第二十一話 機械皇者
綾小路源と三国江美、一条彩妃、そして高城博明が、植物女皇ラフレシアの力で京都へと飛ばされた後の事である。植物女皇はある人物と通信を取り、会話をしていた。
「と言う訳だ。もしもの時にはお前も力を貸せ。」
「私は人では無いとはいえ、人に物を頼む態度ではないな。」
ラフレシアの言葉に、通信を行っている相手がこう返すと、
「そういう事を気にしていられるような事態ではないと言う事だ。下手をすると、お前の縄張りも危険に晒されかねないんだ。お前の所には、“あれ”があるのだから。」
ラフレシアは相手に対し、こう言った。すると、相手はラフレシアの伝えたい事を理解したのか、
「分かった。考えておく。」
と言って、連絡を切った。通信が切れて、何も聞こえなくなった通信機を見ながら、ラフレシアは呟いた。
「本当に分かったのか?」
一方、清水のとある場所にある廃工場。この工場では昔、国を支える程の重大な産業を行っているも、機械の故障による大事故が発生して壊滅し、今では誰も寄り付かなくなっている。内部の見た目はただの壊れた工場だが、ある場所を抜けるとそこには、壊滅した工場の裏の景色とは思えない程に発展した工業都市が広がっている。
ここは植物族を始めとする多くの聖獣が暮らす「聖獣の森」と同じような街で、ここには機械族と機械に携わる巨人族の聖獣が多く存在している。
街の中央に建てられた、大きな工場を思わせる建物の中では、甲冑を着込んだ騎士のような姿のロボットが、通信が行われていた通信機を下した。彼はこの場所を仕切っている聖獣であると同時に、全ての機械族聖獣の頂点に立つ「機械皇プトレマイオス」である。
「ラフレシアの奴、少し気を焼きすぎなのでは無いか?」
プトレマイオスがこう呟くと、どこからか少女の姿を取るアンドロイド型の機械族聖獣がやって来た。ドロシーと同じような存在ではあるが、その見た目は全く違っている。
「プトレマイオス様、どうしたのですか?」
やって来た聖獣がプトレマイオスに訊くと、彼は彼女に先ほどラフレシアから聞いた事を話した。
「最近になってより活発になった聖獣たちの混乱、それに乗じて何者かが何かをしようとしている、ですか?」
少女の姿の聖獣がこう言うと、プトレマイオスはこう言った。
「まあ、用心するに越したことは無い。Xプログラムへの護衛も少し増やすべきか…?」
「…それには、及びません。」
プトレマイオスの言葉に、少女はこう言った。
「? どういう意味だ?アイン?」
少女、アインの言葉に、プトレマイオスが訊くと、
「Xプログラムに適応した聖獣、彼を使役した上に、それ相応の実力のある神司が一人居ます。」
アインはこう答えて、どこからか出てきたパネルに一人の少年の映像を映した。そこに映っているのは、神司部の面子と共に活動している「増田薫」である。
「成程、しかしな…」
薫の姿を見たプトレマイオスは、少し考え込んでこう言った。
「彼、正確には彼らの実力を試してみるとしよう。アイン、一働きしてくれるな。」
「はい。」
アインはプトレマイオスの言葉に即答し、すぐさま行動を開始した。
その数時間後の事である、件の廃工場の近くに増田薫と吉岡直樹、そして松井祐介、三藤直葉、名倉小雪がやって来た。事の始まりは、今から約二時間と三十四分前の事である。綾小路源、三国江美、一条彩妃は高城博明と一緒に昆虫採集に行き、そのまま京都へと飛ばされてしまっている為、残っていた直樹、薫の二人は、名倉家にあるお寺の境内で活動していた祐介達の元へとやって来た。暇と言う理由で、
「と言う訳で、俺達も混ぜて。」
「と言う訳で、って。」
理由を説明した上で、活動に参加したがる直樹と薫を見て、祐介達三人は思わず呆れたが、拒む理由は無かったので参加させる事にした。
と言っても、彼らが集まる理由は殆ど世間話なので、基本神司部が何等かのトラブルに巻き込まれないと活動は起こさない。しかし、今日は違っていた。
「こんにちは。」
突然彼らの元に、いかにもな黒服を着た少女が自転車に乗ってやって来た。自転車の後ろには、黒猫のマークが付いた籠が付いている。
「どこへでもお届け、黒猫自転車便です。増田薫さんですね、お手紙を預かっています。」
少女はこう言って、薫に一通の手紙を渡すと、そのまま自転車に乗って去って行った。
「何だったんだ?」
皆がこう思う中、薫は受け取った手紙の封を解いて、中身を確認した。
