第二十三話 五皇決戦
ある日の事、良からぬ霊力を感じ取ってある場所へと集まった神司達の前に、海皇ウンディーネが現れた。圧倒的実力で神司達を蹴散らす彼女の前に、四人の部族皇が現れるも、ウンディーネはこう宣言した。
「まあ良いわ、見せてあげる。子供が齧った程度の皇技では至らない、貴方たちが聖獣になるよりずっと前から積み重ね続けた、本物の皇技の真髄を。」
「そうですか、では致し方ありませんね。」
ウンディーネの言葉に、植物女皇ラフレシアはこう返すと、自身の持つ刀「ノイバラ」を抜き放った。それと同時に、彼女に呼ばれて集まった三人の皇「竜皇バロン・サムディ」「機械皇プトレマイオス」「妖精女皇ミステリア」もそれぞれ構えを取った。
「は、始まるぞ。」
少し離れた場所で様子を見る源がこう言うと、彼と一緒に様子を見ている面子は一様に冷や汗を垂らした。これから、自分たちよりも遥かににレベルの高い聖獣同士の戦いが見られるのだから。
誰かの汗が地面に落下した瞬間である、ラフレシアが刀を構えて動いた。
「はぁぁぁ!!」
彼女は刀を構えると、目にも止まらない速度でウンディーネに接近し、横に一閃した。ウンディーネがそれをアナクルーズモスで防ぐと、今度は縦に振り上げた。ウンディーネは大剣を早い速度で振り回し、何十回と繰り出されるラフレシアの斬撃を弾いている。
「虚像連速剣!!」
しかし、ウンディーネもいつまでもやられている事は無い。ラフレシアの繰り出した斜めからの斬撃を弾くと、大きく跳んで彼女から距離を取り、周囲の水分を固めて八方に自身の分身を作った。
「虚像、つまりは一つの本物を除き全て偽物?」
刀を構えるラフレシアがこう言うと、八人のウンディーネはこう言った。
「その通り、貴女が本物の私を捕えられる確率は八分の一、ですが……」
その直後、ラフレシアから見て背後に居るウンディーネが飛び出し、ラフレシアに切りかかった。ラフレシアは何とか刀で受け止めたが、水で構成されているだけの偽物であるにも関わらず、重い衝撃が刀と腕に走った。
「私の攻撃力は八倍に増加します。」
違うウンディーネがこう言うと、それぞれ違う方向からウンディーネが一斉に襲い掛かった。ラフレシアは踊るように立ちまわりながら対応したが、一人のウンディーネの襲撃に対応しきれずに、腕を斬り落とされてしまった。
「残念でしたね。」
たった今ラフレシアの腕を斬り落としたウンディーネを中心に、他のウンディーネも融合して一人のウンディーネとなりながら、ウンディーネがラフレシアに言うと、
「それはどうでしょう、この程度。」
ラフレシアはこう返し、
「皇技、復生。」
と言った。すると、たった今切り落とされた腕の付け根から、先ほど切り落とされた腕とまったく変化の無い腕が生えてきた。切り落とされた腕の方は、それと同時に朽ちて無くなってしまった。
「全身が粉々にされない限り、どのような攻撃も私には無効です。」
ラフレシアが生えた腕を大きく振りながら言うと、ウンディーネは高くジャンプした。その際、彼女の全身が水に包まれると同時に、以前の海水浴の際に釣りをしていた源が釣り上げた「海蛇形態」になった。
「追うぞ、妖精女皇、後竜皇!」
それと同時に、今まで出番を窺っていたプトレマイオスが、人型から宇宙船の姿に変形して飛び上がり、それに続いて、
「はーい。」
ミステリアは背中の羽を羽ばたかせてそれを追って行き、
「俺に命令するな!!」
バロン・サムディは背中の翼を大きく羽ばたかせて飛び上がると、先に飛んで行ったプトレマイオス、ミステリアを追って行った。
体の長い海蛇の状態になって、頭を高い場所へ伸ばしていくウンディーネを追うプトレマイオスは、飛翔する過程で全身に付いたハッチを開くと、
「受けろ!!」
そこから大量のミサイルを発射して、ウンディーネの全身に命中させた。
「ギャァァ!!」
