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彼女の苛立ちと彼の謝罪

「どうして俺のこと好きになろうだなんて思ったんだ?」

初めて彼女が俺に例の実験を試みてきた翌日、夕闇の迫る学校の教室で2人だけになってから尋ねてみたことがある。

「え、えーとね……」

俺の問いかけに彼女は目を瞬かせてから何か考えるように忙しく視線が上下左右に動いた。

指先を弄ったり落ち着きがない様子は、ちんまりとした印象と相まって何か見ていると和む。

そうしてしばらくしてから1人でうん、と頷くと、まだ少しおどおどとしつつも俺に視線を定めた。

「ま、万葉集読んだことある?」

「……授業の範囲内なら」

また唐突な切り出し口に面食らいながらそう返すと、ちょっとしょんぼりとするように項垂れた。

「そ、そっか、うん、そうだよね。あんまり読まないよね……」

「―― それで?万葉集がどうした?」

何だか話が途切れそうな雰囲気に先を促すと、彼女はまたぱちぱちと瞬きをしてから、嬉しそうにはにかんだ微笑を浮かべた。

「柿本人麻呂って人がね、日本はいい言葉によって祝福される国だって唄を残してるの。言霊っていうんだけど、言葉には魂が宿るんだって。それで、いい言葉にはいい結果が集まるんだって」

「ああ、言霊という言葉くらいなら聞いたことがある」

最近は何かと色々なものがマンガや映画やドラマなんかで取り上げられたりしているから、特に興味がなくても雑学の知識は増える時代だ。

それでも俺が知っているというと笑みを深めた。

そういう顔は普通に可愛いなと思ったのを覚えている。

いつもそんな風に笑えばいいのにとも。

「そっか。あのね、私、霊的なものじゃないけど、言葉にそういう力が宿るって思うの。……嫌いだとか、苦手だとか、悪い言葉ばっかり使ったり思ったりすると、自分も周囲も気持ちが沈むんだと思うの」