「えーと、増田薫殿、貴殿を将来有望な神司と見込み、この場所へ招待しようと思います。つきましては、同封された地図に書かれた場所へ来てください。機械皇プトレマイオス。」
薫が手紙に書かれている内容を音読すると、皆は一様に驚いた。
「機械皇?!機械族のトップのお手紙!?」
小雪がこう言うと、直葉はこう言った。
「と言うか、本当に機械皇からのお手紙なの?いかにも怪しく無い?」
「それで、どうするんだ?」
その後、祐介は薫に訊いた。手紙を受け取ったのが薫である以上、どうするのかは薫の意志によって決めるべきと考えたからである。
「罠かもしれないよ、この間会ったBABELか誰かの?」
直葉はこう言ったが、薫はこう言った。
「罠であれ、本当に機械皇が呼んでいるのであれ、行ってみれば分かると思うな。」
薫がこう言ったと言う事で、直樹と祐介は一緒に行く事にし、直葉と小雪は半ば無理矢理付いて行く事になった。
その頃、黒猫自転車便と名乗って、機械皇の手紙を薫に渡してきた少女「アイン」は、少し離れた場所で通信機を取ると、機械皇プトレマイオスに連絡を取った。
「無事にメッセージを託す事は出来ました。彼ら次第ですが、早い時は二時間後にそちらに現れるでしょう。」
「そうか、君もすぐに戻ってくれ。」
プトレマイオスがこう言うと、アインはそうしますと答え、
「後、招いていないゲストも来そうですが、どうしますか?」
周囲を見回しながら、プトレマイオスに訊いた。周囲には住宅街広がり、道を歩いたり、外を見ている人は居ないが、アインの目には曲者の姿が映っているのだろう。
アインの問いに、プトレマイオスはこう言った。
「では、君はすぐに帰還してくれ。君一人で対処するのは大変だろう。」
「よろしいのですか?奴らの介入を許しても?」
アインがこう訊くと、プトレマイオスはこう答えた。
「ああ、むしろ好都合だ。」
そして、直樹と薫、祐介と小雪と直葉は廃工場の前へとやって来た。その際、小雪の父親に車を出してもらう訳には行かなかったので、移動手段にはバスを用いた。勿論、バス代は皆で持ち寄った。
「それじゃあ、行くか。」
祐介がこう言ったので、直樹と薫はそれに続き、その後に小雪と直葉も続いて行こうとした。
「大丈夫なの?」
小雪はこう言いながら付いて行こうとしたが、ふと後ろで何かの気配を感じ、思わず振り返った。
「? どうしたの?」
小雪の行動に驚いた直葉は、ゆっくりと振り返りながら小雪に訊いた。しかし、そこには誰も居らず、何かが居た形跡も残らない舗装されてない道路が残っているだけだった。
「あれ?」
「誰も居ないよ。」
驚く小雪に、直葉がこう言うと、
「確かに誰かが居たと思うんだけど。」
小雪はこう言って、先に進んで行った男子陣に付いて行った。
ちなみに、小雪の感じ取った何かの気配。これは気のせいでは無かった。
「あ、危なかった。」
どこからかこんな声が響き、空間が歪むと同時に美女の姿を取るアンドロイド型の聖獣「ドロシー」が現れた。彼女は全身の皮膚の反射度合を弄る事で、小雪たちに自らの姿を視認できないようにしていたのだ。
彼女は以前の戦いで江美と薫に倒されたのだが、あの後ちゃっかり逃げ出し、壊れた体の機関を修復してこうして復活したのだ。彼女の目的は、機械族で守られていると言う「Xプログラム」にある。
「ポラリスは、これから作る秘密兵器に必要だからこっそりコピーして来いと言っていたが、Xプログラムをどう使うつもりだ?」
ドロシーはこう呟くと、もうすでに中に入って行った五人に続いて、廃工場の中に入って行った。
床のあちこちがはがれてそこから雑草や苔が生え、壁もボロボロになった廃工場の中を進む祐介達は、それぞれで周りを警戒していた。仮にも立ち入り禁止の場所である以上、どんな危険が潜んでいるか分からないからだ。
「何も、起こらないね。」
直葉がこう言った瞬間である。突然、古くなった天井の一部が彼らの傍に落下し、粉々に砕け散った。
「何が、何も起こらない、だよ。」
余りのタイミングの良さに、直樹が思わずこう言うと、祐介は彼らに言った。
「とにかく、急いでこの場所を離れた方が良さそうだ。あの場所は中庭に繋がっているはず。」
彼の指さす方向には壁があり、扉が付いていたのだろう四角形の隙間がある。
「そうだね、この辺り、埃っぽいから。外の空気も吸いたいし。」
小雪はこう言って、その扉のあったと思われる場所の向こうに走って行った。