海蛇の状態では喋れないのか、ウンディーネが叫び声をあげると、
「追撃行くよ!!」
プトレマイオスの後を追ってきたミステリアが、腰に差した細剣を抜いて、指揮棒のように振り回した。彼女が魔法を使う際に行う固有の動きで、呪文の詠唱や魔法陣の作成と言った過程を飛ばす効果がある。
「落法、四月の新任教師の洗礼!!」
ミステリアがこう叫ぶや否や、ウンディーネの頭上にとても巨大な魔法陣が現れた。魔法陣は大量の魔力を編み込んである物を構成すると、物凄い勢いでウンディーネの頭上に落とした。結果、ウンディーネは落とされた物体をモロに頭に受けた事で、地上に倒れ込んでしまった。ミステリアが魔法陣から落としたのは、巨大な黒板消しで、この黒板消しには命中した対象にある要素を一つ「消す」効果がある。今回は、ウンディーネが蛇の状態となり「体を持ち上げている」と言う要素を消したのだ。
「ロリ皇、何だその魔法の名前?」
「えー?!カッコいいと思うけどな。」
ミステリアの口にした魔法の名前に、プトレマイオスが思わずツッコみを入れ、そのツッコみミステリアが頬を膨らませながら文句を返すと、
「そういうアホみたいな事を気にしている場合か!!」
バロン・サムディは彼らにこう言って、倒れたウンディーネに向かって行った。
「それもそうか。」
素直なミステリアはこう言うと、
「後で覚えてろ!さっきの暴言を撤回させてやる。」
と、プトレマイオスに言って、バロン・サムディを追って行った。
「暴言を撤回ね、私は機械だと言うのに。」
プトレマイオスはこう言うと、それに付いて行った。
一方、地上に倒れたウンディーネの顔の前には、刀を抜いた状態のラフレシアが立っていた。
「先ほどの借りを返させてもらいます。」
ラフレシアはこう言うと、構えている刀に霊力を送り込んだ。その結果、ラフレシアの愛刀ノイバラはその形状を大きく変化させて、文字通り茨の枝の如き形状となった。刀身は今までの三倍ほど太くなっており、あちこちから棘のように鋭い刃が突き出ている。
ラフレシアの愛刀である「ノイバラ」は、現実世界では失われた植物と同じ性質を持つ金属で作られており、水を与えては錆びてしまう為、植物で言う所の養分、この場合は霊力を込める事で、自由自在に形状を変える事が出来る上に、折れても再生する事が出来る。
ラフレシアは形状を変えたノイバラを振り上げると、海蛇化しているウンディーネの顔に叩きつけようとした。しかし、それより前にウンディーネは蛇の姿から、鋭い牙が生え揃った大きな口に、大きな目と全身を覆う頑丈な鱗、所謂「古代魚」の姿になると、高く撥ねる事でラフレシアの攻撃を回避した。
「ちっ!」
地面を粉々に砕いた変形ノイバラを抜きながらラフレシアが舌打ちすると、ウンディーネが飛び上がった頭上を見上げながら、こう叫んだ。
「そっちに行ったぞ!」
「言われなくても!!」
すると、打てば鳴る速さでバロン・サムディが返事すると、飛び上がったウンディーネの前に現れ、鋭い牙を両手でつかんだ。ウンディーネはバロン・サムディを一飲みにしようと、大きく口を開いたが、やがてその表情を大きく変え、苦しそうにもがき始めた。
「皇技、念焼。」
その様子を見ながら、バロン・サムディはこう言った。念焼とは、龍皇が使う事の出来る皇技で、燃やしたいと思った対象に熱を与え、内部から燃焼させる効果がある。今回彼はウンディーネの歯を掴むことで、歯の神経に熱を与えたのだ。さしもの戦闘力レベル8000の聖獣も、歯の痛みは耐えられないようで、体をくねらせる様に暴れている。
「良いよ!そのまま捕まえていて!!」
バロン・サムディに続いて飛翔したミステリアはこう言うと、武器である細剣を何回も振りまわした。
「皇技、空断。」
ミステリアがこう叫ぶと、彼女が飛翔する方向に向けて、いくつも空間の切れ目が現れた。空断の効果で空間に影響が与えられたのである。ミステリアはその中に飛び込むと、何度も飛び込んで飛び出る過程を経て行く事で、普通に飛んだ時の何倍もの速度でウンディーネへと迫り、
