居た堪れなさの真髄
授業が終わってからいつも通り、けれど少しだけ前とは違う距離感を保って彼と生徒会室の隣にある会議室へと向かった。
細々とした作業や、各クラスの相談事などの受付先はこっちになっていて、会議をするにも何か相談を受けるにもここが窓口になっている。
そして私達が到着したすぐ後くらいから各クラスからの相談事が殺到して、ほとんどの委員が出払ってしまった。
うちの文化祭は文科系のクラブが強いという理由だけじゃなく、本当に商売を体験させるみたいな意味合いが強くて、売り上げの利益はそのままクラスの打ち上げや部活の部費として使用しても構わないというシステムになっている。
その代わり学校から提供される費用は少なくて、施設と簡単な設備や備品以外はクラス有志からの出資になっているから、そのお金の管理は問題を発生させないためにきちんと報告書を準備委員会を通じて取りまとめの先生に提出するようになっていた。
そのお金の管理の問題や、やっぱり火の取り扱いや食品衛生とかには細かい取り決めがあったりして、先生と生徒の間に立ってのその折衝には結構手間隙がかかったりするから、たまにここがまるっきり空になってしまうこともある。
それは仕方がないんだけどこの会議室は別棟の端の方にあって、本館のざわめきが少し遠く感じられるくらいには静かで……つまり、そんな中で彼と2人きりというのは、今の私にとってものすごく心臓に悪い。
ジワジワとした残暑の名残はまだ少し残るけれどだいぶ涼しくなってきていて、それに伴って日が暮れるのも日を追うごとに早くなってきている。
少し赤味を増してきた太陽が投げかける光に照らされた彼の顔を、手元のくじに糊を付けて折り曲げながらちらりちらりと見てしまう。
意外に鼻筋が綺麗だなぁとか、薄い唇にその方が男っぽいものだなぁだとか、シャツから覗く男の子の喉仏ってちょっとエッチだなぁとか、あ、髪の生え際にホクロ見つけたとか、ついつい観察してしまう自分に気付いてちょっと恥ずかしい。
私だけかもしれないけれど、恋する女の子ってものすごく大胆で浅ましくていやらしいと思う。
だって、彼に触りたいな、と思ってしまう。
それから、私に触って欲しいな、と。
まずい、やばい、今の私っていわゆる恥女みたいじゃない!?
そんな風にぐるぐる考えていたものだから、彼から「……何」と尋ねられた瞬間に思わずビクンと飛び上がりそうなほど驚いて実際に身体が震えた。
今、私の頭の中を覗かれたら私は羞恥の炎で絶対に丸焼けになれる自信がある。
しかも彼は何だか最近、私の内面を読む技術が格段にスキルアップしてきているような気がしてならない。
何を考えてたかなんて気付かれてないよね?
「えぇっと……あの……あの……あの、ね……」
ビクビクしながら意味のない言葉が続いてしまう。
言葉の続きを待ってじっと私に注がれてる彼の視線が痛くて恥ずかしくて泣きたいのに、ちょっぴり嬉しい。
彼の瞳に私が映っている瞬間はいつだって、首を竦めて縮こまってしまうくらいとても恥ずかしくて、けれど叫びだしたいくらい嬉しくてドキドキした。
彼の言葉の魔力は確かに私に魔法をかけたのだと思う。
だったら、彼はどうなのだろう。
私の言葉の魔力は、彼に届いてたのだろうか。
何度も何度もそうならいいと願っては打ち消してきたけれど、確かめないと先には進めないと分かっている。
自分を勇気付けるように机の上に置いていた震える両手をぎゅっと握り締めた。
「この、間、の……好きって……どういう、意味……か、な」
過呼吸気味で途切れ途切れになってしまったみっともない声に、さっきとは別の意味で泣きそうになりながらも必死に言葉を綴った。
少しだけ空いた間に心臓が破れそうなくらい、さっきの倍はドキドキする。
けれど、それはようやく発せられた彼の声に一転して一気に止まった気がした。
「別に、意味なんてない」
心臓にトスッと氷の矢が突き刺さった気がした。
「お前の真似してちょっとからかっただけだよ」
さらに続いた言葉に今度はもっと深くまで刺さった矢を抉りこまれる。
恥ずかしいとか居た堪れないという言葉の本当の意味を初めて分かったような気がした。
今まで感じていた居た堪れなさっていうのは些細なことで、居た堪れないって言葉に失礼だと思うくらい今の私は居た堪れなさを感じていた。
どうして身の程知らずにも、彼の好きという言葉が少しでも特別な意味を持つかもなんて期待をしてしまったのだろう。
過剰な期待が連れてくるのはいつだって痛みだって知っていたはずなのに。
そしてとても恥ずかしいと思うのと共に、彼を酷いと思った。
確かに始まりは思いつきだったけれど、彼をからかおうなんて思ったことは一度もない。
本当に彼に近づいてみたくて、彼を好きになれたらいいなと思ったから。
そしていつも私を理解しようとしているような彼に本当にどんどん惹かれていって。
けれど彼は私のことなんてこれっぽっちも見てなんかなくて、分かってなくて……反対に私は私の薄っぺらい言葉の魔力なんかじゃ、彼にはまったく届いていなかったことが分かってしまって、堪えようと思う間もなくぼろりと涙が溢れ出た。
自分の手元から顔を上げた彼が紡ぎかけていた言葉を途切れさせて、驚いたように目を見開いて私を見る。
さっきまでとても嬉しかったはずの視線も私に伸びてきた手も、とても恐くて反射的に逃れるように身体を退かせていた。
ひくり、とこみ上げた嗚咽に喉が震える。
「――……貴方なんて大嫌い」
溢れ出す涙を堪える術も見つからないまま、必死に自分を守るために拒絶の言葉を押し出した。
そのまま勢いよく立ち上がりギリギリの理性で自分のかばんを掴むと、彼の姿を目に入れないように背を向けて一目散に私はその場から逃げ出した。
実はあの問いかけの直前まで彼女の内心はコントでしたという落ち。(笑)
更新遅れててすみません。GW中になるべく更新するようにします。