他の四人も、それに続いてそこを潜ると、そこは確かに中庭であったが、中央に巨大な怪獣を思わせる機械が置かれていた。
「何これ?ガ○ダム?それとも○イド?」
直樹が、止まったままの怪獣を思わせる機械に触りながらこう言うと、
「ここは第二次大戦の時の兵器工場だよ。こんな大がかりな兵器が実用出来るとも思えないし、そもそもその時代にガン○ムもゾイ○も存在していない。」
薫は直樹にこう言った。
「と言うか、これ一体何なの?玩具と言う訳でもなさそうだけど。」
小雪もこう言って機械に触れた。その瞬間、突如機械の中で何かが動きだし、機械の装飾に用いられているのだろう、全身のあちこちが光り出した。
「う、動き出した!?小雪、アンタ何をしたの?」
「何もしてないよ!!」
直葉と小雪がこう言うと、今まで屈み込むような姿勢だった機械は立ち上がり、本来の姿を露わにした。見た目は全身が大樹のように鍛えこまれ、ドラゴンと恐竜を組み合わせているように思わせる姿だが、機械である故かとてもシャープな印象を持たされ、立ち上がったその全長は、大目に見ても十数メートルはあると思われる。簡単に言えば、怪獣を倒すために人類科学で作り上げた怪獣、と言った雰囲気を持っている。
「と言うか、これどうするんだよ。こんなのが街で暴れたら…」
直樹が相手の巨体を見上げながらこう言うと、祐介は聖装の鉄扇を取り出して言った。
「ここで止めるしか無いだろ。廃工場だし、ここから出なければ問題は無い!!」
そして、扇を開いて上にカードを載せると、扇を閉じた。
「彼の焔、煉獄現す、十の首、敵は纏まり、あの世行也、我が相棒ハイドラ、顕現!!」
「最初に宣言する、お前に勝ち目はない。なぜなら、頭数はこちらの方が多い!!」
結果、黒い炎が周囲から集まって十本の首を持つドラゴンの姿を具現化させ、相手の機械怪獣に匹敵する大きさを誇る聖獣「ハイドラ」が現れた。かつての戦いで考えた決め台詞も忘れない。
「行けハイドラ、ブレイキングラッシュ!!」
祐介は一枚のカードを扇に乗せて閉じると、こう叫んだ。その結果、ハイドラは十本ある首を不規則に打ち出して、高速の打撃を放った。
「俺達で時間を稼ぐ。だからお前らも!」
祐介はこう言って、他の面々にも聖獣を召喚してもらおうとした。しかし、
「いや、その必要は無いよ。」
様子を見ている小雪は、祐介にこう返した。
「?」
小雪の言葉に疑問を覚えた祐介が、攻撃を受けている機械怪獣はやられるがままハイドラにやられており、ハイドラの攻撃が終わる頃には、機械怪獣はその巨体を地面に伏せさせた。
「………」
「弱えぇぇぇ?」
あまりにもあっけの無い決着に、小雪と直葉は言葉を失い、直樹と薫と祐介は思わずこう言ってしまった。
「玩具?だったの?」
直葉がこう言うと、薫はこう返した。
「仮にそうだとしても、これほどの大きさの玩具を何でこんな所に?」
「驚かせたかな?だが、Xプログラムの入った存在を一回の技の発動で倒すとは、中々の実力の持ち主と見た。」
すると、祐介達の居る場所に誰かの声が響いてきた。
「誰だ?」
皆が一様にこう言うと、彼らの居る場所に甲冑を着込んだ騎士を思わせる姿の大きなロボットと、先ほど彼らの元に「黒猫自転車便」を名乗って現れた少女、アインが現れた。
「お見知りおきを、とは言わないがな。私は機械皇プトレマイオスだ。」
そして、現れた騎士のような姿のロボット「機械皇プトレマイオス」が自己紹介をすると、
「機械皇って、機械族の皇様?」
「何か、最近の俺達、やたらと皇様と関わりを持つ事になるな。」
彼らは一応驚いたが、この展開に慣れが来てしまったのか、大きな反応は示さなかった。
「私の出した手紙を信じてここまで来てくれるとは、一応感謝して置こう。」
そんな彼らの心境を知ってか知らずでか、プトレマイオスはこう言った。
「今日君たちを呼んだのは、君たちを試してみたいと思ったからだ。君たちにある物を託せるか、否か。」
「ある物?」
五人が一斉にこう言うと、アインは倒れる怪獣に近寄り、その中から光る球体を取り出して、それを自分の中に取り込んだ。その瞬間、怪獣と思われた物はグングン小さくなり、やがて怪獣のソフビ人形となってしまった。
「玩具?」
五人が残った人形を見ながらこう言うと、アインは説明した。