「空間転移蹴り!!」
彼女の腹に、渾身の蹴りを当てた。ミステリアは体が小さく、ウンディーネは古代魚型に変身する事で体格は大きくなっているが、蹴りを当てた場所が空中である事、ミステリアが通常の飛翔速度より速い速度で激突した事もあり、ウンディーネは凄い勢いで地上に向けて飛んでいき、やがて激突して物凄い衝撃と爆風を巻き上げた。
その際、ミステリアの蹴りがヒットするより前に手を離した事で、バロン・サムディは無事だった。
「竜皇様?手は大丈夫ですか?」
ミステリアは龍皇の近くに行くと、彼に訊いた。ウンディーネの歯を掴んでいた彼の手は、血だらけになっている。と言っても、元々彼の皮膚は頑丈なので、手が出る程度は怪我の内には入らないらしいが、
「この程度なら問題は無い。」
龍皇が返事を返すと、プトレマイオスが両者の傍にやって来て、こう言った。
「互いの心配も良いが、今は絶好の攻撃の機会だ。」
そして、地面に横たわるウンディーネに向けて飛翔して行った。
「それもそうだな。」
バロン・サムディは飛び去るプトレマイオスを見ながらこう言うと、ミステリアに声を掛けた。
「折角だしやってみるか?ドラゴンと妖精の合体技。」
「はーい、何か面白そう。」
バロン・サムディの言葉に、ミステリアが了解の意を示すと、バロン・サムディはミステリアを背中に乗せて、今居る場所より高い場所へと飛んで行った。
一方、地上では倒れ込むウンディーネを見ているラフレシアの傍に、プトレマイオスがロボットの状態になって降り立ち、こう言った。
「一気にたたみかけよう。」
「言われなくてもそのつもりだ。」
プトレマイオスの言葉に、ラフレシアはこう返すと、変形した状態からただの刀の形状に戻ったノイバラを構えながら言った。
その様子を見た後、プトレマイオスは空を見上げた。その目線の先には、背中にミステリアを乗せたバロン・サムディが映っている。
「良し。」
彼はこう言うと、ラフレシアの立つ場所から見て正面に当たる場所へと跳んで移動し、彼とラフレシアとでウンディーネを左右で挟み込んでいる状態になった。
「メタルウェーブ!!」
ラフレシアはノイバラを前に突き出して霊力を解放した。その結果、ノイバラの刀身は霊力を得て形状を変えた。ただし、今回は先ほどの茨の枝では無く、文字通り金属の波となってウンディーネを包み込んだ。
「エレクトロブラスター!!」
その反対に居るプトレマイオスは右手をスタンガンを思わせる形状に変形させると、強力な電流を放出してウンディーネに浴びせた。
一方、上空でミステリアを乗せて待機していたバロン・サムディは、
「チャンスは一回だけだ、しっかり合わせろ!!」
と、背中のミステリアに言った。
「問題ないよ。」
ミステリアが細剣を構えてこう言うと、彼の背中の上で何回か細剣で一閃した。
「空断。」
その結果、バロン・サムディの目の前にいくつもの空間の切れ目が並んで現れた。バロン・サムディは少し離れた場所まで下がると、その切れ目に向けて飛翔し、口からは炎を吐き出した。
「ブレス・ワイバーン!!」
バロン・サムディの吐き出した火炎は、飛竜を模った形状となって、空間の切れ目を何度も通過して加速すると、やがて光線のような勢いになってウンディーネに迫り、命中するや否や周囲数十メートルを吹き飛ばす程の爆風を放って大爆発した。
「これで…決まりだ。」
この時、爆風に包まれるウンディーネの姿を見ながら、四人の皇は一様にこう思った。
一方、少し離れた場所で戦いの様子を見ていた源達はと言うと、
「凄い、あれが皇同士の戦い。」
