苛立ちと後悔
あいつに避けられている。
そう気付いたのは、俺が俺自身とあいつに惨敗した次の日のことだった。
声をかけると強張った顔をされる。
ひどいと飛び跳ねて驚かれて逃げられる。
おかげで周囲の視線が痛い事この上ない。
いったい俺が何をしたって言うんだ。
―― いや、これが自業自得というものか。
「おまえ、ハムちゃんになんかしたの?」
「――…ハムちゃん?」
誰のことだろうと怪訝な顔をすると、悪友の1人が少し離れた場所にいるあいつを顎でしゃくるようにして示した。
「小さくてふわふわな感じで、いつもは無防備なのにたまに警戒心でビクビクしてる様子が、ハムスターとかまんまだろ」
付け加えられた補足説明に思わずなるほど、と頷いてしまう。
それはともかく、あいつに俺が何をしたかと自問自答をもう一度繰り返す。
「……よくわかんねぇ」
からかってやろうなんて思ったのは確かに俺が悪いんだろうが、それが怯えられるほどのものなのかといえば本当によく分からない。
大体、好きだと言ってなぜ怯えられなければならないんだろう。
そんな説明をいちいちするほど自虐的にはなれなくて顔を顰めた俺に、面白そうに悪友が笑った。
「まぁ、これでいらない嫉妬からは開放されるんじゃね?」
「嫉妬されるような覚えはないけど」
なんだそれ、と首を捻ると悪友から多少呆れたような視線が返ってきた。
「知らねぇの?あいつ、一部の男から結構人気あるよ。小さくてふわっとしててさ。すごく可愛いってわけじゃないけど、お手頃な感じにそこそこ可愛いだろ。大人しくて甲高い声でわめいたりしないし。普段男の前じゃ萎縮しちゃうのも余計に庇護欲ソソル感じ」
再びああ、と納得しつつも何かひどくムッとする気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
「それで、近づきたいけど普段警戒されて近づけない男どもは、最近妙に懐かれてる感じのお前に多少嫉妬してたのさ」
で、実際はどうなんだ?と尋ねられてどう答えたものか再び迷う。
少なくともあいつが告げてくる『好き』の言葉に、この悪友が期待するような艶めいた意味合いがないというのははっきりしている。
この奇妙な事態が始まったばかりの数日間はともかく、そこまで自惚れられるほど俺はナルシストじゃない。
自分に対する自惚れが許される範囲というのなら、他の男より多少頼りにされているクラスメイトという位置付けだろうか。
なぜかあいつは俺を安全だと思っている。
ただそれだけのことだと思うし、それをそのまま説明すればいいのかもしれない。
けれどそう考えた時に、ひどくイラついている自分に気付いてしまう。
人影のない廊下で、俺の背中を小走りに頑張って追いかけてくる姿に。
無意識なのだろうけど、困った時に縋るように俺を探して向けてくる眼差しに。
時折向けてくれるようになったはにかんだ微笑に。
密やかな優越感を感じながらも同じような苛立ちを感じ始めたのはいつのことだっただろう。
――困らせてみたかった。
あんまりに無邪気に寄せてくるようになった信頼を叩き折って、他のやつらと同じようにあいつを恐がらせてみたかった。
「――…知らねぇよ」
自分でも制御できない苛立ちが篭ったままそう答えていた。
じっと見ていた俺の視線に気付いたようにあいつがこちらを振り返って、それから表情を強張らせて俯く。
俺は嫉妬されるような存在じゃない。
胸の中で苦く自嘲の笑いが込み上げた。