「今取り出したのはXプログラム。何千年も昔にある計画の為に作り出されたプログラムで、機械族聖獣が取り込むことで、先ほど見た怪獣のような、限界を超えるまで覚醒した姿に聖獣を変化させる効果が有ります。」
「Xプログラム、どこかで聞いたような。」
アインの説明を聞いた薫はこう言うや否や、ある事に気が付いた。
「と言うか、貴女も機械族の聖獣ですよね。平気なんですか?」
目の前に居るアインは、見た目こそ人間であるが、彫像のように均整のとれたスタイルと、皺の一つも見られない綺麗な人工皮膚が特徴であるため、見る人によっては相手が機械族聖獣であると理解できる。
薫の疑問には、アインでは無くプトレマイオスが答えた。
「彼女はXプログラムを封印する為の入れ物として作られた機体だ。Xプログラムの影響を受ける事は無い。」
プトレマイオスの発言を訊くと、祐介が彼に訊いた。
「と言うか、そろそろ本題に入りませんか?貴方方は俺達を試したいと言いましたよね。結局何をすれば良いんですか?」
「そうだな…君たちには…」
プトレマイオスがこう言った瞬間である。
「成程、そこの娘がXプログラムを持っているのか?」
女性と思われる声が響き、それと同時に砲弾が飛来しアインを攻撃しようとした。
「ハイドラ!!」
祐介がこう叫ぶや否やハイドラは反応し、口から一発だけ火球を発射した。これで砲弾が撃墜されると、
「やはり、簡単には行かないか。」
と言って、彼らの前にドロシーが現れた。彼女の登場には、かつての戦いで彼女と交戦し撃退した薫が何よりも驚いた。
「な、お前はあの時倒した筈!?」
「逃げた後、こうして復活したに決まっているだろう。手加減して戦っていたんだ、逃げる分のエネルギーを残すことは基本中の基本だ。」
薫の驚きの言葉に、ドロシーはこう言って手に持ったワルサ―を彼らに向けて、数発の弾丸を放った。
「危な!!」
五人は揃って別々の方向へ飛ぶと、それぞれの聖装を構え、聖獣を召喚した。
「戦いは爆発の勢いだ!フレアノドン、燃え上がれ!!」
「フレアノドン、行く!」
直樹がハンマーでカードを叩くや否や、カードは猛火を帯びて燃え上がり、その炎の中から赤い体のプテラノドン型の恐竜族聖獣「フレアノドン」が現れた。
「白亜の竜の対抗者、組み上がって具現せよ!今こそ、出陣の時!」
「ギュオンズ、機動!!」
薫がブレードの鍔に当たる部分に付いているスキャナーにカードをスキャンさせると、あちこちから鉄の粒子が収束し、腕と足が短く、頭部に口を持たない怪獣を思わせる姿の機械族聖獣「ギュオンズ」が現れた。
「その心体、心凍冷却、冷たき息吹と未知なる力、我が朋ビッグフットをここに。」
「戦士ビッグフット、小雪の言う事は良く分からないけど、とにかく参上だ!!」
小雪が斬馬刀の刃に付いているセンサーにカードをタッチさせると、地面に巨大な氷柱がいくつも現れ、それを破壊すると同時に全身が体毛に覆われた巨人族聖獣「ビッグフット」が現れた。
「え、ちょっと、これじゃ私も決め台詞言わないと浮いちゃうじゃない。」
決め台詞と共に聖獣を召喚する他四人を見ていた直葉は思わずこう言うと、少し考えて自分の決め台詞を決めると、
「森の竜ラベンダードラゴンを召喚!闘争のフレグランス、しかと体に刻み込め!」
「お呼びとあれば即参上!!」
直葉とラベンダードラゴンの決め台詞を訊くや否や、他の四人は勿論、プトレマイオスやアイン、挙句の果てにはドロシーすら呆れてしまった。
「何それ?」
直樹にこう訊かれ、直葉は、
「決め台詞よ、貴方たちだって似たような事言ってるじゃない。」
と返した。
一方のドロシーは呆れながらも、こう言った。
「まあいい。とはいえ、今回の私は前回のように甘くは無いぞ。」
すると、ドロシーの全身に変化が現れた。全身の機関が物凄い勢いで変形しながら巨大化し、腕や脚、胴体の太さは以前の数倍になった。頭部に生えている髪の毛はどこかに引っ込み、その代わりに星形に広がる五本の大きな角のような物が現れ、口元はマスクで覆ったような形状になり、目は形状自体が変化し、人間を思わせる瞳からロボットに良くある細い筋となった。
「な、変形した。」
ドロシーの変化に祐介と小雪、直葉が驚くと、直樹と薫は顔を見合わせて行った。
「あれが源の言っていた、戦闘力レベル7000に匹敵する姿か。」
「戦闘力レベル7000だと?まさかアイツは…」
様子を見ていたプトレマイオスがこう言った瞬間である、変形したドロシーは腕を大きく引いて構えた。言うなれば、パンチの構えである。