軽いレベルではあるが、皇同士が戦う所を一度目撃した源はともかく、他の九人は同じように言葉を失っていた。今行われている戦いは、自分たちが普段行っている戦いとは比べものにならない激しさを誇っており、決闘空間の中であるために現実世界に影響はないが、彼らの戦う場所はすでに廃墟のようになっており、つい先ほどまであった筈の町の面影は、欠片も残っていない。
「これなら私たちが出る必要は無さそうだし、帰らない?」
戦場を見ていた江美はこう言うと、皆を連れてその場を離れようとしたが、直樹と薫はその場に留まり、こう言った。
「いや、まだここに漂っている良からぬ霊力の正体を突き止めていない。」
薫、直樹、そして祐介達がここに来たのは、そもそもこの場所に漂っている良からぬ霊力の調査が目的であり、元が断てていないのか霊力は先ほどと変わらずに漂っていると言う。
「とはいえ、調査のためには現実世界に戻る必要があるでしょう。あの戦いは決着したし…」
江美がこう返すと、今度は源が江美に言った。
「それは無いよ。あれ見て。」
「あれって?」
源の言葉に、江美も含めた他の面子が揃ってその方向を見ると、
「え?」
「おいおい、嘘だろ?」
皆、信じられない物を見た、と言いたげな表情を浮かべて驚いた。
一方の戦場で何が起こっていたかと言うと、
「この程度で勝ったと思われては、心外ね。」
ラフレシア、バロン・サムディ、プトレマイオス、ミステリアの四者が揃って価値を確信した瞬間に、このセリフがその場に響き渡った。
「何?」
四人が声のした方向を見ると、そこには先ほど倒したと思われたウンディーネが、ほぼ無傷と言っても過言では無い姿で立っており、人間体となり腕を伸ばしている。
「言ったでしょう、本物の皇技の真髄を見せてあげると。」
ウンディーネはこう言って伸びを止めると、近くに突き立てておいたアナクルーズモスを手に取り、地面から引き抜いた。そして、手に持ったアナクルーズモスで、地面を三回突いた。
「まずい、離れろ!!」
プトレマイオスはこう叫ぶや否や、急いでその場を離れようとした。しかし、
「無駄よ。」
それより前にウンディーネが突いた地面から大量の水が噴出し、噴出した水はその場で大きな渦を作り、逃げようとしたプトレマイオスは勿論、空を飛んでいたバロン・サムディ、ミステリアを巻き込んで渦巻き始めた。
巨体故に流れに逆らえずに流されるバロン・サムディと、あまりにも強い勢いで流れる水によって眼を回しているミステリアを見ながら、プトレマイオスは何とか流れから脱出できないかと試みた。
「無駄よ。私の発生させた渦は魚すら身動きが取れなくなって、やがては溺れる。脱出は出来ないわ。」
しかし、ウンディーネの言う通り渦の勢いが凄まじすぎて、プトレマイオスは進む事も戻る事も出来なかった。
そんな中、ただ一人ラフレシアだけは流されずに持ちこたえていた。足を地面に埋めて根を張った状態となり、更にはノイバラも突き立ててその場に留まっている。
「皇技、強化。」
ラフレシアの様子を見たウンディーネは、アナクルーズモスを構えなおしてこう言うと、大剣を構えた状態で飛び出した。その瞬間、ウンディーネが発生させた渦巻きは砕け散り、流されていたバロン・サムディ、プトレマイオス、ミステリアは解放されて、地面へと投げ出された。
一方のラフレシアは、突然渦が消えた事で驚いたが、目の前にウンディーネが迫っているのに反応すると、突き立てていたノイバラを抜き放ち、ウンディーネと斬り合った。その結果、強化の効果で感覚が強化されていたウンディーネに、ラフレシアの斬撃は捌かれたばかりか、ノイバラをへし折られ、更には自身の体の深い切り傷を負わせられた。
「この程度、復生で。」
斬られたラフレシアはこう言うと、復生を用いて自身の傷を治し、霊力を送り込むことでノイバラを再生し、ウンディーネの次の攻撃に備えようとした。
しかし、肝心のウンディーネは次の攻撃をするわけでも、反撃に備える事もせずに、その場を離れて行った。
(何のつもりですか?)
