪めさせる歪みだ。貴方たちは聖装で守られているけど、他の人の場合はね…」
アテナは彼らにこう言うと、今回の話の本題を切り出した。
「そこで、本当はやっては行けない事なのだけれど、今回の事をおさめるために協力して欲しい。」
「良いですよ。」
彼女の言葉に、江美は考える間も無く即答した。と言っても、神司部のメンバーでこの手の事態に否定の意見を出す者は居ないので、全く問題は無いが。
「それは助かる。」
江美の言葉に、アテナはこう言うと、ごそごそと胸元からある物を取り出した。指輪を入れるときに使うような、小さい箱である。
彼女がそれを開くと、そこから一人の少年が現れた。雪のように白い肌に少女と見間違えるほどに端正な顔立ち、赤い和紙で覆われた和傘を持っている所から、この場に居る面々は一様に彼が誰かを理解し、そして驚いた。
「名取修?!」
彼は、以前ウンディーネと戦った事件の時に出会い、共に戦った京都に住む神司「名取修」である。何故、事件の後に京都に帰った筈の彼が、アテナの持つ箱から出てきたかと言うと、
「実はさ、今日いきなりこの人が来て、大ごとだから手伝え、って言って無理矢理箱の中に押し込まれて、そして気が付いたらここに。」
と、修が自身の口から真相を語った。犯人であるはずのアテナは、それに悪びれる事も無く、皆にこう言った。
「取りあえず、人では多い方が良いだろうと思ってな、京都から連れてきた。知らない顔でもないだろう。」
「誘拐の事は一旦他に置いておくとして…」
一方の修は、アテナにこう言うと、
「まあ、箱の中からも話は聞こえてたけど、また荒事何だよね。俺も力を貸すよ。」
と、源達神司部の面々に言った。
「ありがとう。この間も力を借りちゃったばかりだけど、今回もよろしくね。」
神司部を代表して、部長の江美がこう言うと、皆に言った。
「となると、他の面子にも話を付けましょう。」
「他の面子?」
江美以外の面々が、顔を見合わせてこう言うと、江美はこう言った。
「祐介達に博明君、直に呼びましょう!」
すると、ウンディーネは江美に言った。
「では、私がメッセンジャーを務めます。私が来た方が、彼らも事の大きさを理解できると思いますので。」
そして、こう言い残したウンディーネがその場を離れてから、神司部のメンバー+αは、手を合わせてこう言った。
「それじゃあ、頑張ろう!」
「応!!」
その様子を見ながら、アテナは思った。
(これで、地上の対処は問題ない。後は、あの話の中に出てきた、境界線の歪みの調査もしないとな。あれを放置すれば、間違えなく大事が起こりそうだ)
その頃、日本の何処かを二人の人間が歩いていた。先頭を歩く者は小柄なのか背が低く、逆にその後ろを背の高い誰かが付いて来ており、その人物はなぜか体が浮いていた。
「ねえオニキス様、一体どこに向かっているんですか?」
後ろの人物が、前を歩く人物に訊くと、
「その事は聞かない約束、そして、移動中の会話は極力控えるように言ったはずだぞ。コグレ。」
それに対し、前を歩く人物はこう返した。因みに、最後のコグレと言うのは、その人物の名前にちなんだニックネームである。
「でも、さっきから何も無いじゃないですか。とても退屈何ですよ。」
コグレと呼ばれた人物がこう言うと、オニキス様と呼ばれた人物はこう言った。
「そりゃ雪降る山を歩いているんだ。鬱々とした気分になるのは分かるが、もう少し我慢しろ。目的地に付いて、奴らと合流すればパーティを始められる。」
「それは分かってますよぉ。」
コグレと呼ばれた人物はこう返すと、ふと思いついたように言った。
「と言うか、オニキス様が姿を現して、私を乗せて行ってくれれば早いのに。」
