彼女の罪と事情
暴力的、差別的表現が混じります。嫌いな方は閲覧しないほうがいいです。
彼を振り切って逃げ帰ってから、日暮れも過ぎて人気のなくなった近所の公園でわんわん声を上げて泣いた。
もう家にはおばあちゃんが近所の集まりから戻っている時間だから、声を上げてなんて泣けない。
今だって充分に心配させているのにこれ以上余計な心配はかけられない。
今日がごはんの当番の日じゃなくて良かった。
そうじゃなかったらどうしてもおばあちゃんと顔を合わせなきゃいけなくなったはずだから。
少し遅くなることをメールで知らせて、心行くまで泣こうと決める。
それでも泣いても泣いても、喉が痛くなってきても涙が枯れないのはどうしてだろう。
人間ってこんなに水分があったんだなぁと、泣きすぎてぼやけた頭のどこかで感心してしまう。
前にも同じようなことを考えたことがあったと思い出して、何だかおかしくなって泣きながら自嘲的に笑ってしまった。
それから絶望的な気分で考える。
―― どうして私の恋はいつもこんなふうにうまくいかないのだろう。
私が自覚してはっきりと特定の男の子に恋愛感情を感じたのは中学1年生の時。
中学に上がって知らない人も増えて、不安を抱えるそんな中で私に声をかけてくれた女の子と友達になった。
その女の子の家に遊びに行って出会ったのが彼女のお兄さんで、年の離れた彼はその時もう大学生だった。
当時、今よりさらにミニマムだった私には見上げるくらい背が大きくて、初めはそのせいでちょっと恐かったんだけど、私に目線を合わせるように屈んでくれた。
そうしていらっしゃいと言いながら優しく微笑んでくれた笑顔がとても素敵で、それはもう運命だと思うくらいの勢いで一目惚れだった。
それからの毎日はとても楽しかった。
彼には時々しか会うことも出来なかったし、会えても私は彼にとってただの妹の友達で、まだまだこどもでしかないって分かっていたけれど、それでもいつか彼に好きだと言えればいいなと思っていた。
そんな楽しい日常が壊れたのは、2年生になってすぐの頃。
その頃には親友と呼べるようになっていた彼の妹とまた同じクラスになれて喜んでいた矢先のことだった。
きっかけが何だったのか、もう思い出せない。
きっと忘れてしまうくらい本当にささいなことだったのだと思う。
でも気付いたらいつのまにかクラスの中にとても嫌な空気が蔓延していて、その悪意が彼の妹へと向かうようになっていた。
聞こえよがしな悪口に、持ち物を隠されたり捨てられたり。
悪い言葉に煽られるように小さな悪意はたちまちにエスカレートしていって、ある日とうとう暴力に変わった。
彼女の背後から頭めがけて飛んできたいっぱいに水の入ったペットボトルが見事に彼女の横顔にぶつかって、しゃがみこんだ彼女に慌てて私は駆け寄った。
ひどい、と思った。
あんまりだ、と思った。
それまでだって私は彼女のために何か出来たりちゃんと反論できなかったけれど、この時ばかりは何か一言いってやらなきゃと思って勢いよくペットボトルが飛んできた方向を振り返った。
―― その瞬間、シン……と一瞬、教室が静まり返った。
彼女だけでなく私にも向けられる、絶対零度のいくつもの目、目、目。
自分と同じ歳の女の子たちがこんな目を出来るんだと思った瞬間に、私は思い切り頭から冷水をかけられたような気になった。
誰もが声を発しない一瞬の静寂。
あの時のことは今でもはっきりと思い出せる。
悪意に重みがあるとするのなら、私はその時に圧死していたんじゃないかと思えるくらいの空気の重さ。
言ってやろうと思っていた言葉がただの空気になって、一瞬でカラカラに乾いた喉を情けなくひゅぅっと震わせる不快感。
ゾッと腰の辺りから這い上がってくる冷気にぶるりと知らずに身体が震えたことも。
―― 腕に触れたひどく冷たい手に私はびくんと飛び跳ねて再び彼女を振り返った。
赤くなった横顔と痛みだろう、涙に濡れた縋るような眼差し。
けれど私は彼女にも、彼女を害した人達にも、何も言えなかった。
彼女はしばらくしてから諦めたように微笑んで、そうして私から離れていった。
それからも彼女への悪意はエスカレートし続けて、暴力を震われることが日常になっていった。
彼女はたびたび学校を休むようになり、それでも私は何かしようとするたびにあのゾッとするような感覚を思い出して、結局何も出来ずに目も耳も口も塞いでいた。
そうしていつの間にか夏休みに入り、ようやくほっとしたのも束の間のこと。
長い夏休みがあっという間に過ぎていき、もうすぐ新学期が始まろうとする頃……彼女が自殺未遂をしたという連絡があった。