仕返しと敗北
あいつはちょっと変わった奴だ。
俺には女子なんてよっぽど飛びぬけた何かがない限りみんな同じに見えるんだけど、あいつがどこかずれているのは何となく分かる。
女子連中の中でも比較的ちっこくてそこそこ可愛くて、大人しくて自分からたくさん喋るよりも人の話を聞くタイプ。
たまに自分から積極的に話すと、何かよく分からない発想の発言をして友達に笑われたりしていた。
いつもは他の女子と変わらずに何人かの親しい友達と一緒に過ごしているけれど、たまに1人になって図書室にいる。
あとは俺や、俺に限らず身体の大きい男子が苦手っぽいこと。
俺があいつについて知っているのはその程度。
あまり接触のないクラスメイト、その程度の相手だった。
それが一緒に文化祭委員になってからというもの、奇妙な事態になった。
「あのね、さっき先について書類分けてくれてたよね。貴方のそういうところ、好き」
「……どーも」
文化系の部活が強いうちの学校は体育祭よりも断然文化祭が盛り上がり、その盛り上がりに比例するように何度も開かれる委員会からの帰り道。
時間は夕方で部活動をみっちりやってるのでなければ廊下は静かで、こいつは大抵そんな風に人が周囲にいないその時を見計らって、その日一日で見つけた俺の好きな場所を告げてくる。
俺を好きになりたいための行動らしいが、俺にはその発想がさっぱり分からない。
歩幅が違うのか俺の後をひょこひょこ小走りに付いてきて、ふわふわとしたくせ毛の髪もあってまるで小さなアヒルの子みたいだといつも思う。
隣に女の子を並べて歩いたことなどないので、歩調を合わせるのがうまくいかない。
前にゆっくりと歩きすぎて逆に俺が後を歩くことになった時は、ものすごく困ったようなちょっと怯えたような顔で後を歩かないでと言われた。
言葉で暗示をかけようとしていても、そう簡単にはまだ威圧感が拭えないらしい。
多少残念なものの別に苦手に思われているままでも俺は構わないし、よくよく考えてみれば好きだと言われている間は、俺のことが苦手なままだってことで、好きだと言われているのに嫌いだと言われているようにも思えて釈然としない。
最初こそ動揺したり悩んだりしたものの、今は適当に流して放置していた。
だけどこの時、ふとこいつは俺がそれを恋愛の意味で本気に取ったらどうするんだろうという興味がわいた。
「じゃあ、私行かなきゃいけない所があるからまたね」
「あ、おい」
職員室で担任に会議の内容を報告した後、駆け出そうとするあいつを呼び止める。
「何?」
足を止めたあいつが呼び止められたことが不思議そうにきょとんとした顔で振り返る。
「俺もお前が好きだよ」
照れくさかったのはほんの少しだけで、ほとんどはどんな反応が来るだろうとワクワクした気持ちだった。
あいつは大きく目を見開いてから急に俯いた。
何だろうと思って近づくと、「来ないで」と拒絶の言葉が帰ってきた。
何だよそんなに嫌かよと思って憮然としていると、勢いよくあいつが顔を上げた。
「ええと、あの、ありが、と、う……?」
両手で顔を押さえて隠して、指の間からちらりと目だけ覗かせてたどたどしくお礼を述べてくる。
その手からはみ出した頬が夕日のせいか、別の何かのせいかひどく赤くて、心臓がぎゅっと掴まれたみたいになった。
「じゃ、じゃあね!」
逃げるように駆け出したあいつを引きとめられもせず、茫然とその姿を見送る。
トン、と廊下に背中をもたれかからせながら意識せずに詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
「……何だよ」
ちょっとした悪戯のつもりだったのに。
仕返ししてやろうと思ったはずなのに。
「女ってずるいな」
悔しさが声にそのまま出ていて、俺自身に惨敗を告げている。
頬が熱い、自覚があった。