「な、何をする気だ?!」
皆がこう呟いた瞬間である。ドロシーは勢いよく腕を突出した。その結果、彼女の腕は突き出されると同時に分離し、相対する面子目掛けて勢いよく飛翔した。
「ろ、ロケットパンチ?!」
「そんな事より避けて!!」
男子陣三人が眼を輝かせて反応し、女子二人が注意してパンチを回避すると、彼らの後ろに居たプトレマイオスは、ドロシーの放った鉄拳を受け止めた。
「確かに、戦闘力レベル7000に匹敵する変形強化は伊達では無いか。まあ、戦闘力レベルと聖獣の実際の実力が一致しないのは、昔も今も同じか。」
プトレマイオスは拳を受け止めてこう言うと、その拳をドロシー目掛けて投げつけた。ドロシーに投げつけられた拳は、そのまま飛翔して元の腕に戻った。ドロシー自身、口元を覆っている為に喋る事ができないのか、何も言う事も無く次の構えを取った。今度は、短距離の陸上選手の行う、クラウチングスタートの構えを模して、頭を低くし腰を高くしている。
「今度は何……」
ラベンダードラゴンがこう言って、防御の構えを取って相手の攻撃に備えようとした時である。突然、ラベンダードラゴンの体が大きく吹っ飛び、彼らの居る場所を覆っている大きな壁に激しく激突した。
「な、何が起こったの?」
直葉が吹っ飛ばされたラベンダードラゴンを見ながら言うと、
「グワァァァ!!」
今度は小雪のビッグフットが吹っ飛ばされ、
「痛ぇ!!」
その直後に空を飛んでいたフレアノドンが地面に叩き落とされた。その一連の出来事を確認するハイドラは、こう予想した。
「奴は視認できない速度で動き回り、奴らを吹っ飛ばしたのだろう。」
「視認できない速さ?」
ハイドラの言葉に祐介が訊き返そうとした瞬間である。今度は、ハイドラに何かが激しく激突した。
「グゥゥ!!」
ハイドラは強い衝撃によって思わず倒れそうになったが、何とか持ちこたえて立ったままになると、自分に激突した存在を捕まえた。ハイドラの口には、先ほどまでクラウチングスタートの態勢を取っていた筈のドロシーが居た。どうやら、ハイドラの予想通り、あの後物凄い速度で走り周っていたようである。その際、体当たりをされた影響で、ラベンダードラゴンとビッグフットは吹っ飛ばされ、ジャンプした際にフレアノドンに激突したのだ。
「良し今だ!全員で総攻撃……」
ドロシーを捕える頭とは違う頭が皆にこう言った瞬間である。ドロシーは全身で放電し、ハイドラに感電させた。
「bんckjdcjhcsvb、kjgヴいわふぃえfjkhDfbvhzvvs!!」
感電のショックで意味不明な叫び声を九本の首で上げたハイドラは、思わずドロシーを離してしまった。
「ちょ、何で放しちゃうの!?」
早速技を発動させようとしていた直葉は、祐介とハイドラに文句を言ったが、
「知るか!!」
祐介は文句で返し、
「無理を言うな!」
ハイドラも同様に文句を返した。
一方、ハイドラから解放されたドロシーは、再び高速で走ると目にも止まらない速度で他の面々の隣を駆け抜け、プトレマイオスの傍に控えていたアインに迫った。
「まずい!!」
薫がこう叫んだ瞬間である。
「ジェット・アックス!!」
アインの傍のプトレマイオスが、どこからともなく巨大な両刃の斧を取り出すと、それを大きく一閃してドロシーを攻撃した。
「悪いが、こいつの中のプログラムを奪わせる訳には行かないのでな。」
プトレマイオスはこう言うと、斧を左手に持った状態で右腕を構えた。構えた右腕は変形し、二股のフォークのような形状になった。電流が流れているのか、稲妻を思わせるエネルギーの奔流が巻き起こっている。
「レール・ガン!!」
そして、電流の流れる銃口からは目にも止まらない速度で弾丸が放たれた。飛んでいく弾丸は先ほど吹っ飛ばしたドロシーに迫るや否や、大爆発を起こしてドロシーを包み込んだ。
「凄い、さすがは機械皇……」
薫が様子を見ながらこう言った瞬間である。突如、頑丈な金属がきしむような音が響いた。見ると、プトレマイオスの腕の変形した銃口が、変な形に変形し捻じ曲がっていた。また、脚にも大きな傷が付いており、動物で言う筋肉の部分を破壊されているのか、動かなくなっている。
「え?」
薫以外の面子が驚くと、再び金属が軋む音が響いてきた。
「まさか?!」
