不器用な彼女の決意
いま、とてつもなく私は困っている。
彼が投げつけてきた言葉の爆弾をまともに食らってしまったあの日、とりあえず一晩眠ればどうにかなると言い聞かせて無理やり眠りについた。
けれどもちろん、寝て起きたからといって何が変わっているというわけでもなく。
どう彼に接していいのか分からないまま諦め悪く家でぐずぐずしているうちに、おばあちゃんに急かされて仕方なく家を出て学校についてしまった。
これまた当たり前なんだけど、彼は同じクラスなんだから私が向かう教室にはもちろん彼がいる。
彼は友達を話していたけれど、教室に入った私に気付いたのかこっちに視線を向けてきた。
「――…ッ!!」
そうして彼の目に私が映っていると思った瞬間、私は何か言いかけたような…たぶん挨拶だったんだろうけど、そのいつも通りの彼にくるりと背を向けて教室から逃げ出した。
勢いよく廊下を駆け抜けて女子トイレに駆け込んで高い音を立てて扉を閉めて鍵をかける。
少しの距離を駆け抜けただけにしては異様にバクバクと高く鼓動を跳ね上げる心臓を押さえながら、洋式便器の蓋を閉めたまま腰を下ろした。
「ああああああ、逃げてどうするのよぅ……」
うめくように呟きながら情けなさに涙がこみ上げる。
でも、だって、でも、分かって欲しいと誰にともなく心の中で訴えた。
――…恥ずかしいのだ!!
破れて飛び出しそうな心臓を抑えながらもう片方の手で湯気が出そうな頬を抑える。
あの目に映っている自分がどんなものか考えると、ものすごく恥ずかしくてたまらない。
いまだに彼の言葉の真意はわからないままだし、自意識過剰と言われればまったくそうだと思うのだけど、彼の視線に自分が品定めされているような気がして仕方がない。
それが不思議と不快じゃないんだけど、目が合うと恥ずかしくて嬉しくて、それから少し恐い。
――その目に映る私は可愛いですか。
とてもじゃないけれど本人に向かっては口に出来ない問いかけが、消しても消しても頭に浮かんでくる。
零れた溜息を追いかけるように、始業のチャイムが鳴り響いた。
それからもう、1週間。
私は何も変われず、彼の言葉の真意を確かめることも出来ず、今日まで来てしまった。
近づいてくる文化祭に校内はだんだんとお祭りモードに染まっていって、それに伴って委員会の雑用やトラブル相談なども鰻上りに増えて忙しくなり、忙しさに追われていたせいもあるといえば言い訳だろうか。
「――往生際が悪いわね」
友人の言葉にぐっと言葉に詰まってしょんぼりとうなだれる。
私と違ってはっきりきっぱりしていて要領のいい彼女は、不機嫌そうに顔を顰めていた。
「だって、でも、あの……」
「だってもでもももう何百回と聞いたけど、結局あんたがあいつを好きだってこ…」
「わぁ!わぁ、わぁ、わぁあああ!」
一緒にチクチク縫っていたクラスの出し物の喫茶店で女子が身につけるフリフリのエプロンを、思わず放り出して大声を上げながら彼女の口を押さえて声を遮る。
幸い邪魔にならないようにと、皆と少し離れた場所で作業していたから、彼女の声は届かなかったようだけど、私の大声には何事かというようにこっちを見ていて恥ずかしさに一気に首元まで真っ赤に染まった。
あたふたする私を尻目になんでもないと皆を誤魔化してくれた彼女が、呆れたような眼差しを向けてくる。
「微妙な男性恐怖症だったあんたがそれでも最近懐いてる感じだったあいつにも注目が集まって、今まで見向きもしなかった女子とかも、さり気なくあんたを助ける姿とかに地味に株が上昇してたりするよ。多少目つき悪いけど顔立ち自体は別に崩れてるわけじゃないし。高身長だし。横から掻っ攫われたいの?」
彼女の詰問にまた言葉に詰まってしまう。
ずっと見ていたのだから彼が優しくて、そんな彼が最近密かに人気があるなんて、そんなことは分かっている。
彼に好意を持っていそうな子の顔が思い浮かんで、その子と彼が一緒に仲良く並んでいる様子を考えて……。
「…………嫌」
何だか泣きそうな気になりながら首を緩く横に振った。
「どんな意味だったとしてもさ、嫌われてないだけハードルは低いんじゃない?」
おかしそうな様子で笑った彼女が、私の背後にちらりと視線を送る。
そこには彼と彼の友達がいて、なぜかこっちをじっと見ていた。
私は思わずまた赤くなってしまいそうな顔を俯かせて視線を逸らしてしまう。
けれどやっぱりそれじゃ駄目だと思った。
「……頑張る」
一生分の勇気を使い切るような覚悟で小さく呟いた私に、彼女が優しく微笑んで頑張れと言ってくれた。