ラフレシアは心の中でこう思うと、ノイバラで彼女に切りかかろうとした。だが、彼女はそうしようとした瞬間に、ウンディーネがあの行動を取った理由を理解することになった。彼女はラフレシアを甘く見ていた訳では無く、先ほどの一撃で既に勝負を決していたと言う事に。
「え?」
ラフレシアは最初、自身に何が起こったのかを理解できなかった。突然手の感覚が無くなってノイバラを落とし、足の感覚が無くなって立てなくなると、目がかすんで辺りがぼやけ始め、艶やかな肌は艶を失って所々に裂け目が現れた。
症状が全身まで回った所で、ラフレシアは理解した。ウンディーネは先ほどの斬撃で彼女の体内に毒を仕込み、その毒が回る事でラフレシアは今「枯れている」状態にあると。やがて、ラフレシアが倒れ込み、そのまま動かなくなると、ウンディーネは次の標的をプトレマイオスに定め、強化で脚力を強化して飛び出した。
「ジェット・アックス!!」
それに対しプトレマイオスは、バーニアの付いた斧を取り出し、迫るウンディーネを一閃して遠ざけた。
「喰らえ!!」
その後、全身に仕込まれたミサイルを発射して、ウンディーネに攻撃した。ミサイルの命中と爆発により、大量の砂煙の上がる光景を見ながら、
「やったか?」
と、プトレマイオスは言った。
「まだだよ!!」
遠くで様子を窺っていたミステリアは、ある事に気が付いてプトレマイオスに叫んだが、手遅れだった。
「何?!」
プトレマイオスは、背中を何かで突き破れらる感覚を感じ取り、慌てて背後を確認した。そこには、腕の筋力を強化してプトレマイオスの頑丈な金属の体を、拳で貫いたウンディーネが居た。彼のミサイル攻撃を強化で脚力を高める事で走って回避し、砂煙の発生に紛れて背後に回り込んだのである。
「これで良し。」
ウンディーネはこう言うと、拳をプトレマイオスから引き抜いた。
「うおぉぉぉぉ!!」
その瞬間に、プトレマイオスは斧でウンディーネを攻撃しようとした。だが、ウンディーネは少しも慌てる事無く、一つの行動で事を終わらせた。プトレマイオスに与えた傷の中に、水を注ぎこんだのである。
「…………」
その結果、プトレマイオスは全身から煙を出して停止し、倒れこんで動かなくなった。プトレマイオスは体の中に水を入れられた事で、自身の動きの全てを統括する電子盤に水が掛かり、ショートしたのである。
「さて、次は……」
ラフレシア、プトレマイオスを倒したウンディーネは、次の標的を定めようとあたりを見回した。
すると、バロン・サムディが上空より飛翔し、ウンディーネを捕まえた。
「流石のアンタでも、空で自由に動くことは出来まい!!」
バロン・サムディはこう言うと、どんどん高い場所へと上がって行った。高い所からウンディーネを地上に向けて、勢いよく投げ飛ばすつもりなのである。ウンディーネはこの目論見に気が付いたのか、適当な高さに来ると、
「ハイドロフォーゼ!!」
全身を液化する事でバロン・サムディの拘束から逃れ、逆にバロン・サムディの背中を取った。その後、強化で全身の筋力と柔軟性を強化し、バロン・サムディの翼や腕、足や首に様々なサブミッションを極めて見せた。
これにより、バロン・サムディは飛ぶ力を失って地面に落下を始め、彼が落下するや否や、ウンディーネは彼を地面に向けて勢いよく蹴り飛ばした。その結果、バロン・サムディは物凄い勢いで地面に激突し、地面に巨大なクレーターを作り上げると、そのまま動かなくなった。
一方、地上に向けて落下するウンディーネは、最後に残ったミステリアに標的を定めると、アナクルーズモスを構えて上空から突撃した。
「あ、え、私?!」
ミステリアはこう言うと、細剣を構えて迎撃しようとするも、
「アクアセイバー!!」
ウンディーネの放つ巨大な斬撃に呑まれ、そのまま地に伏せさせられてしまった。
そして、様子を見ていた神司が一様に驚く、先ほどの瞬間に至る。
「え?」
「おいおい、嘘だろ。」
四人の皇が揃い揃って戦い、敗北する。そんな様子を見せさせられた事で、女子は言葉を失い、男子は信じられないと口にした。
「取りあえず、この場は離れた方が良いんじゃ無い?」
様子を見ていた修が皆にこう言うと、皆はそれを肯定し、急いで決闘空間の外へ出ようとした。
しかし、源はただ一人その場に残って、戦場を見ていた。こちらをウンディーネが睨んでいるように見えて、それが気になっているのだ。
「源、早く!!」
江美が背後から声を掛けた瞬間である。源の見る光景の中から、ウンディーネが消えた。
(まずい!)