薫も含めた皆がその方向を見ると、ドロシーがアインを捕まえていた。ドロシーはレール・ガンを受ける直前に高速移動を行い、またレール・ガンの弾が爆発する勢いも上乗せした速度であの場を離脱すると、目にも止まらない速さの一撃でプトレマイオスに一矢報いて見せ、今アインを捕まえているのだ。ドロシーの指が彼女の首筋に食い込んでおり、人工皮膚の下の金属が歪んでいるのか鈍い音が響いている。変形している為ドロシーの表情は全く変化しないが、アインは苦しそうな表情を浮かべている。
「アイン!!」
プトレマイオスはこう叫ぶと同時に、救出の為に攻撃しようとしたが、思いとどまった。ドロシーとアインの距離が近すぎるため、攻撃を失敗させればドロシーよりアインに甚大な被害が現れる。彼は機械であるが故、少しでも悪い結果が予想されると思いとどまってしまうのだ。
「あ…あ……」
苦しそうな表情を浮かべるアインを見ながらも、ドロシーは彼女を放そうとしない。彼女がXプログラムを差し出すのを待っているのだろう。
「くそ、どうしよう。」
直樹が様子を見ながら歯噛みし、こう言った時である。
「いっけぇ!!」
突然直葉がこう叫んだ。皆が一体何なんだと思った瞬間、ドロシーの居る地面の下から、巨大な蛇の姿の聖獣「ヨルムンガンド」が現れた。
「ようやく出番か!!」
ヨルムンガンドはこう叫ぶと、口を大きく開いてアインごとドロシーを飲み込もうとした。残念ながら、持っているレーダーの効果でドロシーには回避されたが、アインはヨルムンガンドの口の中へと放りこまれ、結果的にアインの救出が叶った。
「直葉、ここからどうするんだ!?」
ヨルムンガンドが、アインを口の中に入れながら直葉に訊くと、
「こっちに飛ばして!!」
直葉はヨルムンガンドにこう指示を出した。
「分かった!!」
その後、ビッグフットとギュオンズ、ラベンダードラゴンが受け止める準備をしている所を見たヨルムンガンドは、その方向に向けて口の中のアインを吐き出そうとしたが、それより先にドロシーがヨルムンガンドに攻撃を仕掛けた。腕が変形した大砲で、ヨルムンガンドの巨体を砲撃している。
「ぐわぁぁぁ!!」
ヨルムンガンドは砲撃をモロに受ける事で甚大なダメージを受け、霊力を失って直葉の聖装の中に戻って行った。その際のアインは、攻撃を受けた際にヨルムンガンドが叫んだと同時に吐き出され、大きく弧を描いて飛んで行った。
「良し、フレアノドン、受け止めろ!!」
その様子を確認するや否や、直樹はこう叫んだ。
「分かった!!」
フレアノドンはすぐさま飛翔してアインに近寄ると、その背中にアインを乗せた。
「あ、ありがとう…ござい…ます。」
「別に礼には及ばない、今回はアンタを守るのが最重要事項だ。」
礼を述べるアインに、フレアノドンがこう返すと、地上のドロシーは腕をガトリング銃に変形させて、数えきれない数の弾丸を空中へ放った。
「直樹、こうなったらイカロス……」
フレアノドンは、飛ぶ鳥をも落下させる特殊な技「イカロス・サンシャイン」を発動しようと、直樹にそれをリクエストしようとした。しかし、
「すいません!!」
それより前にアインがこう言って、フレアノドンの背中より飛び出した。
「何?え、えぇ!!」
フレアノドンは、アインが飛ぶ時の衝撃で一瞬動けなってしまい、そのせいで飛んでくる弾丸をすれすれで回避する事になった。その際、直撃はしなかったが翼の薄い膜を何発かの弾丸が貫いてしまった事で、フレアノドンは空中より落下してしまった。
「まずい、戻れ!!」
頭から落下し、このままでは頭から地面にめり込んでしまうと考えた直樹は、フレアノドンを急いで戻した。その際、頭から地面にめり込んだフレアノドンの姿を見て見たいとも思ったが、不謹慎と考えて次の機会に期待する事にした。
一方、フレアノドンの背中から飛んだアインは、新体操のような綺麗な動きで地上に向けて降りて行った。ドロシーは、その彼女を捕まえようと飛び出そうとした。
「そうは…。」
「行かない!」
だが、それより前にビッグフットとラベンダードラゴンがドロシーに襲いかかり、二人掛かりの変則的な格闘術の嵐でドロシーを止めた。ドロシーは強化された運動能力とレーダーの効果で両者の拳や蹴りを何とか受け止め、回避しているが、その場に括り付けられて動くことが出来ない。
その間に、アインは軽やかな動きで薫の傍に降り立つと、そのそばに控えているギュオンズに近寄った。そして、彼の頭部パーツを外し、中に入っている基盤に触れた。
「あ、あの。何を?」
薫がアインに訊くと、アインはこう言った。
