自覚と射抜かれた心臓
本当にちょっとした思い付きから始まったことだった。
興味が半分、あとの半分くらいは遊びだったと言ってもいい。
私だって心の底から真剣に、大好きだと口にするだけで誰かを好きになれるなんて思っていなかった。
だからたぶん、実験はただの言い訳だったのだと思う。
――何のための?
たぶん、自分のための。
これを認めるのはとても恥ずかしいし間抜けだけれど、たぶん、私は自分でも無自覚に彼に興味を持っていたのだと思う。
何で興味を持ったのだかとかはよく分からない。
それでも、ただ彼を見つめていてもいい明確な理由が欲しかったと、そういうことなのだと思う。
彼を観察し始めて分かったこと。
前から薄々は感じていたけれど、彼は饒舌なほうじゃない。
無愛想とまではいかないけれど、積極的には喋らない。
だから雑談となると主に私が喋ることになるんだけど、私は話をするのがあまりうまくない。
物事を考えすぎて、しかもその途中経過を語らないで結論を口にしてしまうことがあり、知らない間に突飛な発言をしているらしく、友人からもよく笑われる。
それが恥ずかしくて自然と人の聞き役になるんだけど、彼相手にその手は使えない。
けれど彼は私の発言を笑ったりしないでよく聞いてくれた。
何を言っているのかというちょっと呆れたような視線はたまに寄越すけれど、笑わないでどうしてそういう結論になったのか理解してくれようとする。
それから、荒っぽく見えるのに意外に気遣い屋なこと。
いかにもっていう真面目なタイプとか、すごく目立つわけじゃないけれど、いつの間にか何か準備したりする時には仲間に入っていて手伝っていたりする。
それがごく当たり前のように淡々としていて恩着せがましくなく、すごく自然体。
特に重い荷物なんかを運ぶ時は、たいてい私が見つける前に彼が持っていたりする。
たぶん文化祭委員を押し付けられたのも、単純にとろくさい私と違ってそんなところが関係しているのだと思う。
仕草とかが荒っぽく見えるのは単純に体が大きいせいと、本人から聞いた男兄弟で育ったという環境のせいだということが分かった。
ちゃんと話してはいないけれど、何となく私が大きい人が苦手なのを知っているみたいで、自分からは私にあまり接触してこないこと。
けれど委員会なんかで他の男の子との折衝が必要になった時には、何を言わなくても必ず表に立ってくれること。
女の子と一緒に歩いたことがあまりない様子で、私と一緒に歩くとき、どのくらいの速度で歩くのか私に気付かれないように一生懸命測っていること。
そんな風に苦労しても、決して私を置き去りにしようとしないこと。
私が見つけたのはそんな日常の、本当に小さなことの積み重ねでしかない。
けれどそれが何だかとてもくすぐったくて楽しくて嬉しくて、いつもの毎日がほんの少しだけ鮮やかに見える気がした。
正直、私は浮かれていたのだと思う。
恋とか言うのとはちょっと違う。
例えるのなら、自分だけのアイドルを見つけたような、そんな感じ。
きゃあきゃあ言うのが楽しくて、嫌われたくはないけれど、自分だけを特別に好きになって欲しいとはあまり思わない。
それなのに、彼はある日唐突に私に言葉の爆弾を投げつけてきた。
「俺もお前が好きだよ」
青天の霹靂。または驚天動地。
私は何か彼に好かれるような行動をしたのだろうか。
混乱しながら自分に問いかけてみてもまったく思い当たらない。
だから私は動揺を隠せないまま、便利な『お礼の言葉』という魔法を使ってその場から逃げ出した。
そうしてわけが分からないままいつの間にか家に帰り着いて、しばらくしてから少しばかり冷静になって彼の言葉の意味を考える。
あの『好き』はどういう『好き』なんだろう。
クラスメイトとして?
それとも、特別な女の子として?
考えた途端に羞恥で顔が真っ赤になった。
とても、ものすごく今更で当たり前のことを突き付けられて思い知ったことが恥ずかしい。
彼が、霞や幻や夢なんかじゃなく、普通に現実にいる男の子だってこと。
――私が手を伸ばせば、いつも守ってくれるあの広い背中に触れることも出来るんだってこと。
鼓動がうるさく耳の奥で鳴り響いて止まない。
彼の声を思い出すたびにその言葉の魔力が私の中の何かを変えて、そうして私の心臓をいつまでも揺さぶってくる。
ぎゅっと自分で抑えた頬の熱がいつまでも消えなくて、次の日からどうやって顔を合わしていいのか分からなかった。