少しだけ笑顔が曇ってから、だから、と彼女は続ける。

「だから、たくさん好きなものを増やして、たくさん好きだって言える人になりたいの。もう嫌いって言いたくないの。それで、私のこともみんなに好きになってもらいたいの」

俯きそうになった顔をぐっと上げて、まっすぐに俺に向けてくる視線が少し眩しく感じた。

たぶん彼女が言いたかったことを全て理解できたわけじゃないだろうけど、それでも悪意でからかっているんじゃないってことは何となく分かった。

「ふぅん……じゃあ好きにすれば」

「うん……ちゃんと聞いてくれて、ありがとう。好き」





廊下を小走りに駆け抜けて階段を上り、自分の教室へと入って辺りを見回す。

この時間なら教室でウエイトレスでもしているかと思ったが探す姿は見当たらず、捕まえたクラスメイトに訊けば数分前に交代で出て行ったとのこと。

舌打ちを堪えてなるべく不自然でないように教室を出ると、あいつが好きそうなものを頭の中で考えた。

甘いもの、綺麗なもの、可愛いものなんかは普通の女子と同じように好きだけど、意外に占いなんかにはあんまり興味がない。

その割には宗教史とか民俗学には異様に造詣が深くて、神社の話に目を輝かせていたこともある。

早足にあいつの興味を持ちそうなものを出している店を回ってあいつの姿を探しながら、改めてその突飛な興味の方向は何によって養われたのかと突っ込みたくなった。

あいつの話はいつも俺にはわからない興味のない話が多かった。

それでもキラキラと目を輝かせて嬉しそうに話すあいつの姿は好きだと思う。

それにあいつに知らなかったことを教えられて、見る視点が変わったことや新しく興味をもったこともある。

とても青臭いセリフを承知で言えば、あいつの話す世界はとてもキラキラ輝いて見えた。

「ああ、もう、ちくしょう」

湧き上がる感情に堪えきれずに小さく悪態をつく。

彼女のことも、彼女の隣で聞く彼女の語る世界も手放せると思っていたのに、自覚すればもう無理だと思った。

どこにも見つからない姿に自然に足が速まる。

焦りに廊下の角を曲がる途中で、集団でやってくる人に軽くぶつかりかけた。

「わ、ごめん!ちょっと通して…」

廊下を塞ぐように歩くなよ、と思いながらもそう断りを入れてすれ違い、前方を見た瞬間その先に見つけた姿に目を見張る。

―― いた。

ターゲットを見定めて自然に目が眇められた。

俺に気付いていたようなあいつがびくりと震えて後ずさる。

その態度に小さく胸が痛んだ。

そうして俺の前であいつはくるりと背を翻して走り出す。

「ちっ」

思わず舌打ちして俺も走り出した。

小さいあいつは俺と機動力が違ってするすると人並みの間をすり抜けていけるが、身長がある分だけ俺の方が視界は広いし歩幅も広い。

相変わらずの逃げ足の速さに舌を巻きつつも、ここで逃げきられたら俺の色々な面子が丸潰れになるので逃がすつもりはない。

それに日を置けば置くだけ俺に不利になるのは分かりきっていた。

通りがかった人たちが何事かと俺達を振り返って見送るのが分かる。

あいつはその視線を避けるように階段を駆け上がり渡り廊下を渡って、どんどんと人気のない方……今回はほとんど催し物に使われていない準備棟の方へと逃げていく。

こっちは実験室やコンピューター室、予備教室なんかが主に入っていて、奥に行くほどいつも静かだった。

さすがに疲れたのか人ごみがなくなった分だけ俺の速度が上がって逃げ切れないと思ったのか、空き教室の扉に手をかけると中に入る。

そのまま扉を閉めようとしたところで俺の伸ばした手が間に合い、ガンと派手な音を立てて力技で扉を押し開いた。

そのまま中に入り込むと、華奢なあいつの肩が怯える様にびくりと震える。

なおも逃げようとする彼女の細い腕を捕まえてそのまま引き寄せると、腕の中に小さな身体を閉じ込めた。

反動で扉に背をぶつかる形になって、ばたんと強い音を立てて扉が閉まる。

さすがに走り通しで疲れて荒い呼吸を繰り返し、そのまま彼女を引きずるようにずるずると扉に背を伝わせて座り込んだ。

「いや!」

鋭い拒絶の声に一瞬息が詰まった。

それでも、もがいて俺の腕から逃れようとする彼女を逃がさないように、さらに腕に力を込める。

「いやだ、嫌い……!」

再び、ぐさりと胸に鋭い矢が突き立てられたような痛みに思わず呻く。

けれどこれは、彼女も感じた痛みだと思った。

「―― ごめん」

縋り付くように小さな彼女の肩に顔を埋める。

俺の謝罪にびくりと彼女の体が震えた。

「嫌い……貴方なんか大嫌い!」

搾り出すような声が何故か怯えているような気がする。

悪意や苛立ちを表すこと、悪い言葉を使うことを恐れていたようなのに、そうさせている自分がひどく情けなく感じられた。

それでも手放せなくて、手放す気にもなれなくて、またごめん、と繰り返す。

両腕ごと抱きしめているから、手に触れられる俺の足を小さな彼女の手が叩いた。

「私……ッ!からかってなんか、ない……!!」

悲鳴みたいな声に、首筋に触れる雫の気配に、圧し掛かる後悔で押し潰されそうになる。

「ごめん……」

上手な言葉を探してみても言葉下手な俺に見つかるはずもなく、情けなくも謝罪を繰り返すしかない。

苛立たしそうに再び彼女の手が俺の脚を叩く。

痛みはそれなりに感じるが、それで彼女の気が済むならいい。

ただ離すとまた逃げ出しそうで、それが恐くて腕を緩めることは出来なかった。

「なんで、今更!」

「ごめん」

「私、ちゃんと……ッ!」

ひぅ、と彼女の喉が鳴って言葉が途切れる。

「ごめん……でも、好きだ」

再び俺の腕の中の小さな体がびくりと震える。

ひどく勝手な言葉だと思った。

それでも俺の言葉にも力が宿るのなら、今、彼女に届いて欲しいと願う。

「おまえが好きだ。すごく好きだ。好きだ。好きだ」

頭の中で恥ずかしいと訴える俺を無理やり押さえつけて、好きだと繰り返す。

そうしてようやく俺は顔を上げて、目を真っ赤にして俺を見つめる彼女の顔を見た。

涙に濡れる小さな頬が痛々しくて、恐る恐る腕を緩めてその両頬を両手で包み込んで涙を拭う。

「―― 俺と、付き合ってください」

あまーい! と思っていただけるといいなぁ。

によによでもいいです。

最大限にによによしていただけると作者の目論見は成功です。

によによご報告お待ちしております。


お気に入り、評価、感想ありがとうございます。

全て作者の肥やしになります。

気に入って下さったらお気に入り、評価、感想などよろしくお願いします。

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