コグレと呼ばれた人物より小柄な、オニキスと呼ばれた人物。そんな彼が、どうやって乗せて行くのかは不明だが、
「あのなぁ。」
この言葉に、オニキスと呼ばれた人物はこう言った。
「奴らには、俺と合流するまで“コレ”を脱ぐなって言ったんだぜ。いくら移動が大変だからって、俺達からそれを破る訳には行かないだろ。」
そして、身に着けている黒いマントとフードを弄ると、コグレと呼ばれた人物はこう言った。
「多分、守ってないと思いますよ。」
「それでもだ。」
コグレに対し、オニキスはこう厳しく言うと、心でこう思った。
(覚悟してろ。これは威嚇でも宣戦布告でも攻撃でも無い、これは俺の……)
彼の正体、目論見が明らかになるまで、あと少し。
二組目
夢野亜衣
「はい、始まりました。クロスオーバーM1グランプリ、司会は私。アーティファクト・ギアより出番は一話だけの一発屋、夢野亜衣と。」
御門京香
「聖獣王伝説より、第三話以降一度も出番が無い、存在感がこれ以上薄くならないように必死な、御門京香です。」
夢野亜衣
「好評?だった前回に続き、今回も漫才?を披露してもらいます。」
京香
「では行きましょう、二組目です。神影麗奈&松井祐介で、優雅美少年です。どうぞ!」
松井祐介
「はい皆さん、こんにちは?かな。」
神影麗奈
「挨拶のあとの?は何かな? それはともかく、優雅美少年です。よろしくお願いします。」
松井祐介
「何で我々、優雅美少年を名乗っているかと言いますとね……」
神影麗奈
「あ、私のチャームポイントですか?胸です、推定Jカップ。」
(実際にサイズ表と見比べました。ただし、ウエストサイズがアンダーバストサイズと同じと仮定 by作者)
松井祐介
「誰も気にしてませんよ。まあ、その年でそれは凄いですけど。最早日本人通り越してますよ。本当に日本人ですか?」
神影麗奈
「そして、何故私たちが優雅美少年を名乗っているかと言いますとね。」
松井祐介
「それ、さっき俺が話そうとした事…」
神影麗奈
「なんとなくです。」
松井祐介
「違います。優雅な麗奈さんと美少年こと俺、合わせて優雅美少年です。」
神影麗奈
「あーあ、どうせ美少年なら刹那とここに立ちたかったな。」
松井祐介
「こんなのですいませんね。ルール上、貴女と刹那さんが、一緒にここに出る事は出来ないんです。」
神影麗奈
「ところで話を変えるけど。」
松井祐介
「何の話もしてないけど。」
神影麗奈
「小学校と言う施設に付いて教えて欲しいんだけど。」
松井祐介
「? 小学校っていうのはあれだよ、満六歳から満十二歳の「児童」と分類される子供が通う学校。」
神影麗奈
「そう言う知識的な事は分かっているの、私が知りたいのは、そこがどういう雰囲気の場所なのか、と言う事なの。たとえば、どういう風に授業を受けているとか。」
松井祐介
「麗奈さん、学校行ってないんですか?」
神影麗奈
「生まれてこのかた、忍術と花嫁修業しかした事が無いから。」
松井祐介
「そうなんですか、うちはこの間、仮免の実習が有りました。」
神影麗奈
「仮免? 俗に言う自動車学校の一段階終盤の関門? 何の免許なの?」
松井祐介
「甲賀流忍術。」
神影麗奈
「まさかの忍術学園? そうじゃなくて、普通の小学校に付いて教えて。たとえば、誰々君が、誰々さんが、先生が、みたいなこと。」
松井祐介
「そんなんでいいんだ?」
神影麗奈
「そんなんで良いの。」
松井祐介
「実はですね、六年三組の担任の男性教師と、うちの学校の音楽の先生が付き合っているんだって。」
神影麗奈
「あらまぁ、その先生も隅に置けないじゃない。先生同士気が合うのかしら?」
松井祐介
「これが写真。」
神影麗奈
「どれどれ……まあ、その三組の担任の人、中々いい男……あれ、この音楽の先生……」