「少し待っていて下さい。直に済みます。」
そして、
「アウトストール、開始。」
と言って、ギュオンズに何かを送り始めた。30%、60%と転送が済むと同時に、ギュオンズの全身が大きく変化し始めた。全身がこれまでの何倍も大きくなるのと同時に、今まで短かった足や腕は長くなり、トカゲのような形状になった。
「残り70%、80%、90%…」
アインがこう数えると同時に、ギュオンズの背中からはバーニアの大量に付いた巨大な翼が現れ、顔の形状もドラゴンのように変化すると、今まで無かった赤い瞳が眼に現れた。
「100%、Xプログラム、インストール成功。」
「主砲サイクロン・ノヴァ!!」
一方、ラベンダードラゴン、ビッグフットの両者と格闘戦を繰り広げていたドロシーはと言うと、両者から一旦距離を取ると、腕を銃器の形状に変形させて、凄まじい熱量を誇る波動を放った。
この一撃に備えて、同じように距離を取ったラベンダードラゴンとビッグフットも、それぞれの得意な飛び道具で対抗する事にした。
「楽炎咆哮!!」
直葉が聖装のセンサーでカードを読み込むと、ラベンダードラゴンは自らの吐き出す息を燃え上がらせて吐き出し、
「パーフェクトブリザード!!」
ビッグフットは全身から凍気を迸らせ、それを前方に向けて飛ばした。
結果、両者の攻撃は混ざり合うと、ドロシーのサイクロン・ノヴァとぶつかり合い、激しい爆発が発生した。
「くっ!!」
「わぁぁ!!」
この爆発の衝撃でラベンダードラゴンとビッグフットは大きく吹っ飛ばされ、直葉と小雪の聖装の中に戻って行った。
「薫、後は君だけ!!」
「時間は稼いだから、後は何とかしてよ!!」
直葉、小雪が爆発の衝撃に耐えながらこう言うと、爆風を物ともせずに、Xプログラムで強化されたギュオンズが飛び出した。今の彼は、トカゲを思わせる見た目に背中にはバーニアの付いた巨大な翼、赤い瞳を持つ姿へと変化している。
「行けぇ!!」
薫がこう叫ぶと、飛び出したギュオンズは爆風を物ともせずに立っていたドロシーに体当たりし、そのままの勢いで彼女を頑丈な壁に叩きつけた。その際、ギュオンズも同様に壁に向かって行き、激突する事でようやく停止した。
「あ、あれ?あれってもしかして…」
様子を見ていた薫がこう言うと、ギュオンズはドロシーの傍を離れて、目にも止まらない速度でどこかへ飛んで行ってしまった。
「まさか、暴走している?」
薫がアインに訊くと、アインはこう返した。
「あれは暴走では無く、制御不能です。」
「同じじゃん。」
直樹がこうツッコむと、アインはこう言った。
「いいえ制御不能と暴走は似ているようでまったく違うんです。暴走は本能のまま動き続ける事で、制御不能は制御の意志がある状態で振り回される事です。」
「ちょっと、そういう事を議論している場合!?」
小雪が彼らにこう言うと、ドロシーは先ほどと同様の構えを取った。頭を低くし腰を高く、飛び出す構えである。この構えを見て、祐介達は思わず身構えた。自分たちの元には、身を守ってくれる聖獣はおらず、ギュオンズは先ほどどこかへ飛んで行ってしまった。祐介は、無理をしてでももう一度ハイドラを出そうか、と考えた。
しかし、突如上空から大量のミサイルが壁の如く降り注ぎ、ドロシーの周囲に落ちて激しい爆発を発生させた。見ると、戻って来たギュオンズが全身に備えられたミサイルボットから大量のミサイルを放っていた。
「ギュオンズ、戻って来た!」
「と言うか、あの方向に飛んでいく意味は有ったのか?」
薫、祐介がこう言うと、ミサイルでドロシーをけん制したギュオンズはその場に降り立つと、今度は違う方向に飛び出した。そして、目にも止まらない速さで動いていたドロシーを目にも止まらない速さで捕まえると、上空へ向けて投げ飛ばし、変形する事で現れた口から吐き出したエネルギーの波動を上空へ放ち、ドロシーをどこかへと吹き飛ばしてしまった。
その後、薫はXプログラムを強制的に停止させると、ギュオンズを元に姿に戻し、Xプログラムを取り出した。
「これが、Xプログラム?」
薫の手にある光る球体を見ながら、直樹や祐介、小雪と直葉はこう言った。たかが一つのプログラムであるが、それを取り込ませた結果、ギュオンズはドロシーをあっさりと撤退させるだけの力を得たのだ。どこにそんな力があるのか、と考えていると、今まで破壊された自身の機関の修復に力を使っていたプトレマイオスが、Xプログラムに付いて説明をした。