源はこう思うと、
「そっちに行ってはダメ!!」
と、皆に言った。
「え?何を言って?」
他の面々が源の言葉を疑問に思うと、突如彼らが向かおうとしていた方向に巨大な氷柱が出現し、皆の行く手を阻んだ。
「小雪、ふざけている場合?!」
「私じゃ無い!!」
直葉の言葉に、小雪がこう返すと、
「じゃあ誰が?」
と、祐介は言った。
すると、
「私よ。」
と声が響き、どこからかウンディーネが現れた。
「え?いつの間に?!」
皆は一様に驚くと、それぞれ戦闘の構えを取った。江美達は全員聖装を構え、源も聖装を取り出そうとしたが、ウンディーネはその瞬間、
「強化!!」
脚力を強化して江美達の傍を通り過ぎ、その後ろに居た源の傍に近寄った。
「!!」
ウンディーネが突然迫って来たことで、源は無言で驚き、
「源、逃げて!!」
彼の仲間である、神司部の面子は同時にこう叫んだ。
しかしウンディーネは、他に気が付かれないように源の耳元に自身の顔を近づけると、彼の服のポケットに何かを仕込みながら、小声で彼の耳元に囁いた。
「後でこの場所まで来て。」
その後、源の首根っこを掴むと、江美達の居る場所へと投げ飛ばした。
「うわぁ!!」
源は大きく吹っ飛ぶも、上手く受け身を取った事で大けがをせずに済んだ。源が受け身を取る過程で彼を受け止めた直樹と薫がウンディーネを睨み、江美や彩妃、祐介と小雪と直葉、博明と修が聖装を構え、いつでも聖獣を呼べるようにした瞬間である。
「悪いけど!!」
ウンディーネはこう言って指で何かの印を切った。それにより、源達の足元に白い魔法陣が現れ、その下から大量の冷気が噴出した。
「え、な、何?!」
「れ、冷気だ!」
直葉、博明がこう叫ぶ中、源は聖装を構えると、
「来い、フェニック……」
炎属性の聖獣、フェニックスを召喚しようとした。冷気に対抗するには炎、と考えたのだろう。
だが、源の考えはむなしく失敗に終わった。彼がフェニックスのカードを聖装のスロットに差し込むより前に、彼らは全員氷漬けとなり、身動きが取れなくなってしまった。
ウンディーネは、彼らが冷凍された事を確認すると、その場を離れて行った。
その頃、綾小路宅では、
「……おかしいな?」
綾小路優が、夕食を作る過程で携帯を弄りながら、こう呟いた。
彼女は源や帰ってくる筈の母親が帰ってこないどころか、連絡の一つを寄越してこないので、夕食を用意する過程で何度も連絡をしているのだが、どちらに何度コールしてもまったく返事が返ってこない。
「まったく、母さんはまだ良いとして、源には夕食までに帰ってくるように言ったのに。」
優はこう言って、源の携帯を呼びだそうとしている携帯を一旦切ると、ある方向を見ながら呟いた。
「大丈夫……だよね…?」
彼女が向いているある方向。何故だかわからないが、彼女はその方向に胸騒ぎを感じているのだ。
そしてその方向は、源達がウンディーネにより氷漬けにされた場所がある方角でもあった。