松井祐介
「どうしたの?」
神影麗奈
「消去!!」
松井祐介
「ああ、写真破かないでよ。」
神影麗奈
「祐介、こんな物を見てはいけません!全く、貴方の学校って本当にどうなっているの?」
松井祐介
「じゃあ、一緒に来ますか?今度参観会が有るんですよ。」
神影麗奈
「惨姦会?」
松井祐介
「字がおかしいです。参観会と言うのはですね、生徒が普段学校でどういう事をしているのか、と言うのを保護者に見て貰おう、と言うイベントの事です。」
神影麗奈
「あら良いじゃない。だったら私、貴方のお母さんに変装して襲撃してやろうかしら。派手に暴れてやるわ。」
松井祐介
「止めて下さい、その日俺のクラスで、尊敬する人、と言う題目で作文の発表するんです。」
神影麗奈
「そうなの? じゃあ暴れるのは止めにしましょう。」
松井祐介
「練習したいんで、聞いてくれますか?」
神影麗奈
「良いわよ。」
学校にて
先生
「それじゃあ、作文を発表したい人?」
松井祐介
「はい!」
先生
「よし、祐介。」
神影麗奈
「あら、元気が良い。」
松井祐介
「六年二組、松井祐介。僕が尊敬する人は、知り合いのお祖父さんの「神影十蔵」さんです。」
神影麗奈
「え、何で私のおじい様を?」
松井祐介
「十蔵さんは、忍者です。忍者と言っても、自身の利益の為には何でもする、所謂「悪忍」です。」
神影麗奈
「最初から禁則事項全開、少しは言葉を考えて。」
松井祐介
「十蔵さんはとても優秀な忍者で、魔女の友達が居ます。この間は、この人とメアドを交換した、とも言っていました。」
神影麗奈
「確かにそうだけど、そのアリス先生が十枚の座布団の上に座って、その隣でおじい様が直に座っている写真は要らないから、捨てなさい。」
松井祐介
「強くて優秀な十蔵さんですが、僕はいくつか嫌いなところが有ります。」
神影麗奈
「それも言わなくて良いから、後で消しておいて。」
松井祐介
「一つは、家に居る時に酒を飲むとき、決まって誰かに酌を求める事です。」
神影麗奈
「それしか楽しみが無いのよ、そこは大目に見てあげて。」
松井祐介
「もう一つは、何かに付けて麗奈さんに暴力をふるう事です。」
神影麗奈
「それも言わなくて良いから!!」
松井祐介
「麗奈さんはいつも傷だらけ、泣きながら刹那さんを抱きしめ、貴方が居なかったら、とっくに出て行っている、と言っています。」
神影麗奈
「十五年生きてきて、一度も言った事無いから。」
松井祐介
「尊敬する十蔵さんへ、これからも体調に気を付けて、頑張って下さい。」
神影麗奈
「うわぁ、説得力が無い。」
松井祐介
「朝礼でもう少し声を張ってください、と麗奈さんが言っていました。」
神影麗奈
「言ってませんよ!」
松井祐介
「他にも、いまどき門外不出何てチョー古くさいんですけどぉ~、とか。」
神影麗奈
「私そんなギャル口調しません。」
松井祐介
「ファッションセンス無いとかマジ有り得ないんですけどぉ~、とも言っていました。」
神影麗奈
「大丈夫ですよおじい様、おじい様は神影流忍術界のファッションリーダーです!」
松井祐介
「そんな十蔵さんを、僕は心から尊敬しています。どうでした?」
神影麗奈
「ちょっと原稿用紙貸して。」
松井祐介
「はい。」
神影麗奈
「消去!!」
松井祐介
「ああ、三日徹夜して書き上げた渾身の作文が、火遁の術で火だるまに…」
神影麗奈
「いい加減にして、全部書き直しよ!」
松井祐介
「どうも、ありがとうございました。」
夢野亜衣
「はい、と言う訳で優雅美少年でしたが、何か舞台袖でご老人が怒りに燃えてますね。」
御門京香
「何だか、ひと騒動起きそうですね。漫才の中で解決してほしい物ですが。」




