彼の言い訳と彼女の涙
悪友に指摘されてからよくよく周りを見てみると、あいつに興味を示す男がそれなりにいるというのが本当だと分かるようになった。
あいつ自身は気付いていないようだが、あいつの性質をよく分かってる奴はさり気なくあいつの周囲の友達を巻き込んで、何とかあいつに接触しようとしている。
友人連中も何となくそいつらの意図を察して、面倒そうながらも哀れみで付き合ってやっている感じだった。
ここで友人にひがまれたりされないのは、たぶんあいつの天然さ加減が要因だと思う。
そのせいもあって、男どもの意図が分かってしまえば涙ぐましい努力だと思うが、付き合ってやってる奴らの哀れむ気持ちも分からなくない。
まったく周囲のそれらに鈍感なあいつは控えめに周囲の話に相槌を打つのがほとんどで、相手に一定以上の興味を見せることも自分から積極的に話に加わる気配もなかった。
けれどその距離の取り方は絶妙で、話し上手は聞き上手という言葉がよく当てはまる。
いつもむくわれなくても、きっとあいつの傍にいるのはとても居心地がいいと思わせた。
だから、正直俺としてはちょっと意外な気持ちで。
俺が知っているあいつというと、どちらかというと話をするにも落ち着きがなくて、聞くよりも喋るほうが多い。
それは俺が雑談という部類が苦手な人間だというのも関わりがあるんだろうけど、恥ずかしそうながらも時に身振り手振りを交えて、必死に突拍子もない話をし始める人間と同じように見えない。
遠目から見えるあいつは落ち着いていて気負いがなくて楽に呼吸をしているように見える。
―― あっちにいる方があいつには楽なんじゃないだろうか。
湧き上がった疑問はそれが真理であるようにすとんと俺の胸に落ち着いた。
文化祭が近づきさすがに準備のために校内に残っている人間も多くなってきていて、だいぶ日が暮れても前よりも人の気配が感じられる。
それでも今は、準備委員会のために開放された教室にいるのは俺とあいつのみだった。
他のやつらはクラスの準備だったり、色々な手配に借り出されて教室を出ている。
そんなわけで俺と彼女は準備委員会の催しに使う大量のくじをちまちまと作っていた。
細かい単調な作業を黙々とこなす間も何度か彼女の視線を感じる。
「……何」
その視線に耐えかねて尋ねると、びくりと細い肩が震えた。
「えぇっと……あの……あの……あの、ね……」
じっと見つめて続く言葉を待つ俺の視線に怯えるように首を竦めて、机の上で小さな手がぎゅっと握り締められる。
微かにその手が震えていて、そうして怯えさせているのは俺だっていうのに、思わずその手を握り締めたくなるのをぐっと堪えた。
「この、間、の……好きって……どういう、意味……か、な」
必死に震える声で向けてきた問いかけに鼓動が跳ねたのは一度だけ。
いつかは来ると予測していた問いだったから、気持ちはすぐに落ち着いた。
―― ここで特別な意味だと答えたら彼女はどうするんだろう。
一瞬だけ胸をよぎったいじましい思いに口の端が微かに持ち上がる。
そう言ってどうするのか。
こいつは俺のことを特別には思っていないのに、また怯えさせて、萎縮させて。
「……別に、意味なんてない」
もういいだろう、と自分に言い聞かせながら出来るだけ軽い口調を心がけてそう言葉を返す。
困らせたかったけど、こんなに恐がらせたかったわけじゃない。
たぶん今ならまだ戻れる場所にいる。
このままちょっと頼れるクラスメイトに戻って、文化祭が終わって委員会もなくなって、前よりは少しだけ話なんかもする仲になって……けれどそのまま卒業して別れて終わる。
もうそれでいいんじゃないかと、胸の奥から湧き上がる強い感情を押さえつけて言い聞かせた。
「お前の真似してちょっとからかっただけだよ」
何気なさを装って、手元のくじを作成する振りをしながら淡々と言葉を紡ぐ。
「だから気にし……」
一呼吸置いて顔を上げて、しなくていいと言い掛けた言葉が途切れた。
彼女が泣いていたから。
呆然とした様子で俺を見ながら、夕焼けに染まった彼女の頬を涙が伝い落ちていく。
「おい……」
動揺を抑えきれないまま彼女に伸ばした手に、彼女がびくりと震えて身体を退かせる。
そのままくしゃりと顔を歪ませて、ひくりと喉を震わせた。
「――……貴方なんて大嫌い」
掠れるような声で紡がれた言葉に心臓がぐさりと貫かれた気がした。
その隙をぬくように立ち上がった彼女が自分のかばんを掴んで走り出す。
「おい、ちょっと……!」
慌てて追うように立ち上がった俺のことなど見向きもしない様子で、教室から出て行った彼女の後姿がたちまちそのまま廊下の端に消える。
あいつの意外に速い逃げ足に俺は無様に取り残されたまま、追いかけるべきか途方に暮れてしばらくその場に立ち尽くしていた。
やーい、へたれ!と彼に叫んでやってくださいw