「Xプログラムと言うのは、人類の歴史が本格的に始まるより少し前に、我らが当時の竜皇に対抗するために作り出した、とある聖獣の力の源であるプログラムの一つなんだ。」
彼の話によると、その当時の竜皇は暴君と呼べる性格で、ドラゴン族こそ聖獣を統べる物だと言って彼方此方の部族に戦争を仕掛けていた。その為、それに対抗するために機械族は、一体の聖獣を作り出した。
「その聖獣は機械族で在りながらドラゴン族としての特徴を持ち、その力は、機械族は愚かドラゴン族をも凌駕した強大な者となり、五神龍の一体に数えられた。」
ここでの五神龍と言うのは、赤龍、青竜、黄龍、黒龍、白龍の事で、その聖獣は機械族でありながら、白龍の立ち位置に数えられたのだ。だが、強い力を持っている状態で身の安全が保障されるわけでも無いので、機械皇は彼の中のプログラムを三つに分けて分解し、それを守る三体の機械族聖獣の中に封じ込めたと言う。
「その片割れであるXプログラムを通常の機械族聖獣に与えても、暴走して甚大な被害を及ぼすだけなのだが、まさか制御不能のレベルで留まるとは、これはもしかすると…」
説明を終えたプトレマイオスは、こう呟いた。
「あの、それってどういう事ですか?」
薫がこう訊くと、プトレマイオスはこう答えた。
「ここの場所が割れた以上ここも安全とは言えない。それに、今の状況を考えるとここにあるより、神司の手の中にあった方が良いだろう、と言う事だ。簡単に言えば、Xプログラムをお前達に託せるか、それを試したかったのさ。」
「試す?まさか…。」
薫と直樹を除くメンツは、プトレマイオスの言葉を聞くや否や身構えた。彼らはプトレマイオスとドロシーが仲間だったのか、と考えたのだ。
「お前達の考えているのとは違う。実際はもっと違う形でお前達を試そうと思ったのだが、奴がタイミングよく現れたから、急きょ予定を変更したと言うわけだ。」
プトレマイオスはこう説明すると、薫たちに言った。
「私のレーダーで確かめる限り、今この場は安全だ。また何か起こる前にそれを持って帰ると良い。今日はこれから大事が起こりそうだからな。」
一方の五人は、プトレマイオスの大事と言う台詞が気になったが、教えてくれないだろうと考えて、その場を後にしていった。
その背を見ながら、アインはプトレマイオスに訊いた。
「彼らで大丈夫でしょうか?」
彼女の問いに、プトレマイオスはこう答えた。
「それは、全て彼ら次第だ。」
一方その頃、ギュオンズの攻撃で遠くへ吹っ飛ばされ、そのまま拠点へと帰って行ったドロシーは、ポラリス達に結果を報告した。
「つまり、Xプログラムの確保は失敗したわけね。」
ポラリスがこう言うと、ドロシーはこう訊いた。
「ところで、Xプログラムを確保できたとして、何に使うつもりだったんですか?」
ドロシーはXプログラムで制御不能に陥り、力に振り回されながら暴れまわるギュオンズと交戦しているので、あのプログラムを得たとしても取り込んだ機械が全てああなってしまうなら、全く意味が無いのではないか、と考えている。
ドロシーの考えている事を理解したのか、ポラリスはある計画書を取り出した。
「これを作ろうと思っているの。その為のXプログラム。」
ポラリスの取り出した計画書には、七機の車と一体の龍の絵が描かれており、様々な数式や解説が彼方此方に振られている。
これを見たドロシーは、ポラリスにこう言った。
「あの、パソコン有りませんか?」
「? あるけど。」
ドロシーの言葉に、ポラリスがこう返して一台のノートパソコンを彼女に渡すと、ドロシーは口から下を出して、その先端をUSB接続器に変形させ、パソコンのUSB接続口に差し込んだ。
「ど、どうなっているの?」
ポラリスがドロシーの変形に驚くと、ドロシーは差し込んだUSBを抜いて、パソコンをポラリスに返した。
「不完全ですが、Xプログラムをコピーできました。あそこでヨルムンガンドに邪魔されなければ、もう少しましになったのですが。」
ドロシーがこう言うと、虫食いだらけになっているプログラム言語を見ながら、ポラリスは言った。
「確かに、普通に見れば半端な一歩ね。でも、私にとっては大きすぎる一歩だわ。」
(これで、アイツのあの技に対抗しえる!!)
そして、心の中でこう思った。彼女の作ろうとしているある物。それが綾小路源達にどのように影響を与えるのか、それは後のお話。




